【完結】おとぎ話の悪役令嬢は罪滅ぼしに忙しい

石狩なべ

最終話 末路

「さあ、僕のプリンセス! こちらへおいで。一生大切にするよ!」


 その手を取れば、王子さまがにこりと笑う。


 赤いバージンロード。空から降りてくる花びら。

 笑う人々。幸せな人生の幕開け。


『おめでとう! テリー!』

『幸せになってね! テリー!』

『テリー! なんて素敵な名前なんだ! 私たちのプリンセス!』


 出迎えてくれる人々。

 歓迎してくれる人々。

 見送る人々。


 あたしは全てが幸せで、

 これからこの大好きな王子さまと一生側にいられることが嬉しくて、

 笑顔になった。


 そんな夢を見た。


 ――じゃきん、と大きな音を鳴らして、あたしの髪の毛が切り落とされた。


 人々の怒号が聞こえる。


「テリー!!」

「悪魔の女め!!」

「ざまあみろ!!」


 悪魔の女ね。今なら、そう呼ばれる意味も理解できるわ。


「地獄に落ちろ!!」

「最低な人間め!!」


 知らなかったで済まない罪を犯したのだから、そう言われても仕方ない。


「プリンセスに謝れ!!」

「ふふ! やっぱり親も醜ければ、娘も醜いってことね」

「本当醜いわね、ふふふ!」


 醜い。

 そうね。確かに。昔と比べたら、肌は荒れてぼろぼろで、髪の毛も切られて、女ではなく、ばけものに見えるかもね。でも、今さら死刑人に、そんな言葉は痛くない。

 何も、考えられない。


 重たい足枷。

 苦しいほど縛られた縄。

 目の前のギロチンに、あたしは身を預けた。

 仰向けにされる。


 ……ちょっと待ってよ。普通うつ伏せじゃない? これじゃあ、いつ刃が落ちるか見えてしまうじゃない。ああ、やだやだ。最期だっていうのに。


 あたし、自分の最期の瞬間までこの目で見なければいけないのね。

 あたし、こんな無様な死に方しなくちゃいけないのね。


 仰向けのまま、首が固定される。


 ああ、あたし、とうとう死ぬんだわ。

 こんな日に限って、とてもいい青空なのね。

 おかげで遠くで椅子に座って、こちらに目を向けている王さまとその妃が見える。


 王さまは、無の表情をあたしに向け、――妃の女は、いつもの美しい澄んだ青い瞳で、あたしを見つめていた。


『メニー』

『あんたも舞踏会に来ていいんだからね』


 ほんの気まぐれで言った言葉。

 今は、その気まぐれさえ後悔している。

 お前にそんなことを言ってあげる価値さえない。

 憎い。

 憎い憎い憎い。


『ありがとう、お姉さま』


 ああ、皮肉ね。

 人生の最後で、あたしを死刑にしたメニーの声が聞こえるなんて。


『テリーお姉さま』


 ああ、そんなに笑わないで。

 お前の笑顔なんて見たくない。

 あんたを何度も恨んで何度も憎んで何度も後悔した。

 メニー。メニー。メニー。メニー。メニー。


「これより、罪人、テリー・ベックスの死刑を開始する」


 祝福するようなラッパの音が聞こえる。

 ドコドコドコと、あたしの心臓の音のような太鼓を響かせる。


 音が響く中、あたしは最後に、……頭を上げて、見上げた。

 メニーと目が合う。

 その青くて、清らかな目とあたしの濁った目が重なる。


 メニー。

 その目が嫌いだった。

 その目が羨ましかった。

 その目が妬ましかった。

 羨ましかった。

 お前の存在が、お前の美しさが、あたしにとって、輝かしいもので、手に入らない宝石のようで、手を伸ばしても、お金を払っても、手に入らないその美貌。

 羨ましかった。

 ただそれだけだった。


 ドコドコドコドコドコドコドコドコドコ


 お別れだ。


 ドコドコドコドコドコドコドコドコドコ


 ああ、嫌だわ。


 ドコドコドコドコドコドコドコドコドコ


 ああ、死にたくない。


 ドコドコドコドコドコドコドコドコドコ


 ああ、あたし、ああ、なんで。あたしは、


 ドコドコドコドコドコドコドコドコドコ


 こんなことなら、もっと、もっと、堂々と生きるんだった。


 ドコドコドコドコドコドコドコドコドコ


 あたしは、なんてくだらない罪を犯したのだろう。



 王妃を、


 プリンセスを、


 メニーを、


 義理の妹に、酷い扱いをしなければよかった。


 後悔してももう遅い。


 時間は迫る。


 太鼓は鳴る。


 人々は喜ぶ。


 罪人の死を喜ぶ。


 刃が迫る。


 あたしは死ぬ。


 王子さまなんか来ない。


 真実の愛なんか存在しない。


 全部、幻想だ。



(ああ、死にたくない)



 あたしは瞼を閉じる。



 暗闇の海に、あたしは溺れる。



 とうとう、ギロチンの刃があたしの首に食い――








 ――こんでない?




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