第12話 閃(ひらめ)きツール
「おいユウ! あんだけ前振りしておいて、結局できませんでしたって言うのか?!」
じじい、こういうときだけしゃしゃり出てくるな。俺は前振りしたつもりなんか毛頭ないぞ。毛髪がないのはコウセイさんだけだ。
「今なんかすごく気になる目線を感じたんだが?」
「気のせいです」
「それで? この中の最適な条件でめっきをしたらどうなるんだ、ユウ。そこまでこの試験で分かるんだろ?」
「ああ、分かっている。最適条件はめっき温度60度+めっき時間40分+塩酸濃度20%+強アルカリ脱脂だ。その条件でできるめっきの点数は」
「点数は?」
「86点となる」
一瞬の沈黙の後。
「ダメだな」
とぽつりと言ったのはコウセイさんだった。コウセイさんは試験の評価担当だ。試験ナンバー7の評価を思い出したのであろう。あれは85点であった。あの状態がほぼ限界なのである。
「ダメですね。ここに試験ナンバー7のサンプルがあるけど、これが限界ということですから。±10点ほどのばらつきはありますけどね」
試験ナンバー7を皆に見せる。一応は全体に金めっきが付いてはいる。最初に見せられたものに比べれば遙かに良いできだ。しかしあちこちにめっき不着部分があり、多数のボイド(気泡)も見られる。
ボイドはうっすらと膨らんだ金めっきの膜だ。蚊に刺された跡のようだと思えば良い。下地との密着が悪いために発生する。見た目が悪いだけでなく、そこは触るとすぐにめくれて下地が露出してしまう。めっきの意味がない。
「とても客に出せる品質ではないな。これが現在できる最適ってことか?」
アチラの仕事を奪ったくせに、客先に出せないようなものしかできていないじゃないの、という視線を感じた。
俺はあんな程度のことで皆が反応するとは思っていなかったので、その場合の対応は考えていなかった。
アドリブにはまったく自信がないのだ。だからこそ、理論武装をしてストーリーをきっちり考えてきたのだが、予想外の反応をくらってちょっと疲労困憊ぎみだ。
こんなときは、つい適当なことを言ってしまうことが多いのだが。
「ということは、うちでめっきはできないということかぁ。これ以上の条件は出しようがないということだな」
ソウががっかりしたように言う。
「おい、ソウ待てよ。そんな簡単に諦めるのか?! 明日にも工事の人がくるんだぞ」
「簡単にじゃないですよ。ウチだっていままで散々試験をやってきたでしょう。最後の望みが机上の天才だったんです。それでもこれが限界ということは、もう無理だということです。工事はキャンセルしましょう。めっきができないのに、設備だけどんどん増強してもしかたがない、金をかけるだけ無駄です」
何が机上の天才よ、ただ態度が傲慢なだけの少年Aじゃないの。という視線が痛い。ハルミ、身体を鍛えるだけじゃなく、その目力を少し抑える訓練もして。
「ユウ。データを真摯に受け止めて合理的な生産ラインを作っても、この工房は潰れるようだが?」
う、ぐっ。じじいめ、俺のセリフをそのまま使って言い返しやがった。しまったな、ちょっと勢いで格好を付け過ぎたな、あれ。
言い返す言葉はこれしかない。ぐぬぬぬぬぬ。
「ユウさんは本など読んで調べてましたよね、何か良い案があったんじゃありませんか?」
アチラよ、そんな神様を見るような目で俺を見るな。調べたけどたいした情報はなかったんだよ。めっきの理屈(小学生向け)なんか見て何が分かるんだ。
「あ、そうだ。こういうものをめっきできるところは、他にはないのか? その見本でも手に入れば何か分かるかもしれない」
「おそらくないだろう。その客にしてもよそを散々回ってダメ元でウチにたどり着いたそうだしな。ブロード・ソードなんて本来は武器だ。めっきするようなしろものじゃない。貴族様のお遊びなんだよ」
ブロード・ソードに金めっきか。どうやらそれは、この世界に存在していない技術であるらしい。
ん? この世界にない技術?
待てよ? 俺の中で何かが閃いた。そうだ、これだ。これを待っていたんだ。一瞬の閃き。俺をいつも助けてくれる発想は、この閃きによるものだ。
俺がそういう星の元に生まれたのだと、うぬぼれさせてくれるものだ。それが、やってきた。のかもしれない。
発想を手助けする手法は存在する。ただ、それはほとんど役には立たないのだ。ブレーンストーミングや京大カード(KJ法)、マインドマップなどを自分で苦労してやったことのある人には分かってもらえるだろう。
ましてや、実験計画法は試験を合理的に行う手法だ。閃きをサポートしてくれるものではない。
「ソウ、確かめっきは金めっきしかないって言ってたな」
「ん? ああ、そうだ。それしかニーズがないからな。白金をめっきするというところもあるそうだが、ほとんど商売にはなっていないらしい」
ということはだ。もしかしたら、もしかするかもしれない。
「おい、じじい。めっきラインをもうひとつ作ってくれないか?」
えぇぇぇぇ?! という声が工房中に響いた。
もしかすると、疲れた俺はつい適当なことを言ってしまったのかもしれない。
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