第168話 イズモでイテコマシ

 その日の夜。オオクニが寝泊まりしていたという部屋に案内されて、そこで寝た。首長の部屋である。


 豪華な作りの部屋の中に、地べたに敷かれた粗末なセンベイ布団。どう考えてもこれは万年床だ。

 枕にいたってはただの板を重ねただけのものだった。


 よく寝られるなこんなので! と悪態をついて部屋の隅っこに押しやり、オウミに蒲団と枕一式を運んでもらった。やれやれである。蒲団ぐらい良いものを使いやがれ。すかー。



 そして次の日の朝。太守となった俺の最初の仕事は。


「くるりんぱっ!」


 であった。まずは俺とオウミで試技を見せる。イテコマシゲームのありようを見せるために、使うコマは未加工品だ。それぞれ名前だけを書いた。


「よっ、こら。ほい。そこだ行けーー」

「負けるな、こら、そこへ行くなノだ、あぁぁ、ノだノだノだ」

「のだのだやかましいよ! そんなもんに負けるわあぁぁぁぁぁ」


「勝ったノだ!!!!」

「くそぉ。オウミ、またインチキをやってないだろうな?」

「やってないノだ。またってなんなノだ。やっていればもっとあっさり勝っているノだ」


「それもそうか。じゃ、もういっちょう行こう」

「おう、受けてたつノだ」

「くるりんぱっ!」


 俺たちの盛り上がり具合に、最初のうちにはヒキ気味だった3人(俺の部下となることで縄を解かれたタケ。それにアマチャンとスセリである。オオクニはまだ帰って来ていない)であったが、見ているうちにだんだん興味を示すようになってきた。


「なにがそんなに面白いのか分からんのう」

「ええ、ただコマを回して、穴に入れるだけの単純なゲームですわよねぇ」


 ……しばしの観察状態。


 ……他人がわいわいやっているのが気になってしょうがない。


 ……ちょっとやってみようか、って思い始めた。


「こ、これは穴に入れば勝ちなのじゃな?」

「そう、それだけの簡単なゲームだよ」


「なんでそんなものが……面白いのか……ちょっとだけやらせてもらっていいかの?」

「ああ、コマはここにある。1個1,300円な」

「ワシからも金を取るのか?!」


「当たり前だっての、これも等価交換だ。嫌なら別に俺はかまわんぞ。仲間には入れてやらないけど」

「分かったよ。お主のそういうとこは、アレじゃの」

「アレってなんだよ?!」


「いや、なんでもない。ほれ、1,300円ちょうどじゃ」

「ほい、確かに」

「あの、アメノミナカヌシノミコト様。私の分は」

「ワシが知るはずがなかろう?」


 アマチャンだって相当なアレじゃないのか。


「仕方ないですわね。そのぐらい、私が出して差し上げますわ。はい、2,600円でふたり分ね」

「まいどありー」

「スセリ様、ありがとうございます」

「その代わりタケチャンは、あとでむち打ち26回ですわよ」

「え?」


 1回につき100円か。良心的な値段じゃないか。


「どどどどこが良心的ですか! 自分の分までムチの勘定に入れてますよ、この人! あ、ああっ。次は私も混ざります、ちょっと待って」


 くるりんぱっ。


 さほど乗り気でなかった連中も、実際にやってみるとこれがけっこう楽しいということに気がついた。コマが穴に入ると、やがて歓声まで上げるようになった。ホッカイ国のときと同じだ。


「これで少しは好素が増えるか?」

「いや、この程度の人数ではたいして変わらないノだ。もっと広くこのイテコマシを広めるノだ」


 俺もそのつもりだ。まずは感触を得るためにここでやって見せたのだ。

 自分が遊びたかっただけだろうとか、そういうことは思っても口に出してはいけないのだ。


 ホッカイでこのゲームが受けた最大の理由は、冬期の雪だ。外に出られない時間を何日も過ごす人間にとって、退屈しのぎというのは金を払ってでも欲しいアイテムなのだ。


 くるりんぱっ。


 ここも豪雪地帯である。ホッカイに比べて雪の期間は短いとはいえ、それでも時間を持て余すことは多いだろう。

 だから、これを流行らせる下地はあると見たのだ。


 ただ問題はこの金額だ。コマ1つで1,300円は高い。この貧困地帯ではなおさらに高い。普及させるには、数百円にまで下げる必要があるだろう。コスト削減は必須である。それには物量が必要だ。


 現在はまだ試作レベルあり、家内工業的に作っているに過ぎない。


 しかしこの物量でも、軸は加工原価は2円ぐらいである。コマにつけるリングは5円だ。


 くるりんぱっ。よっしゃー! 俺の勝ち。


 計7円のものを170円で買っていることになる。数が少ないので、それでもタケウチ工房の利益にはあまりならない。だが、この値下げは簡単である。


 だから軸やリングはいい。問題はコマの本体部分である。これはエルフの村の特産品であり、そう簡単に値下げというわけには行かない。エルフの里でも、ここでしか作れないというのが一番大きい。エルフの特有技能が必要なのだ。


 くるりんぱっ。よっしゃー! またまた俺の勝ち。


 それに、コマ作りはエルフの里の存続が掛かっている事業なのだ。すぐに値を下げては里の存続に関わる。


 エルフのトウヤ里ではもうこのコマを作った利益で里の運営をする、という体制ができてしまっている。作業者も増やしているだろう。材料在庫や加工工具なども確保していることだろう。


 つまり、それだけのコストを先に支払っているわけだ。そこにいきなり値下げを要求したら、里が立ちゆかなくなるかもしれない。それは怖い。


 だからもう少しは今のままの値段で続けるしかない。下げるなら生産量を二桁は上げる必要があるだろう。


 くるりんぱっ。あ、ちくっしょ。オウミに持って行かれた。


 コマの単価について頭の中で概算を出してみる。月産1万個作れるなら100円。10万個なら30円にしようか。


 そのぐらいなら納得してくれるだろう。しかしそれに必要なエルフはいったい何人だろう。それに材料となるこの木なんの木は、それだけの需要をまかなえるだけ生えているのだろうか。植林しながら伐採をしないと、森を殺すことになるかもしれない。調査が必要だ。


 くるりんぱっ。ああっ。今度はスセリが入れた。初勝利じゃね? なんかすっごい嬉しそう。


 ふむ。増産にはまだ越えないといけないハードルがたくさんあるなぁ。


「イテコマシしながら考え事とは、器用な方ですわね」

「あれ? 俺、考え事してた? いま?」

「無意識のうちに頭が回るのがユウの特技なノだ」


 ところで、なんでイテコマシなんかしながら考え事をしているのかといえば、連絡を待っているからである。


 カンサイにいるグースに手紙を出したのは昨日だ。こちらの商品を卸すなら商業都市・カンサイは絶好の場所だ。


 すぐそばに大消費地・ヤマトがあり、ホッカイ船の通り道であるここは、カンサイとは直結しているといってもいいぐらいの立地にある。


 船で産品をどかんと運べばいいだろう。だが、流通に関しては俺は素人だ。運用するほどの知識はないのだ。だからグースにやらせるつもりだ。そのためにここに来るように依頼した。


 それと同時に、ここの名産品で商売になりそうなものも探している。


 これも俺には手は出せないので、ユウコとレンチョンにやらせている。雪には慣れているユウコと交渉に長けたレンチョンがいれば最強コンビである。地元をめぐって探してこいと命令してた。やってくれるだろう。


 それらの連絡待ちなのである。待つのも仕事のうちである。


「ユウは遊んでいるだけなノだ」

「お前もだろうが」


「「まあいいよな。くるりんぱっ」」


 いつになくオウミとは共闘態勢が整っている。そこへ、試練を受けに行ったオオクニが帰ってき……どわぁぁぁぁぁ、逃げろぉぉぁぁぁぁ。


「ただいま、なに、みんなどうしたの?」

「どわぁぁぁぁ、お前、お前はいったいなにしとんのじゃぁぁ!!」


 オオクニが1歩近づけば、こちらは3歩逃げる。また1歩近づく3歩逃げる。


「3歩進んで2歩下がるノか?」

「それ違う。お前は怖くないのか、アレ」

「いや、別にノだ?」


「みんな、どうして逃げるの。2日ぶりに帰って来たのに」

「オ、オオクニか、分かったから近づくな。キモい。怖い。キモ怖い。グロい。だめだ、こっちくんな!」


 オオクニは、出ていったときと同じ服装である。たっぷりとした布を纏い、長い髪は後ろで縛っている。腰に差したロング・ソードと肩当て、それにスセリに貰った頭巾。


 それには問題はない。問題なのは、身体中にまとわりついたり噛みついたりしている、何匹ものヘビである。


「ああ、これか。これぜんぶ毒蛇。離れてくれないんだよわはははは」


「ああこれ、じゃねぇよ! 毒蛇なんか持ってくんな。何匹いるんだよそれ」


「あら、あなたお帰り。それだけのヘビにかじられても毒を受けなかったでしょ?」


「ただいまスセリ。確かに毒は受けなかった。この頭巾はヘビを避けるアイテムかと思っていたが、ただ毒を避けるだけだったんだな。おかげで一晩中咬まれまくるハメになったぞ。そのまあ痛いこと痛いこと」


「ムカデはどうしてまして?」

「ムカデはここ」


 といってケツを見せた。そこには長さ50cmはあろうかという3匹のムカデがオオクニの尻に噛みついていた。ぞわわわわぁぁぁぁぁ。


「背筋が凍ったぞ。もういいからどっか行けよ」

「やっとふたつの試練を乗り越えてきた俺に、ひどいじゃないか、そんな言い方は」


 ひどいもなにもあるか。キモいっての、怖いっての。グロいっての。この部屋にヘビだのムカデだの持ち込むな。


「じゃあ、次の試練に行ってきなさい。あと3つですわね」

「え?」

「次はハチでしたっけね。準備はもうできてますわよ?」

「あの、我はたった今、帰ってきたばかりで」

「いいからさっさと行けえぇぇぇぇぇぇ」


 はぃぃぃぃぃぃっ。


 いってらっしゃーい。気をつけてねー。オオクニは身体中をヘビや大ムカデに咬まれたままの姿で出ていった。今度帰ってくるときはハチだらけになっているのかな?



#余談

「ところでユウ。ちょっと前のことになるが、この部屋の天井絵・八方睨みの龍の謎はどうなったノだ?」

「ああ、部屋のどこに行ってもこちらを睨んでいる龍の目の話か。忘れてた」

「気になってしょうがないノだ。早く教えるノだ」


「分かった分かった。結論から言えば、目の部分を凹ませて、そこに描いてあるんだよ」

「ふむ、それで」


「それだけじゃ分からんか。じゃあ、オウミ。そこにある板に〇を描いてみろ」

「誰が板とスミを用意したのか分からんけど、描いたノだ」

「その〇の中身をくり抜いて」

「誰が彫刻刀を用意したのか分からんけど、くり抜いたノだ」


「穴の開いた板が完成したな。で、板を机の上に置いて、中央に黒い●を描く。●は机の上に描いちゃって良い」

「描いたノだ?」


「それでOK。それが龍の目だ」

「ふむ。目なノだ」

「真上からだと目が真ん中にあるだろ?」

「もちろん、我がそう描いたノだ」


「じゃ、ちょっとこっちに来て、その目を見てみろ」

「そっちにか。あれ? 目がこっちを見ているノだ??」


「じゃあ、反対側に行ってもう一度目を見てみろ」

「今度はこっちにか。あれ? またこっちを見ているノだ?? どういうことなノだ?」


「これが八方睨みの龍の謎だ」

「ノだ?」


 龍の目が平面に描かれていると思い込んでいる人には、あの段差が見えないのです。だから、目が動いているという錯覚をしてしまうわけですね。

 八方睨みの龍はあちこちにありますが、そのすべてが高い天井(つまりは見る人の目から遠い場所)にあるのは、段差のあることがバレないようにするためです。


「あの、我にはよく分からないノだが?」

「じゃあ、またねー」

「無視なノか!?」

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