第19話 3日目の始まりは雲行き怪しく

 3日目の朝は、若干の雲が浮かんだ空だった。

 気温も涼しい。風も吹いていた。昨日ほど大変な撮影にはならなそうだ。

 そして、僕たちは撮影に向かう車の中。昨日と比べて張り詰めた空気だった。

 理由は、昨日の怪奇現象か、それの後で誰も酔い潰れるほど飲み明かさず、誰も夜更かしせずに寝て、寝坊をする人がいない朝を迎えたからか。


「来た当初は感動の雨あられだった大自然も、何日か続いたら飽きるねぇ」

「大槻さんに聞いたら明日の午後には撮影が終わるみたいだし、それまで辛抱よ」


 ちなみに運転者は吾野さん。向こうの車は遠乃が運転している。

 どうやら大槻さんは長時間の役者兼監督の業務が重なり、疲労が溜まっているようで。運転は自主的に控えているらしい。素晴らしいことだ。

 車内では吾野さんに助手席の葉月。僕と千夏に、七星さんと雨宮さんだった。


「葵ちゃん。一昨日、言ってたよね。村に怪異が眠ってるって」

「そうだけど、いきなりどうしたのよ」

「結局、なんなのかな。葵ちゃんわかった?」

「……わからないわね、まだ」


 後ろの席から雨宮さんと七星さんとの気になる会話が聞こえた。

 一昨日、そんなことを話してた。気になるし、頭の片隅に置いておくとして。

 未だに土螺村の全容が明らかになってない。郷土資料とか村や周辺の地域に何があったのかわかる資料が欲しいんだけど……。


「うぉぉぉぉ!! 到着ぅぅぅぅぅっ!!!」

「うわっ! びっくりしたぁ!」

「おおおぉぉぉぉっ!! すまないぃぃぃぃぃっ!!!」

「……せ、狭い車内だと一段と響きますね。その、大きな声が」


 そうこうしている内に、いつもの村に到着した。

 荷物を片手に車を降りる。歓迎してくれたのは土と草木の匂い、鳥の鳴き声や草木が揺れる音、爽やかで涼しげな風の感触。

 だけど、心なしか今日は昨日と比べると元気がないようにも感じていた。


「よーし、さっそく取り掛かってくれー。やり方は昨日と同様だ」


 大槻さんの指示で、僕たちは撮影の準備に取り掛かった。

 といっても、昨日も同じことをしていただけにスムーズに事は進んだ。

 そして、一通り準備を終えた後だった。急に遠乃が僕を呼び止めてきた。


「どうしたんだ、遠乃」

「誠也。今日は撮影を抜け出して、向こうの廃病院を下見して。お願いね?」

「えっ?」


 いきなり何を言い出すかと思ったら、こいつは。

 呆れ顔になってるだろう僕に、遠乃は強気な態度で言葉を続けて。


「えっ、も何もないでしょ。他に調べるアテがないし、行ってみるしかないのよ。それに、あんたも気づいているはずよ。幻死病の正体に」

「…………」

「旅館の孫娘さんの話によると幻死病の症状は幻覚や幻聴、気分の悪化とかなんでしょ。これ、ばっちし精神病と被るのよね。おそらく関係があるはず」


 確かに考えてみると辻褄が合うんだよな、いろいろと。

 気分や体調の不良、幻覚と幻聴、妄想に駆られ人をに危害を加える。幻死病や呪いの映画の噂話に出てくる、行為と酷似していた。

 だけど、そうしたステレオタイプ的な決めつけをしたくないのも事実。

 

「確かに一理あるけどさ。決めつけるのは早計じゃないか?」

「勘違いかどうか。それを確認するために向かってもらうのよ。もし何かなかったら、それはそれで1つの結果だし、あったら儲けものだしね?」

「それは、そうだけど」

「撮影も明日には終わるみたいだしね。ここに長居はできないし、調査をスムーズに終わらせるためにも行って欲しいの。あたしには撮影があるし」

「わかったよ。だけど、下見だけだぞ。あそこに何があるのか不明だし」

「構わないわ。んじゃ、あんたには言うまでもないけど、気を付けなさいよ?」


 僕を誰だと思ってるんだ。変な強がりを抱きつつ、病院に向かうために用意を始めた。

 ひとまず病院跡に向かう人を集めることに。大槻さんに確認を取り、大丈夫そうな人を誘ってみた。車が必要になる以上、運転できる雫を誘えたら良いんだけど……。


「今回の調査に行くのは私と雫先輩に、誠也先輩。それと楓ちゃんですね」

「あれ、ちなっちゃんは大丈夫なのかな。カメラとかするのに」

「一秋に押し付けてきました。一度痛い目見た廃病院に連れていけませんし」


 ……と、思っていたら。意外と人が集まったな。

 2日目だと撮影の仕事が減ったからかな。現に僕と雫はやることがないし。


「うーん、雨宮さんは大丈夫なのか?」

「撮影なら大丈夫ですよっ! もう私の出番はありませんから。昨日の終わりにちゃんと殺されてきましたからね!」

「そ、そうなんだ……」

「はい。んで、その撮影が終わった瞬間に葉月さんの悲鳴が聞こえたわけです。あっ、ちなみにこの後は遠乃さんが殺され、主人公とメインヒロインVS霊能力者と怪奇現象という展開になるんです。それで、終盤では怪奇現象の引き金となった呪具を破壊して……車で逃走。みたいな感じで終わるのですっ。ちなみに運転は大槻さんですから、さぞかし迫力ある映像が撮れますよっ!!」


 は、話が長いな。それだけ元気が良いなら心強いけど……。

 あと、そういえばそんな話だったな。僕も台本を渡された時に確認したけど、随分とオーソドックスな話に仕上げたな、秋音の奴。

彼女のことだし、もうちょい暗い展開にするかと思えば。脚本執筆が初めてだからか学祭で発表することを考慮したのか。

 って、いやいや。僕が気になったのはそっちじゃない。別のことだ。


「来るのは構わないけど……雨宮さんは大丈夫なのか? 君たちはあの場所で怖い思いをしてるんだろう。無理しなくても」

「先輩の言う通りですね。楓ちゃん、現に一秋があんな目にあったのよ。下見だけとはいえ、気を付けた方が良いわよ」


 そうだった。あの場所はただの心霊スポットではなかった。

 現に一秋くんは怪異に襲われた。だから僕は彼を誘ってない。一度取り憑かれた怪異に対して、今度は跳ね除けられるか分からないから。

 彼女には影響は出ていなかったものの、それでも僕たちは不安だった。


「わかっていますよ。その上で大丈夫なんです、私はっ!!」


 だけど、僕たちの言葉なんて意に介さず、雨宮さんは大きく言い放った。


「謎の真相をを暴きたいんです。新聞部のためにも、葵ちゃんのためにも!」

「楓ちゃん、とおのんやちなっちゃんみたいだね」

「謎は怪異みたいなものですし、それに千夏さんは私の憧れですから!」

「それと、葵ちゃんのためって?」

「というのも葵ちゃん、私たちを巻き込んだことも気にしてるみたいなんです。忠告されたのに、勝手に行った私たちの責任なのに」

「…………」

「だから行きたいんです。葵ちゃんには内緒で、アキにこれ以上負担をかけずに。必ず真実を暴き出して、2人を驚かさせてやるって!」


 彼女の直向きな視線、はっきりとした意志。

 それに圧倒されて、しばしの沈黙。そのあと、千夏が諦めたように頷いた。


「わかったわ。先輩たちも良いですよね。私が面倒見ますので」

「こ、ここまで言われたら連れて行かないわけには」

「だ、だよね。あはは……」


 思ったよりも真剣だった雨宮さんに形容しがたい感情を抱きつつ、彼女を連れていくことにした僕たちは車へと向かった。


「あれ、こうなると運転するのは私になるのかな?」

「大槻さんと遠乃先輩は撮影で吾野さんがカメラですから、残りは雫先輩ですね」

「う、ううぅ……。教習所以来の運転なんて緊張するなぁ」

「大丈夫です。運転すること自体が道路交通法違反の人よりはマシですよ」


 大槻さんの運転より凄惨にはならないだろう。雫には常識があるし。

 1日目のあの悲劇を回想しつつ、車に乗り込もうとする。だけど、乗り込む前に。雫が2リットルの水を車に積もうとしているのが見えた。


「雫先輩、どうしたんですか。その量のお水は。それもたくさん」

「なんだか無性に喉が渇くんだよね~。だから大量に詰め込んでおこうかなって」

「まあ、水分補給は大事ですからね。それなら良いんですけど……」

「お、多くないか?」

「これくらい持っていかないと足りなくなるんだよ。車だから良いよね?」


 そりゃ暑いし、水は欲しくなるけど……うーん。どこか様子がおかしい。

 雫との、不自然な会話の後に僕たちを乗せた車は廃病院に向かったのだった。








「ここが、あの廃病院か……」


 車を使って30分ほどかかる場所に、それはあった。

 深緑の木々に空を覆われていて、昼間なのに辺りは鬱蒼としていて薄暗い。

 土と草の、湿っぽい匂いが鼻をついた。体感では夏なのに、不気味なひんやり差を感じている。ここに日が届かないからか、それとも僕の体が変なものを感じたからか。

 聳え立っているのは、3階建ての廃病院、なはずだ。素直にそう認識できなかった理由は――悠然と構える壁と錆びた鉄門に、有刺鉄線、窓の鉄格子があったから。

 この空間は、単なる病院じゃない、ただならぬ何かを醸し出している。人知を超えた“何か”を。


「ここが噂の廃病院こと地籠病院です。見ての通り、現在は廃止されてますが」

「廃止された……そうなった原因ってあるのかな?」 

「不明です。院長が夜逃げしたとか、人が集められなくなったとか――患者が医者や看護師を大量に殺害した事件が起きたとか。あれこれ噂されていますけど」

「えぇ……。えっと、今回は下見、だけだよね!? とおのんいないし」

「そうだよ。もちろん帰るさ。でも、その前に少しだけ観察させてくれないか?」

「私もいろいろと撮影したいですね。今後のためにも」

「わ、わかったよ。だけど早めにお願い……」


 今にも崩れそうな、だけど実際に崩れると思えない。存在し続けられると。

 不可思議な想いを抱かせる建物は、見ただけで異様さを認識させた。

 何よりも僕が夕闇倶楽部で幾多も感じた……怪異への恐怖と畏怖、本能的な忌避感が奥底から込みあげていた。

 もしも僕の直感が正しいなら、ここが幻死病や呪いの映画と関係があるなら。おそらく――怪異を暴き出してくれる、何かが眠っているはずだ。


「うぅ……不気味だなぁ。窓に鉄格子なんて見たことないよ……」

「もはや病院というより収容所だな。気味の悪さに拍車がかかってる」


 そうして、僕と雫であれこれ話していた時だった。

 後ろから声。振り返ると、千夏が肩で息をしながら必死の形相をしていた。


「先輩!! 楓ちゃんがいなくなりました!!」

「……えっ?」


 いなくなった!? 先ほどまで目の付く場所にいたのに!?

 突然のことで、反射的に辺りを見回す。いない。本当にいなかった。

 次に何か痕跡がないかと探した。門を見た時、左端に不自然な跡が。土と埃を被った門の、一部分だけ欠けていた。

 まるで――誰かが払いのけたように。これが意味することは、つまり。


「雨宮さん、1人で病院に入ってしまった?」


 喉からかろうじて出た声に、答えられる人は誰もいなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る