第90話 魔法師は後に語った
「お、おい前方を見ろよ。なんかものすごい勢いで走ってくるおっぱいがいるぞ?」
「おっぱいは走らねぇよ。走るのは……なんだあのおっぱいは! すっごい揺れてるじゃねぇか」
「な、走ってるだろ? これは報告事案か?」
「そりゃそうだろ。お前が降りて報告に行ってこいよ」
「いやいや、俺はもう少しここで観察をしてからにする。お前が行ってこい」
「いやいやいや。俺だってもう少し近くで見て詳細を観察してからにしようと思う。あれだけのおっぱいはそうお目にはかかれないものだ」
「ほんとにけしからんサイズだな。危険物取締法違反で手錠をはめてやりたいな」
「あのサイズの手錠なんかあるかい。あれは見ているだけで人生が豊かになる傑物だ」
「一度手に持って重さを味わってみたいものだな」
「俺は口に含んでテイスティングをしてみたいぞ」
チラシの裏にでも書いておけと言いたくなるような、おなじみのグラビアアイドル観察日記である。
右翼に展開していた部隊は、戦闘に加わる予定はなかった。すべて予備兵なのである。戦車も置いてあるだけで、ミナミもいきものがかり……運転手も配備されていない。
中央で起こった(鉄の戦車が全部斬られたという)怪異も、まだここまで情報が届いていない。
兵士のほとんどが徴兵された農民であり、せいぜいが追討戦に参加するぐらいであろうと、指揮官を含めて皆が高をくくっていたのである。当然志気も装備もイズナ軍の中では最低である。
その分、この地には丈夫な砦が築かれていた。木製ではあるが高さは3mほどあり、裏からの補強もしてある。そこに登れば上から石や弓などで近づく敵を攻撃することができる構造になっているのだ。
人数も1,000人を超える。敵が一部を割いて攻めてきたとしても、守るのには充分な数であると考えられていた。
そこに怪異の大もとがものすごい勢いで近づいてきたのだ。いち早く発見したのは前述の通り、見張りのふたりであった。
しかし、発見しただけでその情報を伝えることを怠っていた。怪異の美しさ(揺れ具合?)に心を奪われていたのである。見張りとしての志気の低さも相当なものである。
だがのんびりしていられたのはそこまでであった。やがておっぱいの後ろから迫ってくる大群が見えたのである。
「いやあ、戦場だというのに、いいもんですなぁ」
「まったくですな、ご同輩。目の保養といか命の洗濯という……あれ? おい、なんか後ろに砂煙が見えないか?」
「え? あ、ほんとだ。なんだろな、あれは」
…… ……
「「て、て、敵襲だぁぁぁぁぁぁ!!!」
カンカンカンカン。そこで始めて危機を知らせる鐘が鳴らされた。
ここに至って見張りはようやく気づいたのである。あの揺れるメロンパンは敵の先鋒であり、その後ろから大軍勢がこちらに押し寄せてきていることに。
揺れ具合によだれを垂らしている場合ではなかったのだ。
「おや敵襲か? どうしてこちらに襲いかかってくるのだろうな。まったく迷惑な話だ。これからゆっくり昼飯を食べ。。。なに? もうすぐそこに来ているだと?! 見張りはなにをしていたっ!!」
「なに、驚くことはあるまい。こっちに兵を割けば、中央の戦車部隊が敵の本体を急襲するはずだ。おそらくはごく少数の陽動部隊が秘密裏に移動してきたのであろう。どれ、ちゃちゃと行って片付けてこよ……、おいおい、中央にいたはずの魔法師部隊が来ているぞ? なにしにきたんだ、あの人たちは?」
中央から派遣された、戦車に結界を張る魔法師たちがようやく到着したのだった。それによって砦の連中は知ることになる。
中央も左翼も、すでに戦車部隊は全滅したこと。そして敵の全兵力が、この右翼に向けて進軍を開始したこと。そしてその先頭にいるのが、戦車部隊を壊滅させた張本人・巨乳の美少女であったことを。その情報はすぐさま伝わった。
「「「巨乳だと?」」」
「「「それが先頭にいるだと?」」」
いや、伝えるべき情報はそっちじゃない。
そのぐらい、危機感のない砦であったのだ。
あっという間にその情報は熱を帯びて農民兵たちに伝わった。もちろん、伝わり方に問題がなかったとは言えない。
「おい、巨乳の美少女だってよ」
「農家は嫁不足なんだよ。俺の息子も30過ぎて独身なんだよなぁ。巨乳なら申し分ないから捕まえて嫁に来てもらおうかな」
「うちもだよ。跡取りがいないと国一番の米どころが維持できないぞ。他に自慢できるものなんかない国なのに」
「そうだそうだ。嫁には巨乳がいいぞ」
「そんなことより、巨乳見に行こうぜ」
まるで野球に誘うみたいに、兵士たちは砦の入り口に殺到した。
しかし、その頃には後発の騎馬兵がハルミに追いついており、見えるのは砂塵ばかりであった。ハルミは騎馬に乗せられていた。
「騎馬しか見えんな」
「なんだ。もう帰っちゃったのか?」
「がっかりだよ。なら、俺たちも帰ろうか」
「待てい!!! お前ら、敵前逃亡は重罪だぞ! 早く砦の守りを固めるのだ!」
ついさっきまで一緒に巨乳を見に行こうと言っていた足軽大将が、態度を豹変させて危機感を煽った。しかし一度緩んだ志気はそう簡単には戻らない。そもそも説得力というものがない。
「じゃあ、壁に登って上から石でも投げるとするか」
「そうするか。よいしょよいしょ。ここからのほうが見やすいな」
「おいおい、投げる石がないぞ。誰だよ、運ぶのをサボったやつは」
「まるで準備してないじゃねぇか。こんなんで戦えるのか」
「攻められるとは思ってなかったからなぁ。敵はもう1kmぐらいのところに来ているぞ」
そのときだった。彼らの足下が、音を立てて崩れ落ちたのは。
「どわぁぁぁぁ、な、なんだなんだ。壁が、壁が崩れたぁぁぁぁ」
「お、おい。崩れたんじゃない。倒れたんだぁぁぁぁ」
「いや、そうじゃない。下から切れているぞ!?」
騎馬部隊の数は約50。それが到着する寸前に、ハルミは馬から飛び降りてミノオウハルを振った。その刃が砦の壁を寸断したのだった。
倒れた壁を乗り越えるように、騎馬部隊はその勢いのまま、砦の中になだれ込んだ。
中にいた兵士たちはもう戦意を喪失していた。指揮系統も寸断されており、走り回っては長槍を振るうわずか50騎に手も足もでなかった。
もともと練度も志気も低い農民兵である。あっという間に侍大将クラスの指揮官が次々とオワリ・ミノ混成軍の手に落ちた。
そして戦車を守っていた魔法師たちは。
「どうする? 砦はすでに破られたようだ。まだ結界を張り続ける意味はあるのか?」
「だけど、まだ命令は生きている。ここで逃げたら磔ものだぞ」
隠しきれない動揺の中、走り込んできた美少女がいた。
ハルミである。ハルミは最初から戦車だけを狙ってやってきた。戦車を斬れ。それがユウの命令だったからである。
そういうところだけは律儀なのである。本人は、それで命令は守っていると固く信じている。
ハルミは戦車を見つけた。そして同時に、戦車を守るために結界を張り続けている魔法師団(7人)が、ほんの50mほどのところに固まっているのも見つけた。
そして魔法師たちに向かって、ニヤリと笑った。
その笑顔はまるで魔人が弱きものをいたぶって楽しむときのような、いわば悪魔の笑みであった。と、魔法師Aは後にそう証言している。
魔法師たちは死を覚悟した。結界を張るために自分たちはまるで無防備なのである。
守ってくれる兵士も今はいない。この悪魔に蹂躙される。それが我らの運命なのだと悟った。
しかし、悪魔は戦車のほうを向いた。
なにごとかといぶかる魔法師たちを尻目に、戦車から10mも離れた場所から悪魔は刀を振った。
ぎゃぁぁん!! という耳障りな音を立てて雷光が走った。思わず身をすくめる魔法師たち。
しかし、結界は無事であった。
「むかっ」
と言ったような気がしたと、後に魔法師Bは証言している。
そして、それは続けて3度繰り返された。それでも結界は破れなかった。
いったいこの巨乳悪魔少女がなにをしようとしているのか、魔法師たちにはさっぱり分からなかった。
我らが結界を張っていることは、最初に気づいていたはずである。戦車が目的なら、我らを先に倒して結界を解けば良い話である。
それが、どうしてあんなにムキになって結界を切ろうとしているのだろうか。
意味が分からないながらも魔法師たちは思った。ともかく、結界を切らせないことだ。そうしている限り、我らは無事でいられるようだぞと。
そして力を振り絞り、結界の補強・維持を行った。
計4度もミノオウハルを跳ね返されたハルミは、それでも諦めなかった。
「ミノオウハルも万能ではないのね。それじゃあ、こっちでやってみよう」
ハルミは戦車に近づいた。そしてその前にある結界の位置を確かめると、そこでぐっと膝を曲げて身体を沈めた。
どきどきどきはらはらはら。魔法師たちはまだこいつはやるつもりなのか、いい加減に諦めてくれよ、と心の底から願っている。
そんな願いを嘲笑うかのうように、ハルミの「ニホン刀」が空を舞った。
キン!! という短い金属音がした瞬間。
「「「どわぁぁぁぁぁぁぁぁ」」」
と魔法師たちがその場に崩れ落ちた。支えていたものが急になくなったために、前のめりにずっこけたのである。それが7人同時であったため、そこには小さな人の山ができた。
も、もうだめだ。俺たちはここで死ぬのか。せめて一度くらいはあの巨乳を揉んでみたかった。と魔法師CとDは後に供述している。
「よっしゃぁぁぁぁ!!」
結界を切ったことで、ハルミは魔法師と戦って勝ったのだと認識した。
そのことに満足した歓喜の声であった。魔法師そのものにはなんの興味も持たなかった。
まるで狼の雄叫びのようでした、と後に魔法師Eは語ったという。
その後同じ場所から、ハルミはミノオウハルを何度も何度も振り、イズナ軍に残された最後希望である戦車10台を、念入りに鉄ブロックに変えたのであった。
あれは間違いなく斬鉄魔人の所業でした、と後に魔法師の全員が語ったという。
「ハルミ殿!! ご無事でしたか!」
「おおっ侯爵様。私は無事だ。戦況はどうだ?」
「この砦は我が軍が完全に掌握しました。主立ったものはすべて捉えて拘束してあります。ハルミ殿にケガはありませんか」
「ああ、大丈夫だ。それにしてもこんな短時間で、しかもわずか50の騎馬部隊だけで砦をひとつ制圧してしまうなんて。侯爵を含めてなんと素晴らしい戦士たちであることか」
「それもこれも、ハルミ殿が壁を切ってくれたおかげですよ。切れるのは戦車だけではなかったのですね」
「ああ、私も切っていて気づいたのだが、このミノオウハルは私が切りたいと思ったものが切れるようだ」
「ミノオウハル?」
「え? あ、いや、べつに、なんでもない、とととともかく切れるのだ。鉄でも木でもファスナーでも」
「ファスナー???」
「あ、いや、そ、それは、違う!! それも、違う! なんでもない。ともかく切れるのだわぁぁぁ」
(なんだろうな、この不思議ちゃんは。必死で誤魔化そうとしているのはあのニホン刀の能力だろうか。それともこの子の能力なのだろうか)
(あんな離れたところから戦車を斬ったことにも度肝を抜かれたが、7人の魔法師がかけた物理・魔法防御の結界まで切ったことにも驚いた。同じニホン刀を持っても私にあれができるとは思えない。とすればあれはすべてハルミ殿の能力ということになる。いったいどれだけの能力を秘めているのだろう。これはますます手放せなくなったな。ハルミ殿もユウという少年も。タケウチ工房も)
「そ、そうですか、分かりました。ところでハルミ殿。もう一働きをお願いしたいのですが、よろしいですか?」
「もちろんいいとも、なんでもするぞ、言ってくれ」
「私たちは援軍の到着を待たずに、この勢いを駆って50騎だけで中央部隊に突撃を敢行します。そのときに邪魔になるあの石積みをぶった切って欲しいのですが」
ニヤリと、例によって悪魔の笑みを見せてハルミが頷いた。
と、後に魔法師は……それはもういいか。
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