第82話 ミノウへの貸し
ミヨシとの包丁を作る約束、そしてハルミとのニホン刀を作る約束。どちらも予想以上のとんでもないものになってしまったが、それもようやく終わった。これでなんの心置きもなく。
「私に魔王をちょうだい?」
やれるかぁぁぁぁ!!?!?! こんな貫禄のない連中といったって魔王は魔王だ。そんじょそこらにあるがまの油とは違うんだぞ。
「貫禄がなくて悪かったノだ」
「がまの油を例えにして欲しくないヨ」
「聞くところによると、ミヨシには世界一切れる包丁、ハルミには世界一斬れるニホン刀? とか作ったそうじゃないの。魔王がダメなら私にはなにを作ってくれるのよ」
「別になにも?」
こ、この、このくっそぼうずめぇぇぇ、とわめくウエモンを抑えるのはアチラの役目だ。そんなことより、お前は目上の人に対する言葉使いを改めろ。そんなんでここでやっていけるつもりかよ。
「ユウも12才にしては、相当なもんなノだが」
「そ、それはだな、俺はだって、そりゃ、中身は40才だからな。純粋に年上なのはじじいとヤッサンぐらいだぞ」
「そのふたりにも、かなり命令口調が多いようなのだヨ?」
んなこたーない。俺は前の世界では10年も勤め人をやったんだ。その辺のところはきちんとわきまえて話している。つもりだぞ。
「そうかぁ、ウエモンは魔王が欲しいのかぁ。だがな、さすがにあれは無理だ。だからユウにはウエモン専用になにかを作ってもらえば良いではないか。なにが欲しい?」
ごらぁぁぁ、じじい!! 勝手なことを言ってんじゃねぇぞ、ごらぁぁ!!
「10年の勤め人が、なにをわきまえているノだって?」
「どの辺がきちんとわきまえているんだかヨ」
「じゃあ私。超高級な庭付き一戸建ての家が欲しいです」
お前はどこかのミカちゃんか。それはじじいじゃなくて、パパに買ってもらえ。
「そんな無理を言うな。ほれ、ぺろりんキャンディをやるから」
「うん、ありがとう」
うわぁ、子供だぁ、あはははは。
「ぺろぺ……がりっ。がりがりがりりりりりがり、ごっくん」
ん?
「もうないの?」
「お前はキャンディの立場ってものを少しは考えてやれ。あれはかじっちゃダメだろ、ペロペロとなめるんだよ。そのあと口に含んだら最後までなめて回して充分に味わってからごっくん……?」
……あ、あれ? ミヨシさん、俺にギンバエを見るような目を向けないで。その視線にものすごい軽蔑のニュアンスがあるんですけど。俺は別に間違ったことは言ってないよね?
「まだあるぞ。もっと食べるか?」
「うんうん、甘いもの大好き。ちょうだい」
豪邸の話が1個10円のぺろりんキャンディにすり替わってしまった。じじの姑息な手段乙である。これが年の功ってやつか。
それにしても、甘いものが好きなのは万国の子供に共通か。可愛いものだ……あ?!
そのとき、ミヨシと目があった。ここへきて初めて俺たちの心はひとつになったのだ。
心と心が触れあって恋が花咲くこともある、かどうかは知らないが、ミヨシと俺の心は間違いなく繋がった。
それは俺の勘違いではないし、ミヨシの誤解でもない。ひとつの真実である。いま、ここで生まれたのだ。俺たちの運命共同体作戦が。
言い替えると、利害の一致を見たのだ。
「そうか。ウエモンはお菓子が大好きなのね」
とミヨシが話題を振る。ナイスパスである。
「うん、大好き。もっとあるの?」
「そうなのか。それならウエモン。そのお菓子を自分で作ってみる気はないか? そうすれば食べ放題だぞ?」
俺のアシスト乙である。商品なのだから食べ放題になるわけはないのだが、そんなの知ったこっちゃない。ともかくゴール前にボールを運べば良いのだ。
「ええ? そんなお仕事あるの? やりたいやりたい……って、あれ? さっき包丁でなにかを切るか止めるとか言っていたような? もしかして、あれ?」
はい、その通りです。そのもしかしてあれです。さっきとは事情が変わったので君子豹変です。大人の事情です。
「そうよ。あれはちょこれいとといって、ものすっごくおいしいお菓子なの。その開発をユウと私がやっていたの。それをウエモンがしたいのなら、譲ってあげようかなって。どう?」
あまりに臭いので嫌がって逃げ出してくせに、譲ってあげるとかしっかり恩を売る言い方を忘れないミヨシさん、怖いです。しかし、どうやらゴールは決まった模様。
「うん、やる!! やりたい! それって魔法も使える?!」
決めそこなった!?
え? いや、俺とミヨシでやるつもりだったぐらいだから、別に魔法なんかいらない……まてよ? そういえば?
「なあ、オウミ。時間統制魔法ってのは覚えるのは難しかったよな?」
「もちろんなノだ。超級魔法なノだぞ。ミノウでさえも使えないノだ」
「ミノウ、そうなのか?」
「ああ、使うつもりはなかったから取得してないヨ。あんなもんインチキ治療魔法だヨ。我には必要ないヨ」
思いつきは、うまくいかないことのほうが多い。じゃあ、他になにかあったか……。
「ただヨ」
「ただ?」
「時間を進めるのだけは簡単だからできるヨ。戻すことができないだけヨ」
おや。オウミの話とちょっと違うな?
「言葉の綾なノだ」
綾で誤魔化すな!
「ミノウ、進めるのは簡単なのか?」
「進めるだけなら初級でもなんとかできるレベルだヨ。農村では、それで肥料を作ったり作物を早く育てたりするのに使っているヨ」
「そうなのか。それならコメなんか作り放題じゃないか」
「作り放題になるのは、魔法が及ぼせる範囲だけだけなノだ。そんな広い面積に魔法を及ぼすのは我らでも難しいノだ」
「そうだな。我らでもせいぜい2畳分くらいだヨ。普通の魔法師では、10cm平米くらいじゃないかヨ」
10cm平米でコメは何粒採れるんですかね?
「なるほど。そうそう都合良くってわけにはいかないか。じゃあ、ミノウはその魔法をなにに使ってるんだ?」
「渋柿だヨ」
「はい?」
「渋柿の時間を進めてやると、すぐに干し柿になるではないか。うまいぞ」
「え? それだけのために?」
「他に使ったことはないヨ。他に使い道は思いつかないヨ?」
セ、セ、セコい。魔王が干し柿作りに時間統制魔法とかいう超級魔法を使うのかよ。
だが、いまはそれはどうでもいい。
「ミノウ。確かお前には貸しが30くらいはあったよな」
「勝手に盛るな!! 3つではないか。いきなり一桁も増やすやつがあるかヨ」
「そのひとつを使って頼みがある」
「おぉ、なにをすれば良いのだヨ?」
「その時間を進める魔法を、このウエモンとアチラに伝授して欲しい」
え?
え?
アチラとウエモンが同時に驚いた。この俺の提案は、ふたりにとって生涯最大の福音ともいえるものであった。
これからウエモンには、ちょこれいと作りでその魔法を存分に使ってもらうのだ。
そしてアチラは、いままで通りクロム鉱無毒化の仕事を続けることができる。
そして経時劣化試験に関しては、手が空いている方に交代でやってもらおう。
これにより、ふたりとも毎日確実に魔法が使える仕事ができたことになるのだ。
タケウチ工房からふたりの中級魔術師が誕生するのも、そんなに先のことではないだろう。
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