第293話 ヤサカの夜は更けて行く

「ミノウ様? いったいどうしてここに?」

「ついさっきもハルミにくっついて来ていたヨ。そんなことよりイリヒメ、カミゴロシなど我は認めんヨ」


「あぁ、すべて聞かれてしまったのですね。ミノウ様にはご迷惑をかけることになってしまい、本当に申し訳ないと思っております。しかし他に方法はありません。我が里はもう」


「だから早まるなって言ってるだろうが!」

「「誰?」」


「お前ら、知ってて言ってるだろ?」

「「……てへっ」」


「もう止めた。こいつらを支援するの止めた。もう帰って寝る」

「ちょっと、ちょっと待つノだユウ。お主らも引き留めんか!」

「えっと、確かイズモの太守様でしたわね」

「ああ、そうだ」


「あの、傲慢でわがままで自分勝手で自分には甘く他人には厳しい上司にしたくないナンバー1のイズモ公?!」

「ミノウ。もう俺、帰って寝る」


「結論がひとつも変わってないぞヨ。今日はもうたっぷり寝たであろうが。帰るでないというのにヨ」


「なによ、本当のことじゃないの!」

「ナガタキ!? なんでお前がついてきた?」

「私も来てますよ、ユウさん」

「スクナもか」


「このふたりがいると話がややこしくなる気がしたノだ。だから呼ばなかったノだが」

「あら、オウミ。私たちは上司でもないあんたに指示されるいわれはないのよ。ね、タッキー」

「ええ、スク姉。私たちは自由ですから」


「それよりイリヒメ様。いまの状況を教えてください。借金はあといくらあるのですか?」

「スクナ。それ、俺のセリフ……」

「借金の総額は628万円です。でも、金利が月に10%なので、今月末には63万円を用意する必要が」


(俺を飛ばして話が進んでいる。俺、主人公なのに)

(ど、どんまいノだ)


「「月に10%!? ですってだと?!」」 


 私とユウさんのコンビネーションツッコみである。


「おいミノウ。それは違法金利じゃないのか」

「違法ではないヨ。こちらにはそういう概念はない。双方が納得の上で契約したのなら、それは合法なのだヨ」


「そうか。イリヒメは騙されたわけではないんだな」

「ただ、それは条項が付いていまして」

「どんな条項だ?」


「最初の3年は3%金利だったのです。4年目から10%になるという契約で」

「なるほど。事業が軌道に乗るまでは安い金利……とはいっても月に3%でも高いけどな。トヨタ金融でも年18%って言ってたぞ。それは年率にしたら30%以上じゃないか」


「ええ、通常ならそのぐらいなのですが、ヤサカの規模で借入金が300万を越えると、そのぐらいの高金利じゃないと貸してもらえなかったのです」


「それでも最初の3年は比較的軽いので、その間に真っ白イッコウの開発が終わればなんとかなると思ってました」


「軽いといっても年率30%以上。ぼったくりもいいとこだが、こちらの常識はそうでもないのか。しかしそれは健全な金融市場とは言えない……開発? っていったいなにをしてたんだ?」


「それはですね、ヤツルギ。私の部屋から資料を全部持ってきてちょうだい」

「え? あれを全部ですか? この部屋に入りきりますかね?」


 イリヒメ、なんか嬉しそう? それ、自慢するような研究なの?


「ちょっと待て! この部屋って20畳ぐらいはあると思うんだが、それで入りきらない資料ってなんだ。カバの展示物でもあるんか」


「カバってなんですか? この4年ほどの間に私が調べたことです。実施した試験レポートもあります。観察記録やその報告書、それに取り寄せた資料やサンプルの数々はもう膨大なものになってまして」


 イリヒメ、やっぱり自慢気。見せたいのね、見せたくて仕方なかったのね。


「書類だけでそれか。それはすごいな。だがそれを全部見ていたら時間がかかりすぎる。銀行用にコンパクトにまとめた報告書があるだろ。それを見せてくれ」

「え? どうしてそれがあることを知ってるんですか?」


「知るわけがないだろ。しかしそれだけの借金だ。借入先に経過を報告する義務があるはずだ。それならコンパクトにまとめてあると思ってな」


「……良くご存じなことで。噂に違わぬお方なのね、イズモ公。ヤツルギ、17銀行に提出した書類だけ持ってきて。最初の年から全部ね」

「分かりました。しばらくお待ちください」


「ほんとは1から説明したかったのですけどねぇ」

「イリヒメはなんで寂しげだよ! 俺は要点だけ分かればいいんだ」

「だって、そこには私が苦労に苦労を重ねた道のりがあって、最初なんか真っ白の魔ネコを探すだけで」

「はい、お持ちしました」


「ヤツルギ。もうすこし時間をかけて探しても良かったのよ?」

「これがそうか。キレイな字だな。ふむふむ。なるほどなるほど。真っ白の魔ネコはあのダンジョンで生まれたものしかならないのか。しかも1年そこで暮らさないといけないだと?!」


「ええ、それもいろいろ試験をしてようやく突き止めたのですよ」

「イリヒメ。お前、すごいな! 良くそんなことが分かったものだ」

「イズモ公には、その価値を分かってもらえるのですか?」


「ああ、分かるとも。それは世紀の大発見だ。経済規模はともかくとして、魔ネコの生態を調べただけでは分かるはずがない事実だ。ここだけの特異事項だからな。良く調べたものだ。すごい、すごいぞ。たいしたものだ」


「ああ。それを分かってくれる人がいた。私はもう死んでもいい」

「こ、こら! 待つノだ。なんのために我らが来たと思っているノだ」

「我が領地では神の自殺は禁止だヨ。そんなことすると、一族郎党にまで迷惑が及ぶヨ」


「そう、そうでした。生まれて初めて理解者を得たもので、ちょっと気分が天界に行ってしまいました」

「帰ってこーい」


「ふむふむ。それで1才になったら、こちらの牧場に移してイッコウという言葉を教えると。なるほど。なんだもう、ほとんど開発は終わっているじゃないか」

「ええ、そうなのです。あとは歩留まりの問題だけでした。それもあのときハルミ隧道が繋がりさえしなければ、なんとか間に合っていたはずなのです」


「あ、それはこちらにもちょっとだけ責任がないとは言えないな。ふむふむ。それで現在ダンジョンで飼育中が48匹か」

「じつはそれが」

「ん? 現在行方不明になってまして」


 あっ?!

 おわっ?!

 ノだ?!

 ヨヨヨ?!

「イズモ公の責任ね」←タッキー


「「え?」」←イリヒメ&ヤツルギ


 なんのことですか、という疑惑の目がユウさんに注がれる。しかしユウさんだって覚えていないはずだ。


「なんで俺の責任だよ!」

「だってあんたがほにゃらららほーいほい」

(タッキー。それは言っちゃダメ)


「イ、イズモ公ではありません。それは私たちの責任です。あのダンジョンから魔ネコを回収したのは私たちです」

「でもそれは、あちこちから繁殖に来ていた魔ネコだけだったのでは?」


「そのつもりだったのですが、混ざっているとは知らなかったし、いろいろ手違いもあって、何匹かは処分してしまいました」

「俺が寝ている間に、ハルミのやつがやったのか?」


「ハルミさんが間違って斬ったのもあるかも知れません。私が飛ばしたときに消えちゃったのもいたと思います。でも回収してグジョウに送ったものには真っ白の魔ネコはいなかったので、おそらくは他の魔物と一緒に……」


 ああ、即興のウソは難しい。だけど、これは一発勝負。私、頑張る。


「そうでしたか。ダンジョンには、もう残ってはいないのですか」

「これでは、里のものに路銀さえ渡せませんね……」


「そんなことはないモん!」

「どうしたの? ネコウサはなにか知ってるの?」

「おとんが言ってた。まだ隠れているイッコウがいるって」


「そうなの? でもそれは」

「うん。たくさんではないと思うモん。でも、0ではないモん」


「このレポートによると、魔ネコはあのダンジョンでカップリングして自分の核の交換をする、とあるな」

「ええ、だから2匹残っていれば繁殖は可能なのです」


「オスメス1匹ずつじゃなくていいのか?」

「魔ネコは雌雄同位体です。環境によって、オスにもメスにもなります。2匹しかいなければ、それでカップリングします。それは確認済みです」

「そんなことまで分かってるのか。よし、スクナ。俺は決めたぞ」


「はい。ユウさん。このイリヒメ研究所にいくら出しますか?」

「投資することが前提でしかも先にネーミングまでしおったな。さすがは俺の嫁スクナだ、理解が早くて良い。俺はこの研究所の資産価値は1,500万と見積もる。それでシキ研が買う」


「「「はぁぁぁぁ!?」」」


「ちょ、ちょっと。私のスク姉に気になることを言ったわね?」

「タッキー、黙ってて。いま良いところだから」

「くぅぅん」


 捨てられた子犬みたいな声出すな。


(でもいま、確かに。ユウさんは言った。俺の嫁と。俺の嫁俺の嫁俺の嫁。ああ私が俺の嫁、ユウさんのよ……あれ、待てよ? それって。あずにゃん的な意味? それとも 猿飛あやめ的な意味?)


(あずにゃんはともかく、どうして選りに選ってどMキャラを選んだのヨ?)

(あ、いや、なんとなく)


「イズモ公?! それは本当の話ですか? イズモ国だってそんな大国じゃありませんよね?」

「イズモから金は出せない。あそこはまだ赤字だ。出すのは俺の会社だ。シキ研だよ。イリヒメはすぐにイリヒメ研究所を設立しろ。設立資金はシキ研から出す。それでお前が所長になれ」


「ほ、ほん、ほんなほとはでまいせきしうあか?」

「ニホン語の不自由な人か! ちゃんと話せ」

「ほんとに、そんなことが、可能なのですか。4桁万円なんて1企業で出せるものなのですか?」


「心配すんな。俺にはトヨタ家が付いてるんだぞ」

「「え? ノだヨ?」」


「あれ? なんだオウミもミノウも、その不審そうな目は。俺が間違っているとでも言うのか」

「いや、間違ってはいないノだ」

「そう、間違ってはないのだヨ」


(この男。まだ気がついておらんノだ?)

(そのようだヨ。少なくともこの地域では、トヨタ家なんかより、自分のほうがよほど高いブランドの持ち主だというのにヨ)

(ユウシキミの名を出せば、どのメガバンクでも低金利でいくらでも貸し出すノだが)

((まあ、面白いから黙っているノだヨ!!))


「イリヒメ。明日、17銀行の担当と頭取を呼べ。そこで話を付けよう」

「分かりました。もうすべてイズモ公におまかせします」


「そうと決まればイリヒメ。この研究だが、他にもいろいろ聞きたいことがあってな」

「ええ、なんでも聞いてください」


 そうしてヤサカの夜は更けて行くのであった。たっぷりと昼寝をしたユウは、夜9時30分まで起きていられたのである。


「それでもたった30分伸びただけなノか!?」

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