第139話 衣食足りて
「ユウ、もらってきたノだ」
「そうか。見せてくれ」
「ほいノだ。これがサンマの塩焼きでこれがマグロの刺身。で、こっちがミヨシの新作でダレンダ? とかなんとか」
「誰が料理をもらって来いと。それはついでだろ。ところでダレンダってなんだ? DとAを連打するのか」
「それは分かりづらいのだヨ」
すまんかった。最近調子が悪いな俺。ダを連打するからダレ……止めよう。
「でダレンダってのはいったいなんだ?」
「さぁ?」
「そこまで聞いて来いよ! そんなこと言ったのはいったい」
「ダレンダ?」
「やかましいわ!! いま調子が悪いんだから言わせんな。それよりもコマの部品はどうした、部品は」
「付き合ってやったのになんで怒るノだ!! コマはこれ、これなノだ。ゼンシンに装着してもらったノだ。なんか格好いいノだ」
ほほぉ。コマとしては不自然なほど高い位置に本体があるのは以前からだが、それが以前よりもさらに高い位置になった。
軸の下部は、先端(穴に飛び込む部分)だけを残して、白っぽい金属がはめられている。オウミ仕様のコマである。
しかしよく見ると使われている金属は、場所によって色合いが違うようだ。
「オウミ、この材質はなんだ?」
「下部は白金で、コマ部のリングはタングステン。上部の軸はそのままだがニッケルめっきをしてもらったノだ」
忘れていた。この世界は白金が安かったんだったな。金より比重の高いものがあったじゃないか。これはぜひ使うべきだろう。
それから当たり前のようにタングステンって言葉が出てきたが、あれめちゃめちゃ固い金属だぞ。どうやってリングに加工したんだ? 普通なら、金属を削る側であるドリルの原料だぞ。それよりも、ダングステンなんて俺がいたときはなかったはずだが。
「タングステンってどうやって手に入れたか聞いたか?」
「それはミノウが詳しいと言っていたノだ」
「ミノウ?」
「ああ、あれか。例のクロム鉱山を掘っていたすぐ横っちょの山に、青っぽい石が出ていたのだヨ。我が見てみたら、多量にタングステンが含まれていることが分かったのだ。それでちょっとだけ取り出して見たヨ。なにに使うものか分からんと言っていたが、意外なところで役に立ったのだヨ」
「そんな意外いらねぇよ。こんな貴重なレアメタルをそんなことに使うなよなぁ。タングステンがあったら、タングステンがあったら、あったらどうなんだ? もっと複雑な金属加工ができ……ないな。ドリルを先に作らないと……ドリルか。ドリルを作ったらすごいことになるな。ドリルか、ドリルドリル……あんな複雑なものこの世界で作れるわけがない!」
「ドリル、せんのかーいヨ」
「新喜劇をすんな!」
タングステン。固くて比重も重いという記憶だけがあるが、使い道が浮かばない。なんかやたらよく使われる金属だったような記憶があるんだが、なんだっけかな。
まあ、いいや。それはミノ国に帰ってからゆっくり考えよう。しかし、俺がいない間にもタケウチは進歩してるんだなぁ。
オウミ仕様のコマをさらによく見ると、手で持つ部分のニッケルめっきの上から滑り止めの加工までしてあるようだ。
軸の加工は本来反則である。しかし、これはめっきの上からであり違反と言えるかどうかは微妙だ。このぐらいはまあい良いだろう。いずれはこれを標準にしてもいいな。
イテコマシを始めるとき、オウミは(ミノウもだが)盤の上で飛びながら両手で持ってコマを回す。滑り止めはオウミにとってはありがたい構造だろう。こういう細かいところに気がつくのはミヨシかな?
「もさもさも。おっ、これは冷めていてもうまいではないか。もさぼさもさ」
「ばりばりばり。あ、ほんとなのだヨ。これは新食感なのだ」
「ばりばりばり。ああ、おいしいわぁ! これ、なんて料理ですか? オウミ様が持ち帰ったということでしたね」
「うむ。我が持ち帰ったノである」
なんで威張ってんだ。ミヨシが作ったって言ってただろ。確かダレンダとかなんとか。
どれ、俺もいただこう。ばりばり……ん? これは食べたことある味だぞ。ばりばり。チーズが少し焦げて香ばしい……。
「モナカ、これを温め直してくれないか」
暖めたらチーズが溶けてお粥の状態になった。その匂いでようやく気がついた。
ポレンタじゃないか!! 確かイタリアの北部の家庭料理だったはずだ。なにがダレンダだよ。
「ぱくぱくぱく。おおっ。暖めたほうがうまいノだ。これは良いものだばくばく」
「ほんとだヨ。しかし、これを食べるなら、あれだよな、オウミヨ」
「「「スプーンが欲しいノだヨ ぞ!!」」」
なんでカンキチまで一緒になって欲望を露わにしてんだよ!
「はい、ミノウ様、オウミ様、カンキチ様。こちらにスプーンがありますよ」
と言ってユウコが木製のスプーンを手渡した。そうだ、スプーンなら木製でもいいわけだ。
「「「あ、あり、がとうノヨぞ」」」
しょぼくれた魔王が仕方なくお礼を言っている。ユウコの親切をありがたくいただけ……あ、そうか。
「ユウコ、そいつら用に小さいスプーンを作ってやってくれないか。細かい加工はエルフの得意とするところだろ?」
「ああっ、気がつきませんですみません。魔王さんたちには大き過ぎましたね。すぐにも作らせます」
「「「ありがとうノヨぞ!!」」」
あ、元気になった。
「しかしユウ。俺はまだニホン刀もナイフもフォークももらっておらんのだがもしゃもしゃ」
「そりゃ、作ってないからなばくばく」
「いつ作ってくれるのだもすもす」
「まったく予定はないもっしゃもしゃ」
「なんでだよっ! 俺がなんのためにお前の眷属になったと思っているのだ!」
「魔王として学ぶため、と言っていたな?」
「え?」
「俺の眷属になったらニホン刀がもらえるという風潮やめろ」
「なぁ、良いではないか。こいつらはいつも自分のナイフとフォークを見せびらかして自慢するのだぞ。俺はそれが辛いのだ」
「オウミ、ミノウ。今後はそういうことしないように」
「「分かったノだヨ」」
「そういうことじゃなくてさ……」
それにしてもこのポレンタうまいな。ミヨシの味付けが良いのもだが、これはちょっとこちらでは久しく味わっていない料理だ。
チーズの風味とあとなんだっけ。見た目はお粥のようだがコメとは違う。ジャガイモをすりつぶしたのかな?
「ああ、これはトウモロコシの粉ですねばくばくばく」
「モナカは知っているか?」
「いえ、この料理は知りませんでした。ただ、トウモロコシ粉は冬の保存食ですので、イシカリ大学の学食では毎日のように献立に出ます。でも、チーズと合わせるとこんなにおいしくなるんですね」
ああ、これはトウモロコシの粉だったのか。コメの獲れない山岳部ならではの食べ物……。ここもコメが獲れないとこじゃないか!?
「モナカ。ここはチーズは作っているのか?」
「ええ、作っているはずですよ。乳牛は山ほどいますから、あまった牛乳で作っているとシャインに聞いたことがあります。ただ、すぐカビが生えたりするので流通には向かないようです。どの家庭でも自家使用ですね」
そうか、チーズはあるのか。当然ナチュラルチーズだよな。それならこれ、作れるんじゃね?
「あ、そうか! これ、主食になりますね?」
「モナカに先に言われた。そうだよ、ここには原料がすべてあるじゃないか。これはもともと寒冷地の食べ物だ」
「あのおいしくないトウモロコシも、こうやって食べればいいのですね!」
「おいしくないのは、品種の問題だろうな。だけど、この料理ならそれは気にならないだろう。これにあとは鹿でも牛でも肉を入れて煮込めば栄養もたっぷりだ。付け合わせにしてもいい」
人が生きていくためにもっとも必要な栄養素は「炭水化物」だ。ぶっちゃけ、それだけあれば人は(エルフも)生きてゆける。健康的かどうかは別問題だが、それがないと生命活動が維持できないのだ。
だからどこの国のどの地域でも、炭水化物がもっと多く生産されている。コメは77%、小麦は70%が炭水化物だ。だから世界中で生産量が多いのだ。
それに継ぐのがこのトウモロコシだ。炭水化物は25%。コメ・麦には及ばないがそれでも多いほうだ。しかも、トウモロコシはアンデス山脈原産で寒冷には強い。ホッカイ国でも多く栽培されているのは、そういう理由だろう。
それが人にはあまり食べられていない(主に家畜飼料となっている)のは、おいしくないからだ。
俺のいた世界にあったような品種(スイートコーンなど)がまだ開発されていないのだろう。粉にすると日持ちは良くなるが、食べ物としては味も素っ気ないものになる。飢餓にでもならない限り食べないものなのだ(モナカの大学は貧乏なのだろうなぁ)。
だが、こうしてチーズと塩で味付けすれば、とてもうまい料理になる。ミヨシがどうしてこれを知ったのかは分からんけど、これはこの国の人たちを大いに助ける料理になるだろう。
主食をコメだけに頼る経済は不健全だ。小麦もトウモロコシも使うべきだ。この国のように寒冷地ならなおさらだ。
「モナカ、シャインに連絡を取ってくれ。来年の作付けに、イエローコーンだけじゃなく普通のトウモロコシも増産してくれと」
「はい、そうします。ホッカイ国から餓死者をなくせるかも知れません。そのぐらいの衝撃です。ところで、どのくらい増産させましょうか?」
「できる限り目一杯やれ、と」
「分かりました。予算の増額もかまいませんね?」
「ああ、どのくらいの増産が可能で、予算がいくら必要か連絡してくれと伝えてくれ」
「ただ、トウモロコシは家畜の飼料という固定概念があって、納得してくれるかという心配はありますが」
「そのときは、この料理を食わせてやればいい。すぐに理解するだろう」
「そうですよね!!」
人が必要なのはまずは食べ物だ。そうすれば、このゲームもきっと流行ることだろう。人は衣食が足りたのちに、ゲームを知るのだ。
「ちょっと違うと思うのだヨ?」
「これで、いいのだ」
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