第340話 アマテラスの球

「タケ。微妙と言えども、役に立っているだけマシだと思えば」

「もうやけくそだ。どこどこどこどこどこどこ」

「そ、その調子だ」


 三角飛びによってアマテラスとの距離を一気に縮めたオヅヌは、手に持った剣を思い切り……


 思い切り……


 思い切り……


 思いやり?


「思いやってどうするよ。どっかの駐留経費予算か!」

「だめだ、ワシにはこの人は斬れぬ」


 と言って、せっかく詰めた間合いを放棄して飛び退いた。


「なんだそれ?!」

「思った通りだった。お師匠様は女性に切りつけることができないのだ」

「赤鬼だから青鬼だか知らんが、これは剣武だ。戦闘だぞ。そんなこと言ってる場合か?」


「俺は前鬼だ! 微妙な改変をするな。分かっていても、それができないからお師匠様なのだよ」


「その通りよ。あのバトルスーツがあればケガすることはないと分かっているのに、それでも剣を振るうことができないのがお師匠様なのよ。私には遠慮なく攻撃するのになんで?」


「いや、そこでなんで? って聞かれても」

「それは、まあ、お前も弟子だからな。強くするためには仕方がないのだろう」

「そうね、そうだったわね」

「うむ。そういうことにしておこう。それより、これは困ったことになったぞ」


「困ってるのはオヅヌだけどな」


 オヅヌに、対戦相手を隠して戦闘場に送り出したのは俺である。相手がアマテラスだと知ったら、試合をしてくれないことを危ぶんだからである。そして先に賞品を見せてその気にさせた。引き返すことのできな状況を作ったのだ。


 その作戦が功を奏して戦闘場に送り出せたのだが、まさかそこまでフェミニストであったとは。


 アマテラスとオヅヌを思う存分戦わせることで、ふたりの仲を取り持つ。それが宿敵と書いてライバルと読ませる作戦である。


 その結果、ふたりの拗れた関係が修復できればめでたしめでたしであり、そうならなくても剣技大会の人寄せパンダとなってくれれば俺的には成功である。ラーメンの宣伝ができれば俺はそれでかまわないのだ。


「いつものことながら、酷いノだ」


 しかし、オヅヌが攻撃できないとなると、試合は一方的になるだろう。それでは盛り上がりに欠けることになる。盛り上がってもらわないと盛り上がらないではないか。


「間違ってはいないノだが、なんか違うノだ?」


 攻撃を受けないことにはあのバトルスーツははがれ落ちてくれない。そっち期待の観客には大いに失望されることになる。それでは盛り上がらない。困ったことである。


「そっちかヨ!? いつものことながら、酷いことを考えるヨ」


「お師匠様は攻撃できないのに、どうやって勝つおつもりなのでしょうね」

「逃げるだけでは勝てるものも勝てないよなぁ」

「勝ってもらわないと、私たちもおこぼれがもらえないわね」

「だよなぁ」


 紹介が遅れたけどムシマロとヤマメは夫婦である。オヅヌには従順な弟子なのだが、わりと現金な性格のようである。


 オヅヌが距離を取ったことで、しめた! と思ったところはさすがアマテラスである。オヅヌが自分に手が挙げられないことに、親しみを覚えたりはしない。感謝もしない。


 これでラーメン券は私のものよ、と思っただけである。


 距離を取ったオヅヌに向けて、次々に遠慮なく矢を放つ。もう防御を考える必要はないのだ。ただ、ひたすら打ちまくれば良い。


 ひゅっ、ひゅうっ。ひゅっ。空気を切り裂く音を立てて、いくつもの矢がオヅヌを襲う。


 しかし、それはそれで、一向に当たらない。


「もう!! 避けるんじゃなわよ! ちっとも当たらないじゃないの!」


 逆ギレする神様である。


「ひゅんっ、ひゅんっ、ひゅんっ、ひゅんっ」


 アマテラスが打つ。


「ひょい、ひょい、ひょい、ひょい」


 オヅヌが避ける。


 打って避けるだけの簡単なゲームです?


 しかし、防戦しかしないオヅヌに勝ち目はないと思っていたのは、俺たち観客とアマテラスだけであったようである。


 このパターンで先に疲労を見せ始めたのは、アマテラスのほうであった。


「ぜぇぜぇ。避けるなって言ってるのに、なんで避けるのよ!」


 もうすでに理不尽暴君である。


「どうした? 当たったのは、まだ最初の1本だけだぞ?」

「う、うるさいわっ。ひゅんっ!」

「ひょい」


「そんな簡単に避けるなぁぁぁぁ」

「もう矢も3つぐらいにしか分かれておらんし、速度も落ちておる。これでは森のシカだって当たりはせんぞ」


「きぃーー。いつもいつもそうやって私を苛めるんだから!」

「はい?」


 体力で負けそうになると、口で攻撃するのが女性である定期。こうなると理屈もへったくれもなくなるのである定期。そのうちに人格攻撃になることまで含めて定期である。


「偉そうに言って自分は満足でしょうね! でも言われるこっちの身にもなってごらんなさいよ、いまだっひゅんっ!」

「ひょい」


「だから簡単に避けるなぁぁぁ」

「なにがいまだ! だ。どこに俺が油断するような状況があったのだ」

「私がそう希望したからよ!!」

「え?」


 望めばなんでもかなう。それはもう世界の王様である。かつてはそれに近い地位にいたアマテラスであるが、現在はただプライドだけが高いはた迷惑な、


「あの、それはもうその辺にしておいてください」

「そうですよ。お師匠様の想い人に対して失礼過ぎます」


 あ、すいません。


「もう頭に来た。最後の手段よ!!」


 と言ったアマテラスは弓を消して、手のひらを前に出し、そこに光の球を構築し始めた。


 覚えている読者も多いことであろう。過去に2回、ユウがやったアレである。しかし、まだレベルの低かったユウに比べて、アマテラスは最上位クラスである。当然、その破壊力もそれ相応である。


 ユウのものとは比較にならないほどの破壊力を持つ光の球。それを見て慌てたのは魔王たちである。


「わおおわおわお。アレがくるゾヨ、アレが」

「どーすんだどーすんだ。この結界は保つのかヨ」

「まず保たないノだ。これもアマテラスが張った結界なノだ。確実に光は抜けてくるノだ」


「「「わぁぁぁぁぁぁ」」」


 と騒ぐだけで特になんの対策もしないところが、3バカと言われるゆえんである。


 とはいっても、この会場中に対策らしきことのできる者はひとりしかいない。アマテラスの動きを察知した対戦相手の・オヅヌである。


(まずいな、もっと体力を削ってやるつもりだったのに。その前にアレを発動させるつもりか。いまの状態でアレをやられたら、会場に被害が出かねない。止む得まい)


 オヅヌはそう判断すると、その脚力で一気にアマテラスとの間合いを詰め、思い切り刀を振り下ろ……。


 せるはずがないのである。


「な、なによ?」


 この時点ですでに、手のひらの球はアマテラスの制御から離れており、アマテラスから魔力をひたすら吸い続けているのであった。もう行くところまで行くしかない。そんな状況である。


 それを止めるには、球以上の魔力でもってそれを破壊するしかない。しかし、ここまで大きくなったものを、破壊する自信はさすがのオヅヌにもなかった。


 アマテラスとてしまったことをした、と思っているのである。これはやり過ぎた。なんとかしないとエライことになる。

 しかし、オヅヌや観客の手前、それを表に出すわけにはいかない。


 見交わす目と目。そこにはひとつの運命共同体ができていた。オヅヌとアマテラスの距離はわずか25.4cmである。


「数字が細かいノだ?」

「10インチと言いたかったんだが、お前は逃げなくていいのか?」

「そうだったノだ。ひょぇぇぇぇぇぇぇ」

「それでも騒ぐだけかよ!」


「どこどこどこどこどこどこ」

「タケはのんきだなおい!」

「え? だって止めて良いとはまだ言われてないからどこどこどこ」


 命令には真摯に従う、事務能力はなくても真面目な武神・タケノウチスクネであった。その正確なドラムロールに乗って、話は続くのである。

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