第28話-2 何のために怪異を暴くか

「葉月!!?」


 無数に思える数の病室を探して、ようやく葉月を見つけた僕たち。

 僕たちの呼びかけに葉月は力なさげに顔を上げると、じっと見つめる。

 綺麗なはずだった彼女の瞳は……絶望と傍観が泥水のように混じっていた。


「やっと見つけた。帰るわよ。誠也もユーリも、あたしたちも心配してるわ」

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、私がいけないからお姉ちゃんが」

「……葉月、大丈夫か。」

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

「かなりマズい状態みたい。怪異に支配される一歩寸前な感じね……」


 幻死病に感染した彼女が、謝罪を発していたのはこれが原因か。


 ――姉に対する謝罪。――狂気に囚われた姉に対する罪悪感。


 彼女の姉が幻死病に感染したのは葉月のせいじゃない。

 だけど、姉の異常は僕たちが思った以上に葉月の心に傷を負わせたようで。

 ……葉月にとっては、この怪異は終わってない。その証左なんだろう。

 その気持ち自体は理解できるもの。だけど、彼女を放置なんてできない。

 怪異を暴き出して、彼女を助けて、終わらせる。そのために僕たちは来たんだ。


「気を強く持ちなさい。」

「…………」

「どっちみちなんとかしなくちゃいけないの。このままでどうにかなると――」

「……どうにも、ならないよ。ならないんだよ」


 今まで謝罪を述べていた葉月が、急に遠乃の言葉に答えた。

 彼女の声には……受けきるなんてできないほどの悲愴と絶望が込められて。

 僕は、僕たちは彼女にどうすれば良いかわからなくなった。沈黙が場を包んだ。


「私は、怖いの……。どうしようもないほど、すべてが」

「……怖いって。この異界に居続ける以上に怖いのか?」

「それでも、だよ。ずっとそうだった。お姉ちゃんがああなった時から、私は誰も信用できない。私にはあの世界が敵意に満ちていた。今でもこの空間に取り込まれてる感覚がしているのに、逃げ出したい、どうにかしたいのに……体が動かないの」

「…………」

「もう、これで良いんだよ。ダメな私はこのまま朽ち果てたら良いんだ」


 これは、幻死病の症状なのか、彼女の本当の想いなのか。

 僕には判別ができなかった。前者か、後者か。それとも両方なのか。

 葉月に、そんなことないと。否定しようとしても方法が思いつかない。

 ……僕は何をすればいい、どうすれば良い。……僕はどうしたいんだ。

 見えているようで見えない、喉の底で突っかかているような感覚が僕を襲った。


「どうして誠也くんは私を助けようとするの。嬉しいけど、切ないのに」

「……それは」

「どうして関わろうとするの。どうして触れようとするの。……私にだって、怪異にだって。きっと傷ついちゃうことだらけなのに、どうして?」


 僕を見据える彼女の真剣で冷たい瞳が、僕を映した。

 まるで鏡に映った僕を見せられたような。不思議で、心がざわついて。

 そして、どこか僕の行動が正しいのかどうか、定められているような感覚。


 ……僕は。どうして怪異を首に突っ込むのだろうか。

 興味、好奇心。夕闇倶楽部の使命。いろいろな理由は浮かんだ。

 だけど、どれも違うような気がした。それよりも僕の根底にある何か……。

 それが、目の前の葉月で、こうした異様な空間で、引き寄せられた気がした。

  

 いや、引き寄せられたんじゃない。元々あったけど気づかなかっただけだ。


「僕は……諦めたくない。怪異にも、理不尽にも」


 それに気づいた時、葉月に話さなくちゃいけない内容がわかった。

 怪異を暴き出し、理不尽を越えていく。昔、遠乃にも葉月にも告げた言葉。

 僕がどうしてこんなことを考えたのか、何を思ったのか。根底はこれだった。


「納得できないんだ。君が怪異に囚われて、理不尽に死ぬなんて!」


 ……人は死ぬ。簡単に死んでしまう。

 事故、病気、寿命、自殺。現実ですらこれなら、怪異が関係したら。

 怪異に、人知を超えた存在に人は無力だ。幽霊に妖怪に、呪術に黒魔術。

もし語られる脅威通りに降りかかるとしたら、人には為すすべもない。

 理解できない存在を知るくらいなら。正体不明の脅威に恐怖するくらいなら。

 立ち向かわず、関わろうとせず、未知なる存在を否定し続ける方が賢明だろう。


 ……だけど、僕は諦めたくなかった。諦めたくないんだ。

 そのまま怪異に負けて、人を失って、諦めてしまう。どうしても嫌だった。

 だから僕は、僕たちは、怪異を明らかに、そして理不尽を越えていくんだ。

 

 こうして思いを言い切った時、遠乃と葉月の両方の視線を受ける。

 遠乃からは感心したような目、葉月からは……光が灯った目をしていた。


「そういうこと言えるようになったのね、誠也も」

「……遠乃」

「よし。これで、まどろこしい話は以上! さっさとここから出るわよ。まさか、ここまで誠也に言わせておいて未だに怯えてないわよね?」

「あっ、うん。大丈夫、だよ……。まだ体は重いけど……大丈夫」


 僕と遠乃とで手を伸ばす。葉月はそれを握って立ち上がった。

 どうやら幻死病から逃れた、僕を信じてくれたらしい。本当に良かった。

 ……落ち着いたところで、自分の言動に恥ずかしい気持ちになったけど。

 あの僕の言葉で、葉月が笑ってくれて、ここから出られるとしたら――それはそれで良いことかもしれない。やはり恥ずかしいけどさ。


「誠也くんに勇気、貰えたから。きっとここから出られると思うから」

「……そうか。なら雨宮さんの姿を確認でき次第、帰るぞ」

「か、帰るって? ど、どうするの、ここから脱出なんて無理じゃ」

「そんなもの、行動しながら考えれば良いのよ!」


 遠乃が強引に手を引いて、葉月を病室の外に連れ出した。

 その姿は危なっかしかったけど……同時に、引っかかるものを感じた。

 なんだろう、うーん。気になりつつも、彼女の後を追って僕も病室を出た。

 

 一歩、二歩と数歩進んで、ふと振り返る。病室の存在は跡形もなかった。

 どうやら病室は必要がなくなると消えるらしい。もう葉月は大丈夫だろう。


「あれ、アイツラが少ないわね?」


 遠乃の声が聞こえて、とっさに僕も辺りを見渡す。

 そういえば、病院の通路で漂っていた患者の数が激減しているな。

 理由はわからないけど、今の内に逃げないと。慎重かつ早めに通路を通る。

 そして、階段の付近に差し掛かった時……通路の向こうから誰かの姿が見えた。


「葵に千夏の弟、そして楓ね! その様子だと大丈夫みたいね」

「ええ、おかげ様で。後は逃げるだけよ!」


 相手は高校生の3人。無事に雨宮さんを助けられたみたいだ。


「先輩たち、元気そうですね。俺、めちゃくちゃ気分悪いんですけど」

「別に平気だけど。あたしたちは慣れてるもの、怪異に!」

「この異界にいるなら一秋くんの反応が正常なのよ。やはりこの人たちは……」


 どこか気がかりな七星さんの話を小耳に挟みつつ、階段に辿り着く。

 僕たちに襲いかかる“患者”は……七星さんたちと合流しても、いや、むしろ合流した後の方が姿を見せなくなっていた。

 とにかく彼らに襲われる心配はなかった。後はここから脱出するだけだ。


「……なあ。ここから逃げ出せても。外に出る扉、使えないんじゃ」

「それはそうだけど。解放されたとはいえ幻死病に囚われていた楓も、葉月さんもいるの。少なくともこの場からは真っ先に出るべきだわ」

「葵に同感ね。とりあえず動いてみましょう、怪異には」


 一秋くんの言う通りで、この先に何があるかわからないけど。

 これしかない以上行くしかない。僕が先頭に立ち、覚悟を決めて踏み出した。


「――あれ」


 違和感を覚えた。足の感覚が、どこか底冷えたものに変化した。

 驚いて、顔を見上げる。僕たちの場所は……瞬きする前とで違っている。

 幻死病に支配された、血と肉で染まられた空間は見る影もない。

 ……不気味なほど静寂で暗闇に包まれた廃病院。異界から抜け出せたのか。


 あまりにも突然で。何が起きたのか。僕たち全員が理解できなかった。


「ど、どうしてこうなった?」

「さあ。考えてもしょうがないし、とりあえず出ましょう」


 遠乃の冷静な呟きに、僕たちは従った。

 誰も騒ぎ出さないのは、安堵感か、驚きすぎて言葉が出ないのか。

 僕たちは、不自然なほど何事もなかったような様子で脱出路を辿ることに。

 3階、2階、1階と階段を下りても……何も起きない。全てが解決したように。

 

「開いてる。出ましょうか……?」

「……ええ」


 1階、診察室。外に続いた唯一の出入り口も、何の抵抗もなしに開いた。




 ――こうして、僕たちの怪異の調査は呆気ない終わりを告げたのだった。

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