第6話 土螺村と深まる謎

 映画撮影、練習2日目。


「八百姫。ここで自殺のシーンの練習だが、気をつけろよ!」

「もちろん細心の注意は払ってるけど、下手したら首吊っちゃうからね~」

「は、はいぃぃぃっ」

「あと怖いのは分かるが、顔には出すなよ!」


 大槻さんが、映画撮影で見る拍子木の付いたボード(カチンコというらしい)を片手に、雫に指導をしていた。

 あの人は主役を演じるだけでなく、映画監督や演技指導を行っている。

 “小さな規模で映画製作をする以上、どんな仕事でも全員でやるんだ”というのが彼女の持論らしいが、ここまでやるとは。


「ここでいったん休憩がてら昼食に入るぞー! 動きが良いぞ、みんな。その調子で午後も頑張ってくれよ!」


 ただ初日は散々だった練習も、2日目になると流石に慣れてくるもので。

 あれだけ素人だった僕たちもある程度は動けてるようになっているし、演技もそれなりに褒められるようになっていた。

 それに今日は昨日より涼しいのもある。当日もそうだと非常に助かるのだが。


「最初はどうなるかと思ったけど、意外になんとかなるものね」

「そうですね。昨日今日で習得したものとは思えません」


 ちなみに宏はこの場に居ない。動画編集は撮影後に行えば良いから、らしい。

 ……あいつめ。僕たちは役者以外にも色々とやってるのに。文句を言える立場じゃないが、理不尽にも腹立たしく感じる。それと、その代わりなのか。


「それでさ、なんで文系根暗女がここに居るのよ」

「誰が文系根暗女よ! はあ、この脚本を書いたのは誰だと思ってるの」


 卯月秋音が来ていた。そういえば、この作品は秋音が書いたんだよな。


「台本読んだけど、良い出来じゃない。怪異っぽい感じで、見直したわ」

「それはどうも。でも、あなたの配役も的確よ。あの役、散々メンバーをかき乱した挙句、調子に乗って凄惨な死に方をするのよ。まさにいつものあなたじゃない」

「……陰険な考え方ねぇ。それだから根暗だし、誠也から単なる読書仲間としか思われないのよ。もう少し明るく物事を考えなさいよ」


 互いに喧嘩腰なのが気になるが、なんだかんだ2人の波長は合うらしい。


「葵ちゃん、結婚しよう」

「ごほぉっ!? うぅ、けほっ、こほっ、おにぎりが、こほっ、のどに」

「と、とりあえず、お茶をどうぞ……。てかさ、葵ちゃん。女の子の友人にプロポーズされただけでテンパってたら、やっていけないよ」

「葵は極端にウブだからな。初めて見たぞ、少女漫画で顔真っ赤になる奴」

「ごくっ、ごくっ、ふぅ。うるさいわね……大きなお世話よ」

「まあ、今回の撮影では恋愛とは無縁の霊能力者の役で良かったよね。葵ちゃんらしい可愛さが出てるし、映画に出てきたおじさんとは大違いだよっ!!」

「……私は、あれとは違うわよ。違うに決まっているじゃない」


 そして、あちらは高校生の3人が仲良さげに会話をしていた。

 でも、最後の方の七星さん、様子が変だったような。昨日の忠告といい、あの映画の中で彼女は何を見たんだろうか?


「おーい、誠也くーん!」


 考え事をしていると、後ろから宮森さんが僕のことを呼んできた。


「私はこの後もやることあるからさぁ、はっちゃんとご飯食べてくれない?」

「えぇっ。僕ですか」

「い、いや、かな……?」

「別に構わないけど……わかりました、良いですよ」


 唐突で驚いたが、断る理由もないので承諾する。葉月のことも気になったし。


「んじゃ、よろしく~。あと同学年なんだし、今度から私に敬語は禁止ね?」

「あっ、わかりま……わかったよ。宮森さん」


 満足そうな笑みを浮かべると、宮森さんはこの場から足早に立ち去った。

 この場に残されたのは、僕と葉月。あと、それから。


「あっ、誠くん。一緒に食べようか!」


 雫だった。なぜ彼女が、遠乃と食べれば良いじゃないかとは思ったけど。

 ……日常の雫とは違う、有無を言わさない何かを感じ取って止めておいた。


「それじゃ、いただきまーす」

「あ、ああ」

「……いただき、ます」


 部活仲間と高校生時代の知り合いとで昼食を過ごす。それだけのはずなのに。

 なんだろう、この居心地の悪さは。空気がとてつもなく重く感じる。

 話しやすい雫と話すと、葉月から妙な視線が送られてきたりするし、かといって葉月に話しかけるきっかけが思いつかないし、何故か雫の視線が痛い。

 ……よし、こうなれば。強引に葉月が話せる話題に持っていくことにした。


「そういや、葉月があの部長さんが出てきた井戸を作ったんだよな」

「っ!! う、うん、そうなの」

「友梨ちゃんが言ってたね~。雰囲気出ててスゴイと思うなぁ~」


 そうだ。彼女は昔から、自身の作品に関して饒舌になるんだ。これなら。


「あ、あれはね、笠間城跡の井戸をモデルにしてね、井戸の色もただの灰色だけじゃなくて、錆鼠色に鈍色、色々混ぜ合わせたもので光影を現してるの。あと特に拘ったのは、井戸に生した苔でね、明るい部分はモスグリーンを使ってるんだけど、底の部分は深緑の色を使って影や湿り気、独特な雰囲気を醸し出して、あと場所も実際に存在する井戸を参考にして、ホラーにふさわしいリアリティを――」


 ……饒舌すぎた。確かに彼女はやりすぎる部分もあったけど、ここまでとは。

 いや、僕は嫌いじゃないけれど、さすがに天然の入った雫でも引いてしまうか?

 

「す、すごい! じゃあ、私が撮影したあの小道具って」

「う、うん。あ、あれは――」


 そうか。雫は“あの”遠乃の友人なんだ。これくらい問題なかった。

 こうして、どこか妙な時間と空間は、緩やかに過ぎていったのだった。




 撮影も終わって、外が暗闇に染まり始めた時間帯。

 本来なら他の人たちと一緒に帰るところだが、今日は違った。

 今の僕たちにはすべきことがある。……あの村、怪異を調べることだ。


「調べてみましたが、あの村はかなり危険なところのようです」


 最初に結論を述べることが多い彼女の、最初の言葉は僕たちを驚かせた。


「そもそも土螺村という地名自体が不吉なんです。螺とは、タニシの漢字にも使われている、要するに巻貝を表す漢字です。あの地域に生息する……ミヤイリガイ」

「み、ミヤイリガイ?」

「そして、あの村ではある病気が蔓延しました。お腹が膨れるといった特異な症状があり、死亡者も出たそうです。そのせいで、蔑称が村に付けられたわけですね」


 この報告を聞いて、千夏が言いたいことが理解できた。

 地方病。ミヤイリガイ。腹が膨れて死に至る病。僕には心当たりがある。


「……住血吸虫症、か」

「誠也先輩、よくご存じで」

「へっ、なにそれ」

「昔の日本で流行した病気だよ。感染病の一種だ」


 日本住血吸虫症。ある地域で流行した感染症の名前。

 発熱や腹痛、皮膚炎といった症状から腹水によって腹が膨れる、黄疸ができる

 症状もそうだが、何より当時は医療が発達してない日本だ。感染症の原因追及、対策にはかなりの時間を費やし、その中には間違った情報も生まれた。

 なお現在は撲滅され、終息宣言がされている。だが、この病が日本の病学や感染症研究に及ぼした影響は大きいと言えることだろう。


「そう言われてみれば、感染した地域に村の周辺は含まれていたな」

「はい。この村では特にその病気が流行したようで。また、これに限らず……土螺村には厄災が絶えませんでした。地震に洪水、飢餓といった災害が何十年おきに発生し、戦乱の世では戦場となり、農民武士に問わず多数の人間が死にました。そのため、あの村は悪霊が住む場所だと噂されるようになりました」

「住んでる人からすれば、」

「そして、極めつけは1965年に起きた大規模な土砂災害です。発生地は村から離れた場所みたいですが、不運なことに村人が外に出ていた時のようで」

「えっと、つまり……」

「ほぼ全滅です。この時代にも関わらず村の外に就職した村人も僅かでした」


1965年。その頃になると都市に出稼ぎに行く若者も増えてきたような。

土地間の移動が自由になった時代でそんな事件が起きた後では、誰も住みたがりはしない。あの村が廃村になった理由も頷ける。


「その後は地域に点在する湖を埋め立てて、土地開発を行ったみたいですが……そこで住民が正体不明の病や怪奇現象が見舞われたらしく、住む人がいなくなった」

「なら、そんな場所じゃ怪異なんて1つや2つ起きても当たり前ってことかした。詰まる所、そんなところで撮影したから呪いの映画ができた、とか?」

「その可能性は高いと思います」

「うーん、さすがにとばっちりじゃないかしらね。そこまで怪異も理不尽じゃないでしょ。まっ、今はそれが有力な説って感じね」


 仮にも人を殺す力を持つ怪異がそれだけで理由で説明できるわけがないと僕は思う。だけど、現時点でそれを否定するための情報もなかった。


「そして、もう1つ。村の付近、県境を跨いだ先に病院跡があります。そして、そこでもある怪異に関する噂が確認できました」


 そんな僕の思考を途切れさせた、千夏の言葉が場の静けさを強めた。


「びょ、病院跡って? あと、噂も?」


今回の件と関係があるかは不明ですが、と付け加えて千夏は話を進める。


「元々は精神病院みたいです。ただ、当時の精神病院なんて人権もへったくれもない環境です。凄惨を極め、理不尽に殺された患者も居たとか。飽くまで噂ですが」

「びょ、病院だけでも怖いのに……殺されちゃったなんて」

「おまけに病院でも事件が起きてます。患者が医者や看護師を皆殺しにした、という事件が。調べてみても何故か情報が出てきませんでしたが、噂では――」

「ねぇ、千夏」


 すらすらと調べてきてくれた噂や病院のことを話している千夏。

 だけど、僕は情報の内容以前に、どこか彼女に奇妙なものが感じていた。


「やたら詳しいわね。関係あるか不明の情報にしては」

「あっ、そうだね。それに話してる時のちなっちゃん、辛そうに見えるよ」


 そうだった。今までの違和感の正体。どうやら遠乃もそうだったらしい。


「それに情報を集めてくるの、早かったわね。まるで元から知ってたみたいに」

「……はぁ。遠乃先輩に隠し事はできませんね。実は、一秋と楓ちゃんがその場所で怪奇現象と遭遇したんです」


 千夏の言葉で、急に噂が現実で起きた話に変わり、嫌な緊張が場に走った。


「え、ええっ? か、怪奇現象って、どんなの?」

「幻覚や幻聴など、内部では怪物に遭遇したと言ってました。あと、更には一秋の精神がおかしくなりました」

「精神がおかしくなった……だ、大丈夫なのか。一秋くんは」

「休ませたことで今は大丈夫になりました。本調子ではなさそうですけど」


 “おそらく問題ありません。もう大丈夫でしょうし”

 一秋くんたちを撮影に協力してもらおうとした時、千夏の反応が優れなかった。

 理由はこれだったのか。確かに気持ちはわかるな、家族がそうなったら。


「でも、あの子たちには神林がいたでしょ。最悪の事態は避けれるでしょ」

「それは……そこまでは。一秋から理由を聞き出せていませんでした」


 今の話で思い出した。宏の会話から七星さんに何かあったこと。そして、宏は僕が雨宮さんや一秋くんと一緒に来ることを伝えた時にそれを漏らしている。

 2人が七星さんを頼らなかった、頼れなかった理由。なんとなく察した。

 そして、怪奇現象が出現したという病院跡か。これも覚えておくべきかもな。


「今回の怪異。想像以上にとんでもなさそうね。とりま、まとめましょ」



① 狂霊映画の真相

→呪いの映画と化したのは、不吉な噂が絶えない撮影場所が原因か。しかし、それだけの理由で噂にある呪いの映画が生まれるのだろうか?


② 土螺村の謎

→1960年代後半に原因不明の土砂災害により住民が全員死んだ村。元よりあの村は常に厄災が降り注いだ地域だったらしい。そうなった理由とは?


③ 怪奇現象が発生した病院の正体

→村から遠くない場所に存在する廃病院。謎の怪奇現象が発生したという。過去には医師や看護師を皆殺しにした事件も起きていたようだ。怪奇現象の正体、もしくはこの映画との関連性はあるのだろうか?



「こんな感じかしらね。わかりやすくなったでしょ!」


 遠乃が部専用のノートにこれらをメモする。確かにわかりやすいな。

 もしかすると今回の怪異はかなり複雑なものになるかもしれない。こうして定期的に情報を更新していこうか。


「ひとまず、これで終わりね。時間もちょうど良いし、飲みに行きましょ!」

「良いですけど。次の日に響かないように自制してくださいね」

「問題ナッシングよ!」


 問題大有りだから千夏は言ってきたんだろうが……はぁ。

 まだまだ怪異の真相は分からず。けれど、僕たちは部室を出たのだった。

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