第42話 ミヨシ専用
包丁を相手に「良い剣になれ」とオウミが間抜けな魔法をかけたがために、魔剣ならぬ魔包丁ができあがってしまった。
「間抜けとはなんだ、超級魔法に向かって間抜けとは、ぷんすか」
「良い剣ってのは、よく切れるってことだよな?」
「我へのフォローはないのか! たぶん、そうなノだ!」
「たぶんかよ! お前のそういう無責任な発言がだな」
「なんなノだ。別になにも起こっていないノだ。我は悪くないのだ、いい加減にその手を離せ! がぶっ」
「あ痛たっ!! てめぇ、噛みつきやがった……ちっさ、咬み跡ちっさ」
痛かったのはほんの一瞬だった。咬み跡が小さすぎてダメージがほとんどなかった。ただ。
「なんか、ちょっとかゆくなってきたぞ?」
「アレルギーの元を送り込んでやったノだ。しばらくかゆくて苦しむがよい」
「がよい、じゃねぇっての! お前は蚊か!」
ぽりぽりぽりぽり。時間が経ったらますますかゆくなってきた。魔王のくせに、どうしてこんな地味な反撃をするんだ。あとでアチラに回復魔法をかけてもらおう。
「わっははは。我に逆らうからそういう目に遭うノきゅうぅぅぅぅ」
「今度は羽根の根っこをしっかり掴んだからな。これならいくら身体をねじっても俺の指まで歯が届かんだろ」
「じたばたじた、きゅぅぅぅ、じたばたびたばたびたきゅぅぅぅ。分かったのだ分かったのだ、降参なのだ。あ、そうだ。他の包丁の経時劣化を調べなくてよいのか?」
「あ、そうだったな。じゃあそれをやってもらおう。それで今日の午前中の仕事はおしまいだ」
「ラジャー! なノだ」
「お代わりっ!」
「我もお代わりなノだ!」
「なんかお代わりする人が増えてるし。オウミ様までユウの真似しなくても」
呆れてツッコむ気力もなくしたソウであった。
「今日は白菜とネギが安かったので、牛肉の残りを加えてすき焼きよ。オウミ様、たくさん食べてね」
「俺も食べるぞ」
「ユウは遠慮がちに食べること」
「なんでだよ!!」
「私のオウミ様を苛めたそうじゃないの。反省するまでお代わりは禁止ね」
「わははは。さっそくバチが当たったノだ。ざまぁなノだ」
「バチじゃねぇよ!! そうか、ミヨシ。いまな、すっごい包丁ができたんだが、それはもういらないということだな?」
「な、なにを、なにを言ってんの。ヤッサンに見せてもらったわよ。まだ最終研磨工程でしょ?」
「それはそれですごい包丁になるだろう。だけど、それとは桁違いの包丁が実はここに」
と言って魔包丁を見せる。
「なんだただの黒い包丁じゃないの」
「黒いで驚け。普通に鉄がこんな色になるわけないだろ?」
「それはそうだけど。ペンキでも塗ったのかと」
「じゃあ、これを手にとってよく見てみろ」
じーーー。とミヨシが渡された包丁を見る。目を皿のようにして見つめ、指で撫でてみたりもする。斜めに光を反射させてみたり、透かそうとしてみたり。
「表面がつるつるなのに、色が黒いのは不思議ね。でもこれ、まだ刃が立っていない。これじゃ切れないでしょ」
さすが包丁のことは詳しいようで。
「よく分かったな。その通り、まだ刃を立ててはいないから完成品ではない。だがこいつはすごいぞ。いままでの包丁の概念が変わるほどの切れ味になる。明日にもヤッサンに刃を入れてもらうから、そのときに使ってみて驚くなよ」
どんな風になるのかは、俺もぜんぜん知らんけど。たぶん、すごく切れる包丁になるだろう(すごく使いやすいとは言っていない)。
「そ、そうなの? どうやってこれを?」
ちらっちらっとオウミのほうを見るが、これができた理由については秘密なのだ。オウミに応えられるはずがない。
「それはまだ企業秘密だ。こんなものに興味がないっていうなら、今日はご飯3杯で我慢し」
「分かった分かった分かった分かったいくら食べてもいいからお願いこれを私にちょうだいもうあと10杯ぐらい食べてもいいからお願いこれをお願い私にお願い欲しいのこれお代わり自由にするからお願いネギも白菜もいくらでも食べていいからお願い」
ミヨシは息継ぎぐらいはしろ! それがじじいなら窒息死してるとこだぞ。それからいま、意図的に牛肉を外しただろ?
「じゃあ、お代わりってことで?」
「はいどうぞ」
打って変わってにこやかなミヨシである。オウミ、とりあえず今日のところは俺の勝ちってことで。
(うぅぅぅ。アレを作ったのは我なのに。超級魔法をかけたのは我なのに、秘密にしろと言ったのも我なのだけど。一番おいしいとこだけユウに持ってかれた。ミヨシぃぃぃぃぃ)
食後。魔包丁を持って3人でヤッサンの工房に向かった。こいつを優先して刃付けをしてもらうことにした(ミヨシにさせられた)のだ。
「というわけで、すまないがこいつを先に研いでもらえるか」
「なんだこれ使い物になるのか? 別にかまわんけど、どうなっても俺は知らんぞ」
段取りが替わって多少文句を言いたそうであったが、ミヨシのキラキラ光る瞳で見つめられて納得したようだ。ヤッサンは良い人である。
集中しているのを邪魔しちゃいけないと俺が言って全員をまた食堂に戻し、ナツメを食べながら待つことにした。あそこは暑いから嫌い。
「さくさくさくさくさく。ミヨシ、顔を拭いて」
「はーい。オウミ様。ふきふきふき」
「ふにふにふに、すまぬのだ。さくさくさく」
心が和む風景である。
「オウミはいつもそうやって、直接かじるんだよな」
「さくさく、それがどうしたのだ?」
「いや、顔が汚れないように、ナイフとかフォークとかを使えばいいのになって、思ってさ」
「我にあうサイズのナイフもフォークもあるはずがないノだ。だからいつも手づかみか直接かじるノだ」
「それもそうか。じゃあ、作ろうか」
「さくさ、ごほっげほっ。ごほほほほ」
「お、オウミ様? 大丈夫ですか。はい、冷たいお茶です」
「ちょっと、ごほご。ナツメの皮が喉につっかえたのだ。ぐびぐびぐび。ユウ、そんなものが作れるのか?」
「オウミ用の刀を作ったついでにできるだろ。それも予定に入れておこう」
「お主お主、お主ってやつは……こら、なんで我のハグを拒否するノだ」
「ナツメの汁でベタベタのままでくっついてくるな! ついでだから期限は約束できないが、この工房の経営が軌道に乗ったら作ろう」
「よし、それはまかせるノだ。ミヨシ、ナツメのお代わりなノだ」
「はいどうぞ。小さく切っても結局オウミ様のお顔は汚れてしまいますね。早くナイフとフォークができるといいですね」
私の包丁の次に、とミヨシの顔に書いてあるけどな。
そうしてまったりと待つこととしばし。ヤッサンがやってきた。
「研いだぞ。研いではみたが、どうにもしっくりこない。こんなものでいいか試してくれないか」
じゃあさっそくなにかを切ってみようということになり、まだ余っている白菜が目に入った。
「これが切れなきゃ、話にならんからな」
「それはもう包丁じゃないし」
白菜を1玉まるごとまな板の上に乗せて、まずは俺が切ってみることにした。
刃を白菜の上に乗せて、手前に引くようにして力を入れた。
切れない。引く。切れない。引く。切れない。上っ面が滑っているだけだ。
「ヤッサン、これ包丁じゃない」
「そ、そんなはずはないんだがなぁ。向こうで試し切りしたときは一応切れたぞ」
一応ってなんだ? しかし、白菜ごときがまるで切れないのだが。思いあまって、刃で真上から振り下ろすように叩いてみた。
ぽこん、という可愛い音がした。
いやいやいや。ぽこんじゃだめだろ。可愛くてどうするよ。あぁあ、白菜が凹んだじゃないか。
「白菜ごときを凹ます包丁かよ!!」
ぜんぜん切れる様子がない。それを見てオウミが言った。
「それは未完成だからなノだ。魂が宿っていないノだ」
そんなややこしいもん宿らすなよ。で、どうやってその魂とやらを宿らせるのだ?
「ミヨシが切ってみるノだ」
待ちかねたようにミヨシが手を出してきた。自分でやりたくて仕方なかったのだ。
そして、ミヨシが刃をあてると
スパコンと白菜は真っ二つに切れた。
「包丁が人見知りすんじゃねぇよ!!」
「人見知りじゃないノだ。たったいま、ミヨシが持った瞬間に魂が入ったノだ」
なにが魂だよ。それじゃミヨシしか使えないってことじゃないか。……ミヨシしか使わないから、それでいいか? それとも、一度魂ってのが宿れば誰にでも使えるようになるのだろうか。
「え? なにこれ? まだ私なにもしてないのに勝手に切れたよ。刃を上に置いただけなのに」
「千切りをしてみるノだ」
「う、うん。え? 白菜って千切りわぁぁぁぁぁぁぁ」
ざくざくざくざくざっくざく。それはもう見事な千切りがあっという間にできあがった。
「私、なにもしてないのに、勝手に包丁が切ってる」
「大丈夫か? ミヨシ。顔が赤いぞ、熱でも」
「あぁ、これ。カ・イ・カ・ン」
セーラー服ときかん坊?
機関銃だと思うノだ。
「勝手に、勝手に千切りしてる。それもこんな見事に細くそろって。これはプロの技よ。ステキ」
切ったのはミヨシ自身なのだが。自分でプロの技とか言っちゃってる残念な人になってんぞ。
「魂が宿ったのなら、俺にもできるんじゃないか? ちょっとやらせてくれ」
ぽこん
「凹んだだけじゃねぇか!」
「どうやら、使い手を選ぶようなノだ。わははははは」
このあと、千切りしたためにすき焼きの具にはしずらくなった白菜を、ミヨシが特製ドレッシングでサラダにして、皆でおいしくいただいたのでありました。
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