第57話 幹の真ん中に生えるな!

 少し、時間を遡る。


「ほらほら、ワシの言った通りになっただろ? ぶわっはははははかんぱーーい」

「ほんとね、さすが社長って思ったわあははははははは」

「もうユウの扱いはすべて社長にまかせましょうわはははははかんぱーい」


「私の刀もできるし、この工房は助かるし、もう社長さまさまね。かんぱーーい。あははははは」

「でも、私たちが落ち込んでいる演技なんて必要でしたか? うふふふふふふ」

「それは必要なかったかもしらんなわはははは。まあよいではないか、結果オーライどわぁぁぁはははは」


 この工房が閉鎖になるかもしれないと、俺が聞かされたあの日。俺が眠ったあとのタケウチ工房の食堂風景である。


「もうあいつの性格は完全につかんだ。なにか問題があると、それを解決することが楽しくて仕方ないやつなんだどわぁぁぁははは」

「そう言われれば、最初からそういう子でしたよね。見事な手腕ですことうふふふふ」

「最初は知識が豊富だからと聞いて、そのことだけに期待したのに、それだけじゃなかったとは意外だったわはははははは」


「だから、これからも間断なく問題を押しつけてやればよいのだ。問題がなかったら作ればいい。それはワシの得意とするところだ。それだけであいつは、いつまでもここでタダ働きをしてくれるわわはははははは」

「ブタもおだてりゃ木に登りますねあははははは」

「もっともっと稼ぎましょうよねははははは」


「でも、さすがに今回はビビりましたよ? なにしろこの工房が倒産の危機だったんでしょ?」

「アチラはまだ新参ものだから経験がないか。そんなこと、いままでに何度あったことかあははは」

「ワシらは、その程度のことにはすっかり慣れてしまっていてなわはははは」


「ユウさんはニホン刀を売るつもりでいるようですが、それだけで600万もの借金が返済できるものですか?」

「知らん。わははははは」

「あははははは、アチラ、心配なんかいらないわよ、いままでもなんとかなってきたんだから、ニホン刀が売れても売れなくても、なんとなるわようふふふふふふ」


「ヤッサンとゼンシンが頑張ってくれていい刀ができているのよ。売れないわけはないのだ。なにしろ私が試技をするんだからああはははははは」

「でも、1本100万なんて、僕にはとても信じられません」

「さすがに、それは無理だろわはははは。まあ10万でもいいじゃないか」

「そうだな。10万で6本売れたら、毎月刀を研ぎに出せるな!」

「いや、それは俺の仕事な、ハルミ」


 俺は眠りこけていて知るよしもなかったが、仲間の一員としてご相伴にあずかっていたオウミがそのすべてを聞いていた。というより、一緒になって、むしろ率先して俺の悪口を言っていた。


 この夜のあらましは、ずっとあとになってからオウミを締め上げたことによって俺に伝わるのである。


 おまいら、覚えてやがれよ。



 そして運命の当日。


 の1日前。


 前夜祭である。


 お祭りなど俺は好きじゃない。屋台の食べ物には大変興味はあるが、手持ち資金40円でなにか買えるのかといえば、ぺろりんキャンディが4つかタバコ1箱である。串団子くらいは買えるかもしれないが。


 そんなとこへ誰が行くかものか!


「ユウ、お祭りに一緒に行こうよ」

「僕が案内しますよ、ユウさん」


 といろいろ誘ってはくれるのだが


「金はあるのか?」


 と聞くと、誰もがそこで目を逸らしてしまう。話がそこで終わってしまうのだ。


 ここには十分なお小遣いを持っている子供などいないのだ。この工房の経営状態からいって、臨時小遣いが出せるわけもない。だから、いままでに貯めたお小遣いでお祭りに行くのである。


 工房は今日から3連休である。アチラなどはものすごく楽しみにしていたようで、ダッシュで街に降りていった。

 冷やかしたり見世物を見学したりするだけでも楽しいのだそうだ。子供にとってお祭りは、それだけでも心躍る一大イベントなのだ。


 そういうことにまったく興味のない俺を除いて、工房の人はすべて出かけていった。オウミはミヨシが連れて行った。


 俺はひとりで部屋にいる。孤独である。


 孤独を感じることは俺にだってあるのだ。ただ人と違うのは、孤独であることが、寂しいとか悲しいとかそういうマイナスの感情とは繋がらないということだろう。


 孤独ということは、まったくの自由であることと同じだ。それが俺にとっては、なにものにも代えがたい幸せなのである。


 オウミに取りつかれて(眷属にして)からは、孤独を感じることはついぞなかったので、久しぶりに孤独を満喫しているのである。


 ただし、孤独は好きだが退屈は嫌いだ。じゃ、仕事のことでもと思って考えてみた。


 ニホン刀は予定数量が確保できたので、生産に関して俺の出番はもうない。これから先の改良も、ヤッサンとゼンシンがやってくれるだろう。俺はせいぜい助言をするぐらいのことだ。


 金めっきは、アチラとコウセイさんによって改良が進んでいるし、なにより注文が止まっているので、こちらも俺の出る幕はない。


 包丁についても、すでにダマク・ラカスやステンレスの製造技術が確立されつつある。こちらも俺の出番はない。


 あれ? じゃあ俺ってこれから先、なにをするんだろ?


 ニホン刀の売り上げで銀行への借金だけを返せば、タケウチ工房の経営は軌道に乗るはずだ。そして包丁の生産を立ち上げれば、それだけでも残りの借金を返すのに1年もかからないだろう。そして戦争が終われば金めっきも動き出す。


 もう、俺、ここにいなくてもよくね? 


 カイゼン屋には宿命がある。一通りカイゼンが終わってしまうと、もうやることがなくなるのだ。


 カイゼンは無限だ、なんてのはただのボンクラの意見である。もちろん、細かい(業績にほとんど寄与しない)カイゼンならば無限にあるだろう。

 しかしそれは、意味のある行為ではない。


 ましてや、カイゼン屋を自認するのであれば「会社の業績に貢献する」という言葉の前に「大きく」という副詞を付けなければならない。


 それができなくなれば、そこでのカイゼンは(一旦は)終わりなのである。


 そうなったらまた別の会社(工程)を求めてさすらっていく。それがカイゼン屋の宿命である。


 タケウチ工房の経営をカイゼンするという意味でなら、ニホン刀が予定通り売れた段階で、俺の仕事はほぼ完了だ。


 ということは、そろそろ次の仕事のことを考えないと……って俺、この世界のことまだなにも知らないよなぁ。


 いまさらなのだが。


 金ならタケウチ工房の株を売ればまとまった金になるだろう。だが、アパートを借りるのに保証人とかいるのか? そもそもアパートってあるのか? 仕事はどうやって探せばいいのだろう。12才が契約できるところなんてあるのだろうか。


 タケウチ工房に頼り切っていたから、ここを出た瞬間にどうやって暮らしていけばいいのかも分からなくなっている俺だ。


 この世界のことをもっと知らないといけないなぁ。


 これも、いまさらなのだが。


 だけど、なるべく外には出たくない。貴族とかには怖い人もいるだろうし、平民とかいう怖い人もいるし、職人ほど扱いにくい人もいないし、王族に至っては見るのも嫌だ。


 ああ人間嫌い。どうすれば……ちょっと散歩でもしよう。


 そして、工房内を散歩することにした。


 ……工房内を?


 当然である。案内もなして外に出たら、もう帰れないかもしれないのだ。オウミかアチラでもいればいいが、俺ぐらいの方向音痴が外出したら命に関わる。


 工房内といっても、よく通っためっき室や準備室ではない。それらはここのほんの一部なのだ。いつもは行くことのない空き地に……空き地?


 なんで工房の中に空き地があるんですかね?


 食堂の奥にはひとつの扉がある。ミヨシやハルミがそこを出入りしているのは何度か見た。

 特に興味もなかったので、なんの部屋なのかは聞いたことがなかったが、実際に扉を開けて入るとそこは空き地であった。


 土管が3本積んであったりはしない。図体のでかい威張った太っちょもいない。空き地というよりは草原といったほうが近いかもしれない。


 さやかに風が吹いている。ああ、お前はなにをしてきたのだと、吹き来る風が私に……言わないけどな。


 一瞬、外に出ちゃったのかと思ったが見上げると屋根はある。なぜか空調も効いているしそれに明るい。エアコンも電灯も点けっぱなしってことか?!


 どこまで続いているのか分からないぐらいの広い場所を、誰もいないのに空調しているだと?!

 なんつーもったいないことをするのだ。電気代だってタダじゃないだろうに。これは指摘案件である。カイゼン屋の血が騒ぐ。


 地面は土であった。そしてほぼ草に覆われている。草の種類までは分からないが、数多くの種類があるようだ。


 そしてそこここに木も生えていた。大木はないが、高さは2mぐらいの木はいくつもあるようだ。


 室内に木が生えるなよ。


 そうだ、ここは異世界だった。俺の常識は通用しないのだと、そう自分に言い聞かせてしばらく周りを歩いてみた。すると、素っ頓狂なところに実がなっているのを見つけた。


 元の世界では、実というのは花が咲いたあとになるものだった。そして花の咲く場所というのはだいたい決まっていたのだ。


 それがこの木は、なんで幹のど真ん中にでっかい実ができてんだよ! せめて枝と枝の間になりやがれ!


 って思わず突っ込んじゃったじゃねぇか。あ、あれ? そういえば、この実の色と形には見覚えがある。


 以前に食堂で見た実に似てないか? そう思ったとき、俺を呼ぶ声が聞こえた。


(やっと来たか、式見優。ここだ、ここ。我はここだ。我がお前をこちらに呼んだのだヨ)

(へぇ、そうですかぁ)


 頭の中で声が響く。この感じには覚えがある。オウミだろう。どうして帰ってきたのかは知らないが、いたずらをするんじゃねぇよ。どこにいる?


(そんな適当な返事をするでない。ここだ、ここ。我を助けてくれ)


 助ける? オウミのやつ、なんかイタズラしようとして、羽根でも挟まれたか? どこだー?


(ここだ、ここ。それに我はオウミではないぞヨ。ここだ、お前の目の前にいる!)


 目の前って、素っ頓狂なオレンジの実しかないぞ?


(なんだ素っ頓狂って。だがそうだ、それだそれ、その中に我はいるのだヨ)


 こんなとこに入るな!! 毒があるかもしれんって、ミヨシが言ってたじゃねぇか。どうやって入ったんだ。


 お前は食べられそうなものを見ると、中に入らないといけないルールの下で戦うなにかのスポーツ選手か。


(なにを分からんことを言っているのだ。早くこの実を収穫しろと言っているのだヨ)


 なんだろう、この違和感。俺の中のなにかが警鐘を鳴らしている。まるで触っちゃいけないものがあると言っているようだ。


 そしてまた、新しいキャラが登場するのである。

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