第240話 スクナの交渉術

「初めまして。ニホン国首長・オオクニの代理としてまいりました、イズモ国太守シキミの執事・スクナと申します」


 どこのだれだ? という視線をものともせず、そう朗々と唱えると、皆に向かってにこっと笑った。


 どこのだれだ? と、俺も思った。


(あんたが思ってどうするのよ!)

(だって、こんなスクナ見たことなかったんだもの)


 俺とハタ坊は、ただ後ろで呆然とスクナを見ているガヤ……ですらない。ただの背景と化していた。護衛のハルミもアシナも同様である。


「よ、よくいらっしゃいました。それで、その、ご用件は?」

「通達を出してありますよね? その確認に来ました。オオクニの代理で」

「は、はぁ。オオクニ様の代理ですか。ですが、その、決算はきちんと書いて提出してありますが」


 オオクニの代理をやたら強調しているな。


「今年からは、この用紙に書いて提出してください。というお話をしにまいりました。こちらに不手際があったことは申し訳なく思っておりますが、この用紙を使えば提出するのは1枚で済みます。それに、記入も簡単です。ぜひ、こちらをお使いください」


「は、はあ。あれはそういう意味だったのですね。分かりました。来年からはそうすることに」

「いえ、今年から使ってください」


「しかし、決算はもう終わってますので、いまさらやり直すわけには」

「その結果だけをこれに書いていただければ良いのです。終わっているならこれに転記するだけです。収入と支出。それで利益が算出されますね。それで納税額も決まります」


「は、はぁ。これに、その結果だけを書けと?」

「その通りです」

「それなら、そちらで写していただいても良いのではありませんか?」


「そのとき、こちらが適当なウソを書かないという保証があるとお思いですか?」

「え? まさか、そのようなこと」


「こちらで勝手に書いて良いというなら、いくらでもねつ造できますね? それで良いとおっしゃるのなら、この国の納税額を100億ぐらいにと書いておきましょうか。それで正式書類として受理されれば」


「わわわ、分かりました。すぐに、こちらで書き直します!」

「それは良かった。書く項目は、全部で3箇所だけです。それを転記していただければ結構です。それではさっそく」


「え? この場でですか?」

「はい、そうすればすぐに終わりますから」

「分かりました。では、決算担当の者を呼びます」

「恐れ入ります」


 恐れ入ったよ。恐れ入っちゃったよ。こいつ、どこでこんな渉外力を身に付けたんだ。なんでそう、スラスラとしゃべれるんだ。相手はこの国の重鎮だぞ。


 そして担当者が来てミノウ紙に転記しようとした。その途端、持っていたペンを落としてしまった。


「うわぁっ」

「どうしました?」

「いま、なんか電気が走ったような?」


「静電気でしょうか。良ければ私のペンを使ってください」

「あ、いえ。そんなことまでしていただいては申し訳ありません。代わりのものを使いわぁぁぁっ」


「どうしました?」

「いま、確実に電気が走りました!」

「では私のペンを?」

「いえ、それには及びません。おい、だれか代わりのペンを持ってきてくれ」


 そして3回目。4回目。5回目。同じことが起こる。


「この紙、おかしくないですか? 書けないのですけど」

「先に、あなたのお名前を書いてみてください」

「え? ええ、いいですけど。あ、書けた」


 なるほど。いままで見たことはなかったが、これがミノウ紙の機能か。


「紙やペンに問題があるわけではないようですね。それでは決算数値を」

「わぁぁっ。ダメだ。これはいったい???」


 そこで颯爽と俺の登場である。


「そそそそれそれそれは、ミノミノ紙というとくとくしゅしゅな紙でして、ウソが書けないのですよはぁはぁ」

「えぇと、シキミ卿でしたね。その、ミノミノ紙? ですか。ウソが書けないとはどういう?」


(どこが颯爽とだよ!! とちりまくりな上に固有名詞まで間違ってんじゃないか)

(やかましい! ちょっと緊張してんだよ。いつものことだんちくしお)


「ミノ国には、ミノウという魔王がいます。これはその魔王が発明した紙なのです。そこにはウソが一切書けません。こちらに試し書きのできる同じ紙があります。試してみますか?」


「ウソが書けない? 魔王様が作った? ですか。そんなことができるものなのですか?」


「はい。試してみてください。こちらにまずは本当のこと……例えば、私は男です、とか。書いていただけますか」


「は、はい。スラスラ。書けますね」

「それではウソを。例えば私は女です、とか」

「では、その通りに私はお……わぁぁぁっ!!」

「書けませんでしょ?」


「ほ、ほんとだ。そんなことがあるのか」


 そのあと、その場にいた連中がわさわさと寄ってきて、いろいろ書いては試していた。なんか大受けである。良かったなミノウ。


「私は不正なんかしたことがな、わぁぁあっ!!」

「私は浮気なんかしたことはな、ぎゃぁぁぁぁ!!」

「不正蓄財なんか絶対にして、ひゃぁぁぁぁ!!」

「女房だけを愛してい、ぎゃぁぁぁぁ!!」


 うん。ほぼ懺悔合戦になってるね。なんでお前らは自分の不都合なことばかり書こうとするんだよ! アホか。


「おっ、お主もか。じつはワシも、いろいろと人に言えないナニがあってな」

「ああ、やはり。あの噂は本当でしたか」

「まあ、そうだ。お主だって相当な悪よのぉ」

「えへへへ。あなたほどではありませんぜ」


 悪徳代官と越後屋かよ。


「はい、それまで!」

「「「「はっ!?」」」


「お分かりいただけましたね。この紙には、ウソを書くことができません。つまり、さきほど決算の数字が書けなかったということは!!」


「はいっ!! こ、これはきっと、なにかの間違いです! すすすぐに数値の見直しを実施いたします。もう、もうしばらくだけ、ご猶予を」


 そこで、スクナが俺を見る。俺に最終権限があることを、皆に教えるためであろう。よく気の付く子である。


「ででは、3日だけ待ちましょう。それまでに再提出してください」

「「「はいっ!!」」」


 よろしい! かんだのは1回で済んだ。


(たった29文字しか言ってないけど!?)


「それでは3日後にまた来ます。そのときまでに『正しい』決算書を作っておいてくださいね」

「はい。命に代えてでも!!!」


 そんな大げさ……じゃないか。ウソを書いていたことはバレバレなのだから、その批判は担当者(いまペンを握っているやつ)のところに行くだろう。


 たとえ、そう指示を出した上司がいたとしても(いるに決まっているが)、割を食うのは部下の務めだ。


(務めなのか?!)

(トカゲのしっぽ切りという本体(組織)を守る防衛術だよ)


 担当者ぐらいは処分しないと、国として格好が付かないだろう。担当者にとってはまさしく死活問題なわけだ。


(……気の毒に)

(俺の知ったことじゃないけどな)

(ふぁぁ?!)


 ハタ坊は俺に早く慣れろ。それじゃ次、行くぞ。



 そんなこんなで、順調に領地を回った。ヒタチ、イワミ、シナノ、アワはこんな感じで完了である。すべて書き直しではあったが。ウソを書くのが通例になっているからだろう。これはチェックもせずに放置したオオクニの責任だ。


 しかし、中にはやっかいな領地もある。かつてタケが酒だけ飲んで追い返されたという領地、ニホンの最南端の領地・サツマである。


「そげんこつ、しりもはん!」


 と言ったかどうかは、定かではない。この話に方言を持ってくると(作者の苦労が)ドエライことになるので、すべて標準語? なのである。

 マツマエが似非カンサイ弁を使っているのは、あくまでシャレである。


「言い訳が多いな」

「サーセン」



「もう提出済みだ。終わったことをいまさら蒸し返すな」


 と言ったのであった。


「終わりというのは、こちらが受領して初めて終わりです。それがまだなのですから、終わってはいません」

「なんだと!! 俺たちのやり方に文句があるのか! それとも不正があるとでも言うのか!!」


「そうは言ってません……ユウさん?」

「間違ってないのであれば、数字を転記するぐらいのことで、どうしてそんな強弁を張るんだ? 書き写すだけのことだろ?」


 うん、売り言葉に買い言葉だね。


 俺はこいつらのに物言いにちょっと頭に来ている。こちらは首長の代理だぞ。しかも俺はイズモの太守だ。こいつらより格下ではない。


 頭にきたら、いつもの調子がもどったのである。人を見かけで判断しやがって。鏡さえなければ俺は40才の社会人の中の人だ。お前らごときに後れを取るものか。


 そんな俺の態度に、あちらも頭に来たようである。あちらにとってはたかが12才の稚児である。それが、自分と同等のつもりで話しているのだから、怒りたくもなるだろう。


「なんだと! もういっぺん言ってみろ、こら!」

「書き写すぐらいのことが、そんな難しいのかって言ったんだ」

「このクソ生意気なガキ。俺がとっちめてやろうか!」


「聞こえなかったのか? お前は耳が悪いのか、頭が悪いのかどっちだ?」

「こ、このクッソガキ。おい、表にでろ!!」

「ほう、面白い。ニホン国の首長にケンカを売ろうってのか? それともイズモ国にか?」


 こっちにはハルミがいるんだぞ。


(そこはハルミ頼みなのだな)

(ハルミはここんとこ一戦交えたくてうずうずしてるから、ガス抜きには丁度いいだろ)


「止めておけ!」


 そう一括したのはサツマ太守のシマズ卿であった。


「そんなくだらなことで、いちいち大声を出すでない。幼いとはいえ、相手は首長の代理人様だぞ」

「はい」


 引っ込みやがった。俺はまだまだ言い足りないのだが。


「ユウさんも黙ってて」

「はーい」


(同じじゃねぇか!)


「そのほうか。決算書を再提出しろと言っておるのは」

「はい。申し遅れました。私はニホン国首長・オオクニの代理としてまいりました、イズモ国太守シキミの執事を務めますスクナという者です」


「うむ、スクナと申すか。それでその理由はなんだ?」

「はい、今年から決算書の提出フォーマットが変更になりました。それで出して欲しい、との要望です」


「今頃それを言われてもなぁ」

「提出期限の2週間前にはこちらに届いていますよね? それが遅いですか?」


「遅いに決まっているだろ! 決算書を作るのに、どれだけの時間がかかると思っているのだ」


 またでてきやがった。ちなみに声のやたらでかいこいつは、名前をコマツと言うらしい。ショベルカーでも作ってやがれ(建機シェア世界2位。マメ知識)。


「だれが一から作り直せって言ったよ。最後の数字を転記するだけだろうが!」

「そんなことどこにも書いていなかっただろうが!」

「だから俺たちがわざわざ説明に来たんだろうが!!」


「「なんだ、この野郎!!」」


「待て!! と申すに。お主らは仲がいいのか」

「なぜですか!」「なんでだよ!」


「まあ良い。イズモ太守どの。この国ではな、トラブルが起きたときにすることは決まっているのだ」


 ? どこかで聞いたような発言がでてきたぞ。まさか、またアレか? 俺はチラっとハルミを見る。嬉しそうにハルミが頷く。アシナを見る。アレですね、と頷く。間違いないようだ。


「よし、いいだろう。相手になるぞ。そちらの代表を出してくれ。こちらも用意はできている」

「そうか。話が分かる相手でワシは嬉しいぞ」


「嬉しいのか。そ、そうか。まあ、単純なだけに分かりやすくて話が早い。こちらも望むところだ」

「それでは、者ども、用意をせよ!! 来賓を迎えてのなんこ大会じゃ!!!」


 はい? なんこ、ってなんだ? そういう名前の対外試合なのか? ハルミもスクナも?マークを頭の上に乗せて首をかしげている。


 まあ、名前なんかどうでもいい。ともかくも、こちらはハルミとアシナに頑張ってもらうだけである。


 ハルミにミノオウハルがあるかぎり、負けることなどあり得ないのだわっはっはっは。コマツのやろう、たっぷりと吠え面をかくがよい。

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