包囲
ティタが目を覚ますと、彼女はグリステルに背負われながら、暗い洞内を移動してる最中だった。
「う……」
「気が付いたか?」
「私……」
「三人を倒して気を失ったんだ」
「あ、降ろしてください! グリステルは怪我人でしょう」
「大丈夫だ。間に合わせの鎧だが矢を良く止めてくれた」
「降ります、私ももう、大丈夫なので」
グリステルはティタを降ろし、また先に歩き始めた。
「あ、あの……私……」
「北のエルフ族の国、リヨーサルムヘイムの正統王位継承者。ティターニア・リョーサルムヘイム様、か。まさか本当に姫君だったとはな」
「…………」
「
「……はい」
「戦闘術の秘奥、王位を女児が継承することを良しとしなかった君の叔父上が謀叛を起こし、君のご両親を殺め、君をも始末しようとしたが、君はオベルの手引きで逃げおおせた」
「はい。私はオベルとともに追い立てられるままに森を逃げ、一緒に怪物の住む古い坑道……魔窟の蓋を踏み抜いた」
「同じく地獄の蓋を踏み抜いた私とザジが、君たちと出会った」
細い坑道は途切れ、一行は高い天井の大きな空間に出た。松明をかざして目を凝らすと、どうやら幾つもの坑道の交差ポイントらしかった。グリステルはなんとなく王城のエントランスホールを想像した。いよいよ入り口……いや、彼女たちにとっての出口は近いのかも知れなかった。
「申し訳ありません……もっと早く、事情をお話しすれば……」
「国の大事をどこの馬の骨とも分からん流浪のならず者にべらべらは喋らんだろう。構わないさ。で、どうする?」
グリステルは立ち止まってティタに振り向いた。ティタも立ち止まった。グリステルが言わんとすることは、彼女にも分かった。
「もし、君が望むなら……それも決して楽しい道ではないのだが、私とザジの旅に同行しても構わない。だが、そうなると──」
「帰ります」
ティタはグリステルを正面から見据え、きっぱりとそう言った。
「その道は……血塗られた道だ。君が危険なだけではない。君の手で、同族の血を流す道だぞ」
「承知しているつもりです」
「復讐か? それとも面子の為か?」
「エルフとして、です」
「…………」
「バーブレフェンが……暴虐な叔父がリョーサルムヘイムを支配すれば、国は必ず誤った道へ進むでしょう。その道は先祖から受け継いだ我々の歴史を
「エルフとして、か」
グリステルはティタの言葉を繰り返した。
「目先で、自らの命の危険を冒し、同族殺しに手を汚しても、正しいと信じる未来の為に──」
グリステルのその言葉は、ティタに、というより自分自身に言い聞かせるような響きがあった。
ティタは思い切って言った。
「グリステル。ザジ。私とオベルは……今回あなたがたに何度も命を救われています。命も希望も失わず今こうして地獄の穴から抜け出そうとできているのは、あなたがたのお陰に相違ありません。だから……だから、これ以上何かを頼める立場でないことは分かっているのですが──」
ティタは
「私とオベルが、私たちの国を取り戻すのを、お手伝い頂けないでしょうか」
グリステルはザジを見た。彼は何も言わずに肩を竦めた。
グリステルは口元に笑みを浮かべるとティタの前に彼女と同じように跪いた。
「顔を上げられよ。姫様」
「姫様は……よしてください」
「どうやら私の言葉が、きみの人生の大事な決断に影響を与えてしまったように思えるが、自惚れかな」
「いえ。その通りです。義に殉じ命を惜しまないあなたの姿に、逃げていただけの私は光と勇気とを頂いたのです」
「なら……その責任は取らねばなるまい。そうだな? ザジ」
『……大勢殺すことになるぜ。あんたの叔父の側に付いた奴らとその一族。小さな子供や老人も含めて。そうしないと、必ず将来に禍根が残る』
「そしてそれは、きみ自身の剣か、少なくともその命令で行わなければならない。荒事の手伝いは出来るが、決断はきみがするんだ」
グリステルは正面からティタを見つめた。ティタはその視線を堂々と受け止めて、黙って頷いた。
「ならば我々は暫くの間きみの──ティターニア・リョーサルムヘイムの剣となろう」
『……ったく。俺は人死にが見たくねえって言ってるだろうが』
グリステルは立ち上がると、今度はザジに向き直った。
「すまないな、ザジ。きみに救って貰った命で戦争を止めると息巻いては見たが、私の周りは相変わらず戦いと死体ばかりだ」
『…………』
「だが私は、今私の歩むこの道が、百年戦争を、愚かな過ちの歴史を断つ道だと信じている。そしてそれをきみにこそ見届けて貰いたい。力を貸してくれ」
『へいへい』
「百年戦争を止める……グリステル。ザジ。ヒュームとオークの不思議な友人よ。落ち着いたら、あなた方の話を聞かせて下さい。私はあなた達が私達にしてくれたことに報いたい。私とその一族はこれから先、あなた方への感謝と協力を惜しまないでしょう」
グリステルはすっと立ち上がると自然な仕草で剣の
「それは少し気が早い。まずはこの魔窟を抜け出してからの話だが──」
グリステルはザジに目で合図する。ザジは帯びていた剣を鞘ごと腰から外してティタに渡した。さっきティタが倒した追手の持っていたものだ。そして自分も武器を構えるとティタとオベルを庇うように背中を向けた。
「──囲まれたようだ。完全に」
彼女の言葉通り、円形の壁面に開いた坑道の口から次々と人影が現れ、一行を取り囲んだ。その内一人だけは松明を持っており、揺らめく炎に照らされたその人物は不敵な笑みを浮かべていた。
「あなたは……バーブレフェン……!」
ティタは、痛みを堪えるような声でその名を呼んだ。
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