第200話 トヨタ家総会3

「あら。もう200話ですってよ、奥さん」

「まぁ、ほんとね。これって結構すごいことよね?」


なんの設定もせず、キャラも作らず、思い付くままに書き始めてはや半年。

毎日毎日、よく続くものですね? (゚°)☆\ばしっ


その場しのぎの魔術師・北風荘右衛です。まだまだ、続く。……と思います。




(錆びない鉄か。あの噂の出所はエースだったのか。ワシも何本か手に入れたが、ほんとに錆びないのかどうかは確かめようがない。いまのところ錆びてない、ということしか確認できない。それが3ヶ月錆びなかったところで、4ヶ月錆びないという保証はない。置かれた環境にもよるだろう。エースはそれをどう証明するつもりなのだろう。それとも、口先だけで済ますのか。いや、そんな程度の男ではないはずだが)


 ミギキチのひとり言である。


「錆びない鉄っていったいどういうことだ?」

「これもシキ研の開発品です」


 本当はユウの発明でタケウチの商品なのだが、エースはちゃっかりシキ研でやったということにしている。全くの間違いではないのだが、ユウがこの場にいたらなかなか言えない言葉ではある。


「それは、どういうことだ?」 2回目である。


「理屈は簡単です。例えば通常使われる鉄は酸化第1鉄です。これは空気中で簡単に酸化して錆が発生しますが、一度加熱してやると錆は発生しにくくなります」


 あ、いや、それは、その。まあ、そうかな?


 武門の家である。武力は得意でも、どうも学業は苦手のようである。この子を除いては。


「そのぐらいは知っています。鉄を一度高温で焼くことで、表面に黒さびができて、錆びにくくなるなんですよね」


「ベータ様、その通りです。第1酸化鉄は加熱することで表面に四酸化三鉄の膜を作ります。それを黒さびといいます。これはもともと酸化しているので、それ以上は酸化しにくい。つまり錆びにくい、そういうことです」

「でも、それなら別に特別なことではないですよね」


「はい。黒さびは表面を覆っているだけなので、使っているうちに削れてその効果はいずれなくなります。それに、黒さびはあまり美しいとは言えませんね」


 会場の人たちは自分の目の前にあるステンレス包丁に目をやる。ダマク・ラカスほどの特異性はないが、これはこれで大変美しい光沢を放っている。黒さびなどではあり得ない。


「そういうことなので、シキ研では鉄自体に工夫を加えました。そして完成したのがそこにあるステンレス包丁です」

「おいおい、肝心な話が飛んだぞ。いったい鉄になにをしたんだ?」


「それは企業秘密です」

「鉄の上にめっきをしたのではありませんか?」

「ベータ様は良くご存じのようですね。しかし、それも秘密です」


「なにもかも秘密にして、それじゃ、これが錆びないとどうやって証明するんだ」


 重鎮・ヌカタの言葉である。こうなると、エースはどうしてもこれが錆びないという事実を証明する必要が出てくる。ヌカタはそんなことができるはずがないと、そう確信して言っているのである。ある意味嫌がらせと言える。


 しかし、それは予想されたことであった。エースは言われなくても証明するつもりであったのだ。それも、この場で。


「それではヌカタ卿。あなたはどのくらいの期間錆びなければ、この鉄は錆びないと思ってくださいますか?」

「そんな難しいことを聞かれても困るが、まあ10年も持てば納得してやっても良いかな」


「ということは、それを証明するのに10年という月日が必要になりますね」

「その通りだ。それならこの包丁についての判断は10年後にする、ということになる」


「それは困りましたね。では、例えば水の中に入れたとしたら、どうでしょうか」

「普通の鉄を水に入れたら、3日と持たず錆びは出るわな」

「鋼ならもっと持ちますよ。それでも1週間というところでしょうね」


「ヌカタ卿、ベータ様。おふたりのおっしゃる通りです。そこで」


 エースは総統のほうを向いて言った。


「ミギキチ様。この前に私がお持ちした水槽はどちらに設置してありますか?」

「なんだいきなり。ワシの部屋にあるよ。前面に透き通ったガラス板がはめてあるやつであろう。あれは良いものじゃ。魚には毎日ワシが餌をやっておるよ。それがどうかしたか」


「それをこの場にお持ちいただくわけにはいきませんか?」

「それはできないことはないが、必要なのか?」

「はい、ぜひにもお願いします」

「そうか。おい5人ほど行って、ワシの部屋からあの水槽を持ってきてくれ」


「お手数をおかけてすみません」


「水槽っていったいなんの話だ? この包丁をいまからそこに入れようってのか? それで1週間錆びなければ証明した、とでも言うつもりか?」

「それなら、わざわざその水槽を持ってくる必要はありませんよね。家の前にある池にでも入れてしまえば良いことです」


「ヌカタ卿、ベータ様。それもおふたりのおっしゃる通りです。しかし、いまからそんな試験を始めるつもりはありませんのでご安心ください」


 それならいったいなんのために? 水槽の観察会でもするのか? ハテナマークが会場を支配する。


 エースは変わり者だという評判は皆が知っている。しかし、それにしたってわざわざ総統にプレゼントしたという水槽を、わざわざここに運ばせていったいどうするつもりなのか。


 中の魚を切って見せるつもりなのか。それでステンレス包丁の切れ味でも見せるつもりなのか。総統が大切に飼っている魚にそんなことしたら、我らの剣の錆びにしてくれるぞ。


 何度も言うが、トヨタ家は武門の家である。基本、物騒な連中なのである。


 そこに、従者たちがよっこらせっと、重い水槽を運んできた。


「エース、持ってきたぞ。これをどうするのだ?」


 エースは水槽につかつかと歩み寄った。そして袖をまくり、ディスプレイとして置いてあったレイアウトストーンのうち、一番大きいものをよっこらせっと持ち上げた。


 すると、その下には銀色に輝く金属があった。エースはそれを取り出すと、滴る水滴を軽く振り落とし、皆の前に掲げて見せた。


「ヌカタ卿、ベータ様、それに皆様、これこそ、ステンレス包丁が錆びないという証拠です」


「「「「はぁぁぁ?!」」」


「お、おい。エース。それはいったいどういうことだ。ワシは聞いておらんぞ」


 さすがのミギキチもあまりの成り行きに動揺が隠せない。自分が毎日見ていた水槽に、そんなものが仕掛けてあるとは思ってみなかったのである。


 これはレクサスの策略である。錆びない鉄であることを証明するために打った芝居である。ステンレス包丁をこの場で発表することは、それを見た瞬間に決めていた。


 そして、錆びないことを証明するにはどうすれば良いかを考えた。水に浸けておけば良いだけのことである。しかし、会議の参加者に「信じてもらう」ことが難しい。

 たったいま水に浸けただけの包丁を、ずっと入れていたフリをしていたのだろう、と言われたときにその証明が難しいのだ。


 だからミギキチを利用した。こっそりステンレス包丁を沈めた水槽に、珍しい魚を入れてミギキチにプレゼントする。そしてその世話をミギキチにさせるのだ。


 それでミギキチ以外は、誰も触っていないという証明ができる。最初から包丁が入っていた以外に、中から包丁が出てくることはあり得ないのである。


 他ならぬ総統の部屋であるがゆえに、そこにある水槽には誰も手が出せない。その意味では密室となる。

 そしてミギキチさえ中に包丁があることを知らなければ、談合の可能性も否定される。


 ニホン国中で知らぬ人はいないと言われるほどのトヨタ家のその総統が、エース(レクサス)に一杯食わされたのである。まんまと利用されたのである。


「ミギキチ様、私がこれをお持ちした日を覚えておいでですか?」

「あれは、10月に入ったばかりのことであったな」

「はいそうです。その間、この水槽の中を触った人はいましたか?」


「いや、誰もおらん。お前がこの魚は人に慣れるまで時間がかかるから、あまり違う人を近づけないほうが良いと言ったではないか。水は1週間ごとに半分だけ入れ替えていたが、それもワシが自分でやっておった。誰も近づいてさえおらんよ」


「それはありがとうございました。もう魚も慣れたことと思いますので、これからは従者の人にでもやらせて良いかと思います」

「お、お前、まさか、最初から、そのつもりで、この水槽をワシに?!」


「さて、皆さん。いま取り出しましたこの包丁。これも皆さんのお手元にあるのと同じ、シキ研で作ったステンレス包丁です。いまのお話を聞いていただいてお分かりかと思いますが、これは3ヶ月ものあいだ、ずっと水の中に入っていました」


 それでもこの切れ味です。とエースはそう言って、包丁から水滴がしたたるのもかまわず、自分のスーツの袖ボタンをすっぽりと切って見せた。


 ボタンの糸ぐらい切るのは簡単なことである。しかし、この場で必要なことは「包丁が錆びていない」ことを証明することである。


 エースの目的はそこであった。ダマク・ラカスのように切れ味を見せることは必要ない。錆びていないことを証明すれば良かったのである。


 それと何度も言うが、トヨタ家は武門の家である。こういうパフォーマンスが大好きなのである。


「まだ濡れていますが、どなたかこれで試し切りをしてみませんか? この水槽に3ヶ月も沈んでいた包丁です」


「僕に、僕に見せてください!」


 そう言って飛び出してきたのはベータである。ベータは今日のこのイベントが楽しくて仕方ないのである。


 次々にびっくりする商品を見せられて、それを逐一自分で確かめることができるのである。技術畑の人間にとってはこれ以上ない心躍るイベントである。


 その状況に我も忘れて飛び出し、興味津々のあまりエースからひったくるように包丁を取り上げてしまった。そして心置きなくしげしげと見入るのであった。


「ベータ様。よろしければ、お抱えの料理人をお貸しいただけませんか?」

「ん? うん、いいよ。なにをするの?」

「できれば包丁のプロの方にそれを使ってみていただけないかな、と思いまして」

「そうか。おーい、サナゲ。ちょっとこれで魚でもさばいてみろ」


 そう呼ばれて出てきたのは、ベータと同い年ぐらいの少女であった。


「そう言うと思ってました。今日はマグロの良いものが入荷していましたので、それを借りてきましょう。ここでさばいてよろしいですか?」


 さすがのエースもちょっと驚いていた。なんという決断の早さ。そしてそれを待ち構えていたようなタイミングで出てくる専属料理人の少女。


(まるで、最初から準備をしていたようだ。まさかね?)


 エースはちらっとミギキチを見るが、目を逸らされてしまった。それでエースは確信した。あんたが仕組んだのか!! ここはいっぱい食わされたのはエースのほうであったようだ。


 今日の報告会でする内容は、あらかじめ連絡がしてある。詳細は書かないが、それでも包丁を出すということは、ミギキチは分かっていたのである。

 それなら可愛い自分の子に、花を持たせたいものだと考えていたのだろう。


 それでベータやその従者の人間に、こんな準備をさせていたのではないか。エースはそう思った。おそらくそのもくろみとは違った内容ではあっただろうが、ベータに花を持たせるという意味では成功であった。


 会場にいる皆は一様に驚いたのである。ベータの頭の回転の速さに。そしてその用意周到ぶりに。さすがは総統の血を引くお方である、そんなひそひそ声も聞こえた。


 ミギキチのベータの可愛がりようも相当である。その分、割を食っているのは長男のアルファであるが、それはいずれまた別の機会に語ろう。


 料理人の少女は、大勢の偉い人たちの前で特に緊張する様子もなく、慣れた手つきでさっさとマグロを3枚に下ろし、刺身をこしらえた。ミヨシのような我流ではない、厳しい修行を経た美しい技であった。


「サナゲ、どうだ。その包丁は」

「ええ、普通に良く切れる包丁ですね。これが3ヶ月も水の中に入っていたなんて信じられません。ほとんど新品です」


「錆びない鉄で作られている、というのはどうやら本当であったようだな。3ヶ月も水の中で錆びない鉄なんて、ワシは見たことも聞いたこともない。どうじゃ、ヌカタ、それにベータよ」


「はい、もう異論を挟む余地はありません。本当に錆びない鉄を作ったのですね。これはもう、ニホン中の鉄器がこのステンレス? というものに入れ替わると考えて良いでしょう。ものすごい市場規模です。どれだけ利益が出るか予想もできません」


「すごいです。こんなものを作れるなんて、ほんとにすごいです。僕もこんなものを作ってみたいです」


「そうか。皆も納得がいったようだな。それではせっかく、料理の1品ができたのだ。報告の途中だが、ちょっと休憩を兼ねて食事にしようではないか。ワシ、お腹が空いた」


 おーー。という歓声が上がった。ミギキチが総統になってから、これは良くあることである。会議はひとつのイベントであると、ミギキチは考えている。

 堅苦しい言葉で、上っ面の言葉を並び立てられることを好まないのである。


 実直であっても、形式にはとらわれない柔軟性と独創力。それがトヨタ家の強みである。


 今日のような重要会議でさえも、簡単に食事風景に変わるのである。会議進行の邪魔さえしなければ、会議中に飲み食いするのも自由である。私語や居眠りは許されないが、そういう自由な風土がトヨタ家にはある。


 ただしその場合、大変なのは給仕側である。唐突に食事が始まってしまうので、準備が間に合わないことが多いのだ。


 しかし、今回はあらかじめミギキチの指示があり、こうなることを給仕たちは予測していた。そして、あっという間に準備は整った。


「じゃ、エース。報告のついでだ。お前が音頭をとれ」

「え? あ、はい、分かりました。それでは、皆さん。かんぱーい!」


「「「「かんぱーーい」」」


(いつものこととはいえ、いいところで水を差してくれた。ありがたいことだ。これでこの報告会は無事に済んだようなものだ)


 そうつぶやくレクサスであった。

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