第13話 足音を揃えてワルツへ


 時間が過ぎるたびに空には雲が広がっていった。雪が降るかもしれない。さっきまであんなに天気が良かったのに。そんなことを思いながら、握っていた手を開く。

 ニクスのピアスを落としてしまうかもしれないと思ったあたしは、ハンカチにその綺麗で美しいピアスを挟んで、ポケットに入れた。そして厳重に、絶対落とさないように、そのポケットに手を突っ込ませて歩く。

 もう一つの手は、


 キッドの手を繋いでいた。


「うわっ。すげえ。あれ、見てよ。テリー」


 大きな雪像に指を差すキッド。

 あたしはそれを見上げて、つい目を奪われてしまうが、その事実をこいつにばれてたまるかと、鼻を鳴らして笑った。


「ふん! たかが庶民の作った雪像なんて、こんなものよね! あのリアルな形とか、あのポージングとか、あの線とか、あの細かい部品だとか、特にあの輝かしい瞳なんて雪のくせに上手い具合に表現出来ているように見えなくもないわ! まあ? 庶民にしては頑張った方じゃなくって?」

「テリー、感動したなら素直にすごいって言っていいんだよ」

「何がすごいもんか! たかが庶民の作ったものよ!? 馬鹿じゃないの! あ! 活動募金箱だわ! 仕方ないわね! 貧乏人ども! 受け取りなさい! 来年も見に来てあげないこともなくってよ!」


 あたしは募金箱に金貨を入れた。


「おほほほ! せいぜいその資金で活動範囲を拡大することね! 貧乏人が!」

「制作チームが喜ぶよ。本当に細かく出来てるよね。あの目とか耳の出来とか」

「はあ? 耳? 何言ってるの? まさかあの本物のように見える耳のことを言ってるの? まあ? 庶民にしては頑張った方よね。褒めてあげなくもないわ」

「そうだね。凄い作品だ。さ、次に行こうよ」

「まだ隣の作品を見てないわ。キッド、足を止めて」

「寒いんだよ」

「いいから止めて」

「もう。門限あるって言ったのは誰だよ」


 あたしが雪像を眺める間、キッドは時計台の時計の針を眺めた。


「ん。まだ歩けるな。テリー、馬車を用意してるからぎりぎりまで見て行こう」

「いらない。あたし一人で帰れる」

「何言ってるの。デートなんだよ。これ」

「練習でしょ」

「そうだよ。練習なの。だから、紳士に送ってもらうことにも慣れておかないと。ね?」


(チッ。余裕のある笑顔しやがって。むかつく)


 ふいっと顔を逸らして、ポニーテールの髪を揺らして、また並ぶ雪像を眺める。出店が並び、一軒ずつ見ていく。あ、くじ引きがあるわ。占い屋もある。手相を見てもらえるらしい。自分の手を見てみる。


「テリー、お化け屋敷があるよ」


 びくっ。

 あたしの足が止まる。


「…行く?」


 キッドのにんまりとした声に、あたしはすまし顔を見せた。


「こんな寒い中でお化け屋敷? 季節が違くてよ。お化け屋敷はね、暑い夏に入って体を冷やしてゴールまで行くから面白いんじゃない」

「そうなんだけどさ。テリーが怖がって、俺にすがりつくところが見たいなと個人的に思って」

「………………趣味悪いわよ」

「ねえ、テリー、せっかくだから行こうよ」

「輪投げがあるわ」


 指を差す。


「子供はあれで十分よ。おら、やれ」

「よし、じゃあ二人でやろう」

「あたしもやるの?」

「お前から言ったんだろ」


 キッドが出店の店主に声をかけた。


「おじさん! 輪投げ二人分!」

「あいよ! おまけに一本追加だ! 兄ちゃん、かっこいいとこ見せてやんな!」

「やった! ありがとう! おじさん!」


 キッドが輪を持って離れる。あたしに数本渡す。


「テリー、勝負だ」

「何よ」

「お前が一本も入らなかったらお化け屋敷だ」

「お前、殺されたいの?」

「お前のことだ。全部外すに決まってる」

「上等よ!」


 びしぃっ! とキッドに指を差した。


「このテリー様とやり合おうなんて、良い度胸じゃない! その代わりあたしの縄が一本でも入ったらお化け屋敷は無し! なんか甘いものでも奢ってもらうわよ!」

「くくっ。そうこなくっちゃ!」


 キッドとあたしが並ぶ。


「「いざ、尋常に勝負!!」」


 キッドとあたしが輪を投げた。


 キッドが入った。あたしは入らなかった。

 キッドが入った。あたしは入らなかった。

 キッドが入った。あたしは入らなかった。


「…………………」

「ラスト一本だ」


 キッドがにやりと笑った。


「さあ、テリー。覚悟はいいな?」

「望むところよ!!」


 あたしは構えた。


(あたしはやれば出来る子! あたしはやればできる子!)


 きええええええええええええい!!


 あたしは輪を投げた。


(入れぇええええええ)


 輪が棒にぶつかり、そのまま外し、地面に落ちた。あたしの膝も崩れ落ちた。


「がはっ」

「よし」


 キッドがふわりと輪を投げると、輪がまるでキッドの奴隷のようにふわふわ浮かび、棒へとはまった。出店の店主が拍手をした。


「兄ちゃんすげえな!」

「あはは! どうもどうも!」

「景品だよ! 持っていきな!」


 キッドが景品のお菓子を貰い、袋に詰めた。あたしは地面に四つん這いになって絶望に打ちひしがれた。


(……お化け屋敷……)

(え…嘘…)

(入るの……?)


 時計台の時計を見上げる。時間にはまだ余裕がある。


「………」

「テリー、手が冷えるよ。ほら、立って」

「…………」


 あたしは自ら立ち上がり、ぽんぽんと雪を払った。


「さて」


 あたしは目を光らせて、キッドに振り向いた。


「次はどこに行く!?」

「お化け屋敷」


 あたしは目を光らせて、キッドを見上げた。


「次はどこに行く!?」

「だからお化け屋敷」


 あたしは目を光らせて、指を差した。


「あ! 空に魔法使いが!」

「テリー、お化け屋敷行くよ」

「あたし、あっちに行きたい!」

「お化け屋敷」

「あたしあっち」

「お化け屋敷」

「………………」


 ちらっとキッドを見上げる。


「…………本当に行くの?」


 訊くと、キッドがきょとんとして、ぶふっと吹き出して、くくっと笑い出して、あたしに身を屈ませて、顔を覗き込んだ。


「そんなに嫌?」

「………別に嫌じゃないけど?」

「じゃあ行こうよ」


 手を掴まれ、慌てて足を止めた。キッドの足も止まる。


「テリー?」

「お化け屋敷なんて、子供が入るところなのよ?」

「俺達子供だよ」

「…………」


 あたしの眉が八の字にへこむ。


「………行くの?」

「…………」


 キッドがにっこり笑って、あたしの手を引っ張るのをやめた。


「ああ、分かったよ。今回だけ許してあげる」


 でもね、一つだけ。


「許してください。キッド様。って言ったら許してあげる」

「くたばれ」


 キッドがあたしを引きずり出した。


「おまっ! 待て! こら! お前! この!」


 ずるずるずるずるずるずる。


「ま、ま、ま………」


 入口。


 ぎゃーーーーーーーーーあ!!!!!


 出口。


 キッドが満面の笑顔でお化け屋敷から抜け出した。


「びえええん!!」


 引きずられるあたしは手で目を擦りながら大声を出す。


「このお兄ちゃんに泣かされましたーーー!!」

「ほら駄々こねないで行くぞ」

「ぐすん! ぐすん! うええええん!!」

「ぶっくくくく……」


 キッドが膝を叩いて笑い、あたしに振り向いた。


「そんなに怖かった?」

「怖くないわよ! くたばれ!」

「怖くないならなんで泣いてるの」

「泣いてないけど!」

「泣いてるじゃん」

「意地悪!」

「結構。あー、楽しかった。お化け役の人達、演技上手かったね」

「あたし、無理矢理お化け屋敷に入れるような意地悪な人は大嫌い! 紳士な人がいい!」

「はいはい。悪かったよ」


 キッドにお菓子を差し出される。


「さっきの輪投げの景品。食べよう」

「………グミがいい」

「はい。苺味」

「ん」


 あたしとキッドがもぐもぐ噛みながら雪道を歩き出す。あたしは鼻をすすった。


「ぐすん」

「あとは何を見ようかな。テリー、なんかやってみたいゲームある?」

「ぐすんっ」

「ジュースでも飲む?」


 あたしは首を振った。


「ぐすんっ」

「ほら、クレープもある。食べる?」

「………ん」


 クレープの隣の看板に目が行く。


「ねえ、あれは?」

「ん? …はっ!」


 看板に振り向いたキッドが大きく反応した。


「『苺大福』って何?」

「テリー、よくやった」


 キッドに頭を撫でられる。


「苺大福店を見つけるなんて、お前、でかした。素晴らしいよ。実に素晴らしい。よくやった」

「やめろ。うるさい。触るな。クソガキ」

「苺大福だ。クレープよりも苺だ。いいか。苺だ。テリー。苺大福だ」

「聞いたことない。苺大福って何?」

「苺の入ったふわふわの生地の食べ物だよ。お前、まさか食べたことないのか?」

「ない」

「テリー、死ぬ前にあれだけは食べておかないと駄目だ。よし、決まりだ。買おう。結構好みが分かれるから、いらなかったら俺がありがたく貰うから心配せずに食べるといい」


(あたしの残飯を食べたいだなんて、貧乏人の考えることは違うわね。実に哀れな奴だわ)


 キッドがふわふわ微笑んで、出店の店主に注文する。


「二つ!」


 ピースをするように指を二本突き出すと、店主がそれを見て、にやっと笑った。


「なんだい、デートかい!」

「はい!」


 キッドが笑顔で頷き、あたしと繋ぐ手を男性に見せつけた。


「可愛いでしょ? 俺のプリンセス!」

「チッ! しゃーねぇーな! おまけだよ!」


 苺を横から一個ずつ生地の中に入れて、あたし達に渡される。キッドが喜んで、目を輝かせて、店主にお金を渡した。


「ありがとう! イケメンのお兄さん!」

「口が上手いな! 坊主!」

「はは! そっちも商売上手だね!」


 そう言って店から離れ、歩きながら、あたしに包みに入った苺大福を渡す。


「はい。食べれる? どこか座ろうか?」

「なめないで。貴族令嬢として、食べ歩きはひそかにやってるのよ」


(どうせ大して美味しく無いんでしょ。くれてやるわよ。こんなもの)


 包みの部分を持って、がぶりと噛みつけば、


「……………っ」


 あたしは言葉を失った。キッドもかぷりと噛み付く。キッドが黙った。


「…………」

「…………」

「………………」

「………………」


 会話が消えた二人からは、ひたすら食べる音が響くだけ。ごくりと飲み込む。


「………………」


 あたしはチラッと振り向いた。


「キッド、もう一つ食べてあげないこともなくってよ」

「一人5個いこう。5個」

「仕方ないわね。奢ってあげるわ」

「いいよ。これくらい出せるから」


 キッドがあたしの手を離し、買いに行く。


「イケメンのお兄さん! 10個ちょうだい!」

「まいどぉ!!」


 キッドが戻ってくる。


「はい。テリー」

「キッド、お駄賃よ。ありがたく受け取りなさい」

「いらないってば」

「なんでよ。お駄賃よ? 欲しくないの?」

「テリー、これはデート」

「だから、出すってば」

「俺が出すからいいよ」

「……そう」


 お金が欲しくないの? 変な奴。


 財布をしまって、またキッドと手を繋いで、苺大福を食べる。


「テリー、雪だるまだ」


 もきゅもきゅ食べる。


「テリー、あれも雪像だって。すげー」


 キッドと苺大福を噛みながら眺める。


「テリー、まだまだあるよ。もっと見よう」

「ん」


 もきゅもきゅ。


「テリー、くじ引いてみる?」

「ん」

「おじさん! 二人!」


 噛みながら引いてみる。ハズレ。


「キャンディだ。何味?」

「苺」

「俺チョコレート」

「チョコレートがいい」

「交換しよう」


 キッドとキャンディを交換した。

 また手を繋ぐ。冷たい手がキッドの手に包まれて、キッドの手をあたしが包んで、二人で暖め合う。


「あ、テリー、なんかある」

「何あれ」

「手を入れるんだって」


 悪い人は手が抜けなくなります。


「テリー、手が抜けなくなるんじゃないか?」

「馬鹿。あたしとっても良い子だもの。こんなのただの出任せよ」


 あたしは手を突っ込んだ。引いてみる。抜けない。


「……………」


 ぐっ、と引いてみる。抜けない。あたしの目が潤んだ。


「ぐすんっ! ぐすんっ! ぐすんっ!」

「これさ、ちょっとコツがあるんだよ」


 キッドが得意げに手を突っ込ませ、あたしの手の上から手を重ねた。


「こうして」


 少し手を曲げる。簡単に抜けた。


「ほら、抜けた」

「ほらね、子供騙しだった。何よ。あたし知ってたもん」

「ああ、そう」


 手をひらひらさせるあたしにキッドが笑う。


「行こう。テリー」

「ん」


 また手を握る。ゆっくり歩き出す。


「テリー、クレープ食べる?」

「苺大福があるからいい。重くなるでしょ」

「それもそうだな。じゃあどうしようか」

「モグラ叩きだって」

「楽しそう」

「あっちにも何かあるわ」

「テリー、雪像だ」

「………猫だわ」

「猫だね」


 通り過ぎる。時間は刻一刻と刻まれていく。


「テリー、そろそろ?」

「…そうね」

「最後にどこか回ろう」

「いいわよ。なんか心が満たされた」


 苺大福を見て、頷く。


「もう大丈夫」

「駄目。なんか思い出に残るようなやつが欲しい」

「何が思い出よ。あんたとの思い出なんて、けなされたことと馬鹿にされたこととお化け屋敷に引きずられたことしか覚えてないわよ」

「おっと、いいのがあった」


 キッドがにやりとしてあたしを引っ張り、ついていけば、安物のアクセサリーが置かれた出店へたどり着いた。キッドが出店の女店主に笑顔を浮かべる。


「こんにちは!」

「はい。こんにちは」

「見ていってもいいですか?」

「どうぞ」


 女店主が微笑ましそうに笑った。キッドが繋いだ手を上げ、あたしの小指を見て、選ぶ。


「これくらいかな」


 キッドがひょいとつまんで、あたしの左小指にはめてみた。


 王冠の形の指輪。


「あ、似合ってる。少し大きいけど、お前成長期だからこのサイズにしておいた方がいいよ」

「ふーん」

「俺はこっち」


 キッドが同じ形の、サイズの違う指輪を自分の小指にはめる。


「左の小指はね」


 キッドが微笑む。


「願いを叶えてくれるんだって」


 優しくあたしの左手を握る。


「テリーの願いが叶うように、俺が祈っててあげる」


 キッドとあたしが見つめ合う。


「だからテリーは俺の願いが叶うように、祈っててよ」


 キッドが指輪を見つめる。


「お互いの夢と野望が叶えば、この上ない幸せだ」


 キッドがまた笑う。


「それから婚約を解消したって遅くはない」

「そうね」

「買っちゃおうか」

「いいわ」


 あたしは王冠の指輪を見て口角が上げた。


「へえ。願いが叶うんだ」

「テリーの願いは?」

「またニクスに会えること」

「会えるさ」

「お前に言われなくたって分かってる」

「そっか。……お姉さん」


 キッドが女店主に指輪を見せた。


「これ下さい」

「ふふっ。はいよ」


 キッドが支払う。あたしとキッドの小指が王冠の指輪で輝いた。


「行こう。テリー」

「ん」


 手を繋いで、また歩き出す。あたしはもう帰らないと。門限を破ったら、今度こそヤキを入れられる。


 キッドとお揃いの指輪をつけて、キッドと足を揃えて、キッドと歩く。


「お揃いだね」

「そうね」

「なんか本当に恋人同士みたいだね」

「婚約者でしょ」

「そうそう。婚約者だ」


 キッドがあたしと繋ぐ手を見下ろした。


「へへっ」


 キッドが無邪気に笑った。


「お揃いだ」


 嬉しそうな声を出す。


「テリーとお揃い!」


 幼い子供のような顔で、笑う。


「ねえ、テリー、やっぱりもう少し歩かない?」

「門限あるって言ってるでしょ」

「俺が連絡してあげるから」

「お前みたいな奴と関わってるなんて知られたくないのよ」

「ねえ、テリー、もう少し遊ぼうよ」


 俺、まだ足りない。


「テリーともっと遊びたい」


 テリーの初デートなんだよ。


「楽しく見て歩こうよ」


 足りない。


「もっとお互いを知って」


 足りない。


「もっともっと距離を近づけて」


 足りない。


「もっと知っていこう」

「もう帰る」

「つれないな」


 キッドがため息を出した。


「テリー」


 キッドがあたしを見た。


「くくっ」


 笑った。


「愛してるよ」
















 嘘つき。












 瞼を上げると、カーテンの隙間から日の明かりがこぼれている。もう朝のようだ。

 はあ、と息が漏れた。


(最低な夢を見た)


 最低なことを思い出した。


(思い出したくないことを思い出した)


 あたしは起き上がり、ランプがある棚の上に置いた、いつもの指輪をはめた。


「ああ、悪夢だわ」


 左手の小指にはめた。


「さて」


 起き上がり、伸びをする。


「今日は忙しくなりそう」


 カーニバル三日目の朝。パストリルと、キッドの勝負の日。


「手柄はあたしのものよ」

「これがうまくいけば」

「死刑」

「罪滅ぼし活動」

「婚約」


 くひひっ!!


「全部まとめて卒業よ」



 にんまりと笑い、短い髪を払った。










 四章:仮面で奏でし恋の唄(前編) END

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