気分で買った白い蛾のペンダントが、俺の領地を発展させるアドバイスをくれるチートアイテムだった件について

相葉ミト

プロローグ

プロローグ

 キャノピ越しにアルノーがこれからけ上がる紺青こんじょうの空と、青く輝く水平線が見える。その手前には、潮風のせいで白茶けた木製の飛行甲板ひこうかんぱん。アルノーは飛行前にパイロットがやるべき計器の最終確認を終える。エンジン、武装共に問題なし。後席の航法士こうほうしが、問題なしと報告するのを聞き、アルノーは管制かんせいに通信を入れる。


「ファフニール隊3番機、発艦はっかん準備よし」


 発艦許可がかえってくる。整備員の手で通信用ケーブルがアルノーの乗機、ゼーシュトゥーカ爆撃機から引き抜かれる。無線技術は再現できていないため、機体と管制を有線でつなぐ必要があるのだ。整備員が十分に機体から離れたのを確認し、アルノーはエンジンの回転数を上げる。猛然もうぜんとプロペラをうならせてゼーシュトゥーカは飛行甲板を滑走かっそうし、虚空こくうへ舞い上がった。

 十分な高度に達したかどうか確認するため、アルノーは振り返る。眼下がんかには飛び立った空母【ボーデンゼー】と彼女に付き従う護衛ごえいの艦船。我らの栄光を取り戻すための海をゆくはがねの城と、それを操る戦士たち。航法士も、アルノーと同じように彼女たちを眺めている。航法士は大きなため息をつく。


近隣きんりん諸国と比べれば劣る戦力だな。志願して来たとはいえ、情けなくなる」


「弱音を吐くな。しくじるはずはない。これから戦う相手の航空戦力はまったくのゼロ。ただし、地上の防空システムは旧世界の遺産だから強力無比むひだ。だが、これから行くところの防空システムはぶっ壊れてるらしいぜ」


 偵察ていさつによって、北部ノーデンの防空システムは機能していないことが分かった。東部、南部、西部に偵察に行った者はすべて撃墜され、戻ってこなかった。

 ファフニール隊1番機も、東部の偵察に行ったきりだった。それに乗っていたのは、航法士の親友だったことをアルノーは思い出した。兄同然にしたっていた仲間を失ったのだ。航法士が不安になるのも無理はない。


「旧世界の遺産、か。古記録を元に再興さいこうした技術で作れたのは、第2の大戦の兵器と同等のものだけだ。第3の大戦の頃には、音より速く飛ぶ機体もあったのに」


「いや、俺たちはまだマシだ。これから燃やす連中、どのくらいの技術水準だと思うか?」


 航法士は考え込んだ。アルノーは歴史の授業を思い出す。

 はるか昔、この世界全てを巻き込む大戦争が3回起きた。

 第1の大戦は、王族が暗殺されたのがきっかけで起きた。この大戦から、人は空を飛んで戦うようになった。

 第2の大戦は、第1の大戦によって生じた国と国との関係のゆがみから起きた。この大戦から、人間は核という、たった一つで都市を壊滅かいめつさせることができる兵力を手に入れた。

 飛行機と核が組み合わさり、一度戦争が起きれば世界が滅びるという恐怖によって、人類はひと時の安穏あんのんを得た。しかし、大戦の芽は消えていなかった。まるで息をひそめて獲物を狙う捕食者のごとく、姿を現す機会を待っていただけだった。

 第3の大戦のきっかけは、地球規模で起きた異常気象である。技術革新は気候の変化に追いつけなかった。頼みの綱にした人工知能も、苛烈かれつな寒気と熱波のギャップに依り代であるコンピュータが物理的に破損はそんし、真価を発揮できなかった。景気悪化は止められず、社会不安はふくれ上がった。外交はののしり合いの場と化した。各国は言葉を交わすだけでは飽き足らず、銃弾を交わすようになり、全世界が戦乱に包まれた。

 第3の大戦では核が何発も使われ、その太陽にも肩を並べるほどの熱によって、いくつもの都市が跡形もなく蒸発したという。

 人間に呼応するかの如く火山は噴火し、隕石さえも地球に落ちた。火山灰と墜落した隕石が巻き上げたほこりは、太陽の光と熱をさえぎってしまった。

 極寒の時代が地球を襲った。人間が居住可能な範囲がせばまればせばまるほど、戦争は激しさを増した。そして、地球のほとんどすべてが凍りつき、人類は戦争を行える力を失い、それぞれの生存に専念するほかなくなった。

 核と超音速機を製造可能なほど進んだ工業都市群は溶岩にのまれるか、隕石に押しつぶされるか、氷河に削られて海に消えた。


「んー、第1の大戦、くらいか? 旧世界の防衛システムは残っているらしいが、飛行機は作れないんだろう?」


 航法士が記憶の底からアルノーを呼び戻した。アルノーは航法士の答えににやりと笑った。


「まさかの、封建ほうけん時代さ。おとぎ話の王様や騎士の時代だ。剣と弓矢しかないんだぜ!」


「そりゃあメンテナンスもお留守になるわけだ」


「あいつらは、アーミッシュまがいの生き方を守るためだけに、旧世界の防衛技術をつかってるんだ」


「とんだ宝の持ち腐れだな。真価を発揮できないなど、遺産がかわいそうだ」


 航法士のあきれた声。アルノーはうなずく。


「ああ。遺産のためにも俺たちはあの土地を取り戻さないとな」


 あの土地。先祖たちが勝ち得た大陸。アルノーは再び学生時代の記憶を呼び起こす。

 第1の大戦よりも前、太平洋に浮かぶ島々の領有権りょうゆうけんを確定するため、極東の島国が数隻の船を太平洋に派遣した。そのうちの一隻が、見た事もない無人の大陸にたどりついた。そこは資源に満ちあふれた楽園のような場所だった。しかし、島国は国力が足りず、大陸を開発できなかった。

 第2の大戦が起きたとき、島国はわれわれの先祖の助太刀すけだちをするため参戦した。そして、先祖と共に散々さんざんに負け、本土決戦に追い込まれた。島国の最期は首都に攻め込まれて国王を捕虜ほりょにされ、無条件降伏に追い込まれ、敵国に併合されたという。

 大陸は戦勝国によって分割された。東西南北を4つの大国が我が物とし、中央は国連が管理するという形になった。

 その大陸を、俺たちの先祖は第3の大戦の混乱を利用して手に入れた。思わずアルノーの操縦桿そうじゅうかんを握る手に力が入る。それでも、訓練されたアルノーの腕は操縦桿を動かさなかった。ゼーシュトゥーカは僚機と一定の間隔かんかくを保って飛び続ける。

 楽園は、先祖たちが手を組んだ狂信者に奪われた。彼らは、聖書に従って暮らすため、可能な限り最新で強力な武装を持っていたアルノーの先祖たちを追い出したのだ。

 先祖は雌伏しふくの時を過ごすことを強いられた。アルノーが目指すのは、まさにその大陸だ。それを仲間と共に取り戻すことが、アルノーたちの目的だ。


 アルノーは二番機に追いつき、編隊へんたいを組む。蒼海そうかいのきらめきを二対のいぶし銀の翼が鈍くはね返す。全ては我らの栄光のために。千年王国を地上に実現するために。そのようにブリーフィング飛行前最終指示は締めくくられた。そういえば、アルノーは思い出した。ブリーフィングの中で、今回の作戦目標は大陸の奪還だっかんの他に、きぬの娘を手に入れる事、という謎の指令しれいがあった。


「絹の娘を手に入れる事、っていうよく分からない指示があったな」


「絹の娘は、不死の娘の一人だ。人じゃなくて虫、だけど、糸を作って極東の同盟国に富をもたらした伝説の虫だって、あいつが教えてくれた……戻ったら、もっと教えてやるって、言ってた」


 航法士がすらすらとこたえる。虫がどうやって糸を作るのかアルノーにはさっぱりわからない。しかし、生物に詳しかった航法士の友人の言っていたことだから、信用していいとアルノーは思う。


「今日の攻撃によって全てが変わる。栄光を取り戻すための第一歩だ。俺たちの千年王国を築くべき楽園と、絹の娘を奪った野蛮人どもに鉄槌てっついを下してやろうじゃないか」


「ああ。俺の親友を奪ったことも、後悔させてやる」


 航法士は勇ましく言い切った。相棒は覇気はきを取り戻したようだ。アルノーは操縦に集中する。まだ目標は見えない。海上にはアルノーの期待と不安に似た、雪をかぶった山脈のような雲が広がっていた。

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