邪竜

 全員が、あっ、と言う形に口を開けたままその光景を見ていた。


 天井から伸びた長くて太い巨大な何かはバーブレフェンの頭から腰までを一息に咥え込んだ。そのまま、ぬるん、と渦を巻くように地面に降りるとその丸太のような首の力で軽々とバーブレフェンを持ち上げた。


 その男の足が、もがくようにバタバタと宙を掻いた。


 だが次の瞬間、口の持ち主は憐れな犠牲者自身の重さを利用して垂直に伸ばした首の中にその全身を飲み込んだ。


「邪竜……」


 エルフの一人が呆然と呟いた。

 邪竜と呼ばれたそれは頭をぐるりと巡らせて、先の割れた真っ赤な舌を二、三度出し入れすると、しゃあああ、と唸り声を上げた。


「蛇……!」

 グリステルはその正体を喝破したが、言ったそばからその言葉に自信が無くなった。彼女が知る蛇と比べて、目の前のそれは何十倍にも大きく見えたからだ。


て! て!」


 叫んだのはエルフの一人のようだった。その叫びで呆然自失の呪いを解かれた残った弓矢の射手たちは、はっとなって手にしていた矢を弓につがえ直し、次々とそれを邪竜と呼ばれる巨大な蛇に射かけた。

 殆どの矢は松明の炎を反射して光沢を見せるその鱗に跳ね返ったが、何本かは鱗の継ぎ目を捉えて浅く刺さったようで、大蛇は痙攣するように巻いたとぐろを小さく縮めて苦痛の仕草を見せた。

 だがそれも一瞬で、次の瞬間に大蛇は縦に割れた瞳に自らが敵と見定めたニンゲンたちを捉えて映し、怒りに燃えた唸りとともに質量の暴力となって洞内を荒れ狂った。

 ある者は跳ね飛ばされ、ある者は轢かれ、あるものはその頭部の突撃に胸を潰されて血を吐いて即死した。

 オベルは覆い被さるようにティタを押し倒し、轟音と悲鳴を伴う嵐の通過をただただ待った。

 グリステルとザジはエルフたちよりは幾分冷静だった為、大蛇の動きを注視しながらも目立つ動きを避けて、身を屈めて攻撃か逃走かのタイミングがないか伺っていた。

 だが、そのタイミングは中々訪れず、そうしてる間に大蛇は洞内のエルフたちの全てから戦闘能力を奪い、それでも怒りが収まらずにその矛先を求めて首を巡らせ、ハルバードを携えて身を屈めるザジを次の生贄と定めた。


『俺かよ!』

「ザジ‼︎」


 ザジの叫びとグリステルの叫びがほぼ同時に響き渡った瞬間、邪竜は発条ばねで弾かれる仕掛けのような素早い身のこなしで大口を開けてザジに飛びかかった。


『うおおぅっ⁉︎』


 ザジはどこか素っ頓狂な声を上げながらハルバードを横に構えてそれを大蛇に咥えさせ、両手を一杯に伸ばしてその顎門あぎとに捉えられることだけはなんとか防いだ。だがそのまま大蛇の勢いに突き飛ばされるように支道の入り口の一つに大蛇もろとも突っ込んで行き、轟音と共にその中に姿を消した。


「ザジ‼︎」


 グリステルはもう一度ザジの名を呼ぶと落ちていた松明を拾い、抜き身の剣を持ったままザジが大蛇と共に消えた支道へと駆け出した。


「グリステル!」


 その様子を見ていたティタは起き上がってグリステルの後を追おうとした。だが、上に覆いかぶさるオベルがそれをさせなかった。


「どきなさいオベル! グリステルが! ザジが!」

「行けません姫!」

 オベルはティタを諌めた。

「あの化け物の力を見たでしょう! 我々が行っても足手まといです!」

「でも……! でも……!」

「あのお二人なら大丈夫。きっと邪竜を仕留めて生き残ります。我々は、お二人が再びここに戻れるよう、支道にここまでの目印を付けながら、後を追いましょう」


 オベルの言葉にはなんの裏付けもなかった。だがエルフの戦闘術を身に付けているとは言え、今のティタがあの大蛇との戦闘に加わっても足手まといだろうことはティタ自身にも解っていた。


「……分かりました。足は大丈夫?」

「はい」

「二人の後を追いましょう。ここまでの道に目印を付けながら」


 ティタたちは立ち上がり、ティタはオベルに肩を貸しながら歩き始めた。


(グリステル……ザジ……どうか無事で……)


 ティタは彼女たちの神たる始祖エルフに、二人の無事を祈った。

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