第376話 外伝・カンサイ 後編の前編
「なんなノだ。後編の前編って」
「後編がひとつで終わらなかったという合図のことだ」
「なんでいばってるん?」
カンサイの魔王・マイド。カタコトのカンサイ弁(生まれはバンシュウであり、こちらに来てから訛りが混じった)を操る人型の魔王である。
背はあまり大きくなく(ユウより少し大きい程度)、やや小太りで猫背。頭髪は薄いがにこやかな表情を絶やさない。ほぼエビスさんだと思えば間違いがない。
「それって蛭子さんヨにゃごごごご」
「それを言うんじゃないの」
バンシュウ国ヒメジ市の出身で、貴族でも豪族でもない、一般の人間である。普通に大学を出て会社の勤め人となった。人当たりの良さと調整能力の高さを発揮して、若くして取締役になったものの、すぐにやめて自分の会社を立ち上げた。
それがバンシュウでのソロバン事業である。
しかしある日突然に神に進化し、侵略者たち(仏教)と戦った。敗戦後は仏教に帰依した時期もあった。さらに少しのあいだ山岳信仰に没頭し、ギャグを言い過ぎるという理由で破門されると、ヒンドゥー教の神々と仲良くなり、なんだかんだで魔王となった。
「どんだけ節操がないんだよ!」
「やかましいわ! ワイは強いものに付くのがモットーやねん。悪いか」
「わ、悪いとは言ってない。節操がないって言っただけだ」
「ここは歴史がまだ浅い国やん。だからミノやサツマみたいに有力な旧家ってのが存在してないやん」
「それがどうかしたのか?」
「だから、強いものに巻かれないと生きて行けないやん」
「そうなのか。為政者って大変だな」
「だからユウもイズモの……それはもういいか」
310話で登場したマイドとその周辺キャラ設定を、今ごろになってやっているわけだが。
「作者はもう少し男キャラにも気を使うべきだと思うノだ」
「カンサイはな、船の発達によっていきなり多くの人や物が集まる商業の土地となったやん。そうなると、利権ってものがたくさん生まれる。その利権を巡って早い者勝ちの取り合いが発生したんや。そのなごりが今でも続いている」
「まあ、悪いことばかりではないな。威張り散らかした既得権益層がいないってのは、経済発展には有利だ」
「それはその通りやん。しかし、それにしても限度ってものがあるやろ」
「そうなのか」
「毎日のようにケンカがあって火事があって、泥棒がいて詐欺師がいて、ごまの灰や物乞いがいて、強盗窃盗お笑い暴力盗難なんかが日常茶飯事やで」
「なにその物騒なスラム街……待て待て。なにげにひとつ自慢するもの混ぜただろ」
「あ、ここ。お笑いの本場やん」
「だから自慢すな!」
「ひどいときは、1週間で町並みまで変わってしまう状態やったんやで」
「なんで町並みが変わるんだ?」
「抗争で焼けちゃうからやん」
「なんて物騒な街だ。滅ぼしたろか」
「やめんか! お主が一番物騒やないか」
「ただの冗談じゃないか。マジレスすんな」
「お主の立場でそれ冗談で済まんやん。目がマジだったし」
「ちょっと本気だったけどぼそっ」
「ぼそっがでかいって! ワイは耳はええんやで」
「他人の領地に手は出さねぇよ。それでどうしたって?」
「そういう土地柄ではあるが、お大尽様がいて篤志家もいて、この街を良くしようとした投資家もたくさんいたんや。ワイはそこに乗っかっただけやん」
「ふむふむ」
「特にマンキチというエライ商人がおってな、仏教の圧力も跳ね返し、火事のときは消防隊を組織して陣頭に立ち、貧困に苦しむ人には教育の場を与え炊き出しをして。それから」
「ちょいちょいっと……おおっ?」
前話からちょっとほったらかし気味であった砂糖入れのフタ。その印にようやく触ってみたのだった。
とたんにカタコトカトコトという音を立てたフタが振動した。ちょっと驚いた。
「なんか震えたノだ?」
「すっとフタが開くのかと思ったら、震えただけかよ」
「でもそれで、フタの位置がズレて持てるようにはなったでしょ?」
「せっかくいい話をしてるんやから、聞けやぁぁぁ!!」
「だ、だってマイドの話は長いんだもん。退屈しちゃってさ。だからちょいちょいって」
「ちょいちょい、じゃないっての、まったくユウは自由奔放なんやから。眷属にならなくてよかったやん」
「それは俺が断ったんだろ。もう男キャラはいらんて」
「その断る理由ってのが解せんかったやん。オウミはよくこんなのに仕えているな」
「結構楽しいノだ?」
「そ、そうか。相性ってものがあるんかいな。ワイには想像がつかん」
「ところで、なにこの魔法?」
「エルフの振動系魔法でクスグリといいます。本来なら呪文がいるのですが、その代用をその魔法陣にさせているのです。これなら魔法が使えなくても機能が発揮できるのです。これはイズモエルフの発明なのですよ」
「発明なのですよ、って威張ってるけど、これ、実用性はあるのか?」
「え? だって? フタがカタカタ言うじゃないですか。何回かやればフタが開くこともあるんですよ?」
「何回もやらせるな! 必ず開くような工夫をしろよ」
「そんなこと言ったって、できないんだ……もん。これが……エルフが死の淵で編み出したぐすっ」
「な、な、泣くとこじゃないやん。結構面白いやん。カンサイでは人気やん」
「実用性はないけどな」
「ユウ!! お前ってやつは、心がないのか!」
「魔王に言われたくねぇよ! 実用性がないのは本当のことだろうが!」
「それにしたって言い方ってものがあるノだ」
「そうですよ! これはエルフの大切な」
「魔法を使えない者にも使えるのだから、高等技術だってのは分からんでもないが」
「心意気ですよ」
「またそれかよ!」
「またって、私、ユウさんにお会いするのは今日が初めてですよ?」
「うちにいるエルフが同じことを言うからだよ!」
エルフ界で流行ってんのか。
「もういいから普通に接客してくれ。ほれ、オウミ。フタが開いたから自分で砂糖入れろ」
「結構面白かったノだ。入れるのだ、よいしょっと、まずは1杯……あぁん、フタがしまったノだ?」
「1回に1杯しか入れられないのですよー」
「よー、じゃねぇよ! どうすんだ、これ」
「また、印に触ってください」
「マイド。なんかここ、すっごい面倒くさい店なんだけど」
「それ込みで楽しむところやん。お店に入ったとたんに「お帰りなさいませ、ご主人様」って言われるのと同じやん」
「オレは「お兄ちゃん」でお願いしたいな」
「じゃ、お兄ちゃん。またその、印に触ってきゃぴ」
「お、おう。分かった」
「お主、それでいいノか」
「ついさっき、普通に接客しろ、とか言ってたようだったやん?」
「しかしこれ、思てたんと違う。なんかもうちょっとカッコ良く開けばいいのになぁ」
なでなで。
カタカタカタコロン。
なでなで。
カタカタカタコロン。
「全然フタが開かないのだが!?」
「何回かやればそのうちに開きますよ」
「開ける前に飽きるノだ」
誰がうまいこと言えと。しかし、確かに最初はびっくりするし、ある程度は楽しめなくもない。だが。
「もう飽きた。なんかウザい。何回もやりたくない」
「ウザいとか言わないでくださいよ! エルフの知能を結集したとうきょとっときぃかけこ、なんですから」
「なんだって?」
「え? あ、えっとね。とうきょとっかかりがそのなんだかふじこ」
「適当なこと言ってんじゃねぇよ!!」
「あ、あれ。違ったかしら。なにしろややこしくて」
「とうきょときょきょかきょきょのことなノだ?」
「あ、そうそう。それそれ。オウミ様、さすがです」
「魔王だから知っていて当然なノだ」
「そもそも誰がそんなややこしい名前にしたんだよ。普通に特許で良かっただろうが。おかげで間違っているかどうかも分からないじゃない……か……あれ? エルフの権利ってことか、これ」
「はい。エルフっていうか、厳密には私のですけど」
「お主の名前はなんというノだ?」
「ミチルです」
「ミチルか。お前イズモ出身って言ったよな?」
「はい、そうです」
「それで飢饉があって、こちらに逃げてきたと」
「はい、そうです」
「ちょっと待っててくれ。ほにゃらかほい。こちらユウ。オオクニはいるか? きょにゅうもえ」
「え? イズモ大使様はきょにゅうもえなので痛いっ」
「違げぇよ! 俺のIDだ。それとなんでそこだけ名前じゃなくて、敬称を使うんだよ。ユウさんに統一しろ!」
「そのほうが地位と発言とのギャップ萌えっていうか」
「やかましい!」
「呼び出しておいてやかましいってどういうことだよ」
「あ、オオクニか。いやそれはこっちの話だ。ちょっと聞きたいんだが」
「なんだ?」
「不明になっていた例の権利の持ち主のことだが」
「例の権利? ってああ、あれのことか。まだ追加できる情報はないが、どうかしたのか?」
「その権利保持者って、ミチルって名前じゃなかったか?」
「あああっ!!! そうだ、それだ! ミチルだ! 髪が長くておっとりしてて、喫茶店のウエイトレスをやれば人気が出そうなタイプだった」
「とってつけたような思い出しかたすんな。やっぱりそうか」
「例の権利ってなんなノだ?」
「もうじき分かる。おい、ミチル。お前、給料ってどのくらいもらってる?」
「えっと、それは」
「ちょっと待てユウ! ワイの目の前でヘッドハンティングなんか許さんやん」
「誰がヘッドだよ! お前も適当な知識でしったかすんな。それにこれはマイドにも関係ある話だぞ」
「ワイはそんな高級で雇われたりしない……こともないけど、いくらや?」
「雇われる気満々かよ! そうじゃないっての」
イズモ編で回収し損ねた伏線の回収です。
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