第11話 タナトスの笛吹き男



「へえ。すごろくして遊んでたんだ」


 開かずの間で、ドロシーとババ抜きをする。


「すごろくって楽しいよね。昔からボードゲームとしてあるけど、考え付いた人を尊敬するよ」

「あんた、魔法使いのくせにゲームなんてするの?」

「僕だってゲームくらいするよ。大好き」

「ドロシーってキッドと話が合いそう」

「挨拶がてらお花の冠でもプレゼントしてみる?」

「ああ、あいつなら喜んで受け取りそう。魔法使いからのプレゼントだって言って飾るでしょうね」


 ドロシーがあたしのトランプを取って、数字が3のトランプを捨てた。


「どうだった? 久しぶりにキッドに会った感想は?」

「……ろくな目に合わなかった」



 ――好きだよ。テリー。


 ――俺を好きになって。



「ろくな目に合わなかった!」

「なんで突然怒るんだよ…」


 ドロシーがトランプから顔を覗かせる。


「なぁーに? また口説かれた?」

「……ふん。口説かれたところで、断ってやったわよ」

「ボディガードは?」

「駄目だって」

「ん?」

「契約解消お断り」


 あたしはドロシーのトランプを選ぶ。


「無理矢理契約書書かされて、血で拇印押したのよ」

「……血で? 何それ?」

「キッドが噛んできたから」

「彼、そこまで君のSPをしたいの?」

「……ドロシー」


 トランプを取る。当てはまらない。背中に隠して混ぜる。ドロシーに差し出す。


「これ、言ってなかったんだけど」

「うん?」

「そろそろあんたには言った方がいいかもしれない」

「何?」

「ボディーガード以外にも、契約してることがあるのよ」

「ボディーガード以外にも? なんだい?」

「婚約」


 ドロシーが眉をひそめた。


「…………ん?」

「婚約」

「………誰が?」

「あたし」

「誰と?」

「キッド」

「はあ?」


 ドロシーが顔を引き攣らせた。


「何? いつからそんな関係になったの?」

「ボディガードの契約を結んだ時に」

「君達、そんなに仲良しだったの?」

「契約内容は、あたしがキッドの婚約者と名乗ること。そして、キッドはあたしを守ること」

「納得した」


 ドロシーが頷いた。


「おかしいと思ったんだ。メリットも何も無いのに、どうしてキッドが君のような女の子を守るのか不思議でしょうがなかった」

「その前提での話をすると、キッドがあたしを口説いてたのは本当に婚約者と名乗らせたかったから。そっちの方が真実味が増して利用しやすくなるでしょ」

「だから君なびかれなかったんだ。ひえー。怖い話」

「で、仮面舞踏会」

「いいムードになっちゃったんだ」

「そうよ。お互いに良い雰囲気に飲み込まれたのよ」

「事件は起きた」

「キッドはあたしを閉じ込めようとした」

「だから、君はキッドを呪うほど憎んだ」

「その後どうなったと思う?」

「さて、どうなったの?」

「キッドがプロポーズしてきた」

「わお。すげえ。答えは?」

「NO」

「おや、どうして?」

「キッドなんて嫌よ」

「キッドは諦めた?」

「話を戻すわ。契約書。あれ、婚約届なのよ」

「そこまで用意する?」

「あいつ頭おかしい」

「君を噛んだ」

「血がにじんで、それで無理矢理指と書類を押し付けられた」

「で、本日、勝負に負けて、婚約届はキッドのもの」

「はあ」

「キッドはなんでそこまでするの?」

「好きって言われた」


 指が動く。ドロシーがあたしを見る。あたしはトランプを抜いた。捨てる。


「本当に人を好きになったんだって」


 じろり。


「ドロシー、最強の魔法って、キスをしたら惚れるなんていう副作用は?」

「君は治療の魔法をかけた。ということは、恋の魔法ではない。キスをして惚れたというのは違う」

「絶対でしょうね」

「断言しよう。最強の魔法は、一度きりだ」

「…………」

「へえ。今度はキッドが恋をしたんだ?」


 ちらり。


「どうなの?」

「御免よ。あいつとなんて」

「君がどうしてそんな顔なのか、理解出来た」


 ドロシーがあたしのトランプを選ぶ。


「何もされなかった?」

「ままごとに付き合わされたわ」


 ――テリー、キスしていい?


「……泊まって行けだって」

「帰ってきたんだ」

「帰るわよ」


 あの手の感触が忘れられない。


「あたし、家でゆっくりしたかったんだもん」


 あのキスの感覚が忘れられない。


「キッドの家にいたんじゃ、王妃様もいたことだし、落ち着かないでしょう?」


 キッドの切なげな瞳が忘れられない。


「王妃もいたんだ」

「ええ。遊びに来てたみたい」

「そっか。スノウ王妃は、キッドの母親か」

「そうよ」

「一晩泊まって、仲良くしておくことも出来たんじゃない?」

「冗談」


 帰らないで、と言ったあの声が忘れられない。


「一晩も一緒にいたくない」

「泊まってたらどうなってたかな?」

「さあね」


 どうなってたのかしら。


(……誰かに、友達の家に泊まるって電話で伝えて)

(キッドとご飯食べて、お風呂借りて)

(あの庶民臭い服を着て、またゲームして遊んだりして)

(キッドと二人でベッドに入って)


 一緒に、寝て――。



 ――ちょっとだけ、あの……。


 ――……触ってもいい?



「…………………………………………………」

「テリー? ねえねえ、テリーってば。すごい顔してるよ。ものすごい人を恨んでそうなめちゃくちゃ怖い顔してるよ。ねえねえ、そんなにトランプを睨まないであげて。悪いのはキッドだろ? トランプには何も罪はないよ。トランプが可哀想だよ。お願い。もうやめてあげて」

「はっ!」


 ひと時の幻から、目が覚める。


「いけない。眠いのかしら。ああ、ミスター・ドリームがあたしを呼んでるみたい」

「テリー、眠る前にこの勝負だけ終わらせないかい?」

「ええ」


 互いにトランプに向き合う。


「テリー」

「ん」

「スノウ王妃は、お元気?」

「あたし、一目見て、スノウ様だって気づかなかった」

「だろうね」

「彼女は、あんなに元気いっぱい外を出歩くような人じゃなかったもの」

「へえ」


 ドロシーの口角が上がった。


「元気なんだ」

「すごくね」

「考えられない」

「あんたも知ってるのね」

「見てたからね」

「そうよね」

「僕達は一度目の世界のことを覚えてる」

「キッドが死んで、スノウ様はどう思ったのかしらね」

「さあ、どうだろうね」

「それがあの結果だったのかしら」

「だとしたら、納得いくね」

「……あたし、覚えてるわ」

「そこから徐々に崩れていったからね」

「そうよね。景気も悪くなったのはあそこからだった」

「犯罪も多くなった」

「…………」

「テリー」


 未来は変わっている。


「キッドがいるんだ」


 君がこだわってきたキスをしてまで助けた。


「しばらく様子を見ることにしよう」

「……そうね。紅茶でも飲んでゆっくりするわ」

「明日は何をする?」

「忘れたの? 明日は図書館よ」

「ああ。やっとオープンするんだっけ」

「リトルルビィが働いてるんだって」


 はあ。


「偉いわ。あんなに小さいのに元気に沢山働いて。あの子ね、字が読めるようになったんだって。絵本を空いてる時間に読んでるんだって」

「ああ、そうなの?」

「メニーもリトルルビィを見習うべきよ。あいつが働けばいいのよ。その間、あたしはリトルルビィとるんるんらんらんしてるから」

「メニーはメニーで沢山勉強してるじゃないか。小さな赤頭巾ちゃんに会いに行く時だって、必ず何か持っていってあげてるんだよ」

「当然よ! 金持ちなんだからどんどんリトルルビィにしてあげるべきなのよ!」

「君、メニーとルビィの扱いに差がありすぎないかい?」

「馬鹿。リトルルビィはね、違うのよ」


 あの子はね、


「癒しなのよ」

「癒されて、君の荒んだ心が少しでもマシになってくれたらいいんだけどね」

「明日、お菓子を持っていくの」


 あたしの可愛い目がきらきら光る。


「キャンディの詰め合わせよ。ああ、喜んでくれるかしら」

「メニーにもそれくらいの優しさを見せてあげたらいいのに」

「うるさい。言ってるでしょ。嫌いなのよ。あいつ」

「分かった分かった」

「リトルルビィはね、メニーとは違って、タナトスであたしを助けてくれたわ。命の恩人よ。もう大好き。リトルルビィは大好き。メニーは大嫌い」

「タナトスね」


 ドロシーがため息をついた。


「海の見えるところだよね」

「そうよ」

「あそこ、昔、人魚が住んでたんだよ」

「……そうなの?」

「うん。美人ばかりの、嘘つきの集まり」

「いつの話?」

「昔」

「あんた何歳なの?」

「乙女に年を訊くなんて、マナー違反だよ。テリー」


 ドロシーがジョーカーを引いた。顔を引き攣らせる。


「げっ」


 背中に隠して混ぜた後、あたしに差し出す。


「あそこ、監視が多いんだって?」

「ええ。監視だらけだったわ」

「あーあ」


 馬鹿だな。


「そんなことしても、見つかりっこないのに」

「何が?」

「タナトスの住人達が、馬鹿だなって話」

「……何それ?」

「どうして監視が多くなったと思う?」


 ドロシーを見ると、にやけている。


「今から、二十年前くらいかな」


 とある、魔法使いの話。


「彼は笛を吹いて自由気ままに旅をしている魔法使いだ。時々サーカス団に入ったりして、生活をしてるんだって」


 そんな彼のお話。


「偶然、タナトスに来た時だ。当時、町では鼠が大量発生していて、住民が皆困っていたんだって。それで、彼が訊いたわけだ」


 ――鼠を追い払えば、金貨を五枚くれますか?

 ――ああ、約束しよう。金貨を五枚差し上げよう。


 笛吹きの魔法使いは、笛を吹いて鼠を一匹残らず町から連れ出した。いいかい。皆。この町には近づいてはいけないよ。鼠の楽園を知っているんだ。そこに行くといい。連れて行こう。


「だがしかし、事件はその後だ」


 平和が訪れたタナトス。住民達は、金貨五枚をくれるのを惜しくなった。笛吹きが戻ってきた。さあ、金貨五枚を頂戴しましょう。え? 何の話だったかな? 何を仰いますか。鼠を追い払えば、金貨五枚くれるとの約束です。そんな約束、覚えがございません。馬鹿な、約束しました。しておりません。さあ、旅の方。帰ってください。笛吹きはそうやって追い払われた。


「あのさ、魔法使いは人間に利用されて、絶滅させられそうになった。ね、分かる?」


 人間を恨んでいる魔法使いもいるんだよ。


「復讐劇だ」


 ならば子供達をさらってしまおう。もう知らないよ。お前達が悪いんだ。人魚の血が流れているな? 嘘つき人間。嘘つきな大人になってはいけない。さあさあ子供達。一緒に行こう。お菓子の家が待っているよ。集まれ集まれ。子供達。さあさあおいで。さあさあおいで。


「タナトスの子供達は、いなくなった」


 足が不自由な子は動けないから助かったけど、それ以外は皆、連れて行かれた。


「でも、笛吹きは優しい紳士だったからね」


 反省した大人達を見て、すぐに子供達を解放した。子供達は楽しくお菓子の家で過ごした思い出を消されて、難なくタナトスに戻された。


「大人達は、魔法使いを憎んだ」


 どうしてこんなことをするんだ。あまりにも酷いじゃないか。ああ、分かった。鼠を大量発生させたのも、あの男のせいだ。なんて奴だ。見つけて殺してやる。


「彼らは、監視を置くことにした」

「兵士を」

「警察を」

「監視カメラを置いた」

「全ては」


 笛吹きを見つけて殺すため。


「馬鹿だよね」


 気付きやしない。


「その笛吹きね、タナトスが気に入って、今はピエロの格好して住んでるんだって」

「住んでるの?」

「うん。毎日ピエロで子供達に笑顔で手を振ってるんだって。カーニバル期間は、アイスクリームを持ってる子供にカラースプレーをあげてるって言ってたな」

「へえ」

「見なかった?」

「ピエロなんてそこら中にいたもの。分からないわ」

「そうだよね。分からないよね」


 分からないのに、監視を置いて笛吹きを捜してるなんて。


「人間って愚かだよね」

「その魔法使いは、人間を恨んでる?」

「恨んでいるというより、監視してるんだ。悪いことをしないように」


 だから、メニーを助けてる余裕なんてなかったんだよ。


「だって、彼は四六時中、タナトスを見守ってるわけだから」

「いい魔法使いね」

「彼に言っておくよ。テリーがそう言ってたって」

「ドロシー」

「何?」

「サリアに、正解だったって伝えてもいい?」

「……言わない方がいいんじゃないかな」

「そう思う?」

「答えのない謎って、答えが無いから魅力的だったりもするよ」

「そう」


 じゃあ、


「今回はやめておく」


 あたしはトランプを抜いた。


「あ」


 あたしはトランプを捨てた。


「あたしの勝ち」

「あーあ」


 ドロシーがジョーカーを投げた。


「もう夜も遅い。僕も寝るよ」

「どこで寝るの?」

「今日はどうしようかな。テリー、一緒に寝ていい?」

「うるさくしないでよ」

「うるさいのは君のいびきだろ」

「お黙り」

「……ん?」


 ドロシーがあたしに指を差す。


「テリー、そこ蚊に刺されてるよ」

「嘘。どこ?」

「そこ」

「ここね」


 指を差されたところに手を当て、速やかに鏡の前に行く。襟を少しずらすと、確かに首筋に赤い痕があった。


「うわ。本当だわ。最悪」


 あたしは首筋を優しく撫でた。


「痒くないから全然気づかなかった。これから痒くなるのかしら。ああ、あたしの綺麗にケアしているお肌になんてことを…!」

「13歳の体でしょ。すぐに痕なんか消えるさ」

「畜生! 蚊の野郎! 蚊取り線香たいたろかい!!」

「絆創膏で隠せば?」

「隠すわよ。こんな下品な痕見せられないもの」


 なでなで。


「ドロシー。蚊が近づかない魔法をかけて。こんなんじゃ、あたしの美しいお肌がぼろぼろになっちゃう!」

「蚊に刺されたくらいで大袈裟なんだから」

「痒いの嫌なのよ!」


 なでなで。


「……ああ、これから痒くなるのね」


(嫌だな…)


 あたしは大きくため息をついた。


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