ノーデンの章
幸運のお守り
その上を、海に向かって二頭の馬が走っていた。馬はどちらも男を乗せている。片方の男は若く、栗色の短髪が風にそよいでいる。空の体つきは
「オーランド様。もういい年なのですから、奥様を迎えてくださいませ。相手はこの際、農民でも
年寄りの繰り言に、オーランドはいつものように返した。
「デリック、そのうち養子でも何でももらう、女だけは俺に近づけるな」
「オーランド様のお父上はまだ立場上は領主ですが、数年前に
奥様をむかえておちつけ、だって? オーランドは腹の底からいら立ちがこみ上げてきた。
この気持ちをデリックに対してぶちまけようかとも考えたが、そうすると、どうして自分は女が嫌いなのかデリックに説明する羽目になりかねない。女嫌いの理由だけは、誰にも言えない。特に信心深いデリックには。オーランドは全力で感情を押さえつけた。
自分に結婚をすすめ続けるデリックをうとましく思い、オーランドは目を
「そんなことより、今は教会の宿舎を焼いたという
数日前、海からとてつもなく大きな鳥が飛んできて、その鳥が教会の宿舎に何かを落としていった。その直後に炎が上がり、宿舎は全焼した。幸いにも燃え広がることはなかった。
「ですが、それは再建のためのお
「一歩間違えば民家を焼いていた。直接調査する必要がある。しかも、あの鳥は悪魔だという噂が立っている」
「悪魔の仕業なら、人間にできる事は無いでしょう。でしゃばれば教会と衝突いたします。
デリックは心配性だ。教会の火事について少し調べるだけなのに。オーランドは言ってやる。
「教会が悪魔に燃やされたのなら、教会は神の力で悪魔を追い払うことに失敗したということだ。そんなことはありえないだろう?」
「その通りです!」
「つまり、あの鳥は悪魔ではなくて、ただの生き物の可能性が高い。羊の群れを食らう狼を
「その通りでございます。次期領主様」
「自分にどれほどのことが出来るかは分からないが、生き物なら俺にも何とかなる。神の力になりたいことの、どこに神の家から破門される要素があるというんだ?」
「それは、そうですね。次期領主様」
信心深いデリックは黙った。
港町に着き、オーランドは厩に馬をつなぎ、街の大通りを歩いた。鳥の目撃証言を聞くことになっている集会所は、馬で入るのが難しい、細い道にある。
復活祭の前だからか、街は普段よりにぎやかだった。大通りに、声変わり前の少年たちのよく通る声が響く。
「チャリティバザーやってまーす!」
「幸運のお守りはいかがですかー!」
オーランドが声の方向を見ると、白い服を着た少年たちがいた。彼らは地面の上に白い布を広げて、黒っぽいガラクタを売っている。
「チャリティ?」
オーランドの疑問にデリックが答える。
「火事で焼け残った物を売っているようですな、神学校の生徒たちです」
「それが何で幸運のお守りなんだ」
近くにいた巻き毛の少年がオーランドに呼びかけた。
「火事でも焼けなかった小物でーす! きっと幸運を持ってきてくれますよ! いかがですか、次期領主様ー!」
オーランドは少年たちに近づいた。
「商売上手だな、お前たちは。神父より商人になったほうがいいんじゃないか」
巻き毛の少年は照れ笑った。
「僕、神学校を出たら身寄りがいないので……。旧世界の物みたいですが、不思議なだけで無害ですよ! いかがですか」
布の上には奇妙なものが並べられていた。今では作り方もわからないような細かい金属の細工物や、燃える水から生成したという火に溶ける石ころ。焼け残って当然だ、とオーランドは思う。その中に、オーランドの興味を引き付けたものがあった。
細い鎖がつけられた、親指の先ほどの小さな白い
「何だこの蛾は、生きてるのか?」
少年は胸を張って答えた。
「それ、すごいでしょう、本物みたいに見えますけど、すごく硬いし燃えなかったので、たぶん作り物です。鎖は僕が選んだんです。白い蛾と銀色の鎖で、にあってるでしょう?」
「ふーむ……」
オーランドはペンダントをじっくりと眺める。
「いくらだ」
少年は嬉しそうに答えた。
「ありがとうございます! 五百ユードです!」
そうして、その白い蛾は細い鎖をつけられ、オーランドの首元にぶら下がることとなった。
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