第287話 イリヒメの借金

 イリヒメの里は存亡に危機にあった。


 イリヒメは、ヒミコにも繋がるヒメ(女性)ヒコ(男性)制をとった種族の末裔である。父の名はイリヒコと言った。この種族はかつてニホンに覇権を唱えたこともあるのだが、その時世はわずか4代(約100年)しか続かなかった。


 現在この国に君臨するのは、多少アホではあるがオオクニを始めとするイズモ族である。


 イズモ族にとってイリヒメは、かつて自分の一族を討伐したにっくき敵・ヤマトタケルの義理の母親にあたる。そのために、政変以来、イリヒメの住む場所はヤサカだけに限定され、政治の表舞台からは完全に忘れられた存在となっていた。


 とはいえ、すでに1,000年以上も前のことであり、オオクニとてそんなこと覚えてさえもいない。イリヒメがどこかに引っ越すとしても、わざわざ異を唱えられるようなことはしないであろう。そのぐらいの時が過ぎているのだ。


 しかしイリヒメとってヤサカは生まれ故郷であり、長年親しんだ土地である。山深い奥ミノではあるが、日本原産のグジョウ地鶏(国指定の天然記念物であるまめち)を飼うなどして、貧しいながらもなんとか暮らしていた。


 そこにある日。降ってわいたように現れたのがエルフである。彼らはグジョウのダンジョンに住み着き、そこで伝書ブタの飼育に適した場所であることを知った。そして牧場を作って数を増やしていたのである。


 その当時、すでに伝書ブタの能力は良く知られていた。そしてそれを商業利用する試みも始まっていた。しかし、野生の伝書ブタを捕獲することは難しく、その中から運送に適した性質(穏やかで人に良く懐く)のものを選ぶと、歩留まりはとても低かった。その生態が謎に包まれていたからである。


 その難問を解決したのがグジョウのダンジョンに住み着いたエルフたちであった(ほぼハチマンの功績である)。そして量産に成功した。


 それだけなら、ヤサカの里には無関係であったかも知れない。しかし、その後さらなる大発見があったのだ。


 サクラン現象である。月に2回(新月と満月)だけ、池の水位が異常に上がり、地下(グジョウ)と地上(ヤサカ)とが水路で繋がるのだ。


 もちろんヤサカの里の住人たちは、村はずれにある池の水位が異常に上がる日があることは知っていた。しかしそれによってグジョウの地下にある隠れ里と繋がることまでは知らなかった。


 そのふたつの奇跡が重なったことにより、グジョウのエルフとヤサカのイリヒメとの交流……交易が始まったのである。


 グジョウのエルフは育てた伝書ブタをヤサカに売り、ヤサカから食料や資材を買う。そういう形ができた。小さいながらも流通を通じたwin-winの関係となったのである。


 おかげでどちらの里も、豊かな生活を謳歌することとなった。ミヤコを追われて以来、爪に火を灯すように暮らしてきたイリヒメたちにとって、数百年ぶりの安寧の生活であった。


 ところが好事魔多し、である。あるとき、里の者がホシミヤに出かけたときに、真っ白の魔ネコを3匹捕獲して来たのだ。

 

 魔ネコには、その毛並みの色でいくつかの種類がある。トラ、白黒、サビ、キジ、サバ、ハチワレ、それらの組み合わせ、などである。しかし真っ白の魔ネコは珍しかった。


 それでイリヒメは日頃のご愛顧のお礼にと、そのうちの1匹をグジョウの里に贈呈したのである。


 譲り受けたグジョウでは、縁起物として大切に飼っていた。そんなある日。


 伝書ブタ飼育の視察に来ていたハクサン家の重鎮のひとりが、たまたまそれを見たのである。そして「イッコウ」と鳴くところを聞いてしまった。


 重鎮は急いで本家に連絡をとり資金を出させると、すぐヤサカに出向いてもう1匹の魔ネコ(イッコウ)を手に入れたのであった。


 そしてそれをイッコウ売買の常連客に見せたところ、「これは縁起がいい!」と非常に気に入り、ぜひ自分に売ってくれと懇願した。結局、そのイッコウには過去最高の値が付いたのである。


「ヤサカには真っ白のイッコウがいて、それはとても高い値で売れる」


 ということがハクサン家で話題となり、イリヒメのところに話が持ち込まれた。


「真っ白のイッコウをもっとたくさん売ってくれ」と。


 その日から、里を上げての真っ白イッコウ探しが始まった。そして数年かかって彼らはようやく突き止めた。


 真っ白のイッコウは、ホシミヤのダンジョン内で生まれた魔ネコが、そこで1年ほどを過ごすことによって白い毛並みが定着するということに。


 外で生まれたものを、ダンジョンにどれだけ長く入れても毛の色は変わらなかった。ダンジョンで生まれたものを、1年以内に外に出してしまうと色が通常色に戻ってしまうことも確認された。


 そうして真っ白の魔ネコは作られた。しかしその段階ではイッコウではない。イッコウと鳴かない以上はただの白い魔ネコである。


 そこでダンジョンで生まれて1年ほどが経ち、毛並みが白に定着した魔ネコを捕獲し、イッコウを集めた牧場に放つようにしたである。

 そこでさらに数ヶ月を過ごした魔ネコは、まわりの魔ネコに習って「イッコウ」と鳴くようになるのである。


 これを売ればもっと利益が出る! と踏んだイリヒメは、真っ白のイッコウを育成する部署を立ち上げた。


 そして量産するための設備やエサ、面倒見の良いイッコウの確保などの研究開発費に、伝書ブタの転売で得た利益をつぎ込んだ。しかしそれでは到底足りず、銀行に借金を申し入れた。


 しかしヤサカという里の規模に対して、あまりに多額の借入金であり、ほとんど銀行が首を縦に振らなかった。ただひとつ、地域密着を旨とする17銀行だけがそれに応じた。


 ようやく資金の目処は立ったが、研究開発が順調とは言い難いのが現状である。

 魔ネコをダンジョンに入れておくと、他の魔物に襲われたりダンジョンから外に出てしまったりで、なかなか増やすことができないのである。


 そんな最中、凶報がもたらされた。サクランの(池の水位が上がる)日が来ているのに、グジョウの里から誰も来ないという知らせである。


 なにかあったのかといぶかりながらも、イリヒメたちは次のサクランの日を待った。しかし、その日も誰も来なかった。


 そしてやがて明らかになるハルミ隧道(と誰からともなく呼ばれるようになったトンネル)の完成。それが、ヤサカから主力の取扱商品を奪ったのであった。


 もっとも完全に取り引きがなくなったわけではない。長年の信用もあり、一部の商品の取り引きには応じてもらえるのだ。

 しかしそれだけでは、真っ白イッコウの開発につぎ込んだ資金の返済がまかなえない。


 その金利の支払日が近づいていた。現在ではそれさえも捻出できないのである。



 ユウの分析は、この部分に関しては正鵠を得ていたのである。イリヒメは金に困っていた。金利支払いのための現金である。そして裏庭にふんだんにある水晶(ネコウサイタチの生成物であることは知らない)に目を付けた。


 しかし、魔力を注いで魔水晶化させる前のあの生成物には、大きな欠点があったのである。


「ギャグどころか、会話文さえなくて良いノか?」

「良くはないけど、こうなっちゃったモん」

「ウサネコのマネをするでないノだ!」

「ボクの名前はネコウサだっ」

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