第246話 サツマ切子

「ところでだな、スクナ」

「うん?」

「なんで、お前が俺と同じ布団で寝ているんだ?」


 おかげで下半身の据わりがすっごい悪いのだが。というか立ちが悪いというか。こんな美少女とひとつ布団の中。むしろ立ちっぱなやかましい!


「なにをひとりツッコみしてるの? ユウさんが倒れたあと、ここの人に寝所に運んでもらったのよ。そのとき『夫婦なんだから、お布団はひとつでいいですよね』って言われたの」

「いや、夫婦じゃないから! それでスクナはなんて答えたんだよ」

「そうですねっ、って」


「そうですねっ、じゃないだろ! ダメですって言えよ」

「まあ、既成事実を作っちゃえばいいかなって」

「怖ぇよ!! どんな既成事実だよ!」


「ふふふ。ユウさんは、もう私から逃げられないわよ、的な?」

「お前はいつからそういうキャラになったんだよ。親の顔が見たいわっ」

「最初からそういうキャラよ。親の顔はずっと前に見てるじゃないの」


「あ、そうだった。あのシャインの子だったな」

「そうよ。母親にいつもぼこぼこに」

「それはやめてあげて」


「あははは。私にヘタなことをするとユウさんもぼこぼこに」

「俺まで巻き込むのはもっと止めて!! ヘタなことって、それ現在進行形じゃねぇか!」


「まぁまぁ、男は黙ってホッカイ国ウイル」

「意味が分からねぇよ。なんかの宣伝かよ。俺は酒はダメだっての」


(サッポロビール、ではないかと思うノだ)


「そうだったね。でもまさかあそこまで弱いとは思わなかった。つんつん」

「あひゃひゃ。こら、よ、よせ。くすぐったひゃひゃひゃ。お前も脈絡というものをだなひゃひゃひゃ」


「あら、こっちも弱いのね、つんつんつん」

「こ、こら、よせってば。そこは乳首じゃない、あふゃん」


「あら違った? じゃあここはどうかな、つんつん」

「あ、当たったきゃははは」


 なんか俺、いつもの魔王たちみたいじゃん?


「じゃあ、次は私のも当ててみてよ。ほらほら」

「……いや、そ、それはその」

「どうしたの?」

「いや、ほらって言われてもだな。その、なんでもないポッ」


「どーして赤くなってんのー」

「やかましいわ! お前は高木さんか! 長瀞さんか!」

「誰?」

「あ、すまん。なんでもない」


「センパイ、観察するのちょう楽しーし」

「知ってんじゃねぇか!!!」

「セリフだけミノウ様に聞いたんですよ。誰なんですか?」

「それはもう忘れなさい! ミノウめ。帰ったら爆弾持たせて自転車に乗せてやる。お仕置きだべ」


 そんなきゃっきゃうふふな夜は更けて、そのまま朝となったのである。明らかに寝不足な俺であるが、それでも切子の生産現場となると目がらんらんと輝くのであった。




「イズモ公。ここが我が国で最大の切子工房だ」

「わぁ、職人さんがたくさんいるなぁ」


「私が工房長のクボです。シマズ様。今日はどのようなご用件でしょうか」

「ああ、こちらはイズモ公だ。どういうわけか、切子に大変な興味をお持ちのようでな、ぜひ買いたいというので、案内してきたのだ。現場を見せてやってもらえるか」


「イズモ公様でいらっしゃいます……か。こんなお若い方が? そ、それはわざわざ遠くからありがとうございます。どのようなものをお求めでしょうか」

「いや、その、作業現場をみへてもはっ痛っ」


「え?」

「切子の作成現場をぜひ見せていただきたいと、そう申しております」


「えっと、こちらのお嬢さんは?」

「私は、スクナと申します。こちらのイズモ公の執事をしております。以後よろしくお願いいたします」


「こ、こちらの方もまたさらにお若いことで。は、はい、それでは現場をご案内いたちま痛いっ」


 お前まで舌を咬むなよ。


「こちらで生産しているのは、主にぐい飲み、酒杯、徳利などです」

「うん、全部、酒飲み関連だな」

「ええ、それが一番需要がありますもので。というかそれしかないのですが」


 そうだろうなぁ。なんこ大会の国だもんなぁ。


「作り方としては、まずはこの炉でガラスを吹いて、成形します。それがこちらです」

「なるほど。熱っ。熱っ。分かった次に行こう」


「え、もうですか!? は、はい。では、次にガラスに着色する工程があるのですが、それはちょっと」

「それも飛ばしていい。どうせ熱いんだろ?」

「ええ。これは企業秘密でして。それにすっごい熱いですよ?」


「飛ばしてOK」

「それが私の父であるアキラ公が立ち上げた技術であったな」

「はい、その通りです。しかし、アキラ様が亡くなってからは、資金援助もなくなり、かといってそれほどの売り上げがあるわけでもなく、赤字が嵩んで」

「こらこら、愚痴になっておるぞ」


「まあ、待てよシマズ卿。それより、その色つきガラスをどうやって削っているのか、それを見せてもらいたい」

「はい、申し訳ありません。それはこちらの職人たちがやっております」


 そこには10数人の職人がいた。それぞれが、部分を担当して削っていた。


 削るのに使っているのは例によってろくろである。その上に大きな丸い砥石を乗せて、ぐるぐる回している。それに製品を当てて、少しずつ削って行くのである。


「すごいな。器用なものだ。砥石はあの1種類なのか?」

「砥石は、荒削り、細密削り、それに仕上げの3種類があります」


「あ、いや、そうではなくて。砥石の形状だ。荒削りは1種類か?」

「はい、それはもう。あの形状以外にはできませんので」

「なるほどねぇ。それであれだけの文様を作るのか。まさしく職人の技術だな」


 俺が知っている薩摩切子よりはかなりシンプルではあるが、それでもあの砥石しかないのであれば、たいしたものだと言えるだろう。


「ええ。その職人を育てるのが大変なのです。最期の仕上げをできるようになるまでは、10年以上の経験を積む必要があります。しかし、支援が打ち切られてからというもの」

「だから愚痴になっておると」


「シマズ卿、よければ俺が支援するけど、どうだ?」

「「えっ!!」」


「年間でどのくらいの費用が必要だ?」

「いや、それは、ちょっと、それは困る、のだが」

「どうして?」


「一応は我が父が立ち上げた事業でな、それを売却してしまったら、親族からどんな批判が飛んでくることか」

「それにしては放ったらかしにしているようだが?」


「そ、それはあまりに費用がかさむもので。我が国の財政も厳しいのだ」

「えぇと、提出していただいた決算書によりますと、納税額で18億円となっております」


「スクナ、それってすごくないか?!」

「はい。並み居るニホン国の大国の中でも、確実にトップクラスですね」


 俺がイズモに呼ばれた段階では、全部合計して100億なかったはずだ。それを1国で18億だと?!


 いやそれよりも。スクナがその金額を把握していることに驚いたんだ。だってそれ、昨夜のなんこゲームのあとに出してもらったばかりだろ。いったいいつ見たんだ?


「こちらの国の税率は、純利益の25%となっておりますので、国としては72億円ほどの利益が出ている計算です」

「そ、それは、その、あの」

「ほとんど砂糖だけで稼いだんだろ? たいしたものだな」


「ええっ! 本当ですか?! シマズ様。私たちは赤字寸前と聞かされていましたよ?」


「なあ工房長、この工房の維持費は年間いくらかかっている?」

「はい。だいたい800万ちょっとです」

「ふむ。72億の純利益があって、800万の工房に出資できないってのは、どういうことだ? シマズ卿」


「そ、それは。その、こちらにも事情が、いろいろと、あって、ちょっとここでは言えないのだが」


「言えないのは分かった。なにか理由があるのだろう。それなら、俺にここを売ってくれればいいじゃないか?」

「だからそれは親族が」


「金も出さないが、売るつもりもない? じゃあ、ここをどうするつもりなんだ?」

「お主には、ここの商品を買ってもらいたいのだが」


 商品だけを? まさか、このまま廃業に持ち込むつもりじゃないだろな。俺を在庫処分に使うつもりか。


「あの。イズモ公が ここを買うってここをまるごとですか? そんなことをされたら私たちはいったいどうなるのでしょう?」

「クボさん、勘違いするなよ。俺は、工房長を含めこの職人たちをひとりたりとも辞めさせるつもりはない。むしろ増やしたいぐらいだ。しかし、その前にやらせてもらいたいことがある。それがこちらの条件といえば条件だ」


「やらせてもらいたいこと? とはおかしな要求だな、イズモ公。こちらにしてもらいたいことではないのか?」


「ああそれが普通だろうが、俺の希望はそんなことじゃない。この工房自体に文句はない。職人さんにもな。ただ、ちょっと感心しないことがあるんだ。だからそれをなんとかさせてもらいたいと思ったんだ」


「問題があれば、なんとかしろというのが普通の要求だと思うのだが。お主の考えていることが俺には分からん。どちらにしても、ここは売れない」


「そちらにしてもらいたいことは、特にない。俺にさせて欲しいのだ。なあ、シマズ卿」


「ああ?」

「売りたくないのは、世間体が気になるからじゃないのか?」

「うおっ」


 図星かよ。


「続けたくないのは、ここが赤字だからだよな?」

「そ、それは。その通りだ」


「じゃあ、俺にやらせてくれないか。それで一気に解決する」

「いったいなにをだ?」「なにをです?」


「それは、カイゼンだ」


「「「はぁっ!???」」」

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