第153話 使いっ走り君とアッシー君
マツマエにはついでにこれも宣伝してこいと言って、イテコマシ小を3セット渡した。こんなもんまで作ってまんのかと驚いていた。
「しかし、なんでんな。店を持つのはよろしいが、どんな店かといわれると困ってしまいますがな」
「どういうことだ?」
「ほら、店にはなんらかの特徴がありますやろ。薬なら薬屋、衣服品なら衣料品店、食料品なら市場、餅は餅屋や」
「ふむ。そうだな。俺たちの場合、扱う商品に一貫性がまったくないな」
「グースはんもそう思いますやろ? これは販売店としては大きなマイナスでっせ」
「待て。話が食い違っているぞ……。そうか、俺が直販店なんて言ってしまったから誤解されたか」
「え? ちゃいまんのか?」
「俺が必要としているのは流通だ。そのための倉庫だ。つまり、卸しをやってもらいたいのだ」
「え? 卸しでっか。それこそ中間搾取でんがな。ワイの夢は自分の販売店を持つことなんやで」
「それが嫌ならなにかひとつだけ――薬だけ売る薬屋とか――の店を出せばいい。それ以外のものは、これはと思った店に卸す。それでもいいぞ」
「それはそうやねんけど。これだけ儲かる商品を手間賃だけもらって卸すというのも、なんだかなぁ」
「じゃあ、そこはお前が考えろ」
「結局丸投げでっか?!」
「俺がお前たちに依頼する仕事はあくまで卸しだ。倉庫に仕入れた在庫を持って、その商品を必要とする店に販売する。それは手間賃には違いないが、それこそが流通のカナメなんだよ。どんな世界になってもそれは必須なんだ」
「そうなんでっか? ワイら商人も卸しも、中間搾取しているだけと思われいて、客からも生産者からも煙たがられてとるのです」
「ああ、それは俺も感じている。しかし、俺たち商人がいなければ商品が届かないのだから、文句言うなって俺は思っているが、卸しとなるとさらに搾取感が強くなるな」
「まだここは流通というものが理解されていないようだな。もし仮に販売店が直接生産者から買ったとする。そのとき仕入れコストは安くなると思うか?」
「そりゃ安なるにきまってまんがな。ワイらのように手間賃を取るところがないのやろ?」
「その販売店が、仕入れた商品を常に売る尽くせるのならそうだろうな。しかし現実にそんなことあるか?」
「それは売れる範囲で仕入れをすれば」
「それをどう判断する? いつも100売れるからと100仕入れたら70しか売れなかった。そんなこと良くあることだろ? それが腐るようなものだったらどうなる?」
「100売れると思ったら、仕入れを70くらいにしておけばいいのではないか?」
「70仕入れたらじつはすごい人気で、商品さえあれば150売れたのに、ということはないか?」
「それは諦めるだけでんがな。損したわけやないやろ」
「いや、損をしたんだよ。それを機会損失っていうんだ」
「損はしていない、と思うんだが?」
「店を構えたら、固定費というものがあるだろ?」
「家賃とか、光熱費とかでっか?」
「それに人件費や宣伝費もそうだな。それは売り上げに関係なくいつも必要な費用となる」
「なりますな」
「100売れればそれが払えるとしよう。150売れば儲けがでる。しかし70しか売れなければ赤字だ。それって損したことにならないか?」
「それは、まあ、理屈では」
「俺は理屈の話をしてるんだ」
「そ、そういうことでっか。そうでんな、えっとそうなんか?」
「それはなんとなく分かる。しかしそれが俺たちにさせたい卸しという仕事と、なんの関係があるんだ? 仕入れをすることに関しては同じだろ?」
「ひとつはフットワークだ」
「「なにそれ?」」
「今日は商品を70しか仕入れをしなかった。そしたら半日で全部売れてしまった。これはいけない。追加で発注したい。そんなときにアズマ国にある店がホッカイ国に注文を出して間に合うか?」
「間に合うわけがおまへんがな」
「だろ? しかし、そこに流通倉庫があったらどうだ?」
「近くならすぐにも持っていける……あ、そうか。追加分の在庫を持っていればそこから払い出すだけか」
「その通り。在庫を持つことによって、販売業者が『必要なとき』に『必要なだけ』商品を提供することができるんだ。それが卸しの大事な役割だ」
「しかし、そのために仕入れ値が高くなるんでっしゃろ? なんか損した気分になるんやけど」
「お前はどっち側の人間だよ」
「いや、店を持つとなるとどうしても考えてしまうんや」
「その分、卸しは在庫の商品がダメになるリスクも負うんだぞ?」
「それはそうでっしゃろうけど」
「じゃあ、こう考えてみよう。仕入価格が1個100円で100個の商品を仕入れて、それを120円で売るとする」
「ふむふむ」
「全部売れ切れば、売り上げ100×120=12,000円で利益が2,000円だ。しかし70個しか売れなかったら70×120=8,400円。これでは1,600円の赤字となる。仕入れ金の支払いさえできない計算だ」
「そうか、売れ残ることもありうるんやな。そうなりそうになったら値引きして売りきれば損失は減るやろ?」
「残り30個を半額セールにすれば30×50=1,500円が追加されるが、まだ赤字だな」
「それなら60円で売りまひょ」
「マツマエは、そういうとこは相当しつこいな」
「グースはん、そうでっしゃろ? それがワイの良いところでんねん」
「60円なら1,800円となって利益にはなる」
「でっしゃろ。売値を操作すればよろしいがな」
「それをやると利益は大幅に減るけど良いのか?
「え? あきまへんか?」
「固定費をどうやって払う? でもそのやり方は、もっと大きな問題を抱えることになる。利益はさらに減るだろう」
「どうしてでっか?」
「この店は売れ残りを安く売る店だと、客が気づいたらどうすると思う?」
「……そうだな。安くなるまで客は買わなくなるな」
「そんな、卑怯なことをされてはかないませんがな」
「客は客の都合で買いに来るんだ。売り手の都合に合わせてはくれない。それはダメな経営者の考え方だ」
「そうか、そうすると70仕入れておいて、足りなくなったら追加できれば一番良いのか。そのために仕入れ値が多少高くなっても、売り損なうよりも売れ残るよりも利益にはなると」
「はい、よくできました。グースはいつでも店を持てるぞ」
「ワイもワイも分かりましたがな。そんなカラクリがあったなんて、この商売してて全然気がつきませんでしたがな」
「それはお前がまだ、ただの商人だからだよ。お前から商品を買うのはほとんどが卸しだろ? そこはそこまで考えて買ってるんだよ。中間搾取なんて嫌味を言うのは、値段を下げさせたいからだ。まともに相手しちゃ損するだけだぞ」
「はぁ。三十路間近になって12才の子に社会の仕組みを習うことになるなんて。ワイは今までいったいなにをしてきたのやろ」
「落ち込むなっての。俺も同じだ」
「まだまだ卸しの機能はあるぞ。代金回収というのも重要な機能だ。卸しが間に入るから、生産者はすぐに現金がもらえる。これが直販では売れてからしかもらえない。距離が遠いほどこの差は大きい」
「はぁ、そうでんな」
「それに販売店には情報提供もできる。例えばカンサイではこんなお菓子が流行しているとか、今年はジャガイモが不作で値が上がるぞ、とか。そういう情報は喉から手が出るほど欲しいのが販売店だ。それを提供できるところは誰もが仲良くしたくなるさ。さらに卸しが介在することによってトータルでの取り引きコストが安くなるんだ。それを取り引き数量最小化の原理と」
「ユウ、もう分かった。それ以上言われても頭に入ってこない。卸しが重要なことはよく分かった。その辺にしてくれ」
「いって生産者と……あら、そ。まだ続きがあるのになぁ」
「もうこちらの頭がが限界でんがな。でも、大事なことは理解してん。もうよかです」
違う方言が混じってんぞ。
「ということで、納得がいったのならそういう場所を見つけてきてもらいたい。発注があれば、最短でそこにお届けする手はずを取る」
「しかし、アズマに卸しを開業した場合、ここからではなかなか商品が届きまへん。かなり大きな倉庫が必要でんな。アズマの土地はめっちゃ高いねん」
「それほどの大きさは必要ない。商品さえできれば瞬時に提供するからな」
「でも、発注書だって届くまで時間がかかるだろ。アズマ国とホッカイ国では手紙でも3日はかかる」
「あれ。グースは知らなかったか。発注はカンキチの作った魔ネットワークを使う。倉庫のあてがついたらそこに回線を引いてもらうつもりだ。カンキチ、それでいいだろ?」
「ああ、もちろんかまわない。そのときはひと月ほど時間をもらうことになるがな」
「いや、今のカンキチならほとんど瞬時に開設が可能だと思うノだ」
「え? オウミ、それはいったい?」
「魔力量は以前とは桁違いに増えているノだ。それでも我よりはまだまだ少ないが、ものすごく増えたノだ。正規の魔王の能力を嘗めてはいけないノだ」」
「別に嘗めてねぇよ。しかしそれは助かる。ふたりにはそのときにIDとアクセスの仕方を教えるから、使いこなせるように勉強してくれ」
「はぁ。なんかエラいお人と知り合いになってしもうた。しかしでんな。発注はほんで良いとして、商品を運ぶのはそう簡単には」
「うちには運搬部長がいるんだ。それを使えば100トンくらいなら瞬時に運べる」
「「「えええええっ!!!!!???」」」
なんでオウミまで驚いてんだよ。あ、そういえば。
「オウミは、自分の持ち物をどうしている?」
「自分の鞄にしまってあるノだ。それがどうした?」
「その鞄の容量はどのくらいある?」
「どのくらい? そんなこと考えたこともないノだ。どのくらいだろう??」
「イルカイケの水を全部入れられるか?」
「バカこくでないのだ! そんなに入るわけないであろうノだ」
「そうか、ミノウはそのぐらい楽勝だと言ってたものでな。じゃあ、このエルフの里ぐらいならどうだ?」
「無理なノだ。しかしミノウが、そんなことを? ウソなノだ。そんなの絶対に無理」
「今回の洪水のとき、実際に水を吸っていたそうじゃないか」
「あ、あれは、そうか、そうだったのか。どこかに飛ばしているのかと思っていたノだ。あれはミノウの鞄の中に入れていいたノか」
「そうらしいぞ。だからミノウには運搬部長に就任してもらったんだ。荷物を運ぶ係だ」
((ま、魔王、さまを、た、ただの運搬(使いっ走り)に、使うのか!?))
(グースはん。ワイら、このお方について行って大丈夫でっしゃろか?)
(俺、俺が、俺が知るわけないだろ! あー、驚いた)
(今日は驚くことばかりでんがなもう)
(俺もだ。なんか人生観が変わったぞ)
「むっ。ミノウだけなんでそんなエラそうな役職なノだ。そういうのを我にも寄こすのだ」
「それでお前の鞄の大きさを知りたいんだよ」
「我のはせいぜい人間を3人分くらいなノだ。しょぼーん」
「そこでしょげなくても。あれ、人間で例えていたが、お前って人間も運べるのか?」
「当たり前なノだ。今だってカンキチを運んで来たノだ」
「カンキチは魔王だからできる……えっ!? ってことは生き物全般に運べるということか?」
「お主に関係あるもの限定なノだが、もちろんであるノだ」
なんで威張ってんだよ。
「なんでそれを今まで黙っていた?!」
「聞かなかったであろうが!!」
「いや、そ、そうか。それはすまんかった。そうなのか。それは良いことを聞いたぞ。それじゃあ、オウミは送迎部長に就任してもらおう」
「おおっ、それはなにをするものなノだ?」
「俺や俺の指示した人を運んでもらう、という専門職の部長だ」
「部長か。部長ということは、ミノウと同じなノだな?」
「ああ、もちろんだ。ミノウよりも仕事の量は多いと思うぞ」
「同じなのは気に入らないが、今は我慢してやるノだ。送迎部長になるノだ」
(と、と、とうとう魔王さまを自分のアッシー君にしちゃったぞ、おい!)
(もう、なんでもありでんな)
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