第211話 誰がハルミを脱がした?
「山体……崩壊だと?」
「そうなのだヨ。あれだけの大噴火は我も久しぶりに見たヨ」
「だ、大丈夫、なのか? もう火砕流は収まったのか?」
ここはグジョウの鍾乳洞(ダンジョン)の入り口付近の1室である。チュウノウ市役所の治安維持課が、新人研修として毎年使うという部屋である。
この下のどこかにあるエルフのかくれ里は、地震被害からの復旧の最中でごたついている。オウミは気を利かせて、俺たちの転送先にここを選んだのだ。目が覚めた俺は、魔王たちから事情を聞いている。
「なんとか間に合ったノだ。ミノウから事情を聞いて、あらかじめ我が溶岩の流れる方向をお主らのいた谷に誘導するようにしていたノだ」
「そ、そんなことができるのか?!」
「この前の洪水のときもやったであろう。あのときは洪水が起きたあとだったから苦労したが、今回はミノウがあらかじめ噴き出す方向を察知していたから、楽だったノだよ。我からすると溶岩も水も似たようなものなノだ」
なにその流体力学の大先生は。魔王さんパネェッす!
「あそこには大きな湖があって、しかも回りが深い谷になっているヨ。だから溶岩がそこに流れ込むようにしてもらったのだ。湖はちょっと小さくなったけど、それが一番被害が少ないのだ。今回も人的被害はいまのところないようだヨ」
「噴火場所をミノウが正確に把握してくれていたから、我も仕事がしやすかったノだ」
お前らって、ほんとはすごいんだな。いつもそうやって、この土地を守っているのか。
「我が噴火の兆候を感じたのは、お主らが我から離れて行方不明になった直後だった。そして噴火の位置と角度を調べて、溶岩を安全に流すならあの谷しかないと思ったのだヨ。しかし、お主らはそっちの方向に滑って行った。そのときは本当に焦ったヨ。だからオウミだけじゃなく、イズナやカンキチにも救助を要請したヨ」
「イズナが早く見つけてくれて助かったノだ。感謝なノだ」
「いや、あれはウエモンの機転だゾヨ。あと数分遅かったら危なかったゾヨ」
ウエモンは俺たちが助かったのを確認したら、すぐにイズモに帰っていったらしい。ここには俺と魔王が3人いるだけだ。
ウエモンはスクナとなにやら作っている最中だったそうだ。なんだろ? 気になるけど、あとでお礼を言っておこう。
「そうか、お前らには感謝するよ。特にイズナとウエモンがいなかったら俺とハルミはいまごろ黒焦げだっただろう。ありがとうな」
「あ、いや、それはゾヨ。まあ、分かっていることだゾヨ」
言葉だけじゃだめだろうな。仕方ない。伝家の宝刀を出すか。
「もう一度、イズナ用のニホン刀を作成するとしよう。今回のお礼として受け取ってくれ」
「ひゃほぉぉぉぉぉぉ!! ユウ! お前はそういうところがお前なのだゾヨひゃひゃひゃひゃ」
「いや、だからって感謝の印を首に巻き付いて表現するな!! 暖かいけどくすぐったいひゃひゃひゃひゃ」
「そう言うんじゃないかと思って、ウエモンを送ってここで待っていたゾヨ。計画通りゾヨ」
待ってやがったのかい! 自分だけ戻ってきやがって。しかし、そのぐらいのことは今回の手柄の大きさで見逃してやろう。お礼はお礼だ。
「イズナはもう魔法付与はひとりでできるよな? 今度こそ正真正銘のイズナ用の魔刀を作ろう。それで余った鉄で、ナイフとフォークもだな」
「嬉しいゾヨ。もう呪文は完璧だゾヨ。いつでもいけるゾヨ」
「「ユウ。我らにはなにかないノかヨ?」」
「そういえばお前らも大活躍だったな」
「「その通りなノだヨ!!」」
「しかしそれは、眷属としては当然の働きだよな?」
「「そのと……え?」」
イズナはウエモンの眷属である。オウミやミノウとは立場が違う。俺やハルミを助けないといけない直接の理由はない。それだけにイズナには余計に感謝しているのだ。
「しかも、ほとんどは俺のためというよりは、この領地のための行動だったよな?」
「「……えっと、それは正論なノだけどヨ……」」
(´・ω・`) ふたりともこんな顔になりやがった。
ふっふっふ。ここからダメ押しだ。
「そもそもお前ら魔王が、自分の領地のために働くのは当然であってだな」
「我の領地はここではないノだが」
「あっ」
しまった。理屈の使い方を間違えた、ちょっと調子に乗って余計なことまで言ってしまった。最初のふたつで止めておけば良かった、あぁ、どうしよう。
この流れでオウミだけにご褒美、ってわけにはいかないよなぁ。
「そ、そうか。そうだったな。しかし、オウミはミノウに発電所を作ってもらっただろ? お世話になっているじゃないか」
「それは感謝しているノだ」
「でも、我もオウミにはいろいろ手伝ってもらっているヨ? 洪水のときも、今回のオンタケ噴火のときも」
「だから、えぇと。そういうわけだからそれとこれとは関係ないと。で、ミノウもオウミも頑張っていると」
「「その通りなノだヨ!!」」
あれ? だめだ。いつものでまかせ……違う。どこにでも貼り付くはずの理屈が出てこない。困った、困った。じゃあ、こんなものでどうだ?
「分かったよ。お前らには活躍のご褒美として」
「「おおっ!!」」
「ミヨシ専用の魔刺身包丁を作ってやろう!」
「「おおっ……お?」」
「なんだ嬉しくないのか?」
「いや、それはそのなんだ、なんという斜め上ヨ!」
「これはもともと斜め上(ダイアゴナル)世界だからな」
「いやいやいや、そういうことじゃないノだ。我らへのご褒美ではないノか?」
「そうだそうだ。それはミヨシへのご褒美ではないかヨ」
「ミヨシが喜ぶと、お前らだって嬉しいだろ?」
「なんなのだ。それはまるで風が吹けば桶屋が儲かるノだ」
「オウミは嬉しいだろうけどヨ」
うぅむ。なかなかうまくいかないものだ。今日は何度も気を失ったからなぁ……あ、そうだ。
「ミノウ、お前ソリに乗ってたとき、すごく楽しそうだったな?」
「ああ、あれは良いものなのだヨ。不思議なのだ。ただ滑っているだけなのにすごく楽しかったヨ」
「スキーとはなんなノだ? 我はまだ知らないノだ?」
「それじゃ、ふたりにはスキー板をプレゼントしよう」
「おおっ。それは楽しそうだ。あの足に履く長い板であろう?」
「ああ、そうだ。オウミは知らないようだから、ミノウが教えてやってくれ」
「我も自分では滑ったことないのだヨ。ソリに乗っただけだ。だけどあれほど爽快なものないのだヨ」
「そ、そうなのか。面白そうなノだ。スキーとやらをやってみるノだ」
よし。なんとかなった。あとはそれを作れるやつを探さないとな。ハルミが知っているかな? 雪国育ちのユウコやモナカでもいいかもしれない。
「ところで、ハルミはどうした?」
「タケウチの押し入れに閉じこもっているヨ」
またかよ! 姿が見えないと思ったらもう帰っていたのか。
「俺に全裸を見られたことをそんなに気に病んでいるのか? 前回なんかもっと丸見えだったくせに」
「いや、それもあるだろうけど、それだけでは、なくてヨ」
「違うのか。じゃあ、俺に何度も骨折させたことを気に病んでいるのか?」
「それはまったく思ってないノだ」
あんにゃろめ。縛ってキソ川に流してやる。海まで流れていってマグロの餌になりやがれ。俺がどんだけ痛い目にあったか思い知れ。
「じゃあ、いったいなにがあったんだ?」
「我にもちょっとだけ原因があるノだけど……」
「オウミがなんかしたのか?」
「いや、したというわけではないノだが」
「うん、あれは不可抗力というか、間が悪いというかヨ」
「なんだ、はっきり教えてくれよ」
「我が転送したこの場所なノだが」
「ふむ。洞窟の入り口だな」
「ユウは気絶していたから見てないが、ちょうどそのとき」
「また魔物でも出たのか?」
「ハルミの同僚たちが、ここに集まっていたのだ」
「それなら良かったじゃないか。感動の再会があったんだな」
「お主はもう忘れているのかヨ!」
「え? なにをだ。俺は1日のうちに何度も気を失ったから、記憶が断片的でうまく繋がらないんだよ。ハルミの仲間がいたってことは、突然帰ってきて驚いただろうな。で、やつらはなんて言ったんだ?」
「誰も、ひと言も発しなかったヨ」
「そうなのか。ハルミを探していた捜索隊だろ? 無事で良かったな、ぐらいは言いそうなものだぁぁぁ……あっあぁぁ!! そうか、そうだった。あのままの姿でご対面だったのか!?」
「ようやく分かったようなノだ。そうなノだ。間が悪かったノだ」
「というか、どうしてこの寒い季節にあんな寒い場所にいて、ハルミは全裸だったヨ?」
それは……どうしてだろう? そういえば俺もまったく知らない。気がついたときにはハルミはすでに全裸だった。俺にとって都合の良いことは、詮索しないというか未必の故意というか齋藤飛鳥? 見て見ぬふりをするのが信念である。
「驚くべき信念なノだ」
あれ? そういえば、俺を襲おうとしていたとか、誰かがそんなこと言っていたような気がする。あれはいったい誰だったっけ?
「ハルミに性的イタズラをする目的なら、やつが気を失ってなきゃとても無理だ。ということは、ハルミの意志で脱いだということになるな」
「「「ふむふむ」」」
「俺と違ってずっと起きていたはずだし、刀は肌身離さず持っていたからハルミが負けるなど考えられん。脱げと言われて簡単に脱ぐようなタマではないし、かといって俺が襲われたという記憶もないし。考えれば考えるほど謎の多い事件だ。俺がなにかを忘れているのだろうか」
「「「ふむふむ??」」」
「あ、そうだ。あそこにもうひとり誰かいなかったっか? そいつがハルミを脱がしたという可能性はないか? でも、どうやって? なんのために?」
???? 4人寄っても文殊の知恵が出ることもなく、俺たちは首をかしげるばかりなのであった。
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