第4話 見える社、見えない何か

「七星顯宗。君の祖父のことを聞かせてくれ」


 彼女に告げたのは、前々から気になっていたこと。

 祖父であるはずの七星顯宗に対して彼女は嫌悪感を抱いている。

 そして、僕たちも彼のことを知らなければいけない気がしていたのだ。

 理由はわからなかったけど、何か駆り立てられるような感覚があったから。

 だから聞いてみることにした。彼女はしばしの間、苦虫を噛み潰したような表情をしていたが……その後に重そうな口を開いてくれた。


「世紀の霊能力者であり、世紀のペテン師。そして、知る人ぞ知る呪術の名門“神林”の血を継ぐものだった、のが客観的な世間の評価でしょうね」


 淡々とした物言い。そこに感情は含まれてない。

 だけど、それは強い思いや感情を押し殺しているようにも思えた。


「私に呪術を叩き込んだ張本人でもあるわ。私には膨大な才能があったみたいだから、それはもう、熱心に教えてくださったわ」

「呪術とは。それは君が望んだのか?」

「いいえ。あいつが勝手にやったの。望んでないのにね」


 言い切った彼女の瞳には、怒りの感情が渦巻いているように見えた。

 ……なるほど。これが七星顯宗に対する彼女の敵意の原因か。

 確かに、こうもされては敵意を抱かないほうが難しいというものだろう。


「私が知ってるのは晩年のあいつだけど、怪異の為だけに生きる屍みたいだったわ。だけど、それだけよ。他のことはわからないの」

「怪異だけに生きる屍?」

「ええ。自己の能力を誇示したいがために、怪異に関する様々な情報を集め、“実験”をしていたの。それは、あの異界団地みたいに……私みたいに、ね。おそらく“マモリガミ計画”もそれが目的でしょうね。だけど、“カミ”を生み出そうとするなんて。滑稽極まりないわね。あの大馬鹿野郎だったら、やらかしかねないけど」

「やっぱり、この計画は実行されていてもおかしくないのか」

「可能性は高いわ。だけど、カミなんて大層なものを創るには相当の準備があって然るべきなのだけど。ねぇ、他の情報は書かれていたかしら?」


 頭の中に浮かんだ内容を口に出そうとして。思わず留まった。

 確かに、情報は書かれている。すなわち僕たちに縁がある場所ということ。

 H地区の祠。ここから距離も離れていない、記憶から消えていた場所。

 それを彼女に告げていいのだろうか。どうしようかと考えていた時だった。


「いや、他には――」

「おーい、誠くん! すごいもの見つけたから来てー!」

「葵ちゃんも来てくださいねぇー!」

「「…………」」


 会話が、雫の声によって遮られてしまった。

 今まで緊迫していたからか、互いに気まずい空気が場を支配した。

 

「とりあえず、この話は終わりにしましょう。ノートは明日返しなさい」

「そうだな。約束するよ」


 軽い会話を交わして、僕たちは会話を終わらせた。

 声が聞こえてきた方に向かうと、もうみんなが集まっている。

 僕たちは最後なようだ。遠乃がじとっとした眼でこちらを見てきた。


「遅いわよ、誠也。って、何で神林と居るのよ」

「ちょっと話すことがあったんだ」

「おっ、おっ? 葵ちゃん、そんな冴えない野郎さんと何をシてたの?」

「別になんでもないわよ。やけに腹立つ言い方するわね、あなたは」


 ……悪かったな、冴えなくて。野郎で。


「それで、雫の言ってた凄いものとは何だ?」

「ふっふーん。シズがね、怪しそーな社を見つけたのよ!」


 そう言った遠乃が道の端、木々が生い茂る場所の先を指で示す。


「この林みたいな場所の向こうに……見えにくいけど、これ!」


 木々の隙間を何とか目を凝らしてみると、それらしいものを見つけた。

 深い暗闇の中、ほんの少しの光に照らされて見える――古びた社。

 いつの時代のものか。そんな疑問が真っ先に浮かぶほどに寂れている。

 立派だったはずの朱色は黒ずんで朽ち果てていて、見る影もない状態だった。


「確かにあるな。えっと、あそこに向かうには……」

「考えるよりも即行動! 行くわよ誠也!」

「ちょ、ちょっと待てよ!」


 遠乃に手を引っ張られるまま、草木が密集している道なき道を行く。

 湿気と枯れ葉でぬかるんだ悪路の坂を登っていくと、社の元にたどり着く。

 ……危うく転びそうだった。まったく、遠乃め。

 

「近くで見てみても、やっぱりボロいわね」

「なんか雰囲気あるなぁーって」

「この中、何が入ってるんでしょうかぁ。気になりますねぇ」

「止めときなさい。何が祀られているのか、わかったもんじゃないわ」


 各々が社を取り囲むようにして、何やら調査をしている。

 だけど、僕は社の側にある、この石碑のことが気になっていた。

 こちらも年季が入っているのか劣化していて、文字はほとんど読めない。

 かろうじて読めるのは――明、年、弔。それと炎の文字。

 どうやら、ある時代に誰かを弔ったらしい。……炎にまつわる何かで。


「それにしても、こういうの多いわよね。日本って」

「どうした、遠乃。藪から棒に」

「こんな大層な建造物、何かしらの理由がないと作られない。なのに、誰もその理由を知らない、知ろうともしない。何のために作られたのか。何の意味も知らないのに、何を意味してるのか不明なのに、存在し続けて、在ることを認められてるオブジェクト」


 気にしたことはなかったが、確かに遠乃の言葉は一理ある。

 もしも、この空間に心霊スポットという肩書きがなかったとしたら。

 きっと僕たちは見向きもしないだろう。こんな寂れた祠なんて。

 だからといって、否定はされないのだ。無駄なものだと壊そうとはされず、風景として存在を許されている。明確な理由なんてないのに、だ。

 平将門の首塚みたいに、実際に事故や祟りが起きたわけでもないのに。

 不要な存在は、時を待たずして容赦なく壊されて消されるのが常の現代なのに。


「果たして、この地には、この祠には何が眠っているのでしょうね」


 虚しい風が吹いた。遠乃の一言が祠に、この炎失峠に響いたのだった。


「この馬鹿女、意外と真面目なこと宣うのね」

「馬鹿は余計よ!! 神林っ!!」

「神林って言わないでよ!」


 ……そして、そんな雰囲気は砂上の楼閣の如く崩れ去った。

 まあ、これもこれで夕闇倶楽部らしいと思えば、それっぽいけども。

 もしもこの炎失峠が本当に心霊スポットだとしたら。心霊に僕たちはどう思っているのだろうか。そんなことを呑気に思った。




「ま、今回の調査はこれくらいにしましょうか」


 あれから調査は続き、ついにお開きとなった。

 空を見ると夕日が沈みかけている。今日も無駄な時間を過ごしたな。

 発見物はあの祠くらいか。写真や音声は期待できそうにないな、うん。


「やっと終わったのね。んじゃ、さっさと帰りましょ――」

「帰るなんて早すぎるわ! せっかく3人が東京から遠出してきたのに」


 七星さんが帰ろうとすると、遠乃からこんな意見が。

 確かにそうだ。でも、どうするのか。その辺のレストランで食事か?

 僕がそう疑問の視線を送ると、当の遠乃は見慣れた不敵な笑みを浮かべていた。

 ……間違いなく、僕に対して。なんだか嫌な予感が。


「誠也の家でお食事会よ!」


 予感的中。僕の想像を遥かに越えた場所から火の粉が飛んできた。


「いきなり何を言い出すんだ、遠乃」

「別に良いじゃない。せっかく誠也の家の近くに来たんだし。それに、おばさん料理得意でしょ。7人くらい増えてもわけないでしょ」

「おいおい。簡単に言ってくれるが」

「あっ、私たちも行ってもいいですかぁ?」

「烏丸さん。どうして君はこうも無神経なほどに積極的なんだい?」

「誠くんの家かぁ。私もちょっと行ってみたいかも」

「同感です。というか、前回は私の家に来たんですから今回は」


 総勢、僕を含めて8人。それだけの人数が僕の家に来る。

 実のところ家の広さは問題ない。食事もお母さんなら何とかしてくれそうだ。

 だが、連れてくる奴らが問題だらけだ。特に遠乃とか、遠乃とか、烏丸さんとか。

 ……だが、それを言ったところで聞くわけがない。この状況、流れで。


「とりあえず、電話してみるよ」

「さっすが、誠也! あたしの名前を出しても良いわよ!」

「まあ、お母さんも喜びそうだけどさ」

「そうそう。だから、早く話し付けなさいって!」


 こうなれば、腹を括ることでしか方法はなかった。

 しょうがなく電話をかける。相手は母親。今日の料理当番だったはず。


『誠也、どうしたの?』

「ああ、母さん。ちょっと聞きたいことが」

『何?』

「これからサークルのみんなとその他の人たち合計7人が」

『あら、良いわよ。誠也が友だちを連れてくるなんて珍しいわね!』


 なんと二つ返事で承諾してきた。ちょっとは躊躇ってくれよ。


『サークルなら、遠乃ちゃんもいるんでしょ』

「あ、ああ。いるけどさ」

『久々よね~。昔からあんなに仲良かったもの。今でも仲が良いみたいで、お母さんは安心できるわ~』

「……そんなんじゃないって。というか、どうするんだ。料理は」

『それなら……ちょうど鍋の素が残ってたし、今日は鍋にしましょう!』

「それは良いかもな。あっ、帰る途中で具材を買っておくよ」

『お願いね。お母さん、腕を振るって待っているわ』

「はいはい。んじゃ、切るよ」


 携帯をしまう。期待の眼差しを向ける彼女たちに僕は答えた。


「不本意だが、良いそうだ」

「よっしゃあ!」

「よーし、今日は誠也の家でご馳走ね」

「鍋だから、途中で具材を買おう必要があるがな」

「何入れようかぁ。豆腐に、しらたきに、白菜に……蟹とか?」

「高すぎますよ。あと解凍する必要ありますよね、時間もヤバそうです」


 本当に大丈夫なんだろうか。色々な意味で不安しかないな。

 これからのハプニングに憂鬱な気分になって、あることを思い出した。


「宏?」


 そういえば、奴が先ほどから一言も喋っていなかった。

 いつもの宏なら、やれハーレムなどからかってくるのが関の山だが。

 何故か今の奴は離れた場所で影のある表情で、明後日の方向を見ていた。


「おい、宏」

「わりぃ。なんか俺帰るわ」

「あ、ああ。そうか。じゃあな」


 僕の別れの言葉の後、無表情で宏はこの場を去った。

 ……何だ。宏の様子、どこか変だったような?

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