第290話 立場逆転
「ナガタキが俺にこんな態度を取るのも、俺の気を引きたいからか?」
「いえ、それはただ嫌われているだけですね」
「こんちくしおっ!!」
お互い様だと思うのだけど。
「まあいい。ハタ坊、こいつらを拘束しろ」
「はいよ!」
「「あぁん」」
これで立場逆転ね。
「次にこの屋敷にまだいるはずの重鎮どもも全員拘束してくれ」
「ほいほいほいほいのほい」
便利な魔法ね。私にも使えないからしら。
(作者というアビリティを身に付ける必要がありますよ)
「いまとなってどうでもいいことだが。一応聞いておいてやる。決算偽装の理由はなんだ? なんか俺のせいとか言ってたようだったが?」
「そうよ、あんたが悪いのよ! 痛っ」
「今度生意気な口を叩いたら、ポカリじゃ済まないからな」
「こんちくしお」ボソッ
「まだ叩かれたいのかっ!」
「それは私から言いましょう、イズモ公」
「も、もう、騙されないんだからね?」
「いつも騙してるわけじゃありませんよ。すべてが明るみに出た以上、もう騙すだけの理由がありません」
「それもそうだが、いや、まだ分からん。聞くだけは聞いてやろう」
「お前の態度がきにくわない」
「ナガタキは黙ってろ!」
「サカイにイッコウを売って、決算のかさ上げをして、来年以降はともかく今年だけはなんとかなる、はずだったのですが」
「それは聞いた。その理由はなんだ?」
「私たちの想定以上にミノ国の経済が伸びていたのです」
「別に関係ないだろ?」
「ミノ国の納税額をヒダ国に付け替えることで、国の体面を保とうとしていたのですよ?」
「だからそれをもとに……あ、そうか。ミノ国の納税額が増えた分もヒダが負担しないといけないのか」
「そうです。根本には、ミノ国への嫉妬があったことは否定できません。もとは自分たちの領地なのに、魔王に取られてしまって、しかし決算だけはヒダでやらされている。それなのにミノ国は好況(インフレ)なのにヒダ国では不況(デフレ)が続いていると。それを認めたくなかったというのもありますが、ともかくその分もヒダ国で負担しないといけないのです」
「なんで今年に限ってミノ国はあんなに増収になったのか、あんたには心当たりがあるでしょ??!」
そりゃ、ありますけどね。タケウチ工房にシキ研。すべてこのユウさんの成果でしょう。
「俺は知らん。シロトリは分かりやすい単語でありがとう。不況なら減税と公共投資をやればいいだろ(ケインズ政策であるまめち)」
「それは財源があってこそですよ。近代国家じゃないんですから、私たちはそんな強い権限を持っていません」
「そ、そうなのか、それは悪かった。しかし、領地を魔王に取られたといっても、それは侵略者から自分たちの国を守れなかった結果だろう?」
「その通りです。しかし、そのことを実感として知っているものはもういません。ただ、そういう歴史があるだけです」
「俺には全然分からん。そんなことが不正決算となんの関係があるんだ?」
「私は分かりますよ」
「スクナ?」
「ユウさん、こう考えましょう。あるところに、小さなお店を営む貧しくても仲のいい4人家族がありました」
「なにが始まるんです?」
「いいから聞いて! 両親と男の子ふたりがいたとします。長男は家を継ぎますが、次男は仕事がないので、敷地内に別の店を建てました。ただ、決算などの事務処理は両親が面倒を見ることにしました」
「ふむふむ」
「すると、次男の店はみるみる業績を伸ばして、両親の店を上回る規模になりました」
「ふむふむ」
「それから何十年か過ぎ、長男は小さな店の店主のまま。次男は大店のご主人となりました。次男はフェラーリを乗り回しますが、長男はセキネの自転車です」
「どうしてセキネ?!」
「例え話ですよ。しかし、決算だけは最初の約束のままで、両親のあと長男が引き継ぎました。さて、毎年決算書を提出する長男の立場は?」
「プライドとかズタボロだろうな」
「そうです。その長男がヒダ国というかハクサン家で、次男がミノ国。それが現状なのですよね?」
「セキネの自転車……スクナさん、あちらでの年齢を詐称していま痛っっ」
「なにか?」
「なんでもないです。だいたいその通りです。いたたたた」
「しかしそれは、長男がボンクラだから仕方ないと思うのだが」
「もう、ここまで例え話をしても分からないの?!」
「いや、その、セキネの自転車は面白かった」
「そういうことじゃないの!!」
「スクナ、そいつに情緒を求めるのは無理だと思うぞ」
「ハタ坊はやかましいよ。それで、その長男さんは収支報告で、次男の利益を自分の店の利益に上乗せした。次男は気がついていない。納税先としても総額は同じなのだから別に問題はない。だけど、それがバレる日がきた」
「いまココ」
「ナガタキが言えた義理か!」
「シロトリ、もうここまで来たら」
「はいナガタキ様、そうですね」
「やっと観念したか?」
「「私たち、別になにも悪くないですよ?」」
開き直りやがった?!
「それはその通りだ。そのこと自体は犯罪にはならない」
あれれれれれ?? ちょっとユウさん?
「誰にも迷惑……あれ? なんでそうなるのよ!?」
「イズモ公、そこはそんなことはないだろ! ってこちらを叱責するところでしょうが!」
ふたりはなんで逆ギレ?!
「悪くないならなんで隠そうとしたのよ?」
「つまらん見栄のため、だな」
「見栄?」
「さっきの例え話なら、長男の次男に対するくだらない見栄だ。だから不正行為を、長男やその両親、ご近所さん、みんなに知られたくなかったんだ。そうだろ?」
「「うっげぇぇぇぇ」」
それ、バレてしまった、って声?
「長男って、リアルで言うとミノウ様? のこと?」
「というかミノ国民全体かな? それにヒダ国民に対してもだろう。その上にオオクニたちもいる」
「その全員に対する見栄ですか?」
「利益を付け替えていた、なんてこと自体が、自分の領地経営がうまくいっていないことを自分から証明したようなものだ。少なくともそう思われる。隠したかったのは、利益の付け替えそのものではなくて、それによってバレる自分たちの無能さだろう」
「「うっげぇぇぇぇ」」
「無能とか、そんなはっきりと。それで、ユウさんを巻き込んで」
「隠蔽を図ろうとしたんだろう。しかしそれはスクナを人質にしたことで破綻したんだ」
「べ、べ、別に破綻なんかしてないんだからね!」
「お前らは俺を怒らせたんだよ。分かってんのか!!」
ひっ。という声がふたりから漏れた。あ、またユウさん、怒ってる。
「下手に出れば極秘に進めるぐらい協力したやってものを。スクナを人質にした時点ではお前らは俺を敵に回したんだ。俺の立場なら、この件をこっそり処理することぐらい簡単だったんだぞ。相手はあのオオクニだからな」
いや、それを言っちゃダメでしょ。
「だが、スクナに危害を与えるようなことをした罪は重い。俺はお前らを許さない。この領地を取り上げるようにオオクニや、アマチャンに進言する」
「あまちゃん?」
「じぇじぇじぇ?」
「やかまわしいわ! アメノミナカヌシノミコトのことだ」
「なんだ、びっくりしましたよ。ついまめぶを作りそうにな……アメノミナカヌシノミコト様ぁぁぁぁ!?」
「じぇじぇじぇ?」
ふたりしてどんだけボケれば気が済むのよ。
「ヒダ国もミノウに統治してもらう。そのつもりでいろ。お前らはただの1豪族だ。じゃ、裏庭にいる魔王どもを回収に行ってそのままイズモに帰るぞ。あとの処置はオオクニの仕事だ」
「ちょっと、ちょっと待ってよ。イズモ公!!」
「……ナガタキにそんな風に言われるとは思わんかったぞ」
「いいから、ちょっとだけ聞いて」
「なんだ、まだ言い訳でもあんのか」
「そうじゃないわよ。ひとつだけ聞いて欲しいことがあるの」
「じー」
「そんな恋人を見るような目で見られると照れるわよ?」
「やかましい!! 疑惑のまなざしで見てんだ。俺のマネをすんな。で、なんだ聞いて欲しいことって」
「あのね。イリヒメのことなの」
「イリヒメ?」
自分たちのことは、もういいのかしら?
「あの人はいま、大変なことなっているはずなのよ」
「それがどうした?」
「助けてあげて欲しいの」
あのギャルさんが、大変なことに? どうしてだろう。
「ヤサカの経済が収縮することは、あのハルミ隧道ができたときにもう決まったことだ。それも仕方のないことだよ。諦めぐぇぇぇぇ」
「ちょっとユウさん、すぐ仕方ないで済まそうとしないの。タッキー、最後まで言いなさい」
「お姉ちゃん、ありがとう。あのね。イリヒメは借金をしているのよ。それも私たちがそそのかしたことが原因なの」
「そそのかぐぅぅぅ。スクナ、その、その手、緩めろぐぇ。しむ。くるちい」
「あ、ゴメン。タッキー、イリヒメの借金ってなんのために?」
「ヤサカには真っ白のイッコウがいるのです。それを増やして売ったら儲かるぞ、と私たちが言ったのです。私たちはよかれと思って進言したのですが、それがあのハルミ隧道のために窮地に陥ってしまったのです」
「真っ白のイッコウは高く売れるって言ってたな。それはヤサカだけの特産品なのか」
「はい、あそこにしかいないのです。理由は分かりませんが、それを育てるためにイリヒメ様はかなりのお金を投資したようでした」
「ハルミ隧道のせいで、グジョウとヤサカの取り引きが激減した、ってシズク村長が言ってたな。それがとどめを刺したということか」
「はい。ヤサカの主力商品であった伝書ブタの取り引きが、あの隧道のためにミナミに取られてしまいました。ほとんどなくなってしまったのです。イリヒメはそれを担保に多額の借金していますから、返済の目処が立たなくなっているはずです」
「うぅむ。どう思う、スクナ?」
あ、ユウさんが私に助言を求めている。なんか嬉しい。
「ハルミ隧道は、偶然のたまものです。そのことに私たちが責任を負う理由はなにもありません」
「そ、そんなっ」
「しかし、人道的に気の毒なことをした、という感は拭えません。あの隧道を作ったのはタケウチ工房のハルミさんですし」
「スクナらしい意見だ。で、どうしたらいいと思う?」
「まずは、現地に赴いて現状調査です。真っ白のイッコウは非常に高価なのでしょう? もしヤサカにイッコウを育てる環境ができているなら、投資案件としては超優良ではないですか?」
「優良案件ときたか。その通りだと俺も思う。シロトリから、ホシミヤのダンジョンの利権は全部俺がもらっている。それを使うと、真っ白なイッコウにもさらなる利権が見えてくるな」
「はい!」
「いえ、ダンジョンの利権を全部上げると言ったわけでは……」
「よし。いいだろう。イリヒメを助けるなんて約束はできん。しかし、それが商売に繋がるというなら話は別だ。ホシミヤにも近いことだし、まずは3バカ魔王どもを回収して、それからヤサカの里に向かおう。それでいいな、ナガタキ」
「私も連れて行って」
「お前はここでぐぇぇぇ。だからスクナ。いちいち首を絞めぐえぇぇ」
「タッキー。私と来なさい」
いやそれ、俺のセリフ?!
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