第374話 外伝・カンサイ 前編

「なんやわれ。ここはワイらのシマやで。でかい顔すんなや」

「やかましいわ。ここは父親の代からうちのシマや」

「なにを言うとんねん。ワイの爺様の時代からここはうちの」

「なに抜かしとんねん。せやったらうちは4代前のひい爺さんが」

「せやったら、ってなんや。いまひい爺さんを作ったやろ」


 なんだとこのやろ。やんのかやんのか。ぼかすかばしぼけぼこぼこ。


「おい、マイド。いいのか、こいつら放っておいて?」

「そのうち飽きるやん。それまでやらせとこ。ここでは良くあるコミュニケーションや」

「これがコミュニケーションとか。オオサカ恐るべし」


「オオサカってどこのことや? ここはナンデヤネン市やで」

「なんでやねん!!」


「そう、その通り。それよりユウ。そこの茶店(ちゃみせ)で打ち合わせをするやん」

「いや、俺はツッコんだつもり……もういいや。そういやそのために来たんだった……なんだちゃみせって?」


「なんだって言われても。ここはナンデヤネンには良くあるちゃみせ(茶店)やん。ほらここだ」

「外観はまるで喫茶店のようだが」


「良く知ってるな。正式にはきっさてんと言うらしいやん。面倒だからちゃみせって呼ばれてるやん」

「さてん、じゃないのか?!」

「ちゃみせやで。さてんなんて言うと、織物と間違うやん」


「うぅむ、久しぶりの異文化コミュニケーションというか方言というか。まるでマクドナルドをマックと言わずにマグドと言うような。しかし違いが微妙なだけに、覚えにくいなぁ。それにしても」


 俺はマイドに誘われてカンサイに来ている。ここはその中心都市・ナンデヤン市である。まことにふざけた名前である。


「イテコマシとかダマク・ラカスとか作ったやつが言うセリフじゃないやん?」

「やかましいわ。俺が付けた名前じゃねえよ」


 マイドが相談したいことがあるというので、やって来たのだ。ついでにこの街の視察(観光)でもしようかなと。


 しかしなんという人口の多さだ。人を除けながら歩かないといけないほどだ。それに。


「ここに魔王のマイドがいるってのに、誰も気にしてないみたいだな?」

「ここでは他人のことに深く関わらない、ってのが暗黙のルールやん。みんなワイのことには気づいているぞ」


「そうなのか。気づいているのに無視されてる魔王か。気の毒にな」

「無視されてんちゃうわ! 気を使ってくれてんのや」


 ムキになるなよ。


「まあ、とりあえず中に入ろう。あ、ここの支払いってお前のおごりだよな?」

「それはもちろんやん。お客さんにお金を使わさへんで」


「ふぅ、それを聞いて安心した。それを一番心配してたんだ。良かった良かった」


(なあオウミ、ユウってすごい金持ちって聞いてたやん。あれ、本当か?)

(本当なノだ。ただ、本人はそのこと知らないノだ。黙っているノだ)

(それだからこんな反応なのか。なんで秘密にする必要が……まあ、いいやん。話を合わせとこ)

(頼むノだ)


「それにしても、通行者が多いな。どんだけ人がおんねん?」

「カンサイ弁がうつってしもてるやん? ここはニホンで2番目に人口が多い領地やで。その中でも1番の街が、ここナンデヤネン市や」


「う、うむ。あの子は着流しか。あっちの子はなんでエプロンをしてんだろ。かと思えばセーラー服……セーラー服だと?!」

「ここは文化のるつぼと言われてるやん。この統一性のないファッションが特徴やん」


「統一性なさすぎだろ?! あのセーラー服を持ち込んだのはカミカクシだろ?」

「多分そうやろうなぁ。よく分からんけどあれ、静かなブームらしいやん」


「まるでホコ天……ってかコス天だな。俺の作務衣がみすぼらしくてなんか恥ずかしい。早く店に入ろう」

「確かにその格好は田舎臭いやん」

「分かってるけどはっきり言うな!」


 なんで異世界に来てまでファッションセンスを指摘されんといかんのだ。こんちしくお。


「あとで服でも買いに行くやん?」

「どんなのが流行ってんだ?」


「最近の流行で暖かいのが、ラクダの股引かな」

「そ、そんなもの嫌だ。ヒートテックなら買ってもいい」

「若者に人気があるんやけどなぁ。ダメならモモまである長い足袋なんかどないや?」

「そ、そ、それも嫌だ。レギンスなら買ってもいいぞ」


「お主の話はさっぱり分からんやん!」

「俺にもそれなりの美的感覚ってものがあるんだよ!」

「その意味も分からん……まあ、そんなことはいいやん。店に入るで」

 

「これが茶店か……。外観は悪くないな」

「せやろ? ここはカミカクシのエルフが設計した店やん。なういやんぐの店やん」

「なにその死語の連続技?!」

「そいつがそう言ってたのだが、なんか気に入らんやん?」


「いや、別にそういう訳では……エルフのカミカクシだと?! そんなのがいるのか?」


 そして店に入る。どうみて見てもラビットハウ……喫茶店である。


「コーヒーでええか?」

「ああ、ホットでもらおうか」

「ねーちゃん。ホット3つな」

「え? 3つ? ですか?」


「オウミ、姿を現すやん。おねーちゃん、困ってるで」

「ノだ」

「わぁお、びっくりしたぁぁ。こんな愛らしいお方がお見えになったいたのですね。マイド様のお友達ですか?」


「ああ、そいつも我と同じ。ニオノウミの魔王やん」

「そうでしたか。なるほど、美しい羽根に愛らしいお姿。さすがは魔王様ですね。少しお待ちください」


「な、なんだか、くすぐったいノだノだ」

「オウミは褒められるのに慣れてないやん」

「俺は魔王だと教えられても、普通に接客したあの子に驚いたぞ」


「ここは種族もるつぼやん。魔物から仙人までなんでもごじゃれやん。慣れてるんや」

「オウミをうちで開封して見せたときは、大騒ぎだったのにな」

「開封言うでないノだ。我は白ブタ急便の荷物ではないノだ」


「分かった分かった。いつものネタじゃないか、そんなに怒るなよ」

「砂糖3杯で許すノだ」

「お前、それが目的でわざと怒ったふりをしたやん」

「どうして砂糖なんかが目的になるんだ?」


「決まってるやん。コーヒーは1杯120円だが、砂糖は1匙で150円もするからやん」

「ふぁぁぁっ!?」

「3杯はユウにつけておくノだ」


「待てこら! 1匙ってそんなアホな値段設定あるかい。いくら砂糖が少ないからって、そんな高いのか? マイド払ってくれよ!」

「どさくさでこっちに振ったやん!? 砂糖は需要が膨大にある割に、入荷は少ないやん。だからどうしても割高になるやん。ミノではどのくらいする?」


「今年シキ研で買ったサトウキビは、精製前だがキロ3円ぐらいだ」


「「「はぁ!?」」」


「なんでおねーさんまで驚いてるんだ?」

「ユウ、それどこから仕入れたん?」

「うちうちうちの店にもkwsk」


「kwskてなんだよ! さすがカミカクシだな、おい。サツマの離島で採れるサトウキビを、まるごと買い上げる契約をしてあるんだ。今年は300トンちょっと採れた」

「そ、そ、そんな契約の仕方があるのか?!」


「先物買いって言うんだ。ちょうど新しい畑をその島に作ったという話を聞いたもので、1島まるごと契約したんだ」

「ってことはサツマまで行ったのか?!」

「まあな。それはまったく別の事情で行ったのだが、ついでにちょいちょいっと」


「ちょいちょいって。そんな行動的なやつとは思わんかったやん。その砂糖、ちょっとだけでもこちらにも回すことできやんか。精製後でいくらなら売る?」

「いや、あれはすでに使い道が決まっていてな。横流しはできんのだ」


 砂糖がそこまで高いとは思わなかった。こちらはミノウという無料運搬装置があるおかで、安く済んでいるという側面もあるが。


 普通なら流通が船しかないのだから、沈没のリスクも考えると船賃が嵩むのだろう。それにここは人口が多い分だけ需要も多いのだろう。その相互作用でこの値段か。コーヒーもけっこう高い気がする。ミノではどうだったっけ? あれ? コーヒー豆ってニホンで採れたっけ? (その辺のお話もまたいずれどこかで)


「砂糖を300トンもなんに使うつもりやん?」

「お菓子を作ろうと思ってな。おい、オウミ。この間ウエモンが作った試作品の残り、まだ持ってるだろ。出せよ」

「モンっ!?」


「お前はネコウサか!」

「あ、あ、あれはゼンシンがこっそり我にくれたものなノだ。毎日少しずつ楽しみながら食べているノだ。だから誰にもきゅぅぅぅ」


「出せといったら出せ! 全部とは言わん。ひとくちサイズでいいから」

「きゅぅぅぅ。一口だけだぞ。我だってまだ5口しか食べてないノだ。皿を出すノだ、ほい」


「ふたり分な」

「きゅぅぅ。しぶしぶしぶほい」


 オウミが、そのお菓子――ロールケーキである――を、魔刀で3センチ角に起用に切って皿の上に置いた。


「こんなに小さいと味が分からないじゃないか」

「贅沢言うでないノだ。味に変わりはないノだ。ちゃんとクリームのついている部分を切ったノだ。我もそのぐらいずつしか食べられないノだぞ」


「これ、どうやって食べるんですか?」

「いや、ウエイトレスさん、あんたには関係な」


「うわぁぁぁぁぁ、なにこれ!! すっごい甘い。おいしい。大好き!! オウミ様。あなたって方はほんとに素晴らしい魔王様なのですね!」


 俺の分を手づかみで食いおった。しつけがなってな……オウミ?


「ま、まあ、それほどでもないけどノだ」


 照れてやがる。あんなに出すの嫌がってたくせに、ちょっと褒められるとこれだ。


「これはフォークを使って食べてくれ。手づかみはお行儀が悪いぞ」

「あら、ごめんあそばせ、おほほほ」


 どこのお嬢様だよ。


「ぱくぱく。おおっなるほど、これはうまい。イセラーとはまた違ったおいしさやん。ユウ、これを作るために砂糖を仕入れたのか」


「まあ、そうだ。それは試作品だけどな。生地がうまく焼けてないから、柔らか過ぎるんだ。小麦の配合をいろいろ変えたり焼成温度を変えたりして、試作を繰り返してる。もう少しカイゼンが進んだら市場に出すつもりだ」


 試作しているのはウエモンとイズナのコンビである。名付けてチーム・スクエモンである。ちょこれいと作りがなかなか軌道に乗らない(原材料のカカオ不足のため)ので、ケーキ作りを指示したのだ。


「これでまだ試作品なのか。完成した暁には、我が領地にも流してくれるんやろな??」

「え?」


「くれやんのか?」

「それはちょっと待ってくれ。生産量が増えたらこちらにも運んでもいいが、最初はミノ国で流行らせるつもりなんだ」


 まずはミノ国の名産品として売り出したいのである。俺が大事なのは1番にミノ国だからな。


「そ、そうか。それならそれまで待つやん」

「生地がまだ開発途中でな。柔らかいのはいいが、手で持てる程度には硬さがないと食べづらい。それに、これは砂糖が多過ぎクリームはべたつき過ぎだ。いろいろとカイゼン点があるんだよ」


 甘すぎるのはウエモンの舌に合わせて作ったからだと思われる。


「これでも充分うまいのになぁ。まあ仕方ない、忘れないでくれやん」

「いいとも。買ってくれるところがあるのは、こちらもありがたい。しかしここは、そんなに砂糖が不足しているのか」


「そうやん。砂糖は南国の作物やん。ここからは遠い。サツマまで行って直接取り引きするなんて、ユウも相当なやり手やん」

「やり手って言われると困っちゃうが。あ、そうだ。砂糖といえば、サトウキビだけじゃなくて、甜菜糖ってのもあるだろ? それじゃダメなのか?」


「甜菜はホッカイ国でしか採れんやろ。ホッカイ国はもっと遠いやん」

「精製してから船で大量に運べば、少なくとも今よりは安くなると思うぞ」

「そうなんか? ユウはその辺に伝手でもあるやん?」


「ホッカイならカンキチがいるからな。ちょうど今年から試験栽培を始めたところだ」

「そうか。クラーク……じゃなかったカンキチもユウの眷属やったな」


「カンサイってホッカイ国との取り引きは結構多いと聞いたが?」

「ホッカイ船のことやん? あれはコンブとかの俵物(カツオ節、干しアワビ、干しイワシなどの乾き物を詰めたもの)がメインやん」

「甜菜は買ったことないのか」


「ホッカイ船はニホン海の荒波を西へ行ってカンモン海峡でUターン。そしてこちらにやってくるやん。それならサツマから取り寄せたほうが安全だし近い、運賃も安い。それに生産量も品質もサツマのほうが上やん」


「そうなのか。じつはシキ研では、ホッカイ国で甜菜栽培を開始してるんだ。土地も人材も確保済みだ」

「さっきはサツマの離島をまるごと買い上げたと言ってたやん。その上にまた甜菜の栽培か?」


「離島は買い上げてねぇよ。その島で採れるサトウキビを先物買いしただけだ。だからそっちはシキ研で使うが、ホッカイ国の甜菜はカンサイに回せるぞ? 欲しいか?」


「値段しだいだが、欲しいやん。ぜひ売ってくれ」

「いまのバカ高い値段よりはずっと安くなるだろう。予定では今年の収穫量は30トンほどになる。品質はまだ分からん。最初は安くしておくから、ここで試しに使ってくれるか?」

「分かったやん。ぜひそうさせてもらいたいやん」


「じゃ、値段は商品ができてから相談しよう。秋までには採れるはずだ」

「分かったやん。それまでに業者に話をつけておくやん。それよりも今日は、ユウに別の相談があったやん」


「魔刀ならダメだぞ」

「ぐっ。先に言われてもうた。それはいまはいい。それよりもっと深刻な問題があるやん」

「なんだ深刻な問題って?」

「ソロバンのことやん」

「ソロバン? イズモのか?」


「そうやん。安くて品質の良いイズモソロバンが入って来るようになって、バンシュウソロバンが虫の息やん」

「バンシュウ(ハリマ国のこと)ソロバンの値段はどのくらいだ?」


「通常タイプのは1挺1,200円やん。高級品となると上限知らずだが」

「高級品の話はなしだ。いまは普及品だけの話をしよう。1,200円か。イズモは1,000円ぐらいだったか?」

「最近は950円ってものも出てるやん。安売りを仕掛けて、バンシュウソロバンを潰す気じゃないのかって疑惑も出ているやん」


「バカコケ。そんなことしたらイズモソロバンだって倒産するぞ。ちゃんとコストを削減しているからできる売値だ」

「そうやんな。そうは言ってもバンシュウの連中は納得してくれやんのだ」


「シキ研の工作機械を使って生産性を上げろと言ってやってくれ」

「こうさくきかい?」

「そう、人手だけに頼らず機械で加工するんだ」


「ああ、あれか。マインとかって言うやつやろ。あれを動かすには電気が必要なんやろ? バンシュウにそんなインフラ投資までできる会社はないやん」


「マシンな。本好きの女の子じゃねぇよ。うちの旋盤は電気は必要ない。なんなら1台買って試してみるか? 作業指導ぐらいなら初回限定サービスとしてさせるぞ」


「電気がいらないマインなんてあるのか? ウソやん?」

「もうマインで定着してるのか……。足踏みが動力になってるんだよ」

「足踏みで? それじゃ回転が安定しないと聞いてるやん?」


「そこまで知ってるのか。そこはシキ研のノウハウだから言えないが、いろいろ工夫してある。回転に気を取られていては作業性が落ちるからな。その内容は企業秘密だから教えるわけにはいかんが、ものは試しだ使って見ろよ」


「でも、お高いんでしょう?」

「通販番組やめろ! 旋盤は50万、ボール盤は30万だ」


「どっひゃぁぁぁぁっ。そ、そん、そんな高い…… ってなんでふたつあるやん?」

「ソロバン作りにはどっちも必要だからだよ。イズモではすでに20セットほどが稼働しているぞ」


「イズモで20セット……そりゃ、ユウの領地だからなんとでもなるやん? でもバンシュウは」


「こらこら。俺がそんな私情や温情で機械を使わせたりするものか。ちゃんと作業のカイゼンをして、それで出た利益で買ってもらってるんだ。それによってカイゼンが更に進み、コストが下がり売値も下がり、たくさん売れてうはうはに」


「うはうはは分かったやん。それならワイの予算で1台ずつ買うやん。それを試させてくれやん」

「まいどありー。1台と言わず10台くらいまとめてどないだっか。今から10分間、オペレーターの数を増やして皆様のお電話をお待ちしてます」


「通販番組やめーや!」

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