選択の先
足元で身じろぎもしないブリュンヒルドの気配を感じながら、オーランドは熟考する。
交易をしようと思ったのは、カーラにそう言われたからだ。それが正しいと信じて疑いもしなかった。そんな風に、俺はカーラに判断を投げてしまったから、悲劇を招いてしまった。オーランドは熟考する。今、カーラはここにいない。俺は俺のやりたいことを、改めて見つめなおせる場にいるのだ。オーランドはカーラと出会う前の記憶を手繰り寄せた。
窮屈な世界だった。不作が続き、いつ蓄えが尽きるかの予想ばかりしていた気がする。教会の貪欲に寄付を求める態度にも閉口していた。教会は富があるから天国への道は険しくなる、と説くが、貧しさゆえに罪を犯した民がいることを考えれば、富がなければ天国への道が閉ざされてしまうと思っていた。だから、ノーデンを栄えさせることによって地上の国でも神の国でも民に幸福をもたらそう、と思っていた。決定的な手段は何も思いつかなかったが、民の声を聞いて出来る限りのことはやってきた。それでも、閉塞感は拭い去れなかった
そんな俺に、カーラは俺のやりたいことの形を示してくれたのだ、とオーランドは思い至った。技術と、外国との交易の可能性の二つで。つまり、俺はカーラに操られていたのではなくて、俺自身がカーラの方法に乗ると決め、決断をカーラに投げていただけなのだ。ひどい責任転嫁だ。ずっと俺は、俺の意志で、ノーデンをよりよくしたいと思っていたのだ。単純な事実に、オーランドは激しい衝撃を受けた。未来の選択肢は外からやってくる。それでも、何を選び取るかは自分次第なのだ。自分だけではない。嫡男ではなかったとしても、次期領主としてノーデンの未来を決められるのは、自分次第なのだ。あの復活祭の日、教会の地下で爆撃機を攻撃すると決めた時と、同じように。あの時俺は思い知ったのだ。現状維持だけでノーデンを守ることはもうできない、と。オーランドはまぶたを開ける。
悲劇を招くのも、ノーデンを富ませるのも、俺次第だ。覚悟は決まった。オーランドはブリュンヒルドを見据える。
「次期領主として命じる。聖職者を集め、ノーデン領内から追放せよ。貿易の邪魔をさせる訳にはいかないし、少女を凌辱した者の同類など、ノーデン領内に居てほしくない」
「よし。ならば、ウリエルからの託宣を理由に、ノーデンにいる、ゼントラム滞在経験がある聖職者を全てここアフェクに集めて頂きたい。まとめてゼントラムに送り返す」
「わかった。上申を容れよう」
「その後、聖職者が入って来ないよう関を固めて頂きたい。教会が何か言ってきても、ウリエルが良いと言うまでは何もできないと言って追い返せ。天使の言葉は、この国では最上の力を持つ。ウリエルの名を存分に使え」
「貴女にそう言われると、とても心強い」
からからとブリュンヒルドは笑う。オーランドもつられる。
「ウリエルから託宣の石版とお言葉を賜った、といって、映像の入った媒体をオステンに送ったのと同じような見かけ倒しの箱に入れて、中央の教会に送ってやれ。教会に一泡吹かせることが出来る日が来るとはな。痛快だ」
彼女はひとしきり笑うと、真剣な表情になる。
「これから大嵐が来る。作戦を立てるために、情報共有をする必要があるぞ。お前が拾ってきた赤ん坊の事も、話さねばならないしな」
赤ん坊。カーラに操られて去ってしまったニールの友達、ハーヴィーの忘れ形見だ。オーランドは思い出した。どんな名前になったのだろうか。それよりも先に、情報共有だ。オーランドはノーデンの事を考える。作戦会議をするのならカーラの知恵を借りたい――オーランドは胸元を探った。そこには何もなかった。そうだ。カーラは去ってしまったのだ。自分を助けてくれたのに、何一つ彼女に報いることが出来ず――いや、もっとひどい。恩を仇で返してしまった。
自分の中でどれだけカーラが大きな存在だったのかオーランドは気づいた。自分を操っているのではないかと錯覚するほど。このままカーラと離れてしまうのは嫌だ。それに、ニールの事も心配だ。
「その前に、ニールを探してくれ。彼は自分の意志で地下室を出ていった。どこに行くのか、俺には全く心当たりがないんだ」
「承知した、オーランド殿」
ブリュンヒルドの精鋭の力を以てしても、ニールは見つからなかった。
やっと彼が見つかったのは、オーランドがアセルに戻った日の夕方だった。
アセルの飛脚屋の近くだった。
ニールは正気に戻っていた。
彼の手に白い蛾の首飾りはなかった。
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