第117話 IDは生涯変わらない
「ジャガイモを俺に売ってくれ」
はぁぁ?
「お前はそんなにジャガイモが好きなのか」
「俺が食うわけじゃねぇよ、そんなに食えるか! 売るんだよ」
「まあ、買ってくれるならこちらとしては文句はないが、販売ルートはあるのか?」
「まだない」
あぁあぁあぁ。どどどどど、とずっこけける俺以外の人たち。見ているのはおもろい。
「面白がっている場合ではないだろ!」
「そうですよ、ユウさん? とおっしゃいましたか。ジャガイモはわりと保つ方ですが、それでも1ヶ月がせいぜいです。気候によってはもっと短くなります。エチ国はまだ寒冷地だからいいですが、ユウさんのミノ国はかなり温暖な国ですよね。とても保たないと思うのですが」
「それは大丈夫だ。ここで保ちが良くなる加工をしてから運ぶつもりだから」
「加工する? ジャガイモを? どうやって?」
「簡単だよ、油で揚げるだけだ」
「ジャガイモというのは、水分がすごく多いのですよ。あれを油で揚げたりしたら大変なことに」
「だから、薄くスライスするんだ」
「おぉっユウ、それは我も見たことがあるぞ。口のでっかいおじさんが田植えとかしてるやつなのだヨ?」
「それはカールおじさんな。あれは原料がトウモロコシ……まてよ? おい、ここはトウモロコシも作っているのではないか。ケント知ってるか?」
「はい。トウモロコシもこちらの名産です。年間30万トンは作ってますね」
「それも買った!!」
えぇぇぇ?!!?
「おいおいユウ。買ってくれるのはありがたいが、そんなになんでもかんでも買えるほどお前は裕福なのか?」
「ああ、まかせろ。俺にはトヨタがバックについてるんだよ」
「なに?! そんな情報は聞いてないぞ。お前はトヨタ家とどんな関係だ?」
「さすがにトヨタはこちらでも知られているようだな。その御曹司が建てたのが俺の研究所だ。俺はそこの所長だ。金ならトヨタにいくらでも出させるさ」
「侯爵はいくらでも出すとは言ってなかったヨ?」
「大丈夫だ。儲かる話ならやつは拒否できない」
「ユ、ユウは、侯爵様に人脈があるのか。ですか?」
「クラーク、途中から敬語を交ぜなくていい。普通に話せよ。エースには人脈というか、貸しがあるんだ。俺が出せといえば、文句は言わない」
「「ほぇぇぇぇぇ」」
「それで話を戻すが、ジャガイモもトウモロコシも、お菓子にするぞ」
「待て!! そんなもったいないことをするな。あれは主食になるものだぞ? お菓子なんかに消費されてはかなわん。住民の食べるものがなくなってしまう」
「確かに主食になりうるぐらいのカロリーがある食べ物だけどな。とは言っても一番大事な炭水化物は20%程度しかない。コメなら70%以上あるのに。こちらの主食はコメじゃないのか?」
「コメは亜熱帯の作物だ。こんな寒冷地で獲れるはずがないだろ。なにかの祝い事のときに食べるぐらいだ。普段は麦や粟などだ。ただ魚はいくらでも獲れるから、飢えるようなことはないがな」
それは品種改良……そうか、それがされていないのか。
「それなら買えばいいじゃないか。コメはジャガイモと違って保ちが良い。ここまで運ぶだけだ。エチ国はコメの大産地だろ?」
「買うには金が……あ、そうか。それで金が稼げるということか?」
「やっと分かってもらえたようだな。その通り。ただし、トウモロコシやジャガイモをそのまま売っても、保存や流通の問題があるしたいした利益にならない」
「うむ、その通りだ。それを油で揚げると保ちが良くなり利益率も高くなる、ということか」
「ああ、そうだ。ジャガイモはその重量のうち水分が80%もある。トウモロコシも75%だ。それがあるために保ちが悪くしかも無駄に重いんだ。だからそれをほとんど0にする」
「なるほどな。しかし、そんなパサパサにしたものがうまいのか? 食べてもらえなければ、意味がないぞ」
「じゃあ、作ってみせようか。俺がこれから言うものを用意してくれ」
「いいだろう。ジョウ、用意してやってくれ」
「かしこまりました。それではユウ様、なにをご用意すれば良いでしょう」
「まず、ジャガイモを1Kgぐらい。トウモロコシは10本ぐらいでいい。植物油を鍋にたっぷり入れておいてくれ。それに塩と胡椒もいる。それからミヨシを一式」
「はい、ジャガイモを1Kgに油に……ミヨシ? ってなんでしょうか? ミノ国の特産ですか」
「まあ、そんなようなもんだ。クラーク。例の赤紙魔法だっけ? あれを俺のいたタケウチ工房に送って、ミヨシという女の子をこちらに招待してくれ」
「ミヨシって人間かよ! 一式って言うからなにかの工具かと思ったぞ。ちょっとこちらに遊びに来て下さいませんか魔法のことだな。さっそく呼びだそう」
そのネーミングだけはなんとかならんものだろうか。
「きゃぁぁぁ。な、なによ。これ。どこなの? あなたは誰?」
「お前がミヨシか。どうでもいいが、その黒っぽい包丁を俺の方に向けるな」
「あなたが? 私をさらったの? 近づかないで!!!」」
ミヨシはクラークの顔の怖さに、思わずオウミヨシを2回3回10回と振ってしまった。その結果。
「いや、別にお前をどうこうしようなどと……あれれ?」
ぱらひれほれほん~、と魔王Tシャツが粉々になってクラークの身からはがれ落ちた。
「きゃぁぁぁぁぁ! 変態! やっぱり私の身体が目当てだったのね。よくそんな格好で乙女の前に出られるものね。恥を知りなさいよ!」
「お前がやったんだろうが!!!!」
「お? ミヨシ。来たか」
「え? あぁぁ、ユウ。どこに行ってたのよ。心配したのよっっ」
と言いながら抱きついてきた。
「待て待て。オウミヨシをしまえ!! 俺の命が危険に晒されている!」
「これは人は切らないから大丈夫よ。いったいどこに行ってたのよ。いきなりいなくならなって約束したくせに」
「大丈夫だとは分かっているが、尖った先を人に向けるな。怖いっての。どこに行ってたかって、お前がいるここだよ。そこのクラークって魔王に呼ばれたんだ」
「クラークって、あの上半身裸の変態のこと?」
「こんな格好にしたのはお前だろ!! 変態呼ばわりするな!」
「ケント。クラークを着替えさせろ。男の裸に興味のない読者が嫌がるじゃないか」
「はい、分かりました」
「お前も分かってどうするよ」
「クラーク様。お着替えは私が。ケントにも着替えの場所とやり方を教えましょう」
引き継ぎをよろしく。さて。
「でな。あれあれくまぐま、こうこうこなってああなったわけだ」
「なるほど、そういうことだったのね」
「話が早いのだヨ。さすが相思相あひゃひゃひゃひゃ」
「ミノウ様?!」
「ふにょ~」
「なにやってんだお前ら。ミヨシはオウミだけじゃなくて、ミノウまで手なずけちゃったのか」
「あら、ミノウ様はゼンシンのものですよ」
「いや、どちらも俺の眷……まあいいや、それでさっそくお前にやってもらいたいことがあるんだ」
「その前に、伝書ブタを走らせたいのだけど、ここにいるかしら? 連絡しておかないとみんなが心配するでしょ」
「あ、そうか。それは思い付かなかった。おーい、クラーク。ここには伝書ブタはいるか?」
「ぶつぶつ。一張羅が1枚だめになってしまったではないか、ぶつぶつ」
「魔王がTシャツ1枚ぐらいでそんなに怒るな。これからお前が食べたことのない、おしいものを食べさせてやるからさ」
「ほぉ? その言葉を信じよう。伝書ブタはここにはおらんが、手紙なら出せるぞ。急ぐのなら魔回線ネットワークを使ってもいいが」
「おいおい。クラークは魔回線ネットワークを使えるのか?」
「魔回線を知っているとは驚いたな。使えるというより、あれは俺が作ったネットワークだ。ともかく本が読みたくてな。国中の図書館を訪ねてネットワークを作ったのだ。ミノにも何人かIDを持っているやつがいる。その中に知り合いはいないか?」
「おま、お前、だったのか。あれ作ったの。すごいな。天才かよ!!」
「魔王だよ?」
「それは分かったから、おかしな自慢の仕方をするな。だが、それならモナカというやつがIDを持っているはずなのだが」
「モナカか。ちょっと待て、いま検索する。ごにょごんごにょ。あ、いた。エチ国のやつだけどいいのか?」
「ああ、それでいい。モナカはいまミノにいる。俺の手下だ。そいつに連絡すればみんなに伝えてくれるだろう」
「ふむ。それならユウにもIDをやろう。それで自分でアクセスして連絡を取るが良い」
「おおっ。さすが創造者だな。話が早くて助かるよ。で? どうすればいい?」
「ちょっと待ってくれ、いま登録するから。ほにほにほ~ん、とよしできた」
「そのかけ声は必須なん?」
「かけ声言うな。歴とした呪文だ。1文字でも間違えたらなにが起こるか分からんから、邪魔しないように」
「適当なことを言っているとしか思えのんだが」
「よし、登録が承認された。ユウのIDはきょにゅうもえだ。パスワードはログインしてから適当に決めてくれ」
「なんで俺が巨乳萌えだよ!!! 俺は普通サイズの方が好きだ……あ、大きいのも好きですよ、ミヨシさん」
「ふーん。ユウらしいわね、ふんっ」
なんだろ、あのふんっが心に染みる。
「俺に言われても困るが。IDはランダムで生成されるものだからな」
「ランダムでそんなんになるかぁ!! ところで、IDって後から変えることはできるんだろな?」
「パスは変えられるが、IDは生涯そのままだ」
あぁぁぁ。俺のIDが生涯それ……。
「もうアクセスできるぞ? 連絡取らなくていいのか?」
「ああ、分かったよもう。で、ログインするにはどうしたらいいのだ? ふむ、まず呪文を唱えて起動したら、IDとパスを入れてふんふん、なるほど。分かったやってみる」
1分後。慣れない空中キーボードでたどたどしく文字を選び入力する。ああ、JIS規格のローマ字入力が懐かしい。
(というわけで俺たちはホッカイ国にいる。面倒ごとを片付けたら帰ると、みんなに伝えてくれ。なにかあったらモナカ経由で連絡くれ。きょにゅうもえ)
「なあ、最後のIDは必要なのか? わざわざ書かなくても相手には誰からの連絡か分かっているだろ?」
「必須だ。それがないと文字化けする」
「なんでだよ!」
「それは俺にも分からん。ただの経験則だ。別に困ることはないだろ?」
最後が毎回こっぱずかしいんだよ!!
「それで、私はそのジャガイモを料理すればいいの?」
「ああ、そうだった。ジャガイモをオウミヨシで切り刻んでくれ。必要なのは2種類。ぺらっぺらなやつと、スティック状のやつだ。そういうのは得意だろ?」
まかせなさい、と満面の笑顔でミヨシが答えた。
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