外の可能性
「旧世界の民は海を
この国の人間は、全て父なる神を信仰している。この国で、教会から異端とみなされることは、人として扱われなくなるも同義だ。そのことを思ってさすがにオーランドは脂汗がにじんだ。
旧世界のことで、なぜ異端審問官が? 教会の地下にあれだけ旧世界の遺物があるということを知らないのか。いや、そのことを隠したいのか? しかし、隠したとしてもまたあんな
オーランドは、考えがまとまらないながらも、なんとか理屈をこねた。
「こちらが探しているのは旧世界の遺物ではない。海の方から飛んできて教会を焼いた大きな鳥だ、この海で何か落ちたというのでその鳥の手がかりがあればと思ってな」
パーソンはぎろりとオーランドをねめつけた。
「教会のことは教会で行います。その鳥についてはこちらで調べます」
「あの鳥が焼いたのがたまたま教会だっただけで、町を焼いていた可能性も十分ある。この土地を守るのはノーデン次期領主としての務めだ」
「……とにかく、何か見つかってもこちらが引き取ります。次期領主様のお手をわずらわせることはありません」
そう言って、パーソンは
二人の後ろ姿に、カーラがそっと言う。
『旧世界をよみがえらそうとすると地獄行きってことになってるの? そうだったら一回、違ったら二回つついてくれない?』
オーランドは、胸元の白い蛾を一回だけつついた。
『そう……。安心して、私、旧世界時代の人間で、多分一度死んだけど、地獄にも天国にも行った覚えはないわ』
*
オーランドは、鉄くずにあった絵の写し書きが届くとすぐ自室にこもり、人払いをした。早速カーラに話しかける。
「何か心当たりはあるか?」
『うーん、十字に鳥……くちばしと尾羽の形だとやっぱりワシかタカかなあ、十字にタカのシンボルって言ったらドイツ系……いやナチスはいなくなったし……
「ドイツ?」
『ヨーロッパの大きな国のひとつね、技術力が高いのとビールとコーヒーで有名』
「コーヒー?」
『え、まさかコーヒーすらも無くなってるの……?』
カーラの声は絶望に染まっていた。
「食べ物なのか?」
『飲み物。さくらんぼに似た木の実の種を、
「よくわからん、そんなに飲まれてたのか」
『紅茶と並び立つもん! チョコレートとの組み合わせは紅茶とスコーンに
オーランドにとって、また分からない単語が出てきた。
「チョコレート?」
『えっ』
オーランドの何も考えついていない様子を感じ取ったらしく、カーラは『うわー』とため息を
『そっか、コーヒーがないってことはカカオもないよね……ってことはスパイスも……カレーも……うわー』
カーラにとっては相当な一大事のようだったが、オーランドにはいまいちよくわからなかった。
「カカオ? チョコレート? カレー? わかるように説明しろ」
『えーと、チョコレートはカカオって植物の種を
「……想像がつかん」
とりあえず、この世界には新グレートブリテン王国以外の国もあること、その外国との交流がないのは特異な状態だということは、オーランドになんとなく理解できた。
そして、外国はもっと進んだ技術を持っていることは、身をもって理解していた。
『今のこの国の感じだと、日本の鎖国時代よりもっとひどいかもね。外国の存在自体が認知されてないってちょっと異常よ』
鎖国と言う状態のことは以前にカーラから聞かされていた。外国との交流を
そして、その裏で進行していた植民地支配。戦力に劣るが人や資源に恵まれた土地が列強に狙われ、
「この国が、一方的に
『攻撃すると攻撃されるって、相手に伝わればいいんだけどね』
「この間の、爆撃機を撃ち落とした件で攻め込むのは無理があると思ってくれればいいんだが……もう使えない手だしな」
燃えた教会は、現在、中央から人が来てアリの子一匹入れないくらい厳重に監視されていた。それに、異端審問官がでてきたということは旧世界に染まった異端を探しているということだし、異端審問にかけられたら次期領主もへったくれも無くなる。
オーランドは質問を変えてみた。
「その時代、植民地支配を免れた国はなかったのか?」
『その時代に限ってなら二つあるかな。一つは日本。理由は補給のための港として使えてかつ双方ともに得な貿易ができたから、かなあ。支配するより貿易するほうがお得だと思ってもらえるかもね』
「ふーむ……貿易か。何で取引したんだ」
『うーん、どんな資源があるかどうかでけっこう変わってくるのよね』
「例えばなんだ?」
『石油に石炭にガスに鉄にボーキサイトに……。特に石油がいいかなあ、船の燃料を補給できることになるわけだし。日本は、とにかく資源がなかったから大変だったのよねえ』
「いや待て、確かに石炭と鉄は取れるが、石油……燃える水だったか? は知らんぞ。あとボーキサイトとは何だ」
『あーそっかー! 採掘技術がないかー! ボーキサイトも電気がないとアルミニウムに精錬出来ないし……』
どうやら、あまり期待しないほうがいいようだった。カーラはくやしがっていた。
『……蚕が一組いればなあ、あなたが知らないってことは、この国には持ち込まれてないよね……』
「カイコ?」
『ええ』
カーラは、絹を吐く虫と彼女の祖国について語り始めた。
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