閑話 ハロウィンの夕闇倶楽部

「「「「トリック・オア・トリート!!」」」」


 今日は年に一度のハロウィン。

 我らが夕闇倶楽部も、その祭り事にあやかって仮装をしていた。

 むしろ私たちがしなくて誰がするのよ! とは部長談。


「あら、みんなは着替え終わったようね!」


 鼻息荒く意気込むのは、魔法使いの仮装をした遠乃。

 大きなとんがり帽子と全体を神秘的な紫色で統一した魔女服、そして魔法使いのシンボルともいえる樫の木の杖が印象的だった。

 ちなみにあの杖は自家製なんだとか。変な部分でこだわる奴だ。


「へー、遠乃先輩は魔法使いなんですね」

「そうよ。魔法使いってあたしに似て知的な感じがするでしょう!」

「いえ、まったく。それどころか遠乃先輩が着ると台無しですね」

「あんたには先輩への敬意というものがないの?」

「あはは……」


 遠乃には悪いが、僕も千夏と同意見である。


「ちなみに私はクイーン・ヴァンパイアですよ! 闇夜に隠れて、血(殺人事件)を追い求めるなんて、まさに私にぴったりじゃないですか!」

「随分とちっこくて可愛らしいヴァンパイアね。こなっちゃん」

「ちっこくないです! それと、私はこなっちゃんじゃないですっ!!」

「あはは……」


 いつものやりとりも、仮装があると新鮮味が感じるな。

 千夏の仮装は吸血鬼(彼女曰くクイーン・ヴァンパイアらしい)。

 闇夜のように黒いマントに黒い服、作り物のキバとこちらも本格的である。

 あと大人っぽさを演出するためか、紫の液体が入ったグラスを持っていた。

 聞いてみると、どうやらただの葡萄ジュースみたいだが。

 吸血鬼の姿であっても、未成年飲酒禁止法は遵守するようである。


「んで、シズは赤ずきんちゃんね。よく似合っているわ」

「そ、そうかな……。ちょっと自信なかったんだけど……」

「雫先輩のイメージにもあってますし、私も良いと思います。少なくともどこかの頭の足りない魔法使い(笑)と違って」

「そうね。どっかのちびっ子クイーン・ヴァンパイア(笑)よりはマシね」

「…………!」

「…………!」

「はい、そこ。喧嘩するんじゃない。子どもじゃないんだから」


 馬鹿みたいなことで睨み合っていたので、止めにはいっておく。

 二人とも一応、多分、大学生なんだからこんなことで争わないでほしい。

 そう呆れている時だった。千夏からの怪訝そうな視線に気づく。


「…………」

「どうしたのよ、千夏」

「さっきから誰も突っ込まないのでスルーしてたんですけど……」

「何よ。もったいぶって」

「誠也先輩の仮装です。何ですか、あの意味不明な物体」


 おお、やっと話題にしてくれたか。

 このまま流されるんじゃないかと心配になってたところだった。

 僕の仮装は、巨大な黒い無地の布を被り、そこに小学生が作ったような紙の目と口をくっつけた、それだけのものだった。

 仮想だとか以前に、千夏が言ったようにまさしく物体だ。

 例えるなら……何だろうか。古典的な幽霊? いや幽霊に失礼か。


「ふっふーん! 名付けて『物体Xくん』よ!! 普通の仮装ではできない、訳の分からない怖さを演出できて、費用もかからない。コスパに優れた最高の仮装だとは思わない?」

「そうですね。これを考えた人の脳みそには恐怖を感じますね」


 確かに姿形だけを見ると、この仮装は怖い。

 もしその辺を徘徊したら、職質待ったなしだ。

 あと物体Xくんってなんだ。名前を考えるなら少しは捻ってくれ。


「言っとくが遠乃。これ首がけっこう辛いんだぞ……」


 そして、僕を覆うこの布は分厚い。

 一般的な大学生の僕を覆えるような大きさとなれば、かなりの重さになる。

 そんなものを頭から被っている状態なわけで、その負担で首が痛い。


「それぐらい我慢しなさいよ。男でしょ、あんた」


 しかし、そんな訴えは一蹴されてしまった。悲しい。


「ま、さっそく出発しましょ! お菓子は持った?」

「私たちは大丈夫だよ。……誠くんは?」

「僕も問題ない。みんなからは布で見えないが、すでに持ってるぞ」

「そ、それならいいんだけど」

「んじゃ! 行きましょ!」

「ヴァンパイア的には夕日って大丈夫なんでしょうか……」

「大丈夫でしょ。何ならこのシャンプーハットでも持っていく?」

「いや、あんまり効果ないですよね、それ!」


 というか、何でそんなものが部室にあるんだ。

 そんな素朴な疑問を持ちつつ、僕たちはお菓子とともに外へ向かった。




 ハロウィンだけあって、大学もいつもより人で賑わっていた。

 流石に仮装なんてものをしていたのは僕たちだけだったが。


「トリック・オア・トリート!お菓子をもらわないと悪戯するわよ!」


 そんな中を、押し付けがましい大声とともに遠乃が突っ込んでいった。


「お、あそこでお菓子配ってないか?」

「ああ、あれ夕闇倶楽部ってサークルがやってるらしいな。貰いに行こうぜ」


 夕闇倶楽部には、毎年ハロウィンの日に何らかの仮装をしてお菓子を配るというなんともメルヘンチックな伝統がある。

 その始まりはいつからなのか、誰が考えたのか、そして何でやっているのかは僕たちにはわからない。

 推測するならハロウィンといえばお化けや化け物。お化けや化け物といえば夕闇倶楽部といった極めて安直な発想からだろうか。

 でも反応を見る限り、他の人たちからは悪く思われてないようで。

 むしろもの凄い勢いで、僕たちの周りに人が集まってきた。

 大学生でも、多くの人はまだ童心を捨て去ることはできないのだろう。


「あそこにいる魔法使いの娘、とっても可愛くない?」

「私はあの赤ずきんの娘が好きだな―」

「吸血鬼の小さい女の子もいいなー! ナデナデしたい!」


 配っている時に、女性たちのこんな声を聞いた。

 それに遠乃は意気揚々とポーズを決め、雫は顔を赤く染めて恥ずかしそうに、千夏は良い評価をもらえたこと、子ども扱いされたことに複雑そうな顔をしていた。

 まあ同じ倶楽部の僕から見ても、雫や千夏の仮装は可愛いしよく似合っている。

 あと遠乃も黙っていれば可愛い魔法使いだ。……黙っていれば、だけど。

 こういう仮装も相まって、これだけのひとだかりとなっているのだろう。

 しかし、ギャラリーから出るのは彼女たちの評価だけではない。


「あ、あれ見て!なんかキモ可愛いのがいるんだけど!」

「わっ本当だ! 写真撮っちゃお!」


 当然、僕の訳の分からない仮装に対する声も出てくるわけだ。

 そりゃこんな格好させられる時点で覚悟はしていたけどさ!

 でも、こういう奇異の目で見られるのは、心に刺さるものがある。


「……遠乃」

「何?」

「僕だけ帰っていい? いらないだろ、僕」

「ダメよ、物体Xくん!! むしろあたしたちみたいにもっと目立つの! ツイッ○ーで画像検索したら出てくるくらいには!」

「やだよ! こんなので僕は目立ちたくない! あと物体Xくんはやめてくれ!」

「「「物体Xくん……」」」


 事態がどんどん深刻になっていくことに、僕は目眩がした。

 この倶楽部にいるだけで、友人たちからは変人呼ばわりされているんだ。

 更に物体Xくんという不名誉極まりない渾名まで手に入れたくない。

 布を被っているせいで正体不明とはいっても、夕闇倶楽部の面々を知っている人から見たら消去法で分かってしまうわけだし。


「ほらぐだぐだ言う暇があったら歩く! 他の場所も行くんだからね」

「……はいはい」


 しかし、僕の心からの願いは遠乃聞き入れてもらえず。

 この後も各地をお菓子を配り回った。物体Xという汚名と一緒に。

 どうか神様。これが僕だとバレませんように……。




 波乱と甘い香りに満ちたお菓子配りも一段落ついて。

 僕たちは人気のない建物裏でしばしの間、休憩をとっていた。


「は~疲れたー! 慣れない服装ってけっこう大変ね~」

「みんなから視線を向けられるのもなんか疲れるよ……」

「まっ、あたしたちが可愛いから仕方ないわよね~!」


 遠乃と雫がくたくたといった感じでベンチに座り込んだ。

 僕も周りに人がいないことを再確認して、覆っていた布を取る。

 ああ、空気が美味しい。

 ちなみにちびっ子ヴァンパイアこと千夏は、今頃は新聞部だろう。

 彼女から聞いた話によると、どうやらあっちもあっちで忙しいようだ。

 この日は大学以外にも各地色々な場所でイベントをやっているんだ、話題集めには事欠かない今日が頑張り時なのだろう。


「そういえば、さぁ」

「んっ? どうしたの、とおのん」

「ハロウィンはなんで魔法使いとか吸血鬼とか、仮装をするのかしら?」

「えー、何でかなぁ? そもそもハロウィンって何なの?」

「簡単に説明するとだな……」


 僕は二人にハロウィンの由来を説明し初めた。

 もともとハロウィンとは古代ケルト民族の収穫を祝い、死者を追い出そうとする、宗教的な要素の強いお祭りだったのである。

 言い伝えでは、その日にはあの世から死者とともに魂を奪いに来た魔女や魔物、悪霊などがやってくるとされていた。

 仮装をする目的とは、自分を人間と思われて魂を取られないようにするためであり、怖がらせて近寄ってこないようにする魔除けといった意味合いがあるのだ。

 そういったことを説明すると、彼女たちは感心したように頷いてくれた。


「へー。誠くんってやっぱり物知りだね」

「あんたって昔からこういう変な知識があるわよねー」

「変な知識は余計だ」


 それが事実なのは否定しないけど。


「でもそれなら、渋谷のゲームやアニメのキャラの仮装っておかしいの?」

「ああ、近頃ニュースとかで見かけるあれだな。厳密には違うな」


 もはやあれはコスプレと言ったほうが近い。

 あんなので怪異は怖がらないだろうし、魔除けには程遠いだろう。

 そう考えると、確かに本来の目的からすると当てはまらない。


「それも時代の移り変わりでしょ。時の流れでお祭りは変化していくものなの! だから変なことは考えずに気軽に楽しめばいいのよ!!」

「ま、そうだよねー」


 しかし、文化や伝統は時代によって姿を変える。

 むしろそうしないと存在し続けることができないという方が正しい。

 なので昔と違うからと、それをとやかく言うのはナンセンスだ。

 でも、僕としてはもう少し古いものや伝統を大切にする心も必要だとは思う。

 時代に合わせるのも大切だが、それで元の体系が壊れてしまえば、名前だけを借りたハリボテのようなものになってしまうだろうし。

 要はバランスだ。過ぎたるは猶及ばざるが如しとはよく言ったものである。


「さて話は終わり。6時限目の講義も終わる頃だし、休憩終了!」

「また、あれを被るのか……」

「もう少しだから頑張ろう? 物体Xくん」

「ああ、頑張るよ。あとその渾名はやめてくれ、雫……」

「それじゃあ今度は図書館方面に向かうわ!」

「「おー」」

「これが終わったら千夏を連れ戻して、打ち上げよ! 今日は飲むわよ~!!」

「「おー!」」


 僕たちは再びあの喧騒の中に進んでいく。

 どのような伝統があれ所詮はお祭りだ。

 お祭りの最大の目的はいろいろな人と交流して楽しむことである。

 だから、それさえ達成できていれば問題はない。

 もちろんマナーやルールも守る。お祭りは皆で楽しむものなのだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る