第38話 包丁を作ろう

「それでソウ、さっき言いかけてたニュースってのはなんだ?」

「あ、ああ、そうだ。実はあの、鉱山を公害を村の出した、クロムの管理で毒の肩代わりを村の譲り受けるするなら代表が払い下げて無料だそうだ」


 なるほどそうか、まったく分からん。最後のほうは一息で言い切りやがって、ますます分からん。どこの国の言語だよ。文法がぼろぼろだぞ。


「ほう、あのクロム鉱山は毒が流れているので、その処理費用がかさんで大変だ。それを肩代わりしてくれるのなら無料で払い下げるぞと村の代表がそう言った、ということのようなノだ」

「そ、その、その通りです」


 良く分かったな、おい!


 そのように、ソウが話をつけてきたということのようだ。しかし飲み会の場での約束ってのは当てになるのか?


「ソウ、今日も例の飲み会だったのか」

「会合って言えよ」

「その会合にはこの交渉のために出席したのか?」


「それはもちろん! そうでもないけど……」

「ただの飲み会じゃねぇか。ソウは金めっきが佳境の日も飲み会に行ってたな」


「ほほぉ。そこまで飲み会に熱心とはな。お目当ての女の子でもいるノかな」

「ち、ちが、違うぞ!! それはない! 俺はハルミひと筋だ!!」


 にまにまにまと全員の口元が緩んだ。そうしてようやくオウミの存在が、皆の心にストンと落ちた。そんな気がした。


 俺の眷属、なかなかやるじゃないか。


「じゃあ、アチラの出番だな。明日からは、めっきの合間に片っ端から覚醒魔法で六価クロムを無害化してくれ」

「はい! 了解であります!!!」


「覚醒魔法か? それなら我が山ごと一気にやってほにゃららららぁ」

「お前はちょっと黙っててな。他にやってもらいたいことがたくさんあるから、そっちを優先で」


 せっかく作ったアチラが魔法を使う機会だ。オウミにとられたたら、またアチラが泣くことになる。


 それに、今はオウミを手放せない。やってもらいたいことが山ほどあるのだ。


「そうだ、それならクロム鉱を置く場所を作らないとな。裏庭の雑木林を整理して小屋を建てよう」


 なんか久しぶりにじじいの声を聞いた気がする。存在感が薄れてるぞという表情をしたら、やかましいわと帰ってきた。このやりとりも久しぶりだ。


 これでクロムがいくらでも使えるようになる。それもほとんど無料だ。ステンレスの試験はとりあえず成功しているので、次は刀になるほど硬いものの開発だ。

 


 しかし、実際のところ。硬くて強い鉄を作る、というのは無理ゲーだと俺は思っている。硬ければもろいし粘りを持たせれば柔らかくなる。

 その両方をひとつの材料で実現するなんて、無理な話だ。そこで複合材料ということになる。


 前の世界にあった日本刀を、こちらの世界でニホン刀として実現させるのだ。もちろん、俺はそんな専門家ではない。ただ、昔暇つぶしで読んだ本に書いてあったことを、ぼんやり覚えているだけだ。


 それでニホン刀を再現しようなどと、本来なら無謀もいいとこだ。


 めっきもそうだったが、あやふやな知識は実験で確かめて行けばいい。俺は試験をすることに関してはプロフェッショナルだ。そうやって事実を積み重ねて行けば、きっとそこには結果が待っている。


 このタケウチ工房には、それができる人も設備もある。なによりこの世界が求めている。技術者としてそれに応えずにおらりょうか。


 ただ悲しいことに金がない。それが唯一のネックである。


 だからまずは稼がないといけないのだ。めっきだけでもタケウチ工房の運営費ぐらいは稼げるはずなのだが。だよな?


「ソウ、資金繰りのほうがもう大丈夫なのか?」

「ん? いや、まだ全然大丈夫じゃないぞ、わははははは」


 お前までそれかよ。なんでこの工房が危ないって話になると、急に朗らかになるんだ。


「どうしてだ? めっき品はもう何本か納品しただろ?」

「ああ、だけど支払いは月末締めの再来月払いだ」

「なにそれ?」


「そういうのは知らないのか。1万や2万ならすぐ払って貰えるが、数十万となると、手形という形になる。現金にできるのは3ヶ月後だ」


「マジでか。値段……高くしすぎたか? 1万で売っておくべきだったか?」

「いや、そんなことはない」


 横からそう言ったのはじじいだ。


「あの技術は確かに他にはないものだ、お前の言う通り安売りしてはならん」

「だけど、それでは現金が手に入らないではないか。仕入れとかどうすんだ?」


「まあ、なんかなるだろ、わははははははは」

「おい、このじいい売れないか?」


 なんだとこのガキがぁぁぁ、と暴れるのを止めながらソウが言った。


「売るなんて、そんなことができるわけがないだろ」

「あったり前だっ」

「こんなじじいだぞ」


 ソウまで火に油を注いどる。しかし、ということはだ。


 俺が来てからここの収入は、あの手付金の1万だけか? すぐに現金化ができると思えばこそめっきを優先したのに、これでは完全に当て外れだ。


 まずは財務の改善が先だったか。しかし、俺は経営のことはあまりにも知らなすぎる。ヘタな手出しは返って事態を悪化させることになる。


 ただ、株をやっていたから多少の知識はある。財務諸表ぐらいなら見ることができる。ここの経営状態ぐらいは確認しておこう。一応3番目の株主だもんな。


「じじい。ここのバランスシートを見せてくれないか」

「ばらん? ってなんのことだ?」


 あれ?

「じゃあ、P/Lは?」

「どこかの名門高校か?」


 おかしな知識が混じってんぞ。


「損益計算書って言うんだが、社長のくせに知らないのか?」

「知らん」


 あっけらかんかよ!


「ほんとにここ株式会社か? だけど税金という制度はあるんだろ? どうやって申告してるんだ?」

「ああ、あれか。あれは年に1度、なんか紙か回ってくる」

「紙? どんな?」


「これに書け、ってやつ」

「フォーマットがあるってことか。で?」

「それに、1年の売り上げと経費を書いて出す」


「そんだけなはずがないだろ」

「そんだけだぞ?」

「マジかよ。それ、過去のものはあるのか? 俺が見ても良いか?」


「あ、ああ。かまわん。おい、ミヨシ。見せてやってくれ」


 はーい、と言って持ってきた書類を見て驚いた。1年間の売り上げと経費。その差額。の3項目しかない。1年で1枚。3年分でも3枚である。ぺらっぺら。


 縦長でA5ぐらいのサイズの紙だ。


「ね? ここ3年はずっと赤字でしょ?」


 確かにマイナスだけども。マイナスだけども。マイナスだけど!!


 ダメだこりゃ。3回言ってみたけど経営状態がまったく分からん。これが本当かどうかも分からん。こんなのウソをつき放題じゃねぇか。


「これ、インチキじゃないよな? 本当に確かな数字か?」

「失敬な! ワシがそんなことするか!」


 やりそうだから聞いてんだが。計算書もなにもないから、確かめようがない。レシート1枚添付されていない。


「社長が生きているんだから、インチキはしてないってことよ」

「ミヨシ、それはどういうこと?」


「だって、インチキやウソの書類を出したら、ミノウ様には一発で分かってしまうもの。そしたら運が良くてもここを追放、最悪の場合は死刑もあり得るのよ」


 なにそれ怖い。脱税したぐらいで死刑?! ってかミノウ様はどうやってこれが正しいと判断できるんだ???

 

 俺は経営者じゃないから申告をする立場ではないが、ミノウ様に関わると大変なことになりそうだ。絶対に関わるのはよそう ←フラグ2回目。


「そんな大げさなもんじゃないと思うノだが」

「ん? オウミ。どういうことだ?」

「いや、なんでもないノだ」


(そもそもウナギが70匹は盛りすぎなノだ。野牛なんてそこいらにはいないしナツメという果物もあいつの好みの味なノだ。ここの決算とやらだっておそらく……)


「なんにしてもだ、お金が欲しい」

「今月の小遣いはもうやっただろうが」

「小遣いの話じゃねぇよ! 開発費の話だ。その前に運営費だ。クロム鉱が手に入ったとして小屋を建てる費用は? ステンレスを作るにしても、まだ配合が確定していない。窯の燃料はどうする? 鋼だって在庫には限りがあるだろ。従業員への給与支払いはどうする 痛たたたっっ。こら、ハルミなにをする」


 いきなり頭を叩くな。ってそれレイピアじゃねか! 危ないな、おい。刃が当たったら俺は死ぬとこだぞ。


「経営に関することはあんたは心配しなくていいの。それより、商品開発のこと考えなさい。特に私の刀よ」


 いや、最後のひとことがなければ格好良かったのだが。


「資金繰りについては、ワシに任せておけ。小屋ぐらいは切った木材を使うし、炭や鉄はまだ充分にある。焚き付けはまた拾いに行けば良い。給料は……しばらく我慢だ」


「「「えええええっ。またですか!?」」」


 また? どんだけ支払い滞ってんだ。ますます、早く現金を作らないといけなくなってきたじゃねぇか。


 食うには困らない土地だと言っても、それだけで工房は成り立たない。田舎の一軒家ではないのだ。生産をして販売をする。そういう業種だ。


 早く現金化できる商品。それを作らなければいけない。こちらの商習慣を考えると、それは比較的安い単価――1万以下ぐらい――でないといけないようだ。それをたくさん売る必要がある。


「よし。ハルミ、悪いが刀は後回しだ。……そんな今にも死にそうな泣き顔をするな。……オウミも同じ顔をしてんじゃねぇ! まずは現金を作るために、包丁を作ろう。錆びなくて切れ味抜群の包丁だ!」


 ものすごい勢いでミヨシが頷いた

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