第2話 喫茶店にて

 喫茶店の中は素朴ながら洒落ていて、良い感じの雰囲気だった。

 周りを見れば、この場所に住む地域住民の憩いの場となっているのか、それらしき人々の集まりがあちこちで会話の花を咲かせている。

 そんな和やかな光景を背にして、僕たちは注文した料理を待っていた。

 注文したのはパンとコーヒーのセット。先輩のおすすめだそうだ。


「ここのお店のパンは美味しいのよ」

「そうなんですか? 私はこのお店は聞いたことないんですが」

「隠れた名店ね。駅前にあるんだけど」

「パンとコーヒーのいい香り~。早く来ないかな~」


 パンの香ばしさとコーヒーの苦さが混じった、香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。

 時刻は14時。昼は食べてきたが、美味しそうな香りを前にしては小腹も空く。


「あら、雫ちゃんはパンが好きなのね」

「はい! 美味しいですし!」

「でも、『パン』が1番好きなのは――」

「パンダ。とか言ったら、はっ倒しますよ」

「…………」


 千夏の素早く的確なツッコミで、寒いギャグを封じられる先輩。

 もうこの人の扱いに手慣れている後輩に、思わず驚愕してしまった。

 彼女の環境への適応能力は、ぜひとも見習いたいものだな。


「グッジョブよ! 千夏!」

「いえーい。こんな扱いでいいんですね、この人」

「あはは……。あれ、麻耶先輩? どうしました?」

「つーん」

「うわー、拗ねてる……」


 対する先輩は、先生に怒られた小学生のように口を膨らませていた。

 ……この人は見た目の割に、中身は子どもっぽいところがあったりもする。


「雫先輩。本当に頼りになるんですか、この人」

「ち、調査の時は大丈夫だよ! 普段はダメダメだけど……」

「ふーんだ。どーせ、私はダメダメな先輩ですよーだ」

「違うんですよ~! ごめんなさい~!」


 ……なんだ、この収拾つかなそうな状況。

 先輩も本気で怒ってるわけではないだろうけど……。


「お待たせしました~」


 そんな茶番みたいなやり取りをしている内に、待望の料理が届いた。


「おお~! 美味しそうじゃない!」


 目の前に広がる料理に遠乃が喜びの声を上げる。

 良い香りを漂わせる鮮やかなパンの数々に、白い湯気を浮かせているコーヒー。

 見た感じ、なかなか良さそうだ。麻耶先輩が太鼓判を押すだけのことはある。


「さっそくいただきましょうか」


 そう言った麻耶先輩が、注文していたカフェオレを手に寄せる。

 そして、そのまま――スティックシュガー10本とガムシロップ5つをいれて、ぐりぐりと全てを溶かし尽くすかのようにかき混ぜていった。

 そんな異常しか存在しない光景を、千夏は唖然とした様子で見ていた。


「……せ、先輩。あれ、なんですか?」

「気にするな。気にしたら負けだ」

「麻耶先輩はね、超超超超超甘党なんだよ」

「うぅ……。いつ見てもゲンナリするわね……」

「美味しいのに。よかったら一口「「「「お断りします」」」」……即答ね」


 あのコーヒー(?)の名前は『まやちゃんスペシャル』(先輩命名)という。

 一度だけ、僕は罰ゲームで無理やり口の中に押し込まれた経験があるのだが……この世の飲み物ではないと思えるほど甘ったるさと飲み込む時の苦しさを感じた。

 例えるなら、砂糖が口の中で暴れまわり喉を焼き焦がす、といったところか。

 いつか日本政府や国連に厳重注意を受けそうだ。非人道的な兵器として。


「あ~! このパン、美味しいよ~!」

「ほんひょね~。うみゃうみゃ~!」

「せめて食べ終えてから言いましょうね、遠乃先輩」

「わひゃったわ!」

「…………」

 気づけば、もうすでにみんなはパンを食べ始めていた。

 慌てて、僕も目の前のそれを口に運ぶ。天狗パンという変わった名前のパンだ。


「うん。確かにうまいな」


 もっちりでふわふわとした食感に、独特な風味の甘いクリーム。

 これはきな粉か。パンに使われないような食材だけど中々いけるな。 


「ほら、口元にクリームついてるわよ。シズ」

「あっ。とおのん、ありがと~」

「クロワッサン、フランスパン、メロンパン……ぶつぶつ」

「麻耶先輩、まだ何かギャグを考えているんですか」


 それから僕たちは他愛のない会話を続けながら、美味しい食事を食べ進めた。




「さて、本題に入るのだけど」


 パンを食べ終えた麻耶先輩が、真面目な顔をして話を切り出した。

 それに合わせて僕たちも態度を引き締めていく。


「もちろん調査ちょうさの下調べは、超最高ちょうさいこうよね?」


 ……そして、その空気を一気に緩ませた。

 また油断していた。この人の前でそれは命取りだと言うのに。


「ちゃんとしましょうか? 麻耶先輩」

「ごめんなさい」


 滅多に見ることのできない、遠乃のつっこみ。


「とにかく、ちゃんと今回の資料は読んできたの?」


 今回のこと、1週間前に送られてきた調査の資料だろう。

 もちろん僕は目を通してきたので、やましいこともなく頷いた。


「こ、怖かったけど……。私も読みました!」

「えーと。なるようになると思って、あたしは読みませんでした!」

「私も新聞部の活動が忙しかったもので。すみません」

「……どうやら遠乃ちゃんと千夏ちゃんは勉強不足のようね」

「別に大丈夫ですよー。麻耶先輩ってば、気にしすぎ――」

「そう言って、この前みんなを危険に晒したのはどこの誰かさんかしら?」

「……うぐっ」


 まさに痛いところを突かれた、と感じで遠乃が怯んだ。

 麻耶先輩が言っているのは、呪いのゲームのこと。

 あの時僕たちが後先考えない行動をやらかしていたので先輩から叱られていた。

 先輩は冗談こそ言いまくるが、肝心な部分は至って真剣に向き合っているのだ。


「はぁ……。とりあえず、これに目を通しておきなさい」


 呆れたように息を吐くと、先輩は鞄から何かを取り出して机に出した。

 それは、とあるオカルト雑誌の記事だった。


「なるほどね……。というか、これって先輩のじゃないですか!」

「えっ? あ、本当ですね。麻耶先輩って雑誌記者だったんですか!?」

「そうよ。このオカルト誌で記者をやらせて頂いているわ」

「……そうなんですか。後でその話を詳しくっ!」

「わかったわ! この麻耶ちゃんに任せなさーい!」


 ああ、そういや千夏には言ってなかったっけ。

 この人はある出版社でオカルト雑誌の記者をしているのだ。

 それを聞いて、記者という職業に憧れを抱いている千夏は目を輝かせていた。

 そんな目を向けてくる後輩に、麻耶先輩もすっかり得意げの様子だ。


「心霊スポット特集で書かせてもらったのだけどね。興味深い話よ」

「へぇ、そうなんですか。おお、怪異っぽいですね!」

「怪異っぽいって、何度聞いても独特な表現ね。遠乃ちゃん」


 記事を見ている姿を見る限り、遠乃は本当に見てこなかったようだ。

 ……確かに、先輩が心配に思う気持ちもわからなくもないな。

 ちなみに、記事の内容をまとめるとこんな感じだ。



『昔々ある地域に、忌み児の捨て場所となっていた寺があった。

 忌み児とは、その名の通り忌み嫌われるような子のこと。

 体のどこかがおかしい、精神や行動に異常が見られるような子だ。

 それがわかった時には連れていき、そのまま『供養』するらしい。

 しかし、子供だって親から離させられれば悲しいし、恨みだってする。

 幾多の怨念が募る内にお寺では供養しきれなくなっていき。

 もはや抑えきれない呪いを撒き散らす霊界と化した。

 今では完全に廃れ、訪れる者を呪う心霊スポットとして語り継がれている』



 人々に忘れ去られた忌児供養の寺。すなわち――”忌児の廃寺”。

 それは名前も知れない山の奥深くにあって、辿り着けるかは不明らしい。

 もしかしたら噂だけの存在で、本当にあるかどうかもわからない。

 そんな場所に、調査のために僕たち夕闇倶楽部は向かおうとしていたのだった。


「この場所に居る霊って、子どもたちなのかな」

「そうなるわね。ちなみに、子どもの幽霊は大人より執念深く猟奇的よ」

「……えっ」

「もしかして、雫ちゃんにも霊が憑いて……?」

「ひいぃっっ!?」

「あらあら、怖がりすぎよ。大丈夫、大丈夫!」

「大丈夫だって言われても……怖いものは怖いですよー!」


 何というか、涙目になって怯えた様子で震えている雫は可愛く見える。

 だからこそ麻耶先輩もからかい甲斐があるんだろうけど。


「そういえば遠乃先輩。質問なんですけど」


 そんな光景を見て、ちょうど飲み物を飲み干した千夏が質問を投げかけた。


「雫先輩ってあんなに怖がりなのに、なんで夕闇倶楽部に来たんですか?」

「えっ。あー、それはね、私が強引に連れてきたのよ!」

「は、はぁ……」


 千夏はドン引きしてたが、遠乃の言っていることは事実だから仕方がない。

 僕が1年だった時の5月、遠乃が夕闇倶楽部に雫を連れてきたのが始まりだった。

 怖いものは苦手、そんな彼女を遠乃と先輩の二人で説得して入部させた。 

 今では雫も満足してるようだが、あの時は強引すぎただろうとは思ったりする。


「何というか、無理やりですよね」

「ふっふーん。終わり良ければ全て良し、なのよ」

「ねぇ、とおのんにちなっちゃん。そこで何を話してるのかな?」

「いえ、特には。雫先輩が怖がりだなーっと」

「ええっ! みんな、ひどい!!」

「そこがシズの可愛いところでもあるのよ!」

「ふふっ。あら、もうこんな時間なのね。そろそろお店を出ましょうか」


 先輩の言葉で気づくと、僕以外の四人はすでに食べ終えていた。

 慌てて残りのメロンパンとカフェオレを口に放り込む。ごちそうさまでした。


「ちなみに、今回は私が奢るわよー!」

「いえーい!! 麻耶先輩ってば太っ腹!!」


 奢ってくれる先輩に感謝をして店を出る準備をし始めた。

 やはり仕事をするようになると、こういったお金の余裕ができるのだろうか。

 後輩たちの尊敬の眼差しを受け、麻耶先輩が意気揚々とカウンターに向かった。

 そして、カバンに手を入れて――硬直した。


「先輩、どうしたんですか?」

「財布を忘れたわ」

「「「「…………」」」」」

「せ、誠也くーん! 遠乃ちゃーん! ……お金貸して?」


 ……社会人生活、うまくやっていけてるのかな、この人。

 ちなみに先輩の代金は、他の四人が均等に分けて払うことになった。

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