第283話 魔人・カント

「イリヒメ様は、私たちを困窮させてまで私欲に走るようなお方ではありません」

「最初にそれを言ってくれぇぇぇ!!!」


 ユウさんの話。それが前提でしたよね。それが違っているとなると、せっかく組み立てたストーリーが根底から覆るという。


 ロジカルシンキングにはままあることで、って言ってる場合か。

 情報が足りなくてもこうなりますよ、って言ってる場合か。


「あれだけ格好付けて言っておいて、恥ずかしくないの?」

「うっ、ぐがぁぁ」


「ほにゃらかほーいノだ」

「あひゃひゃひゃひゃヨ」

「だいたいお主はいつも威張りすぎるゾヨ。だからこんな岩みたいに固くなってしまうゾヨ」」


「お前らは寝てろっての!」

「それではシロトリさん。それならどうして水晶がこれだけしか残ってないのでしょう」

「それはですね……!」


 あっ! という間もなかった。そのときに突風が吹いて、私たちの視界を奪った。その次の瞬間、それは私たちの前に現れてこう言った。


「シロトリ、急に我を呼び出してどういうつもりだ」


 だ、誰? 私は金縛りにあったように身動きひとつできなかった。


「カント様。お手を煩わせて申し訳ありませんでした。それ以外に手がなかったのです」

「カントちゃん、おっす」

「おっす♪ ナガタキは元気そうだな」


 なにその叔父さんと姪っ子の会話?!


「このものたちは誰だ? どうやってここに入った?」


 あんたが誰よ。どうやってここに来た……あ、さっき私が感じたのはこの人だったのか?! あぁ、身体も動かないけど、声も出せないなんて。


「ここに入れたのは本当に偶然なのです」

「偶然、で入れるような簡単な手順じゃなかったはずだが」

「それが、どうしたものか、そこの方がわさわさとやったら」


「その娘がか。まだ幼い子供のようだが。その娘がアレをわさわさしただと?」


 やかましいわ! 誰が好き好んであんなことするものか! それにわさわさじゃない、ばっさばっさどっちでもいいわ!!


(心の中でツッコんでも相手には通じんぞ、スクナ)

(ハタ坊? あなたは大丈夫?)

(ああ、ユウの中にいて正解だった。スクナのおかげだ。あの拘束魔法を食らわずに済んだ)


(そんな強力な魔法なの?)

(あたしでも不意打ちを食らったらあぶないところだった。だが、しょせんは魔法だ、魔王クラスなら効かないだろう)


(でもあの人たち、みんな伸びてるけど?)

(3バカ魔王はその前にぐでんぐでんだったからな)

(あぁそうか。そうだったね。これからどうしよう?)

(それを相談したかったんだが。ユウも伸びちゃってこちらは処置なしだ。頼れるのはスクナしかいない)


(うぅん。もうちょっと様子を見てからにしましょう。まだ状況が分からないの。とりあえず、そのままユウさんの中で待機してて)

(分かった。考えがまとまったら呼んでくれ)


「それでシロトリ、どうするつもりだ?」

「まずは口封じをする必要があります。ここで一番恐ろしいのは、そこにいるユウという少年。それにここから出る方法を知っているその子・スクナ。それに魔王」


「ま、ま、魔王だと!? ど、ど、どいつだ?」

「そこにいる3人ですが」

「3人ともか!? ……確かに見覚えがあるやつがいる。こっちはミノウだな。それとシッポの長いのはイズナか。もうひとりは知らんな」

「最後のひとりはオウミ様です。その3名は縛ってここに残しておきましょう」


「あのニオノウミの魔王か。まずはこいつらから、しばりしばりしばり。3人もの魔王がどうしてここに集まっているのだ?」

「それはすべてそこの少年ユウのせいです」


「人間の少年が? それより魔王ほどのものが、どうして我の魔法にかかったのか不思議なのだが」

「それも偶然ですが、その前にこの水晶にやたらめったら魔力を注いでいたんですよ。面白がって」

「それで魔力が枯渇していたのか」


「ええ、魔力の過放電状態ですね。回復するのにはしばらくかかるでしょう」

「そうだったのか。魔王がいるなんて気づいてなかった。俺はあぶなかったんだな。こいつらがまともなら、俺なんかあっという間に消されてしまうところだ」


「それほどですか!?」

「ああ、そのぐらいの力の差がある。しかし、こんなものに枯渇するほど魔力を注ぐとは。こいつら魔王のくせにアホなのか?」

「アホですね」

「アホだったね」


 ちょっと、あんたち! ナガタキ様まで加わって魔王の悪口?! 間違ってないけど!


「それで一番手強いというこの娘だが。どうするのだ? 口封じとはいってもまさか一息にやっちゃうのか」

「そんな物騒なことを言わないの! めっ!」

「す、すまんかった」


「一番手強いのはそっちのユウという少年です。彼はイズモ太守ですよ」

「はぁ? こんなのがか?」


「その子。魔王を3人も眷属にしているのよ」

「はぁ!? こんなのがか!?」


 どうしよう。すっごい殴りたい。反復横跳びで殴りたい。


「そのふたりはグジョウの座敷牢に運んでください。もちろん、別々の部屋です。あとは……あれ? ナガタキ様。まだ他にいませんでしたっけ?」

「えっと。3バカ魔王とスクナの他は人間が若干名いただけだよ?」


 若干名って、数えてないんかーい。


「まあ、ナガタキはこんなもんだ。シロトリは覚えてないか?」

「私は最初からどうやって誤魔化すのかをずっと考えていたもので、メンバーのことにあまり注意を払ってませんでした。こんなものですかね」


 なんて大まかな把握の仕方だことで。この人たち、意外と無能なのかしら。おかげで助かったけど。


「まあここにいるんだから、おそらくこれで全部だろう。とりあえず、魔王どもは一応拘束しておいたが、元気になればこんな魔法はすぐに解けるだろう」

「ここに放置で良いでしょう。スクナさえ連れて行けば、誰もここから出られません」


「だといいけどな。ここに入れた偶然がまた起こらんとも限らんが」

「そんな奇跡はそう起こりませんよ。それでは行きましょう」


「ちょっと待て。あそこに転がっている車輪のついた置物はなんだ?」

「ああ、あれは魔王様が魔力をそそいで……なんだこりゃぁぁ!!」


「うすっぺらい馬車の荷台のような。しかし、乗るにはあまりに不安定なものだな。自立するのかこれ」

「すごく複雑な部品で構成されてますよ。なんて奇っ怪な形だことで」

「タイヤが前後にふたつあってなんか足踏み器? みたなものも付いてるね。どうやって使うのかしら?」


 じ、じ、自転車。それ、自転車だから。ミノウ。いったいなにを考えてそんなものを?!


「乗り物なのか?」

「こんなうすっぺらいものにどうやって?」

「ここに座席らしきものが付いているが」


「魔力で動くんじゃない? 私、ちょっと座ってみる。こてん。痛ぁぁぁぁぁぁ」

「自立しない以上は、そうなるわな」

「わぁぁぁん。膝をすりむいたぁぁぁ。こんなものただの粗大ゴミよ!!」


「大丈夫ですか、ナガタキ様!? はい、トンデケです。ぬりぬり」

「うぅう、シロトリありがと。ふーふー」


「エラく凝った物ですが、飾りたいようなものじゃなし。使えないのなら不要ですね、放っておきましょう」


「まったく貴重な水晶の無駄遣いをしやがって。魔王の考えていることはまったく理解できんな」


 それは私も同意する。でもあれ、チェーンがないからただ形を真似ただけよね? そのために魔力を枯渇させたとか、ほんとアホなんだから。


「それでは戻るぞ。連れて行くのはふたりだけだな。残りは剣士っぽいのがふたり、あとネコウサイタチが3匹転がっているが、放置でいいな」


「3匹だっけ?」

「えっと、そんなもの? だったような」

「まあ、ネコウサイタチはここにいないと、こちらが困るので」

「そうだったな。こいつらはダンジョンのほうに送って放置ということで」

「それじゃあ、行きましょう」


(ボクのことも忘れているモん?)

(あんたは私に付いてきなさいね)


 そのあと私たちは乱入してきたカントという魔人によって、グジョウに連行されたのであった。

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