第198話 トヨタ家総会

「ああん、あへあへあへあへあひひのひ」

「もう、おかしな声を出さないの! こっちだって恥ずかしんだからね」


 と、なぜか嬉しそうにミヨシが言う。


 せものしわである。俺は2,3日は絶対安静の身の上なので、どうしても、せものしわが必要なのである。せもせもの、しわしわなのである。


「それは下の世話、ではないのかヨ」

「それを言いたくないからひっくり返したんだよ、黙ってろ」


 ミヨシが俺の尿瓶を持っていくと、ほっとする。今日もお勤めご苦労様と、俺の分身を労ってやりたい。


「労る相手が違うのだヨ」

「いいから、突っ込むな」


 左腕の尺骨と橈骨の両方が2回ずつ折れたために、俺の入院が長引いている。いくらこの世界に回復魔法があろうとも、ケガを速攻で治すような治療法は存在しないのだ。


 ミノウに時間を進める魔法をかけてもらおうとも思ったが、重傷ならともかく、その程度で時間統制魔法をかけるのは弊害のほうが大きいぞと言われた。


 時間を一部だけ(この場合は腕)進めることで、身体のバランスが崩れて、寿命を縮める可能性があるということだ。


 簡単にいうと、魔法をかけた部分だけ老化が進むのである。少しぐらい老化したところで、時間が経てばやがて平準化されることがほとんどなのだが、そうならない場合が稀にある。その場合は、その部分の死を意味する。良くて腕が落ちる。最悪の場合は死ぬ。


 あれを治療に使うのは重傷患者専用だと、ミノウらしくなく、もっともらしいことを言った。


 世の中。致命傷のケガを飲んだだけで瞬時に治したり、塗ると足が生えてくたりするフルポーションとか、そんな都合のいい薬はないのであるそれなんて転すら。


 そんなわけで、日がな一日天井だけを見て過ごしている。あまりに暇なので、ミヨシにスクエモンからの手紙を持ってきてもらったが、とても時間つぶしにはならなかった。


「おいこら。ドリルいっぱい作ったぞ。はよ、見にこんか。ウエモン」


 おいこら、じゃねぇよ。もっと具体的なことを書きやがれ。


「ユウさんがいなくなって寂しいです。早く帰ってきてください。ドリルすんのかーいも、そろそろ飽きてきました スクナ」


 スクナはちょっと可愛い。だけど、なにが起こっているのかまったく分からない。これではウエモンの手紙と大差ない。


 あっという間に読み終わるのである。そして、次にどうするか。それを考えるだけのヒントさえこの手紙にはない。


 だからひまぽよである。ユウコのおっぱいでも揉んで……いかん、いまはミヨシがいたのだった。ヘタすると入院が長引きかねない。しばらくは自重しておこう。


 せめてゼンシンが文字を書けたらと思うのだが、やつにはそんなことを勉強する時間を与えていない。どんどん仕事を押しつけてるのは俺だ。ちょっと反省しないといけない。


 しかし、やつにしかできないことが多いのも確かだ。ヤッサンは国指定の一級刀工技術者だから、旋盤とかドリルとか作らせるわけにはいかない。


 アチラは魔法使いだが、手先が器用なわけではない。作業者としては充分優秀だが、図面を見てそれを実体化させるという技能はない。コウセイさんもそれは同じだ。

 ソウやじじいは経営者だし、エースとレンチョンも同じ。モナカは秘書で、ミヨシは料理長に総務。ユウコはぬいぐるみ、シャインは研究者でグースとマツマエは営業だ。


 なんとかもうひとりぐらいは、俺のアイデアを実現してくれる技術者が欲しいものだ。図面が読めて、手先が器用で、創造力があって、俺に従順なやつ。


 ……いるわけはないか。そもそも、ゼンシンが奇跡の存在だ。


 外ではハルミがスキーを楽しんでいる。その声が聞こえる。あとでぶん殴ってやろう。俺をこんな目にあわせておいて、自分だけ楽しみやがって。


 などと、物騒なことを考えているうちに、トヨタ家では年末恒例の総会という名の業績報告会が行われていた。



「今年は、馬車の売り上げで前年比で18%アップの322億円となりました。来年は、年末に発売した新馬車でさらに20%アップを目指します。これで報告を終わります」


 会場からは割れるような拍手が起こった。ほっと胸をなで下ろすプリウスであった。


 プリウスは、トヨタ家の3賢人と称されるうちのひとりであり、トヨタ家の屋台骨である馬車部門を統括している。その業績は今年も好調のようである。


 会場はトヨタ本家の頭領・トヨタミギキチの私邸である。私邸とはいっても、敷地面積は山林を含め300平方キロメートルにも及ぶ。モルディブ(という国)とほぼ同等である。西表島よりは少し大きい。トヨタ市の1/3に近い。


 その後も報告は続き、エースの番となった。そのとき会場は少なからずざわめいた。


 会場にいる人たちに、いろいろなものが配られたからである。すべてはレクサスの手配であった。


 爆裂コーン、ポテチ、ユウご飯は全員に1袋ずつ配布された。各テーブルに1名だけいる部署の責任者には「ダマク・ラカス包丁」が。それ以外の人には「ステンレス包丁」が配布された。


 トヨタ家は質実剛健で知られる家である。この席でなにかが配られるということはかつてないことであった。


 作っているものが、馬車や住宅など配布できないものであることも理由のひとつであるが、そもそもそういう配慮を「姑息な手段」と見なす家風なのである。


 だからこれは、エースやレクサスにとっても賭けであった。しかし、勝ち目のない賭けだとは思っていなかった。これらの商品には絶対の自信があったからである。


 そして、もうひとつのイベントが用意されていた。エースはそのタイミングを伺っていた。


「それでは、私からの報告を始めます。みなさんのお手元にお配りしたお菓子をつまみながら聞いてください。それは我がシキミ研究所が最初に作った商品です」


 すると、すかさず野次が飛んだ。


「おいおい。わざわざ研究所まで作って、たかだかお菓子なんかを作っているのか? それならそこいらのよろずやでも買収すればいいだろ」


 会場に嘲笑が起こる。これはエースを快く思わない連中の仕掛けである。もちろん、エースはこの程度のことは織り込み済みである。


「そこいらのよろずや、で買えるものなら買ってきてください。食べてみれば分かります。いま、お茶をお持ちします」


 レクサスの手配した人間が、テーブルにお茶を配る。配り終わるのを待たずにエースはプレゼンを開始した。


「私がヘッドハンティングしたシキミ・ユウは、いわゆるカミカクシです。異世界の知識を持っています。しかし、彼はそれだけではありません。シキミはとても希有な能力を持っています」


 ここで少し間を取った。


「それは。カイゼンです」


 カイゼンってなんだ? 部屋を出るときは電気を消しましょう、とかそんな細かい話だろ? ケツ拭く紙を小さくしようとか? それがどうした? そんなものがなんの役に立つんだよ。


「シキミは、タケウチ工房の丁稚でした。しかし、タケウチはその当時、資金難で倒産寸前でした。それを救ったのがシキミのカイゼンなのです」


「最初は、この金めっきによって」


 エースはその実物を掲げて見せる。金めっきされた両刃のロング・ソードである。

 これに関してはすでに購入済みの人も多く、ああ、あれかという反応でしかない。


「これを購入された方も多いことと思いますが、シキミはこのあと恐るべきものを開発しました」


「それがこのニホン刀です」


 ニホン刀はタケウチ工房の独占生産品であり、現在ではそのすべてをエースが購入している。


 だから、ここに集まった貴族たちでさえも、持っている人間はひとりもいない。


 しかし、情報としては耳に入っており、多くの者がなんとか手に入れようとやってきになっている。そんな垂涎の的の商品なのである。


「ただの片刃の剣だろ? それがいったいどうしたというんだ?」


 こいうやつもいる。商品が知られていないということは、こういう発言も当然出るのである。もちろん、エースが気に入らないという気持ちが下地にあることは間違いない。


(これは最初にガツンとやったほうが良さそうだな)


 エースはそう考えた。そう、あのとき、ハルミがやったことを、ここでエースがやろうとしているのである。ユウがニホン刀を売るためにやった、あの剣技イベントのパクリである。


 エースはレクサスに目配せをした。それと察知したレクサスは、使用人にすかさず指示を出した。


 トヨタ家は武門の家でもある。エースはその剣の腕を買われてトヨタ家の養子となったといういきさつもある。


 それが実子を跡継ぎにと推す勢力にとっては、気にくわない理由のひとつでもある。ミギキチの長男・アルファは病弱だからである。


「ただの片刃の剣がどの程度のものか、一度見ていただきましょう。百聞は一見にしかず、です」


 会場は再びどよめきたつ。こういうイベントも大好きな一族なのである。それが剣技と関係あるとなれば、もういても立ってもいられないほどである。


 そんな中、レクサスは着々と準備を進める。そして完了した合図を出すと、エースは言った。


「これから、鉄の棒を斬ってご覧いただきます」


 おおおっ!!! 今度は明らかに歓声が上がった。まさかそんなことが? と思った人間と、やはりそうか! という人間がいた。


 ニホン刀の斬れ味は、口コミで噂として伝わっていた。しかし、荒唐無稽な、あるいはまやかし(魔術のようなもの)という捉え方をする人間も多かった。


 ここにいる誰も、ハルミの剣技を見たことがないのだ。いや、鉄を斬る試技など、このニホン中で見たことある人間などごくわずかである。あのときあの場にいた群衆だけである。


 それをここで再現しようというわけである。それはなによりも雄弁にニホン刀の素晴らしさを物語るであろう。しかし、失敗は許されない。そんな緊張感でエースは少し身震いをした。


 司会はレクサスに移る。


「それではみなさん、こちらにお集まりください。これからニホン刀による試技・斬鉄を行います」




「今日はこれで終わりなノか?」

「ギャグが全然なくてごめんなさい」

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