第188話 魔法少女・スクエモン

「ほれほれほれ。スクナ、ほら見て見て、すんごいでしょ」

「わははは。ウエモンすごぉぉぉい。よぉし、私も負けじとほいっとな!!」


「おおっ。やるなスクナめ。それじゃ私だってほいっとな」

「あぁん、ウエモンずるい。それ、魔法力を使い過ぎだって」

「えへへ。スクナだってできるよ。ほらほら、こうしてこうすれば強度が上がるよ。私のマネすればいいんだから」

「うん、ウエモンがいるから私はすごく得をしていると思う。ほいっとな」

「じゃあ、私はそれにほりほりほりほりほり」


 なんか朝から騒がしいな。


「ふぁぁぁぁ。おあよー。お前らなにやってんの?」

「あ、ユウさんおはよー。ねえ、見て見て。これ、私が作った鉄なのよ」

「鉄を作った? スクナが? なんでまた?」


「がしがしがしがし」

「お前は言葉より先に足が出るんか!」

「ほれ、これは私が削ったドリル。見ろ」


 見ろと言われりゃ見るけど……え? これを? お前が?


「私以外にドリルは作れんだろうがしがし」

「分かったからいちいち踏むな。会話が続かんだろうが。すごいな、こんな長いのができるのか。材質はなんだ?」

「材質は私が覚醒魔法をかけた銑鉄だよ」


 スクナとの合作か!? なんで、どうして。俺が寝ている間になにがどうしてこーなった???


「いやはや。驚いたのなんの。その子らは天才ジャな」

「キスキか。そんなに天才を量産するなよ。ただでさえうちにはそんなのがぞろぞろいるんだから。って昨夜、なにがあったんだ?」


 俺が眠ったあと、ゼンシンは片付けの手伝いをしながら、たたら製鉄のやり方を聞いていた。そのとき技術者のひとりと仲良くなったらしい。


「たたらにそんなに興味があるなら、ちょっとやってみせようか?」

「ええ、良いのですか?」

「あちらに試験用の小さなたたら場があるんだ。そこはそれほど温度が上がらないから銑鉄はできないが、砂鉄の材質調査とか木炭の試験などに使うんだ。そこで良ければやって見せられるよ」


「ほ、本当にですか。でも、みなさんお疲れでしょうに」

「いやぁ、本当に疲れるのは火を入れている3日間だけだ。冷却期間に入ればそれほどの重労働はないよ」


「そういうものですか。この製鉄にはそんなに時間がかかるのですか?」

「全サイクルでちょうど1週間かかるな」


「ええっ!! そんなにですか」

「鉄を作るごとにこの壁材まで作り直しだからな。最初の日なんか下側の粘土を固めるだけで終わってしまう」

「うわぁ。それは大変だ」


「次の日はそこで薪を燃やしてその灰を固める。それから窯を設置して丸1日中燃やして乾燥させる」

「す、すごい。なんか聞いてるだけでワクワクします」

「ここでワクワクするのか。お前さんも変なやつだな。窯の構造は実は俺も良く知らないんだ。ウチの大将が指示した通りに動くだけだからな。いろいろとややこしい手順があるようだ」


「大将ってキスキさんですね」

「ああ、あの人のノウハウがないと、玉鋼ができないんだ」

「たまはがね? ってなんですか?」


「もっとも良質の鉄のことだ。純粋で固いのに加工もしやすいという鉄だ。白金かと思うほどの光沢がある鉄だぞ」

「はあぁぁ、それはぜひ見たいです」


「あとで見せてやるよ、今回も20Kgくらは獲れたようだ」

「え? あれだけの窯を使って1週間もかけて、たった20Kgですか?」


「それでも今回は獲れたほうだ。砂鉄は1トンほど入れてるけどな」

「1トンも砂鉄を! それで玉鋼はたった20Kgですか」


「他に粉にした木炭も1.5トンほど入れている」

「木炭まで……そんなに」

「お前さんのところではそんなことしてないのか?」


「ええ、ミノ国は鉄鉱石が獲れるので、それを精製する会社から延べ板の形で購入しています」

「鉄自体は作っていないのか」

「原料からは作ってませんね。ただ延べ板は不純物が多いのでいろいろ工夫して純度を上げるように、一部、ちょっと、だけ、作ってはいますがその」


(覚醒魔法をかけているとか、魔鉄を作っているとか、言っちゃいけないよな?)


「そうか。いずれにしても鉄鉱石からは玉鋼は獲れない」

「ええ、そうだと思います。玉鋼という言葉も聞いたことがありませんでした。原料も製法もまるで違いますね。それで窯が乾いたら材料の投入ですか?」


「最初は木炭を8分目くらいまで詰める」

「先に燃料ですか、そうですよね。じゃないと」

「最初は窯の温度を上げる必要があるからな。入れたら送風の開始だ。有名なたたらはここから使う」


「ああ、それが見たかったんです。足で踏むんですよね」

「ああ、あれが一番大変なんだ。1時間交代でやるんだが、それから3日3番は休みなしで燃やし続けないといけない


「うわぁ、それは重労働ですね」

「ああ、これが一番きつい。その間、砂鉄を投入、木炭を投入、また砂鉄を……の繰り返しだ。ここが一番重要でもあるから、その間は気が抜けない」


「とても重要だというのは分かります」

「丸1日ぐらい経つと、排出口からノロというものが流れ出てくる」

「ノロ、ってなんですか?」

「鉄と壁材とが反応してできる、いわば不純物だ。そちらではスラグとか言うのではないかな?」

「ああ、スラグですね。それなら分かります」


「結局、たたら製鉄というのは、壁材がどこまで保つかで、作ることのできる鉄の量が決まるんだ。壁が消費されて熱に耐えられなくなると製鉄は終わりだ」

「それまでに3日3晩かかるんですね」


「そう。窯の温度が上がってくると、ノロに加えてズクも出るようになる」

「ズクとはなんですか?」

「銑鉄のことだ。炭素のたくさん入ったとても固い鉄だ」

「ああ、銑鉄なら分かります」


「そのうち壁が薄くなるともう熱が上がらなくなる。それを見極めたら加熱を止め、冷やしてから窯をぶち壊す」

「壊すんですか」

「ああ、窯は使い捨てだ。そしてできた鉄を今度は水にぶち込んで急冷する」

「すごい音がしそうです」


「一番危険な作業でもあるけどな。飛び散った湯でやけどするぐらいは毎回のことだ。失敗すると鉄をかぶることもある」

「そうすると玉鋼ができるんですか?」

「そのとき窯の底に溜まっているのがケラと呼ばれる塊だ」

「ノロにズクにケラと出てきましたが、そのケラが玉鋼ですか?」


「いや、そのケラの中に玉鋼が入っている、ことがあるということだ」

「ことがある? ということはないこともあるんですか?」

「残念ながら、あるな」

「1週間も重労働して玉鋼が0だったらショックですよね」


「ああ、だからこそ大将の腕が必要なんだよ。あの人なら失敗はない。だから俺たちはついて行けるんだ」

「なるほど、そうですね」

「最後はそのケラをハンマーでたたき割って、それから選別だ。それをさっきまでやっていたんだ」


「たたき割ると何種類もの鉄が出てくるわけですね?」

「そうだ。勘がいいな。その中に玉鋼があるんだよ」


(そこは僕と同じことをしているな)


「玉鋼以外のものもあるんですよね?」

「ああ、銑鉄に錬鉄(柔らかい鉄)、氷目(不純物のやや多い鉄)、包丁鉄(包丁を作るための鉄)などがあるな」


「そんなたくさんの種類があるのですが。それを見分けるのも大変そうです」

「見た目だけじゃなくて、叩いた音や手で持った感触で選別している。それにもキスキさんの経験が必要なんだ。玉鋼にしても1級と2級があるしな」


「もうめまいがしてきました。それを全部合計した収量はどのくらいですか?」

「売り物になる、という意味の鉄なら800Kgってとこかな?」

「すると月に3トン以上ですか。結構獲れるんですね」


「そのぐらい獲れないと商売にならないんだ。玉鋼は高値で売れるが、いかんせん量が少ない。利益を出そうと思ったら錬鉄をたくさん作ったほうが得だ」


「仕事として続けるには利益が必要ですものねぇ」

「ああ、しかしそのことを理解している人間が少ないんだよなぁ。お前さんはその点良く分かっているじゃないか」


「あ、いえ、僕なんか。ユウさんに仕込まれたんです」

「ユウさんって、あの太守様のことか。あの人はいったい何者なんだ?」

「カミカクシだそうですが、詳しいことは僕もあまり」

「カミカクシなんて、偉そうにしているだけでなんの役にも立たないやつばかりなのに、あの人は違うようだな」


「あの人はすごいですよ。こちらに来て、まだたった3ヶ月です」

「え?! 3ヶ月なのか? それで太守に? いったいなにをどうしたらそんなことができるんだろう?」


(魔王を3人も眷属にしている、なんてことは言っちゃダメだよね?)


「いろいろ発明もしています。ニホン刀と呼ばれる鉄を斬る刀まで作ったんですよ」

「なにっ! 鉄を斬る剣だと?」


(しまった。なにか踏んじゃいけない尾を踏んでしまったか?)


「は、はい、ニホン刀と言いますが」

「玉鋼も使わずにどうしてそんなことが?」


(気を引いてしまった、どこがまずかったのだろうか)


「え、いや。あの。ということは、玉鋼を使うと鉄が斬れる剣が作れるのですか?」

「もちろん斬れるとも。刀工の腕次第だけどな。その刀というのは片刃ということだよな。それ、見せてもらえないか」


(ダメだ、これは断れない。ユウさん、ごめんなさい)


「はい。また今度持ってきましょう」

「ウチの玉鋼で作った剣と、どっちが強いか勝負しよう」


(え? そっち? ただの対抗意識?)


「はい、いつかそのうちに」


(そんな日が来ませんように)


「じゃあ、さっきの話だがお前さんさえ良ければ、試験たたらをするので手伝ってくれるか?」

「はい、ありがとうございます。ぜひやらせてください」


「温度はそんなに上がらないので、ノロぐらいしかできないが、一通りの手順くらいはそれで分かるだろう」

「「私たちも手伝うよ!」」


「あぁ、びっくりした! 誰だい、君たちは?」

「私はウエモン」

「私はスクナ」

「ふたり合わせて、魔法少女スクエモン!!」


 そのネーミングセンスはなんとかならないものだろうか。


「その、スクエモン? がどうしてここに」

「キスキさんにお願いしたら見に行ってもいいよって」

「うん。ほんの徳利2本で落ちたね」


 末恐ろしい女たちである。


「キスキさんが許可を出したのなら仕方ないけど、君たちではそんなに重いものは運べないだろ」

「私はたたらってのやってみたいな」

「たたらはある程度の体重が必要なんだが。ふたりでやればなんとかなるかな?」

「「じゃ、スクエモンでやる」」


「そうか、それなら手伝ってもらうか。試験窯はできてるんだ。まずは木炭を入れるところから始めよう」

「うん、ありがとう!」


 そして、ミノ国とイズモ国の合同作業による、プチたたら製鉄作業が始まったのである。異変はそのとき起こった。

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