第106話 変人同志?
次の日。無事にハザマ村に帰ってきた。そして、工房の隣にはなんだかえらくでっかい建物が建設中であった。これが俺の研究所か。
大工さんたち、ご苦労様です。でも、俺は知らない。気分が乗らない。なんか、どうでも良くなっている。
「おやおや。まだすねてるのか、お前は」
「やかましいわじじい。もう俺にやる気を出させようとか思うなよ」
「おいユウ。報告するぞ。このちょこれいと、食べてみろ」
「ウエモンは報告という言葉の意味をだな、もぐもぐ、あれ、もぐ、なんだこれ、けっこううまいじゃないかもぐ。味はかなり良くなったな。これならお菓子という感じがするもぐぐ」
「けっこういけるだろ。イズナがいろいろ教えてくれたんだ」
「あのジャリジャリした食感もなくなったな。原因が分かったのか?」
「ジャリジャリの原因は分かったゾヨ。あの実をくだいてごりごりするとどろっとした液体になるのだが、そのときに細かいつぶつぶもできるのだ。それを丁寧に取り除ければいいのだゾヨ」
イズナが一緒になって開発の手助けをしている。魔王なのにこんな子供に使われるとは、気の毒なことで。
「お主にとって、我はいったいなんノだ」
「あら、オウミさん、お久しぶりのツッコみ乙です」
「あのジャリジャリ食感の原因はカカオの殻か?」
「殻というより胚芽のような感じだったな。取り除くのが面倒だったゾヨ。だけどあれはどれだけすりつぶしても粒が残ってしまうので、まだ大きいうちに1個1個とるしかなかったゾヨ」
面倒な作業乙である。
「そうか、ウエモンも頑張ったな。あとは味も大幅に改善しているじゃないか。あの臭みは消えたようだな。代わりになんとも形容しがたい芳香がある。これ、どこかでかいだことのある匂いなんだがなぁ。思い出せない」
「あの臭いのは発酵が足りなかったからみたい。発酵させるとき実をとっちゃだめだったんだ。これもイズナが発見した」
「実をとっちゃだめなのか。ああ、そうか。あの実が発酵させるもとになるのか。ということは、固い外皮から取り出したベトベトのまま発酵させるわけだな。そうすると臭みはなくなるわけか。大発見じゃないか、すごいな」
「うん、そう! えへへ。それでずいぶん良くなっただろ。だけど、まだ苦いんだよなぁ。私はこれを食べようという気になれない」
「それに、このくにゃくにゃした食感も良くないな。もっと、パリンと割れて口の中でとろける感じが必要だ」
「え? なにそれ? そんな風になるの?」
「なる。はずだ。俺が知っているちょこれいとなら」
「うーん。まだまだ先は遠そうだなぁ」
「まあ、頑張ってくれ。イズナも協力よろしくな」
「「了解なのだゾヨ」」
「さてと、俺はナツメでも持って部屋に籠もるから、用があったらそっちに来てくれ。なんか疲れちゃってさ」
「温泉旅行に行って疲れてりゃ世話がないのだゾヨ」
その前に戦争もどきがあったけどな。でもそういうんじゃないんだよ、とは言わなかった。なんか身体がだるい。やる気が起こらない。もう寝たい。
昨日はずいぶん寝たような気がするんだが、なんで寝不足な感じが抜けないのだろう。疲れてんのかな。湯あたりでもしたかな。そんなに長く入っていたはずはないのだが。
あれ? 入ってたっけ? なんか大事なイベントがあったようななかったような。あぁ、分からん。もういいや、寝よう。
その後、自分の部屋に戻ってベッドに潜り込んだらすぐに睡魔がやってきた。
「それでは、私たちはこれで失礼します」
「侯爵殿もレクサス殿も、どうもありがとう。ワシらには楽しい旅になりました」
「こちらこそ。特にユウとハルミさんには大変お世話になりました。おかげで無敗の私の戦歴に傷つくことなく、戦争を終わらせることができました。おふたりには感謝です。また、ハルミさんにはいろいろなことを教わり感謝しています。ありがとうございました」
「いや、私など。別にたいしたことは。テレッ」
「この研究所が完成するころには戻ってきます。そのときはまた、よろしくお願いします」
「こちらこそ、その日を楽しみにしている。今度は剣士として手合わせを願いたいものだな」
「それはもう、ぜひにも」
いつのまにか、ハルミ殿からハルミさんになっているのはスルーで。
エースたちは研究所が完成するまで用事はないので、本家に帰って行った。しばしの別れである。
「まだ、怒っているのかレクサス。お前もいい加減しつこいな」
「怒っていますが、当惑もしていますし、呆れてもいます。自分でもよく分からない感情を扱いかねているんですよ」
「なんだそれは」
「怒っているのは、私に無断で無駄な費用を増やされたことです」
「戦費が余ったのだからいいではないか」
「全然足りませんて! しかし、それによってメリットも生まれたことも確かです」
「ハルミさんのことか?」
「ええ、あの方なら当家の嫁として充分な資質があるかと」
「ちょっと待て! どうしてそういう話になっている? 私が言っているのはあの魔刀の秘密を」
「もう隠さなくてもいいでしょう。タケウチの人たちもみな気づいていましたよ。私が当惑しているのは、侯爵様がそのような行動をとられたのが始めてだからです」
「みんなに? バレている? まじか!?」
「当然です。知らないのご本人だけですよ」
「バレてないと思っていたのは、私だけだったのか」
「いえ、あちら側のご本人・ハルミ様も同じようですよ」
「え?」
「ハルミ様は、自分の気持ちにさえも気づいておられない可能性さえあります」
「そうなのか。私は見ちゃった、からなぁ」
「え、ああ。あはははは。アレは強烈でしたね」
「笑うなよ。私はもともとハルミさんではなく、あの魔刀に興味があっただけなのだ。しかし、あの見事な身体を……」
「その辺にしておきましょう。これ以上は貴族のお話としては下品になりますよ」
「それもそうだが。いや、美しさに見とれてしまったのだ」
「不思議ですね。すぐ横にはミヨシ様もいらっしゃったのに」
「そう言われると不思議……いや、私はずっと前からハルミさんに惚れていたのかもしれないな」
「そういうことにしておきましょう。しかし、あの方はタケウチの」
「ああ、分かっている。それが私にとっての一番の悩みだ」
「おや、ユウ様のことは悩みではないと?」
「ああ、ユウなら大丈夫だ」
「私はそこに呆れているのですよ。もっと真剣に考えるべきです。もう来年の決算までそんなに時間がありません。すぐにもなにか成果を出さないと、トヨタ家の総会でどんなイヤミを言われることか」
「あのユウという少年は私と同じなのだよ、レクサス」
「同じといいますと? なにがですか?」
「目の前に解決しないといけない問題があると、それを解決するために勝手に身体も心も動いてしまう。そういう人種だ」
「侯爵様のそういう性質はよく存じておりますが、あのユウ様もということですか?」
「ああ。間違いない。だから私は心配していない。問題なんかなければ作ればいいのだからな」
「お手並み拝見したします」
「ただ、あれだけすねちゃったから、その前にちょっとぐらいのご褒美が必要かな、とは思うけどな」
「ご褒美ですか。あの方はどうすると喜びますかね。今回はお金がもらえないと分かってすねてしまいましたから、なにか報酬でも出しましょうか。しかし貴族になるのは断わられましたね」
「彼がもし私と同じ性質であるなら、あれはお金がもらえなくてすねたのではないよ」
「ほほう。では、どういう理由ですか?」
「直接的には、自分の働きに対する評価が不当だと思ったからだが」
「私たちは充分高い評価をしていますが? 収入だって成果を出せばそれだけ出る仕組みになっていますし」
「そうじゃないんだ。彼にはこれまで、手足となって働くタケウチ工房の人たちがいた。それもタケウチの人が望んでのことだ。めっきをするための技術を教えて欲しいと、ユウに依頼したのが最初だそうだ」
「それはハルミ様からの情報ですね」
「その通り。だがその彼が研究所に移ったらどうなる?」
「タケウチ工房は、いわば研究所の下請けのような存在です。つまりは量産工場ですから、もう自由に使うというわけに……、え?、そんなことで!?」
「ユウにとってはそんなこと、ではないのだろう。彼はこれからこの世界にない新しい物作りを始めることになる。しかし彼は自分で作業をすることは苦手だ。そのためにはどうしても手足となる人材が必要となる」
「そうですね。でもそれなら雇えばいい話です」
「そうだ。だが、雇うための資金がないと思ったんだよ」
「それはウチから出す……それが嫌なのでしょうか?」
「それともうひとつ。私と大きく違うところもある。それは彼が極度の人間嫌いだという点だ」
「ああ、そういえばユウ様が、自分から誰かに話しかけるのを見たことはないですね」
「そう。そこはタケウチ工房の人たちが気を使って上手にフォローしていたが、彼はそのことに気づいている様子はなかったな」
「そうですね。独断専横という表現がぴったりする少年でした。その上に人間嫌いですか」
「だからこそ。タケウチ工房の人たちと離れることを嫌がったんだよ。収入があれば彼らを雇うことができる。完全雇用という形ではくても、プロジェクトを立ち上げてその予算から支払うなんて形を考えていたかもしれない」
「ははぁ。なんとなく見えてきました」
「彼が収入にこだわったのはそこだ。タケウチ工房の人たちを雇って自分のアイデアを実現させる。そしてそれを商売にする。彼が研究所を建てろと言ったときには、そういう絵を描いていたと私は思うがね」
「それって、早い話が」
「そうだ。タケウチ工房の人たちと離れるのを嫌がったんだよ。それほどあそこは彼にとって居心地の良い場所なのだろう。それだけだ」
「わがままもここに極まれりですねぇ」
「それだけの才能があるからな。異世界の知識があるだけなら、私もここまでのめり込みはしない。世の中の人間は大きな勘違いをしているが、ただのアイデアなどにたいした価値はないのだ」
「はい、それは侯爵様の持論でしたね」
「もう何度も言ったっけな。重要なことは、アイデアを実現させる実行力だよ。彼にはそれが備わっている」
「そこまではよく分かりました。それではどうされるおつもりですか?」
「だから彼が望むものをご褒美としてあげれば良いのだよ」
「今さらウチがタケウチ工房を買い取るのは無理がありますが」
「そうじゃないよ。部下だ。彼の手足になる部下をあてがえば良い」
「ユウ様の支持通りに動く手足、ということですね。しかし、人間嫌いなのでしょう?」
「そこをうまくやってくれそうな人材に心当たりがあるんだ」
「ほほぉ。それはいったい?」
「トヨタ家の柱のひとつであるアイゾウ家で、お荷物とも言われているあの次男坊だよ」
「ああ、いましたね。アイゾウ家という名家に生まれながら、遊んでばかりいることとで有名な次男坊が。……ええっ? 彼を押しつけるのですか?」
「おいおい、言葉を慎めよ。アイゾウ家では扱いに困っているそうだが、私が見る分には彼はたちの悪いものではないよ。ただ、生まれた場所が悪かっただけだ。旧家だけにトヨタ家以上にしがらみのうるさい家だからな」
「本当にそう思ってますか?」
「そこはツッコむとこじゃない。ユウとは変人同士気が合うのじゃないかな。それにアイゾウ家に恩が売れるしな」
「ああ、それが目的なのですね。扱いに困っている人間を他所に出すお手伝いをすれば、あちらも心配のタネが減ることでしょうし、その上にユウ様のモチベーションになるのなら一石二鳥」
「名案だろ?」
「反論の余地がありませんね」
なんか俺の知らないところで、勝手な話をしてやがるな。そううまく行くと思ったら大間違いだぞ。
「ところで言い忘れていたがレクサス」
「はい、なんでしょうか」
「ユウには魔王がついているぞ」
「えええっ。ま、魔王ですか。なんでまた、そんなことがあり得るのですか?! 本当のことですか?! どうしてそんな」
「それもふたり」
「はぁぁぁぁぁっっ!!!??」
そのとき大きく馬車が揺れた。そのせいでレクサスは思い切り舌をかんだ。その舌のキズはユウに魔王がついているという記憶とともに末永く残ったという。
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