第15話 不可思議なるエチュード
「こんなに馬鹿餓鬼が来ていたとはな。悪いことは言わん、さっさと帰れ」
険しい表情の老人は、そう言い放ったら僕たちを手で追い払う。
いきなりの出来事に困惑してると、隣の遠乃が勇ましく立ち向かった。
「なんで誰かもわからないアンタにそんなこと言われないといけないのよ」
「はっ、開口一番で口答えか。まあ、こんなところに来るような馬鹿な連中だったな、まともに話が通じるわけもないか」
「そりゃそうよ。こんなところに居る不審者とは会話が成り立たないでしょう」
売り言葉に買い言葉の連続。火花が飛び散る光景が見えるようだった。
「ふん、生意気な餓鬼だな。口だけは達者のようだが」
「生意気でけっこうよ。あたしたちは怪異を暴き出す夕闇倶楽部。この土螺村、そして幻死病の謎を解き明かすまで帰らないわ! だから、アンタなんて――」
「ほう。このイカれた村だけじゃなく、幻死病まで知ってるとは」
何が起きるのかと、思いきや。予想外の反応が返ってきた。
もしかして。この人は土螺村及び幻視病のことを知っているのか?
「なら、少しだけ様子を見てやる。もし謎の答えとやら見つかったら、この道の奥にある俺の家に来るといい。答え合わせしてやるよ」
「ということは……アンタは知ってるわけ。この村も、幻死病も」
「そうだ。でも、お前らは謎を解き明かすんだろ、やれる分のことは餓鬼どもで頑張れ。もっとも、謎が分かる前に狂っちまうのが関の山だろうがな」
嘲笑と一緒に、そう吐き捨てる。と、同時に思い出したように老人が告げた。
「それと、もし幻死病に感染したら……絶対にソイツから目を離すなよ」
「忠告、どうも。んで、なんでアンタはそこまで知ってるのよ」
「謎が解けたら教えてやるよ。まあ、精々死なない程度に頑張れや」
それだけ告げると、老人は背を向けて道の向こうに行ってしまった。
……なんだったんだ、彼は。そして、目を離すなとはどういう意味か。
「ったく、近ごろの老人は礼儀がなってないわね」
非常識の塊のお前が言うか、と思ったけど今回はあちらも失礼だったか。あれほどまで言われる筋合いはない。それに、やけに僕たちに攻撃的だった。
「な、何だったんでしょうか」
「ともかく早く行きましょ。みんな待ってるし」
土螺村や幻死病、この地に眠る怪異の存在を知っている謎の老人。
このことが後々何に繋がるかは定かでないものの。どこか事が動き出しそうな、根拠のない予感がしてならなかった。
――呪いの映画。最初のシーンは、村の入り口からだった。
「雰囲気出てんじゃん。ここかよ、幽霊が出る村って。夜になったら幽霊が漂うかもなぁ。ひょー怖ぇ。ここら辺木が多いし、燃えるんじゃね?」
僕が演じる男性のセリフから物語が始まった。なんともチャラい。
来ている服装もそれに合わせてか、普段の僕には考えられないものだった。
髪もワックスで固めて逆立たせ、目つきもギラギラしている……というより大槻さんにそうするように指導された。要するに、落ち着かなかった。
ちなみに幽霊、鬼火の正体とされているものはリン化水素のガスによる自然発火、即ちプラズマ現象が要因だ。少しは調べてから物を言え、馬鹿たれ。
「えぇ~まじぃ? きゃはっ、ウケるんですけど! マジヤバじゃん!」
意外とキャラがハマった遠乃。言動とテンションが多少同じだからか。
こちらもチャラい。金髪のウィッグを着けて、普段の彼女はしないメイク(本人曰く少しはしてるらしい)を過剰にしていた。
ちなみに彼女は中盤で惨たらしい死に方をする。同じ人種である僕のキャラもそんな感じだったな……。彼らに何の恨みがあるんだ、秋音よ。
「でも、見合わす限りの自然って良いね! 空気も美味しー!」
「きっと虫もたっぷりですよぉ。先輩たち注意してくださいねぇ。ぷぷぷっ」
雫と雨宮さんが演じる女子の2人組。あまり活躍する印象はない。
それにしても2人とも良い演技だ。雨宮さんは中学で演劇部だったらしい。
「うぅ……怖いなぁ。みんな待ってよ、置いて行かないでよぉ……」
そして、メインヒロインを演じるのは宮森さん。大人しい性格でオドオドとした態度のキャラクターらしい。どことなく葉月と似ているな。
映画同好会に役者として所属しているだけあり演技は上手かった。
「やれやれ、お前ら落ち着けよ。とりあえずキャンプの準備をするぞ」
もっとも流石に大槻さんには敵わなかったが。彼女がスゴすぎるだけか。
見事なほど男性に成りきっている。声の量やトーンといい、立ち振る舞いといい。
度重なる道路交通法の否定で忘れていたが、確かに彼女は優秀な役者さんだ。
「うん、これで良いな。このシーン、映像ではどんな感じだ?」
「見るぞぉぉぉっ。……うん、おっけぇぇぇっ。問題ないぃぃぃっ」
「うーん、この角度からの映像も欲しいかな。ノンさん、演技面ではどう?」
「雫と誠也くんの表情が硬かったかな。緊張は気合がある証拠だし、撮り直すほどでもないが、そこら辺は意識してもらえると助かる」
「は、はいっ!」
しかし、こうして実際に撮影の現場に立つと、どこか新鮮だ。
ワンシーンを撮るにしても、複数のカメラを用いて複数の視点から映像を撮る。その度に吾野さんや千夏が大きいカメラを持ってあちこち移動していた。
撮りたいシーンごとに演技する人だけじゃなく、それ以上に他の物が動き出す。風景とか小道具とか。映画の完成もこの努力があってなのか。
「よーし、焼けた。できたぞー」
「ひょ~。うまそうじゃん。早く食いてぇなぁ~」
「ねぇねぇ川で魚を釣ってきたから、これも焼いて食べようよ!」
村に入ってからはバーベキューにテント張り、村の散策と何度かリテイクを重ねつつも物語は順調に、そして異常な方向へと進んでいき。
そして、僕が嫌悪感を抱かずにいられなかった問題のシーンに突入する。
「ちょ、ちょっとさすがにそれはヤバくない!!?」
「大丈夫だよ、それくらいしねぇとスリルでねぇだろ。おらぁ!!」
「さ、さすがにお地蔵さまが可哀想じゃ」
「神も仏も目には見えないだろ。つまり存在しないってわけだ。むしろ存在するなら俺を呪ってみろや!! ぎゃははははっ!!」
下品な笑い声を響かせながら、お地蔵さまを足蹴にする。
なんとも無礼かつ無知な言動だ。古来より日本は目に見えない存在に対して敬意を払ってきた。こうした宗教や慣習が幾つか弊害を生み出したのは事実にしろ、文化やコミュニティを創造し、その血脈は現代の僕たちにも受け継がれているのだ。
それを否定するならまだしも、ないがしろにするとは。恥を知れ、恥を。
ちなみに小道具は6つ分しかなかったため、残りの1つはハピネスナイトメアからツケ払いしたもの。……踏んで大丈夫なのだろうか、色々と。
呪いといった類はないかと心配しつつ、僕たちが物語上の1日を終えて。
「ああ、なんとも哀れなこと。無知なる愚者たちが呪怨の渦に飲まれていくとは。でも、これは不条理な運命。惨たらしく我が呪術の糧になりなさい!!」
霊能力者の役の七星さんが意味深なセリフを告げ、このシーンも終わる。
その後は2日目の朝の怪奇現象から始まり、パニックに陥り、そして僕の演じるキャラが幻覚に襲われ、無様な様で逃げている最中に足を滑らせて落下死。
今までの威勢はどこへやら、恐怖に顔を引き攣らせた状態で死体が発見されるという結末だった。言わんこっちゃない、自業自得だ。
「よーし、カットー! 休憩に入るぞー!」
「30分後に再開するからそれまでしっかり休んでねー。あと撮影で焼いたお肉や野菜は、ちょっと遅めの昼食だよ。召し上がれ―!」
「どっかの誰かさんが噛んだ挙句、転んでリテイク食らったから大量ね」
「……悪かった」
「いや、3日の練習でリテイクが数回で済んでるから凄いことだよ」
だいぶ疲れた。喉も渇いた。夏の廃村で動き回って汗びっしょりだ。
だけど、僕の役目は一通り終えた。お地蔵さまを足蹴にすることに抵抗がありつつも演じ切って、しっかりと殺された。後は終盤に幻覚として主人公を襲うだけ。
お腹も空いてない。2回もバーベキューのシーンを繰り返せば、当然だけど。
「……ふぅ」
水の入ったボトルを片手に、膝丈ほどの平らな岩に腰かけた。
緊張から解き放たれて、ふと思った。この土螺村にもお地蔵がある。7つに並んだ奇妙なそれらが。10年前に呪いの映画を撮影した彼らは代替品を使ったのか。
何気ない疑問が頭の中に浮かんだ時、村の離れに向かう誰かたちを見かけた。
「あっ。誠也さん、お疲れさまっす」
「どーも! 良い演技でしたよっ!」
一秋くんに雨宮さん。高校生の2人組だった。
「お疲れさま。君たちは何処に」
「それはですね、これから昨日見た謎の場所に行くんですっ!」
なるほど。先ほど雨宮さんがそんなことを言っていたな。
「なら僕も行くよ。それで、遠乃とか他のメンバーはどうなんだ」
「遠乃さんと雫さんはへばってて、映画同好会の皆さんは他にやることあるみたいです。千夏さんはカメラの調整を行ってました」
「そうなのか。……でも君は元気だな、撮影に参加してたのに」
「私なら大丈夫ですよ! ばっちり鍛えてますから、しゅっ!」
「な、なら行こうか」
ガッツポーズで元気アピールをする雨宮さん。……元気だな、うん。
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