第64話 斬鉄のハルミ

 まるで相撲を取る土俵のような舞台が、お祭り会場のど真ん中にできていた。そこにひとりひとりが上がり、それぞれ工夫を凝らした試技を見せるのである。


 それを、少し離れた位置でぐるりと囲んだ観客が見ている。試技者の縁者は一番近い位置に陣取ることが許されているようで、俺たち(俺、ミヨシ、アチラ、ゼンシン、じじいの5名。おまけでふたりの魔王もいるが、もちろん見えないようにしている)のいる場所は舞台から10mも離れてはいない。


 最初に登場するのは幼少組であった。それはそれは可愛いらしくときどき愉快な試技であった。衣装もそれぞれが工夫を凝らし、きらびやかな着物をまとった女の子からふんどし一丁の男の子まであった。


 その内容は、2本の木の間に渡した紐を切るだけであったり、数字を読み上げて暗算をしてみたり、素手で並べた板を割ったり、武道の型を見せるだけだったり、自分の作った紙細工をただ見せるだけだったり、実にさまざまであった。


 それはそれでとても楽しいものであった。剣技に限らないというのはこういうことだったのかと、大いに納得をした。毎年この行事を楽しみにしている街の人たちの気持ちもよく分かった。


 それなのに、あえて少年組以上がやるという剣技に挑んだ去年のハルミは、さぞかし注目を集めたことだろう。そして剣技後はさらに注目を集めたのであるが、それはともかくとして。


 いよいよ幼少組が終わり、少年組に入った。試技は若い年齢順と決まっているようで、今年から少年組に入ったハルミは3番目である。


 最初のふたりは、片手剣を両手で持って直径3cmほどの木を切って見せた。この年齢なのにしっかり型が身についているなと、素人ながら俺はそう見えた。ずいぶん練習をしたんだろうなぁ。

 ただ、完全に木が切れたかというと、それはちょっと怪しいところもあった。切断面がぎざぎざなのは、俺の位置からでも充分見えたのである。


 この年齢ならそのぐらいが普通なのであろう。無事に済ませた子たちは、ホッとした表情で待ち構える親御さんのところまで走っていった。とてもほほ笑ましい光景である。


 さて、いよいよハルミの出番である。


 さすがに普段のタイトスカートにTシャツというわけにはいかなかったのだろう。


 漆黒の長い髪を赤いリボンで結んでお団子を作り、余った髪は後ろに自然に垂らしている。


 そして衣装は着物だ。上品な薄い紫の生地に桜の花びらがあしらわれている。そしてリボンとおそろいの色でコーディネイトされた帯……。


(あれは半幅帯というのだヨ)


 帯は背中で結ばれているが、帯の片方だけが下に垂れている独自の結び方だ……。


(片流しと呼ばれる帯結びなのだヨ)


 ……ミノウ?


(ん? なんだヨ?)

(お前、まさか、またやったのか?)

(ま、またとはなんなのだ、またとは。人聞きが悪いヨ)

(あの着物、お前が着せたんだよな?)

(わ、我はただ、そこにあった着物をだな、ちょちょっと魔法で色を変えたり模様をつけたりして)

(どんだけるろうにのファンなんだよ! あれは神谷薫そのままじゃねぇか!!)


(別によいではないか。可愛いのだ、あれが可愛いのだ。皆も可愛いと言ったヨ)

(それに関しては我も同意するノだ)


 オウミまで味方につけやがって。お前ら仲が悪いんじゃなかったんか。


 そのハルミが観客に向かって話しかけている。


「お集まりのみなさん。今日はこにあるニホン刀でもって」


 え? なんだ? 日本刀ってなに? ただの剣技じゃないのか? というざわめきが起こる。去年のようなお笑いを期待していた人には申しわけないが、今日はマジなのだ。


「この鉄の棒を斬ってご覧にいれます」


 ざわめきが、もっと大きなどよめきに変わる。予定通りだ。いいぞ、その調子だハルミ。


「本当に鉄なのか、と疑う人もいるかと思いますので、ここにある鉄の棒を最初にどなたか確認してみてください」


 そう言うと、アチラが鉄の棒を5本持って土俵……じゃない舞台に上がる。そして適当な人のところまで持って行く。受け取る人はだいたい男性だ。


 受け取った人は、重さを確かめ手で曲げてみたりして、これが鉄性であることを確認する。

 これで5本とも間違いなく鉄であることを、会場中が確認したことになる。


「よろしいですか?」

「ああ、間違いない。これは紛れもなく鉄の棒だ。しかし直径5cmはあるぞ? こんなもの、大人だって斬れはしないだろ。どんなマジックショーなんだ?」


 会場が少しだけ笑いに包まれる。誰も本気にしている人はいない。去年の場面が脳裏を横切っているのかもしれない。


 しかし直径までその人が言ってくれたことは、こちらにとってラッキーであった。これで直径5cmという鉄の棒であることが観客に周知できたのだ。


 同じことをこちら側の人間が言ったのでは、さばを読んでいるなと思う人が出るだろう。その疑惑を消してくれたのだ。ありがたいことである。しめしめである。


「マジックかどうか。その目でしっかりと確認していてくださいね。じゃあ、アチラお願い」


 予定通り、アチラは観客から5本の鉄棒を回収し、そのうちの1本を舞台の中央にある穴に差し込む。この構造はタケウチ工房にあるものと同じだ。しっかり固定するために周りに杭を打ち込む。とんかんとんかん。


 アチラは手で鉄の棒を数回揺すり、確実に固定されていることを確認した。


「ハルミさん、準備できました」


 うむと頷いて、ハルミが鉄棒の正面に立つ。静まりかえった会場。まさかそんなことを本気でするつもりなのか。それともなにかマジックがあるのか。それとも、去年のようなギャグにするつもりなのか。


 そんな様々な思いを胸に、固唾を飲んでハルミの一挙手一投足を見守っている。


 お祭りの会場らしからぬ、本日一番の静けさである。


 ハルミは背筋を真っ直ぐに伸ばして立ち、そのまままま腰をゆっくり30度くらいにまで曲げた。武道の礼なのだろう。その所作のひとつひとつがとても美しい。これもひとつの芸術だ。


 ハルミの左の腰には、ヤッサン特製の鞘に収められたニホン刀がある。


 ゆっくりと鉄の棒に近づく。間合いに入ったのを目視で確認すると、ぐっと膝を曲げて身体を沈める。そして柄に手をかける。


 その瞬間。誰にも視認されることなく、試技は唐突に始まった。


 ギンッ。という鈍い音が小さな火花を伴って会場に響き渡る。振り抜かれた切っ先は直線を描いて空を向く。ハルミはその姿勢のままで固まっている。


 それから、ゆっくりと時間をかけて滑るように半分になった鉄の棒が落ちてゆく。


(またコピペなノだ)

(便利だな、これ)


 しばしの沈黙のあと、嵐が起こった。


「す、すごい、ほんとに斬ったぞあの子」

「まさかだよ。鉄を斬るときってあんな音がするのか」

「それよりも、見えたか? あの子はいったいいつ刀を抜いた?」

「斬るところ、どころじゃない、刀を抜くとこさえ見えなかったぞ」


 そのつぶやきが盛大な拍手に変わるのは、ほんの数秒後のことであった。そのあとは会場中が絶賛の嵐である。


 ちょっとみんな騒ぎ過ぎだ。しかし俺もまさかここまでとは思わなかった。もうこれ以上の試技は必要ないかもしれ……


「みなさん、お静かに。これで終わりではありません」


 ですよね。ここで終わっちゃうハルミさんではありませんよね。予定通りするんですよね、はいはい。分かってましたよ、やっちゃってちょうだい。


 舞台にはゼンシンが上がっている。刀のチェックのためだ。そしてOKの合図とともに刀をハルミに返す。


「これから、この鉄の棒を3本束ねたものを斬ってご覧に入れます」


 まだ先ほどの熱気も覚めやらぬ会場は、ハルミのさらなる発言にざわめきを増す。


 まさか、まだこの上があるのか。3本だって? それはいくらなんでも無謀だろう。5cmが3本ということは何センチになるんだ? 計算ぐらい自分でしろよ。単純な足し算じゃダメだろ。それよりあの剣だ、おかしくないか? ああ、俺も気づいていた。なんであんなに反っているんだろう。失敗作じゃないのか。それに片刃みたいだな。


 よいぞよいぞ。そういううわさ話は大好物だよ。どんどんやってちょうだいませませ。


(ネタが古いノだ)


 やかましいよ。うわさ話が広まれば広まるほどに、この刀は神秘のものとなる。そうすると、どんなに金を払ってでもその秘密を知りたいという人が現れるい違いない。そしたら高値で売れるのだ、うっしっし。


 さあハルミ、あと一踏ん張り、頼むぞ。


 舞台に3本の鉄の棒がセットされた。


(ん? ユウ。5cmの鉄の棒が12cmの穴に3本も入るノか?)

(9.33cmの穴* があれば入るよ)

(くっ、この暗算野郎め!)

(伊達にそろばん4段ぐらいの技能の持ち主じゃねぇよ、ふっふっふ)

(なんか悔しいノだ)


 ハルミはゆっくりと鉄の棒に近づく。そろそろ間合いに入ったかな、と思う間もなく再びそれは唐突に始まった。


 ギンッ。という鈍い音が小さな火花を伴って会場に


(もう、それはいいのではないノか)

(我も、もう飽きたのだヨ)


 こらえ性のない魔法たちだなもう。分かったよ、ここはすっとばそう。


 見事に寸断された3本の鉄を、アチラが持って会場の人に見せて回る。


 手に取って見たいという人には手渡しもする。切り口まで見せれば、もうインチキとかマジックだとか、疑う人もいなくなるだろう。


 よくやった、ハルミ。それでいい。もう戻ってきてよいぞ。これから広場に移動してオークションによる即売会……ハルミ? どうした。なんで突っ立ったままだ??? おーい。


「みなの者、聞いてくれ。今、私は鉄を斬って見せた。だが、この中には斬った鉄がニセモノではないかと疑う者もいるのではないか?」


 ないない、いないから、そんなやついないから。なんのために切り口を見せたと思ってんだ。軟鉄ではあっても、あれは正真正銘の鉄だ。中をくり貫いてあるわけでもない。これから顧客になろうって人たちに、わざわざ疑惑を持たせてどうするよ。


 現場のノリで予定外のことすんじゃねぇよ。やめてくれぇ。誰かハルミを止めてくれえぇぇぁぁぁぁ!!


「そこでこちらから提案だ。この中に自分の剣を斬ってみろと思うものはいないか? この斬鉄(ざんてつ)のハルミがそれもたたき切って見せようではないか」


 もうだめだ、完全に酔ってやがる。自分にだけじゃなくあの刀にもだ。しかも自分のことを斬鉄のハルミとか言ってやがる。ミノウ、あれはお前の責任だからな。


「ユウさん、大丈夫なのでしょうか」

「ゼンシン、俺が知るわけないだろ。俺はアドリブには弱いんだよ」


 しかし会場の反応はいまいちであった。よく考えれば当然のことだった。


 自分の持つなけなしの剣をこの場に出して、斬ってくださいなんて言えるやつがそうそういるはずがないのだ。

 斬られたらその剣は終わりだ。傷がついただけでも価値は半減だ。そんなリスクを負ってまで、誰が自分の剣を提出などするものか。


 よし、このままでいい。申し出がなかったということで終わりにして、オークション会場に。


「分かった。私の剣を提供しよう」


 おおおっ!! というざわめきが起こる。ひぃぃぃ!! と俺は悲鳴を上げる。止めてくれよ。どこのどいつだ、そんな酔狂なやつは。


 もう会場は完全に暖まったのだ。この温度のまま広場に連れて行き、6本のニホン刀を売りさばけばそれでいいのだ。


 それでいいのに。ハルミのアホにこの酔狂おっさんめ。ところで、誰だこいつ?


「あ、あれは。トヨタ侯爵様だ……」


 じじいが言った。知り合いか。しかし、なんだそのいかにも金を持ってそうな名前のおっさんは。


「知らんのか。となりの領地で、一番の資産持ち貴族だ。超有名人だぞ」

「そんな人がなんでこんな小さなお祭りに来てんだよ」

「もしかすると、金めっきに関係したことかもしれんな」

「え? 金めっきって。そんなにあの話は広がっているのか?」

「貴族の情報伝達は凄まじいものがあるからな」


 ふむ。そうか。これはいい買い手になるかもしれないな。来てくれたことはみしろ好都合だ。だがそれはこの難題をクリアしての話だ。


「たまたまであるが、今ここに1本の剣を持ってきているのだ。それでも良いか?」

「あ、ああ。かまわない。どんな剣だ?」


 大金持ちが持っている剣。それはまずいぞ。いくらニホン刀でも限度というものがある。あの鉄の棒は軟鉄だ。だから簡単に斬れたんだ。相手が炭素鋼なら、斬れるかどうか俺にも分からない。たぶん無理だ。


(どんな剣なのだろう、楽しみなノだ)

(貴族が持っているぐらいだから斬馬とぉぉぉぃぃ)

(いい加減にそこから離れろ!)

(ミノウはそればっかりなノだ。我はロンギヌスのやぁぁぁぁぇぇ)

(それは槍だ!)


 トヨタ侯爵が従者に命じて持ってこさせたのは、とても短い剣であった。しかし、太さが半端ない。


「これはグラディウスと呼ばれる剣なのだが、やってみるかね?」


 さすがのハルミもこれには怖じ気づくだろう。ってか怖じ気づけ。ここで引いても別に恥ではないのだ。それよりこのあとの商売のことを、


「分かった。それも斬って見せよう」


 考え……るわけはなかったね。もうシラネ。




*計算式 √3×2.5 + 2×2.5

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