第1話 貴族令嬢は反抗期(1)


 夏が過ぎ去り、秋の匂いを感じれば、一年前の仮面舞踏会を思い出す。

 全く予想もしていなかった怪盗が現れ、メニーを誘拐し、キッドが第一王子だと判明した、次から次へと厄介ごとが起きた一年前の出来事。


 本当に大変だった。

 トラウマになるほどの恐怖を植え付けられたあたしが、城から逃げ出すのも無理はなかった。あたしをどこかへ無理矢理連れて行こうとしたキッドから逃げるために全力疾走したのも、今、考えても理解出来る行動だ。


(そうよ。大変だった)


 その後に、図書館司書になった怪盗が、ソフィアが、平然と働いている姿に慣れるのも一苦労だった。


(一度目の世界であいつの写真集を買っていたと思うと、虫唾が走る)


 小さいリトルルビィがすくすくと成長して、だんだん身長が伸びていることに、焦りも感じている。


(だんだん身長が伸びている気がする。いつ止まるんだろう。止まるわよね? 止まるに決まってる。止まれ。そのまま止まってしまえ。あたしに追いつくな。止まれ。いつまでも可愛いリトルでいなさい。トールルビィって呼ぶわよ。止まれ。止まらんかい)


 王子と名乗り出たキッドとは、


(半年以上会っていない。連絡も、手紙も、電話も、無い。来たと思えば、ラッピングされた誕生日プレゼントが名義無しで送られてきた。高価な包みの箱と、中身のプレゼントで、なんとなくキッドからだと思った。いつもの言葉の臭い手紙は入っておらず、プレゼントだけ)

(……)

(それだけ)


 彼は王子様としての初の大仕事で忙しい。隣国に出張に行っている。

 運が良いことに、その間、今までの今日まで、中毒者の気配は全くと言っていいほど無い。

 ソフィアも、リトルルビィも、キッドの部下達も、あの謎めいた事件である中毒者には目を光らせているが、キッドが留守にしている間、この国は、この世界は、とても平和な時間を刻んでいた。


(平和?)


 平和だと?


(これが平和だと言うの?)


 いや、そんなわけない。

 だって、あたしの中では、鬼達が今にも戦争を仕掛けようと武器を持って立ち上がっている。


(これが平和なのであれば)


 今までの平和とは、一体、何だったのか。


(これが平和なのか?)


 そんなわけあるか、とドロシーは叫ぶだろう。ドロシーじゃなくても、そう言うだろう。


 メニーの部屋の扉に、包丁を突き立てるあたしを、平和ボケしている令嬢と、誰が言えるだろうか。


「メェエエエエエエエエエニィイイィィィイイイヤアアアアアアアアアアアアアアア!!!」


 もう一度、包丁を突き刺した。


「てめええええええええええええええええええ!!」


 もう一度、包丁を突き立てた。


「出でごい! ごらああああああああああああああああああ!!」


 言葉にならない声で、包丁を刺す。扉に刺す。メニーだと思って、刺しまくる。


「この恩知らず!! この姉不幸者!! この天然パーマ!! この糞アマ!! この偽善者!! このあほんだらぁ!! この馬鹿妹!! このぐず!! このあんぽんたん!! この単細胞!! この石頭!! この媚び売り!! この猫かぶり!! この引きこもり!! この根暗!! この下劣陰湿無愛想!! おまえのかーちゃんでーべーそー!!」

「荒れてるわね…」


 廊下であたしの様子を部屋の前で見ている姉のアメリアヌが、やれやれと頭を抱えた。


「テリー、そんなことするからメニーが引きこもるんじゃない。包丁なんて持ってきて」

「何よ! あたしが悪いって言うの!?」


 振り向き、怒りの矛先をアメリに向ける。


「こいつが悪いんじゃない!! 何よ! 部屋に入ったくらいでこんなに怒ることある!?」

「落ち着きなさいってば。勝手に人の部屋に入るのはマナー違反でしょ。あんたが悪い」

「貸してた教科書を取りに来ただけでここまで怒るの!? しかも、あたしは何度も謝ってる! 勝手に怒って引きこもってるのはメニーじゃない! メニーが悪いじゃない! どっからどう見ても横から見ても前から見ても左右前後何から何までメニーが悪いじゃない!!」


(メニー……。あまり刺激させるんじゃないわよ……。あたしはね……、今、最大に最強に最高に反抗期真っ只中の体と年齢で、イライラとムカムカが止まらないのよ……!!)


 反応のない部屋の扉に、包丁を突き刺し、抜き、また突き刺し、再び怒鳴った。


「てめえ! 出てきたら、その体、引き裂いて内臓えぐりだしてやるからね!!」

「うわ! なんて言葉使うのよ! 下品な奴ね!」

「下品で結構! 言わせてるのはこいつじゃない!!」

「あんたね……、いつも貴族令嬢としての振る舞いがどうのこうのって力説してるくせに…」


 呆れたように言うアメリを、ぎっ! と睨む。


「この際、貴族がどうだお嬢様がどうだ、関係ないわよ!」


 これはね!!!!


「あたしとメニーの問題なのよ!!」


 ぐさっ!!!!!


「やめなさい!! テリー!!」


 もう一度扉に包丁を刺したところで、クロシェ先生が怖い顔で走ってきた。


「クロシェ先生……!」


 その姿を見て、あたしの顔が自然と明るくなる。


(クロシェ先生だ! メニー、ざまあみろ! クロシェ先生に叱られてしまえ! 人を理解しようとしてくれる先生なら、あたしの状況を、あたしのこのやるせない気持ちを、あたしの不幸を、分かってくれるはず!)


 駆けてきた先生に、あたしから足を進ませ、近づいた。


「クロシェ先生! 聞いてください! 全く本当に、どうしようもなく酷い話なんです!」

「テリー! こちらに来なさい! いけない子ね!」


(え!?)


 手首を掴まれて、クロシェ先生に引っ張られる。


「せ、先生!?」


 腕を引っ張られ、足を引きずられる。


「クロシェ先生! ちょっと待って!」

「包丁なんて持って! ドリーさんが慌てて伝えに来てくれたのよ!」


 ――リヴェ殿!! テリーお嬢様が凄まじい剣幕で、私の包丁を!! 私の愛用の包丁を!!!


「こちらに来なさい! テリー!」

「待って! 先生! あたし悪くないのよ! 悪いのはメニ……」


 ちらりと後ろを見れば、アメリが包丁が刺さったままの扉に声をかけていた。


「メニー? 大丈夫? いかれテリーならクロシェ先生に連れていかれたわよ」


 アメリが言えば、開かなかった扉が、薄く開いた。それを見て、あたしの目が見開かれる。


(はあ!?)


 あたしが散々謝っても、暴れても、開かなかったメニーが、アメリの声で扉を開けたのだ。


(はああああああ!?)


 今まで散々守ってあげて、色んな悪い奴から助けてあげたあたしには、部屋に入ったからという理由で怒りに怒って、部屋から追い出したくせに。


「大丈夫? ちょっと話しましょうよ。メニー。ああ、またそんな顔して。ハンカチいる?」


 アメリがメニーの部屋に入っていく。


(はあああああああああああああああ!?)


 何よこれ!?

 何なのよこれ!?

 何なのよこの茶番は!!!!


「メェエエエエェェニイイイイイイイイイイイ!! メニーメニーメニーメニーメニーーーーーーーー!! 許すまじーーーーーーー!!」

「こらっ! テリー!!」


 クロシェ先生が怒ってくる。あたしはクロシェ先生に振り向き、弁解の時間。


「だ、だって!」


 メニーが悪いんじゃない! あたしは悪くないのに!


「クロシェ先生、あたし、本当に悪くないのに!」

「奥様のお部屋でゆっくり聞きます。本当に最近の貴女は困った子なんだから!」

「クロシェ先生! 本当ですって! あたし、悪いことしてないもの! 本当よ!!」


(待て待て待て。クロシェ先生が話を全然聞いてくれない!)

(なんで!? なんで分かってくれないの!?)

(悪いのはメニーだってば!)

(なんで!?)

(なんでよ!!)


 あたしは今回、本当に悪いことを一切していない。メニーの部屋に貸してた教科書を取りに入っただけ。それだけ。


(だいたいメニーなんて、無断であたしの部屋に何度も行き来してるのよ)

(なんで今さら、あたしが怒られなきゃいけないわけ?)

(おかしくない?)

(絶対おかしい!)


 こんなのおかしい!!


 ママの部屋に連行されて、ギルエドも来て、眉間を押さえるママと、ため息交じりのギルエドと、困ったように頬を押さえるクロシェ先生が、部屋の中心の椅子に座るあたしを囲んだ。


「テリー、お前はこれまでに、数多くの反抗を重ねてきました」


 ママが静かにあたしを見つめて、ため息を出した。


「貴女も、もう14歳。大人しくなってもいいはずが、もっと暴れる始末。テリー、お母様はね、もう我慢の限界です」

「何よ。あたしがいつ暴れたって言うのよ」

「貴女のせいでお母様は何度涙を流したと思っているの。前までは貴族としての誇りを胸に抱いていた貴女が、ある日を境にはしたなく下品な言葉を使って大暴れ。様々なパーティーを欠席して、勝手に外出して、夜中に出歩いてたこともあったわ。レディに貴重な髪の毛をハサミでちょん切ったことだって。ねえ、テリー、一体本当にどうしてしまったの? 貴族なのよ? ご先祖様が築き上げてきた誇り高き血筋なのよ。自分の立場を分かってる?」

「必要なパーティーには出てるでしょ。貴族としての血筋もわかってるし、勉強もちゃんとしてる」

「テリー、お母様の言ってることが分からない?」


 貴女は、貴族の令嬢として自覚が足りないと言っているのよ。


「メニーの部屋の前で、また大暴れをしていたそうね。今までにないほどの下品ではしたない言葉を使っていたとか。お客様が屋敷に来ていたらどうするつもりだったの」

「今は来てないじゃない」

「貴族とは常に気品を保つものよ。おしとやかに、強かに、毅然と振舞うの。それでいて、ようやくお金持ちの素敵な殿方に気に入ってもらえて、結婚できる。いい? 今の貴女はそれに伴っていないの」

「ママ、あたし何度も言ってるけど、結婚相手なんてどうでもいい。このベックスの家がいつまでも平和に続けばそれでいいのよ」

「テリー、私は、今のお前に、この家の権利を譲るつもりはありません。暴れて暴れる娘に、誰が渡すものですか」


 あたしは腕を組んで、ママを睨む。


「ちょっと、ママ、冗談はやめて。あたし以外にこの家をまとめられる人間はいないわ」

「いいえ。今のテリーには渡せません」

「あら、そう。じゃあ、何? アメリにでも渡すつもり? あの間抜けなアメリに」

「そうね。お前よりもアメリの方がマシだわ。あの子は貴族として気品が出てきて、パーティーの出席率も高いし、色んな貴族と関わっているもの。テリーよりも優秀よ」

「パーティーでレイチェルの機嫌を伺ってるだけじゃない。あたしの方が勉強してる」

「貴女は貴族としての有り難みを分かっていない」


 ママが、あたしを鋭く睨みつけた。


「テリー、お母様はね、怒ってるのよ。もう我慢の限界よ。いくら愛しい娘のお前でも、甘やかしすぎたわ」


 すっと、背筋を伸ばして、ママが言った。


「一ヶ月、貴族ということを忘れて、城下町で働いてきなさい。それまで屋敷には入れません」


 ……。


「はあ?」


 あたしの眉間に皺が出来た。


「ママ、何言ってるの?」


 あたし、まだ14歳よ?


「14歳のあたしに、働きに出ろっていうの? まだ子供なのに?」

「昔と時代が違います」


 ママが窓を見た。


「仕事案内紹介所が出来たでしょ。あそこで紹介してもらって、一ヶ月、ただの町娘として働いてきなさい」


 ママの目が本気だ。傲慢で、お買い物大好きなママが、娘にはいつまでも甘いママが、あたしを鋭く睨みつけ、言葉の通りを決行しようとしている。


 その姿を見て、はあ、またいつものあたしが悪いパターンかやれやれとうんざりして、ママの部屋にあるカレンダーを見て、――あたしは顔を引き攣らせた。


(……ちょっと待て)


 あたしは日付を確認する。


(まさか、嘘でしょ)



 こ の 時 期 に ?



 あたしはにこりと笑う。


「ママ」


 まだ猶予はある。確信ではない。あたしはママに訊く。


「一ヶ月って、いつの一ヶ月?」

「来月」


 それを聞いて、あたしが確信する。背筋がぞぞぞっと震えあがる。


「10月!?」


 叫ぶ。


「やだ!!」


 ママが首を振る。


「駄目。テリー、ちゃんと一ヶ月外で働いて、自分で稼いだお給料を貰ってきなさい」


 そして、


「貴族としてのありがたみを、身に染みて感じるのです。いいわね?」

「ママ、11月。11月ならいいわ。せめて12月。今年の10月に城下町で働くなんて狂気の沙汰よ!? 絶対駄目!」

「我儘言わないの」

「我儘とかじゃなくて、本当に駄目なの! あたしが『死んでも』いいの!?」

「それでくたばるようなら、貴女に運がなかったということでしょうね」


(いやいやいやいや! 運がいいとか悪いとかじゃなくて!!)


 あたしは必死にママにすがる。


「ママ、本当に10月は駄目! 来年とか去年なら考えたけど、今年は駄目なんだってば!」

「10月まではまだ時間があります。今日この後、すぐに紹介所で仕事を見つけて来なさい。いいこと? テリー。仕事を見つけられなくてももう容赦しないわよ。10月になった時点でお前を屋敷から追い出して、11月になるまで中に入れません」


 ――ママが、本気だ。これ以上にないほど、本気だ。


 あたしは血の気が引くのを感じる。


(誤魔化しても駄目)

(追い出される)

(帰れない)


 今年の、10月に、屋敷に、いられない。


 ぞっと背筋が凍り、あたしは全力ですがった。


「ママ! ごめんなさい! あたしが悪かったわ! 考え直して! 謝るから! 本当にごめんなさい!」

「テリー、決定事項よ」

「ママ! 駄目! 今年は本当に本当に真面目にまともに真剣に駄目! あたし、本当に死んじゃう! 死んじゃうのよ!」

「ギルエド」


 ママの呼ぶ声に、ギルエドが頷き、あたしの腕を掴んだ。


「さ、テリーお嬢様」

「ちょ!」


 ぐいっと引っ張られ、抵抗も出来ずに、引きずられる。ママとクロシェ先生の姿がどんどん遠くなる。


「ママ!」


 ママは黙る。


「先生!」


 クロシェ先生は動かない。


「あたしを『殺す』気!?」


 冗談なんかじゃなくて、


「ママ! 嫌だ! 城下町は嫌だ! ごめんなさい! 許して! 謝るから! ごめんなさい! ねぇ! 本気でお願い! ママ! 考え直して!!」


 ママの部屋の扉が閉まった。


「ギルエド! 放しなさい! ママを説得する!」


 ばたばたと足を動かしても、ギルエドの力には勝てず、涼しい顔をしたギルエドに引きずられていく。ギルエドはあたしを引きずりながら、くっ、と切なげに息を漏らした。


「テリーお嬢様、ご容赦を……。これは一つの試練なのです」

「試練って何! こんなのただの虐めじゃない! 虐待じゃない!!」

「奥様は、貴族としての品格を守ってほしいだけなのです。お嬢様も14歳。そろそろわかってほしいのでしょう」

「ママがあたし達を愛してくれてることは重々承知だわ! でもね! ギルエド、本当に、本当に今年の10月は駄目! 本当に駄目! お願いよ! ギルエド、あたしにチャンスをちょうだい? ね? ギルエド、あたしのこと好きでしょう? 昔から面倒見てくれたじゃない! あたし、ちゃんと覚えてるんだから! ああ、そうだそうだ! メニーの件ならあたしがちゃんと謝っておくわ! ちゃんと仲直りするから! ね? ギルエド、ねえってば!」

「申し訳ございませんが、決定事項です……! お嬢様!!」


 玄関の扉が開いた。ぽーいっ! と屋敷の外に投げ出される。


「ぎゃあっ!」


 尻もちをつくと、ギルエドにあたしの鞄を持たされる。


「こちらに紹介所の地図が入っております。わからなくなったら、お読みください」

「くぅうう……! 何としてでもあたしを屋敷から追い出そうっての……!?」

「テリーお嬢様」


 ギルエドが真剣な眼差しで、あたしを見つめた。


「いいですか。これはテリーお嬢様のための試練です。テリーお嬢様は、ベックスの血を引き継ぐご令嬢。貴方様ならきっと乗り越えられます。奥様もああ言っておりますが、テリーお嬢様を信じているからこその、愛の鞭なのです! さぁ! どうぞ! 胸を張って! いってらっしゃいませ!」

「どいつもこいつも……! 何よ……! 何よ何よ! もう知らないから! どうなっても知らないからね!」


 わなわなと体を震わせ、鞄を持って、歩き出す。馬車なんて使わない。いつも通りに歩いて街まで行ってやる! ギルエドのばーーーーか!!


 屋敷に振り向かず、ふしゅー! ふしゅー! と荒い鼻呼吸をしたまま、街までの道を歩いていく。そして、――脳裏によぎるのは、『まずい』の一言。


(……どうしよう……)


 まさか、こんなことになるなんて。

 呆然と歩いていると、横から、「にゃあ」と猫の鳴き声が聞こえた。

 ちらっと見ると、緑の猫がついてきている。しっぽを揺らし、優雅にあたしの横を歩く。

 正面を向き、はあ、とため息。


「……まずいことになったわ。ドロシー」

「自業自得だろ」


 もう一度横を見れば、箒に乗ったドロシーがいた。


「君の暴れっぷりは想像を絶する。知っていれば必要だったと思える行動だけど、知らないとなればそうはいかない。今の君は端から見れば、ただの外遊び大好きちゃらんぽらんの心配不良令嬢さ」

「畜生……。皆してあたしを虐めやがって……。あたしが皆を守ってやってるんじゃない……! メニーだってそうよ……。あたしがメニーを何度助けて守って頭を撫でてあげたと思ってるの……? あんの、恩知らずがぁ……! ぐぬぬぬぬ……!!」

「君、紹介所の社長になりたいとか言ってなかった? キッドと建てた会社なんだって」


 ドロシーの言葉に、噛んでた指の爪を離し、頷く。


「前に雇用条件の良い所がないか探していた時にキッドに相談したら、一ヶ月で建ててくれて、そこから発展して、去年城下外に一店舗増やしたらそれがまた人気になって、一気に十店舗まで増えた。売り上げも馬鹿にならない。口座のお金をこの間確認したら、あたし、これで破産の回避が実現するんじゃないかと思った」

「なかなか上手くいってるんだね。じゃあさ、もうそこ行っちゃえば? 社長として働けばいいさ」

「ドロシー、あんたの馬鹿さ加減にはほとほと呆れるわ! こうなったらあたしの履歴書を教えてあげる!」



 てりー・べっくす(おんな)。

 きぞくのおじょうちゃま。

 しゅうじんのはたらくこうじょうにしゅうしょく。しけいはんけつ。



「ふん!!」


 履歴書を破り捨てる。資源は大切に。


「つまり、あたしは、工場でしか働いたことがないの!」


 キッドみたいに天才だったら良かったでしょうけどね、


「あたしにいきなり社長の仕事をしろっての!?」


 てりーちゃんはまだ14歳なの!


「無理無理。出来っこない」

「じゃあどうする気?」

「……そもそも、この時期に街に行けって言う方があり得ないのよ……」

「ん? この時期、なんかあったっけ?」


 ドロシーがきょとんとする。

 あたしは立ち止まり、ドロシーに振り向き、箒に乗るドロシーを見上げた。


「ねえ、あたしのノート出せる?」

「これのこと?」


 瞬きすれば、何も持っていなかったドロシーの手に、あたしの『覚えている範囲で出来事を書き綴ったノート』が現れる。


「はい」


 ドロシーが手渡し、あたしが受け取り、歩きながら、あたしはノートを開く。




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