第253話 紅い色は金の色?

「なあスクナ。シキ研の業務規定って、いつの間にできたんだ?」

「もう、ユウさん。いまだに読んでさえいないんですか?」

「なにを?」


「会社を設立するときには、まず定款を作るでしょ?」

「え? でしょって言われても。俺作ったことないし、見たこともないし」


 ってか、なにそれ?


「作ったのはレクサスさんですよ。でも、読んでもいないんですか?」

「うん」

「あっけらかんとうん、じゃありませんって。所長が知らなくてどうするんですか」


「どうって言われても。どうもしないけど?」

「カイゼンのこと以外のことには、まったく興味も示さないのね」

「うん。だからこんな薄給で働かされてるんだよんちくしお」


「え? 薄給?」

「ああ、俺は見習い扱いらしくてな。小遣いはあっても基本給はない。ただ、利益が出ればその何%だからもらえるらしいが、まだそれだけの商品がないみたいだ」


 あれ? ユウさんは知らないのか。この前レクサスさんに見せられたユウさんの貯金通帳。すごいことになってたけど。


 あれは先月だから、いまはもっとすごいことになってると思うんだけど。あれは秘密にしてるってこと? どうしてまた?


「俺の能力なんてカイゼンしかないからな。その辺りのややこしいことは、これからスクナが中心でやってくれ。レンチョンにまかせておくと、どうも騙されている気がしてしょうがない」


 明らかに騙されてますよ。でも、私も黙っていようっと。そうしないといけない理由がきっとあるのでしょう。あのレクサスさんのことですものね。


「それはいいけど、業務規定ぐらい目を通しておいてくださいね」

「ほーい。1段落ついたらそうしよう。まだ俺、シキ研の自分の部屋ってのに行ったことさえないからな。まだあるんかいな」

「ああ、あれは社員寮になってましたね」


「やっぱりそうだったか。俺の同意もなしに、全部社員寮になっちまったのかぁ」

「人をいきなり増やしすぎですよね、エースさん。でも、それなら屋上にユウさん専用のペントハウスを増設したらどうでしょう?」


「なんでスクナがペントハウスを知っているのか疑問なのだが」

「え? いえいえいえ。別に私は博識なだけですよ? 執事ですから」


「ふぅん。まあいいけど。ペントハウスか。良いな、それを作ってくれ。その手配や設計とかレンチョンの説得とか資金の工面とか、全部スクナにまかせるから。良きに計らえ」

「もう、このバカ殿! 都合のいいときだけ私に振って。私はそのためにいるわけじゃないですよ!」


「いや、そういうことにしようと思ってさ」

「はぁ?」

「もう、お前は俺のものなのだ、あはははは」


 あははって。そりゃ、私だって。それは、そう、かな。もうそれでいいや。


「あははは、そうだね、それでいいよね」

「あれ?」

「なによ、あれ? って」


 もうちょっと動揺してくれると思ったんだけどなぁ。


「いや、あれ、というのはだな。話し手・聞き手との関係を基準にして特定のものさす指示詞、というものだ」


「誰が文法の話をしてるんですか。ともかくペントハウスの施工は検討開始します。しかし、ユウさん。会社の規定には他にも、人事規定、組織規定、総務規定とかいろいろあるんだけど」

「うん、それも全部まかせた」


「ええっ!! 私まだ6才なんだけど! そんな会社の大事なことに関わって大丈夫なのかしら」

「心配すんな。その辺はレクサスが握ってるさ。お前は俺の都合の良いように、そこから予算をぶんだくってくれればいい」


「それはなるべくやりますけど、規定類ぐらい読んでおいてくださいよ。それより、色ガラスはどうなったんですが」

「うん、まったく進んでいない」

「あらあら」



 こんな感じである。


「カメ、結局、色を付けるってことは、違う物質をガラスの中に溶かし込む、ってことだよな?」

「まあ、そういうことだな。しかし、それがなかなか」

「ちなみに、青色にするにはなにを入れるんだ?」


「青はすごく簡単なんだ。コバルトという物質を入れてやればいい」

「コバルトか。レアメタルだな。この国で獲れるのか?」

「いや、ホッカイ船が運んでくる。北の国からの輸入品らしい」


「あ、そ、そか。ここは意外と国際的なのね。じゃあ、あの緑色のやつは?」

「ああ、あれはクロムだ。本来はもっとくすんだ色なんだが、誰かの発見で、酸化銅を混ぜたらあんな鮮やかなエメラルド・グリーンになることが分かったんだ」


「別の鉱物を混ぜる……そんなことまですでにやってるのか」

「そりゃ、そうだ。ただ鉱物を混ぜる方法なんて、あらゆる方法がすでに試されているよ」


「うぅむ。それでも紅はいまだにできていないと」

「そう。だから無理だって言ったんだよ。ちなみに、紫色はマンガン。黄色はニッケルだが、これは元になるガラスによって様々な発色を示す。同じ黄色でも個性がある。正確なところは、やってみないと分からない」


「うぅぅうぅむむむむ」

「どうだ、まいったか」


 まいった! と言いたいところだが、言い出しっぺがそれを言うわけにはいかない。


「色に影響を与える因子には、なにがある?」

「原料の他に、ガラスの種類、その中の不純物が大きいな。それと溶融温度とそのキープ時間。冷却スケジュールも影響は大きいし、混ぜ物をするならその種類に比率も大切だ」


 ダメだこりゃ。とても実験計画法のレベルじゃない。因子も水準も多すぎるのである。これでは計画を組むのは無理、というよりそもそもこういう場面で使う手法ではない。


 これは、いつものオレ流発想法しかなさそうだ。しかし、まだ情報が少なすぎる。


「紅い色ってのは、まったく出たことがないのか?」

「それが、なにかの偶然で、たまたまそれに近い色が出ることがあるんだ」

「なにかの偶然? そのとき、使ったのはどんな鉱物だ?」

「金だ」

「また高いものを」


「ああ、それだけに試験もしづらい。使い捨てになっちゃうからな。しかもなかなか溶けないから、使える量も少ない。それでも確実にあの色が出せるのならいいが、確率は宝くじだ」


 金(カネではない、Auのことである)って紅いのか? そんなイメージはまったくなかった。しかし値段が高いからあまり試験ができないというのは、分からないでもない。


 ただ、金を溶かすのなら方法はある。タケウチには金めっきがあるぐらいだ。その手のことは慣れている。金はシアン金カリウム水溶液には良く溶けるのだ。

 他に王水(硝酸と塩酸を1:3で混ぜる)という手もある。ヨウ素とヨウ化カリの混合水溶液でも溶けたはずだ。


 金の試験はやってみるべきだろうな。


 鉱物ならルビーはかなり紅い色に近いと思う。あれは確か酸化アルミニウムが主成分でそれにクロムが混じっていたはずだ。


「アルミニウムを入れてみたことはないのか?」

「ああ、あるよ」

「ダメだったんだよな」


「柔らかいガラスになる」

「色は付かないのかよ!」

「付かないな。加工しやすいガラスになるから、食器のような曲線の多い製品には良く使われるぞ。安いしな」


「食器を作りたいわけじゃないんだよなぁ。マンガンが紫ってのは、けっこう紅に近い色なんだよな?」

「近いけど、あれ以上紅色に近づくことはないぞ。黒っぽくなるだけだ」

「うぅむ。早くもふん詰まりか」


「便秘ならいい薬があるぞ?」

「俺はいつも快便だよ! 詰まってるのは智恵のほうだ。そういえば、ピンクはできるって言ってたな。それはなにを使う?」

「ああ、セレンというやつだ」


「セレンか。必須栄養素じゃないか。単独で存在することはないと聞いたことがあるぞ。そんなものまで試験をしているのか」

「セレンなんかよく知っているな。どんだけ博識だよ。しかしだから言っただろ。ありとあらゆるものを試していると」


「分かった分かった。簡単にできるようなことを言って済まなかった」

「分かりゃいいんだよ。じゃ、俺は加工のほうをぐえっっ」

「待て待て。誰かが開発を止めるって言ったよ。難しいけど頑張れって言ってんだ」


「くっそ。小さいくせにしっかりしてやがる。で、どうするよ? ここにある原料は全部確認済みだぞ」


 ここにない原料か。それだったらお手上げだ。元の世界でなにを使っていたのかを調べるすべはない。それがまだ発見されていないようなものなら、不可能だということになる。


 しかし。薩摩切子が作られたのは島津斉彬の時代、江戸後期だ。そんな頃に日本にあった技術なのだから、この世界でできないのはおかしい。


 ……とは限らんか? 同じように進化しているわけじゃないからな。なんといってもここには魔法ってものが……魔法?


 このとき、俺はとんでもないことを思い付いていた。


 錬金術。である。そしてそれを可能にするかもしれない「識の魔法」である。


 まだあやふやな情報だが、アイヅのタノモは言った。


 「識の魔法は物質の性質を変えることができるらしい」と。


 俺はそれを「原子番号を動かせる」と解釈している。なにがしかの制限はあるのかもしれない。しかし、土(シリコン)を燃えるもの(多分イオウ)に変換できるのなら、もっと他のものを動かせる可能性があるということだ。


 シリコン(Si)の原子番号は14である。イオウ(S)は16だ。間にある15のリン(P)がどうして飛んだのか不明だが、番号が近い物質である。ただし性質には共通点はない。


 金・銀・胴は同じ族の金属だ。つまり性質が似ている。だから、周期律表ではそれらが縦に並んでいる。例えば、銀から金を作ることができたら? これこそ本当の錬金術だろう。もしかすると、その辺りに回答があるかも知れない。


 数多の錬金術師たちが覇を競って取り組んだ、錬金。そのためにどれだけの粗末な金属を用意したことだろう。どれだけの薬品が使われたことだろう。


 それを、俺がこの世界でなしえるとしたら? これはもう、むちゃくちゃでごじゃりまするがな。


 誰?!


 等価交換など、どこ吹く風である。魔法というファンタジースキルを使えば、なんでもアリなのだ。識の魔法がそれを可能に。


 するのかもしれない。


 しかし、そのためには……。あ!! 俺ってこんなことしている場合じゃなかったじゃん?


「ユウさん、ようやく気がつきましたか?」

「スクナ。もっと早く言え! つい、いつもの癖でのめり込んでしまうとこじゃないか」


「もうのめり込んでますって。楽しそうだったので、いいかなって。それに儲け話になるのでしょう?」


「ああ、それはそうだ。だが、優先すべき事項があったんだ。まずは識の魔法をもらって来よう」

「そんなお年玉をもらうみたいに。でもそれなら、ハルミさんがすでに伝授されているのでは?」


「ハルミのは、剣技に特化した識の魔法だ。あれはちょっと違う。識の魔法にも系統があるのだろう。俺が求めているのは錬金術だ。スクナ、お前が使えると一番良いのだがなぁ」


「え? 私にですか? できることならなんでもしますけど、まだ私、初級レベルですよ?」


「そうだったな。使える中級魔法もあるが、レベルはまだ初級だったっけ。まあ、どっちにしてもやってみないと分からない話だ。まずは、ここの決算書を提出してもらって」


「もう、出してもらいました。アメノミナカヌシノミコトさんに転送済みです」

「あ、はい、有能な執事さん、乙です。じゃ、次の領地はヒダだったな。ハルミたちのところに戻って合流しよう」


「ちょっと待てってば!! 俺はこのままかよ?!」

「カメ、お前は金を使って紅が出せないか、その試験をやっていてくれ。金の原料はシキ研から運ばせる」


「お、おう。そうか。それならやる」

「カメさん、金は0.1g単位で測定してお渡ししますので、くれぐれも浪費しないようにしてくださいね。万が一」

「分かってるよ! 俺だって技術者だ。そんな不埒なマネは……しな……い……よ?」


「なんでそこで自信なさげになるんだよ! 大丈夫、金の受け渡しにはミノウの紙を使うから」

「ミノウ紙? 和紙のことか?」


「嘘が書けない紙だ。そこに嘘を書くと、魔王のバチが当たる。心して使えよ」

「だだだだ大丈夫だ。嘘なんか書かない。絶対に書かないから。ダメ絶対!」


 俺は嘘は言ってないよな?


 俺は、紅いガラスを作れるのは、おそくら金しかないと踏んでいる。だからそうカメに指示をした。


 カメの言うことが本当なら、あらゆる材料のあらゆる方法が試されているはずである。それでも抜けがないとは言い切ればいが、金はその希少性(値段の高さ)から、試された機会は少ないようだ。


 しかも、なにかの拍子にできたことがあるという。答えはきっとそこにある。そう思ったのである。


 そして俺たちは、次の決算書請求先・ヒダに向かうのであった。

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