第67話クリスマスイベント勃発②

 魔道具で拡声された言葉が響いた。

 彼女達は学院長の場所へと到着を待たずして足を止められる。


『皆さん、私はこの学院の学院長を務める、メイベル・グランです。

 大変な不安を感じているでしょうが、ご清聴くださいね。

 ただいま、この皇都は魔物の襲撃を受けております。

 突然出現したとの事で街中に多数入り込んでいる状況ですので、危機を脱するまではここから出ることを硬く禁じさせて頂きます。

 いかなる用事があろうとも、勝手に扉を開ける真似をする者は切り捨てられる覚悟をしてください。勝手な行いは全員が死ぬ事に繋がりますから。

 今の発言からわかる様に、この建物に応援が来るまで立て篭もる事に致しました。

 とは言え、どこまで持つかも分からない状況ですが……』


 そこで、野次が飛ぶ。


「だったら、最初から戦力を出してこの周りだけでも守れば良いじゃないか!

 学院は魔法使い育成機関なんだろ!?」 


 その野次は、擦れ声で懇願に近いものだった。

 二波、三波と声が上がり始める前に、と少し間の急がれた返答が返る。


『ええ。お気持ちは重々わかります。私達も話し合いでその意見と割れまして。

 ですが進入を完璧に阻めた場合、魔物の行動は二つのパターンに分かれます。

 周囲を徘徊するか、他を探して移動を始めるか。

 他を探し始めれば今居る戦力比を考えると、ここは一先ずの安全地帯となります。

 大きく徘徊する場合も数が集中せず、対応がしやすくなると思われます。

 もし、建物が破壊されそうだと判断したら、その時に打って出ても遅くは無いのでは?

 そう考えてこの決断にしました。

 その判断が正解かはわかりません。ですが、従って頂けませんか?』


 メイベル学院長ですら、その表情に恐怖の色が見えた。


 それを見たからか、その場が急激にざわつき、収集を見せないかに見えた。


 そんな状況下、目を閉じていたユークディアはゆっくりと顔を上げると、高らかに声を上げた。 


「我は!

 剣鬼のユライト・オリヴァー家嫡子、ユークディア!!

 まだBランクなれど、この地を死守する事をこの剣に誓う!」


 第一声の大声を聞き、驚き静まり返ったその場に彼女の声は良く栄えた。

 そして、もう一人の少女もその言葉に続く。


「僕は賢人の娘、ルジャール・ローレライだ! 上級魔法の使い手がキミ達を守るよ。だから、安心して助かる時を待っていれば良い」


 杖を掲げ、彼女は勝気な顔でニコリと笑う。


「仕方ねぇ。俺はハルードラ家嫡子、ガイール・ハルードラ。同じく、Bランクだ。

 貴族の義務として、この場を守る事、ここに宣言する!」


 少し、顔を引き攣らせ、小さく仕方ねぇと呟きつつも剣を掲げた。


「私は皇子リーンベルト!」

「「「「(貴方はダメです)お前はダメだ!!」」」」


 口をパカリと空けて困惑の表情を見せた。

 だが少年は、大人となろうと足掻いていた所、言葉を止めることはしなかった。


「黙りなさい!! 民を守らずして何が皇帝か!

 同等の戦力を持ち、軍勢でないのだから士気もそこまで下がる事はありません。

 よって、私も参戦を宣言します!」


 それを見たティファが弟を驚いた表情で見つめる。

 まさか、こんな状況下だとはいえ、これほどの強い言葉を使う所を見たのが初めてだったからだ。

 その者たちの宣言で、安堵とまではいかずとも今までとは少し違った風が吹いた。


「あー、俺こういうの柄じゃないけどな。俺はAランクの戦闘教員だ。戦えるからな」

「私も戦闘教員です。生徒にこういわれては立ち上がらずを得ませんね……

 Bランクですが……」


 数人の宣言を置いて、最後にもう一度学院長が声を発した。


『皆さん、ありがとう。当然私もいざとなれば戦います。

 戦えない皆さんも、勝手な行動をせず、共に恐怖と戦ってください。

 ああ、言い忘れてしまいました。私は一応Sランクですわよ?』


 その最後の言葉に、全員が驚愕した。

 彼女は若かりし頃に公爵家に嫁に入ったその時には既にAランクであった、数年前興味本位でアビリティギフトを使い計り発覚したものの、年老いてきた事も有り公表していなかった。

 だが、教師陣は納得の色を見せる。それほどに彼女の魔法は強力なものだと元々囁かれていたのだから。


「ハ、ハハハ、何か凄いわ。士気ってこういう事なのね。力が漲る感じがする」


 ユークディアは全員がただ宣言しただけなのに。と呆気に取られた声を出す。


「馬鹿だねぇディアは。これを齎したのはキミだよ?」

「ええ、ディアさんは本当に凄いですね。兄上の次に尊敬します」

「え、ちょっと止めてよ。は、恥ずかしくなってくるからぁぁっ!!」


 そのやり取りを羨望のまなざしで見ている女性が居た。

 その女性とはティファ皇女殿下だ。


 彼女は、ケンヤの訓練の誘いを断った。嫌悪しての事じゃない。

 皇女として、そういった行いをすると周りに多大な迷惑を掛けると理解しての事だ。


 誘った彼も、そこまでやる気が無いのならその方が良いかもしれない。

 中途半端にあげると逆に危険だからと理解を示していた。


 だが、今ばかりは、この僅かでも戦力が欲しい今ばかりは、とその時の決断を少し後悔していた。

 その事に気がついたリーンベルトが優しい笑みを向ける。


「姉さんは勝手をする僕の代わりに皆の象徴として居てくれるだけで良いんです。

 それが、力になる。だからそんな顔はしないで下さい。

 それに、今は待機と決まったのです。

 このまま何事もなく待つことになるかも知れませんからね」

「もうっ、そんなカッコいい事言ってもまだまだリンちゃんは子供ですからね?

 無理しちゃダメよ? あの失礼な義弟は居ないのですから……」


 少し、持ち直したのだろうか? 彼女はそんな事を言って強がる。


「……兄上は失礼なんてしていません。そんなだから姉上は――」


 彼は、ケンヤ・カミノの信者であった。それから数分のお説教が始まる。


 そんな時、ドンと衝撃を伝え建物が揺れた。

 あの大きさの魔物にここを揺らせるほどの力はないというのに。

 場に、悲鳴と緊張が走る。


「おいおい、外はどうなってんだ?」


 この建物は鉄で建造された要塞とも言える建物。

 まだどこも亀裂すら走ってはいない。

 だが、要塞として作られた訳では無いので、外の様子が伺えない。

 空気穴の場所は既に魔物が張り付いているのだろうか、どこを覗いても真っ暗だった。


「出来れば確認したい所ですが……」


 と、言っている傍からまた揺れる。

 一行は学院長の所へと走った。


「学院長! どこまでになったら出陣しますか?」


 ユークディアの問いは簡潔なものだった。もしもを想定して、自分達が出るタイミングを問う。


「正直、全く分からないわ。けど、まだな事は確か。

 揺らせても、この堅牢な建物にとっては大きなダメージになっていないわ。

 ああ、もうっ、私は行動が遅すぎたわっ!

 折角あの人があそこまでしてくれたのに……きっと、これを言っていたのね」


 何の話だかさっぱりわからない。だが、出るタイミングはまだ。事態が新たになるまでは、この事態に関わる情報があるのなら聞きたい。

 ユークディアは問いかけた。


「それは、何の話でしょうか?

 もし、この事態の情報が隠されているのなら教えて下さい」

「いえ……確たるものではないわ。

 カミノさんがね、無詠唱のアクセサリーを30個ほど贈呈してくれたの。

 学院と将軍家両方にね。

 その時、条件が出されたのよ。人員の育成に励め、死蔵だけは絶対にするなと。

 もっと遠い未来の事を想定しているものだとばかり……」


 その言葉に、自分達も思い当たる節はあった。

 彼女は後悔した。

 ユミルなど、自分より遅く鍛え始め帰る前の時ですらもうBランクを超えていた。

 いや、話に寄れば、宿屋の娘で学院に来てから鍛え始めたのだと言う。

 自分ももっとやれたはず。だが、それを今言っても仕方が無い。

 彼女は気持ちを切り替えると前を見据えた。


「では、こちらの判断で建物の危険を少しでも感じれば出ます。

 まずは学生の私達で。先生方はもしもの押さえと中の守護をお願いします」

「それは……いえ、どちらが逆とも言いがたいわね。

 でも、殿下を先に外に出すなんていくらなんでも……」

「皇太子リーンベルトの名を持って命じます。

 今の私を一戦力として考え最善を尽くしなさい」

「……わかりました。ですが、撤退の指揮権は頂きますわよ?

 仮に、誰かが外に取り残されたとしても」


 上を見上げつつも、目を閉じるガイール。彼は誰にも聞こえない程の声で呟く。

(どうしてこうなった)と。

 その間にも、建物は間隔を置いて大きく揺れる。


「取り合えず、出口付近で準備を整えようよ。

 僕はポーションの準備をしないといけないんだから、いきなり出てって言われても困るよ?」

「そうね、方針が決定したのだから、万全を期す為に準備しましょ」





 それから程なくして、無情にも出陣の時が訪れた。

 大きな揺れにより、何かが折れた様な音が響いたのだ。

 外見的外傷は見当たらないが間違いなく、建物が損傷を受けた。これはもう、完全に出る合図だと受け取れた。


「行くわよ! 先生、最初の援護お願いします。出るまでで構いません」

「ああ、想定はBランク悪魔種だよな? そのつもりで行くぞ!」


 何故お前が仕切るという視線を教師陣に浴びるオウル。それでもそれぞれが納得の意を示した。

 各々の指には無詠唱リングは嵌っていた。

 そのおかげか、少し落ち着いた風に見える。


 教師陣とディアたちの間で頷き合い視線だけの会話が終わった。


 そして、扉が開かれる。


 目の前には犇めき合う醜い口と触手の様な足。

 恐怖に「ひぃ」と声を漏らしつつも、教師陣が向けた杖の先から魔法エフェクトが光を放つ。


「「「「『ファイアーボルト』」」」」


 一斉に放たれた火の矢。

 次々と突き刺さり、数度繰り返されるとユークディアが声を上げる。


「道は出来た! 突撃!」


 まず、飛び出したのは、ユークディア、リーンベルトだ。

 その際、後ろから声が聞こえた。


「ガイール、リンちゃんをお願いよ!?」

「ま、任せてください!!」


 遅ればせながら、ガイールも参戦した。

 そして、腰ベルトに開いたポーションを何個も挟むという不思議なスタイルのレラもゆっくりと前に出た。


「はぁ、先にあのポーション使いたい」


 そんな愚痴を零しながらもキョロキョロと視線を這わせ、状況把握しつつ出て行く。


「『飛翔閃』『飛翔閃』『飛翔閃』」

「ちょっとガイール、遠距離はダメージ効率悪いって知ってるでしょ!

 馬鹿なの!? 早くディアの援護に行ってよ!」

「わ、わかってるよ」


 尻を蹴られて走り出す。

 ユークディアはしっかりと『パリィ』と『パワースラッシュ』により、高速で敵を滅して行く。

 その速度を遥かに上回る敵をサイドからリーンベルト、ガイールが受け持つ。

 その両サイド、そして、戦闘援護をレラが行っている。

 それでもギリギリ押さえきれていない。

 やはり、敵が溜まってからの行動はかなり危険行為であった。


「ディア、使うよ?」

「ええ、勿論。使わずに落ちたらただの馬鹿だもの」


 その使うというのは、彼がくれたマジックポーションだ。

 彼女は新たに一本空けると、子供の様に瓶を加えながら、普通であればありえない速度で『エクスプロージョン』を放ち続ける。

 門の中から様子をうかがう教師陣が驚愕の声を上げる。


「馬鹿なっ!? 何故あれで魔力が持つ」


 その言葉はもっともだ。いくら無詠唱を持っていても、マジックポーションを飲んで補給する時間が取られる。

 消費の激しい上位魔法をあれほど連続で撃ち続けるなどSランクでも不可能な事だ。


「それだけじゃないぞ、あの威力、もうAランクと言っていいほどじゃないか?」

「馬鹿言わないでくださいよ。単調とは言え、全ての攻撃に『パリィ』からの『パワースラッシュ』で返すユークディアこそ異常ですって」

「ああ、殿下が、殿下が戦っているというのに……私も出るぞ!」

「いや、貴方戦闘教員ですらないでしょ。士気が下がるんでやめて下さい」


 そこで、メイベル学院長から、オウル戦闘教員へと言葉が投げかけられた。


「オウル教員、申し訳ないのですが揺れる原因、見てきて貰えますか? 大至急で」

「……仕方ないですね。あーやだやだ。お家帰りたい」


 そんな事を言いながらも彼女らの横を走りぬけ『バッシュ』で敵を切り裂きながら走るオウル。


「流石、最高峰と言われる学校の戦闘教員ね。

 でも、負けてられないわ! 私は剣鬼を継ぐんだもの!」

「私も、今ばかりは負けられません。これほどの命を背負っているのですから」

「ティファさんを守る為。ティファさんを守る為……」


 図らずも、士気を上げたオウル。一名、関係の無い事を呟いている者も居るが。


「もう一本目尽きるよ! 次の使って欲しいタイミング教えてね」

「わかったわ! 気合、入れるわよっ!」

「はいっ!」

「おうっ!」


 その時、オウルが再び横を走り抜けて建物の中へと戻った。

 まだ、レラが扉の前に立ち、援護を行う程に、前線が近い。

 だから、オウルの報告はレラには良く聞こえていた。

 だが、聞いて尚、彼女は首をかしげた。


「もう一度、言ってくれるかしら……」

「えっと、うにょうにょしたのが腰をこうっ! ですっ!」


 腰を少し曲げて横にぶんぶんと振る。

 その姿に、メイベル学院長はオウルに向かって杖を構えた。


「この期に及んでおふざけをするなら、頭を吹き飛ばしますよ?」

「ち、違います! あーそのー、形容しがたいんですよ。えっとですね」


 彼は剣先で地面に歪な細長い円を書いた。


「こんな細長くて建物より巨大なのが中心部を曲げてタックルしてたんですよ!!」

「だったらそう早く言いなさい!!」


 まるで、子供の様に叱られて口をオウルは尖らせた。

「俺、命がけで情報得てきたのに……」その呟きは聞こえて尚誰にも拾われる事はなかった。

 即座に教師陣での話し合いが行われる。

 そして、すぐに決断の時が訪れた。


「ならば、もう持たないと判断します。目標はその巨大な魔物。

 生徒達に門を守らせ、その間に私達で決めます! いいですね!?」

「「「はいっ!」」」


 オウルの仕切りとは違い、一斉に言い返事が返された。


「オウル教員、これを成し、守りきれば表彰は確実。

 私は功績を奪うような真似はしません。この意味が分かりますね?」

「えっと、俺はお金持ちになれる?」

「……もう、一度最前線で仕事していただけますか? ……はぁ」


 腕は良いのだけど……と学院長は呟く。

 その決定を聞いたレラは即座に前衛に伝えた。


「わかったわ。もう一本行きましょ」

「まあ、一度に飲みきれないほどくれたしねぇ」


 その本数はマジックポーションだけで100本。

 本当に飲みきれるものじゃない。

 それでも持ち歩いていたのは、盗まれる事を懸念してだ。

 レラが絶対にこれは持って行くと聞かなかった。

 取りにいけない距離ではないように感じるが、実際に今手元に無ければ、寮に移動する事すら難しい。それほどに今現在そこら中で魔物が犇めき合っている。


「私だって貰うからね?」

「えぇぇ……」


 そんな下らない事を話ながらも速度を上げて全体の援護をするレラ。

 伊達に賢人の娘で天才と称されていないという事か。


 その隙に乗じて、教師陣が前線を駆け抜けた。


 ユークディアは思う。退路が絶たれたと。

 流石に大物取りをして、戻ったときに門の前の掃討となるとどうしても魔力が持たない事は明白だから。

 どんな相手かはわからないが、建物より巨大な魔物など逃げ帰える事になる可能性すら過分にある。


 打ち合わせさえすれば、戻ったときに出て行くことも出来たが、ユークディアはその考えを振り払った。もう遅いと。

 それにこうして形が整った以上、下手に乱さず続けた方が良い。

 物資は今の所あるのだから。


「はぁ、はぁ、この乱戦で余裕ですね……

 こっちは流石に援護が薄いと何時飲み込まれるかわかりませんよ」

「リーンベルトは中に戻ってろ。そろそろやべぇって!」


 二人は、極度の緊張にこの短時間では有り得ない程の消耗を見せた。

 今までは、ほぼ安全が約束された場での戦闘しか経験していない。

 仕方ないとは言え、ガイールの言葉には女性陣の二人も強い苛立ちを見せる。


「馬鹿言わないでよ。一人でも抜けたら落ちるってば。

 本当ガイールはお馬鹿さんなんだから」

「二人とも、もう少し頑張って。

 あと、レラ、ティファ殿下に門の近くまで来てもらって」

「ば、馬鹿っ! そんな危ない事させんじゃねーよ!」


 悪い顔で「なるほどぉ」とティファを呼びかける。

 そして、彼女に耳打ちをしている様子が伺えた。


「ガイール! がんばってぇ!」

「はいっ! 任せてください!」


 なんて調子が良く扱いやすい男だろうか。

 いつも隣に居る、リーンベルトさえもそう思い溜息を吐いた。

 だが、その思いは一新される事となる。


「俺は! 負けません! だから! 安心してください!」


 通常のマジックポーションを一気飲みすると、回避からの『バッシュ』を高速で放ち続け、ユークディアを凌ぐ働きを見せた。


「あー、皇女殿下はたまに声掛けてやって。あのお馬鹿さんは殿下が原動力みたい。

 上司が居ないと働かないんだ。あいつ」

「あら、思ったより駄目な子なのね……」


 それから、彼に掛けられる言葉は「しっかりしなさい」に変わった。

 だが、それでも彼の勢いは止まらない。

 それもそうだろう。

 見ているだけで良かったのに、自分を見て声を掛けてくれるのだから。


「出来るなら、最初からやれっての……」


 レラと違い、普段余り文句を言わないユークディアでさえ、この時ばかりは額に青筋が入っていた。

 それでも、彼の働きとレラのポーションブーストによって、少しづつ敵を押し返し始めた。


 前線メンバーに安堵が広がる。後ろが守れなくなるからこれ以上前には出れない。

 だが、確実に押し返せるという事は僅かなミスは取り返せるという事だから。


「なっ、なんだよ。やれるじゃねぇか俺は!」

「油断はダメですよ。姉さんが見てますからね」

「ああ、油断なんてぜってぇしねぇ! 俺がティファさんを守るんだ!!」


 その声はしっかりと届いていた。


「うん。こういう事なんだ。

 まあ、あいつは馬鹿だから聞こえてないと思ってるけどね」

「まぁ、じゃあ、働かないというのは……」

「うーん。半分本当。だって、声掛けられれば出来るならやれって話じゃん!」

「うふふ。じゃあ、もっと働いて貰いましょうか。

 ガイール。もっと素敵な所を見せてくださいね?」


 この皇女、男の恋心を逆手に取る事になんの躊躇いもなかった。

 愉しそうに声を掛け続ける。


「ま、任せてください!」

「あら、素敵っ。まだいけますか?」

「当然です!」

「え? まだ速度を上げられるんですか。お強いのですね」

「任せてください!」


 ディアですら、これ、必死になっても追いつけないかも。

 そう思わせる程にばったばったと打ち倒して行く。

 ここまで来ると、逆に笑えてきた。


「本当に感情のみで限界を超える奴っているのね。これは参ったわ」

「ええ、私の仕事が減りました。これなら耐えられる。流石ガイールです」


 とは言え、もう死骸で足場が悪くなるほどに倒している。だと言うのに一向に数が減ってくれない。

 ここだけに人が居るわけじゃない。

 考えたくないが、逃げ遅れた人は大勢いるだろう。皇宮にも逃げ込んでいると聞いた。

 だと言うのに、この密度がずっと続くなど有り得ない。

 討伐を何度も身近で見てきたユークディアとローレライは首をかしげ「おかしくない」と問いかけた。


「ここに集まってきているのか?」

「もしくは、考えを凌駕するほどに数が居るのかも知れません」

「そう言えば、カミノさんが言ってた。

 私達じゃ何の抵抗も出来ずに一瞬で全滅する程の事が起こるかもって。

 多分それはこの街全体の戦力を見てだと思うの」

「あの人……メイベル学院長とも仲良かったよね。オウル教員とも」


 SランクやAランクが回りに居てなお、何の抵抗も出来ない。

 その言葉の重さはあの時感じたものより重かったのでは? 

 押しているはずなのに、急激に不安が甦る。


「……悪い方にばかり考えても仕方がありません。

 今は目の前の問題に集中しましょう」

「そうね。ごめん、余計なこと言った」


 そうして、気持ちを切り替えた時だった。


「頼む! 悪いが道を作ってくれぇぇ!」


 オウル教員の声が響いた。

 その言葉に素直にレラがポーションブーストをして『エクスプロージョン』をばら撒いた。

 前衛は、その間だけでもとレラの抜けた穴を必死に守る。

 そして、レラが『エクスプロージョン』を乱発して大幅に数を減らした場所を抜けた教師陣の一人が、すり抜けながら声を上げる。 


「このままお前達も共に中へ入れ! 一時態勢を立て直し話し合う必要がある」


 な、何事だ? と、感じながらもそれに従い中へ戻った。

 そこには、腕をなくしたメイベル学院長の姿があった。


「誰か、早くポーションを。学院長がっ! 学院長がっ!」


 慌てるオウル教員。


「流石にこれはきびしいわねぇ。遺言言っておいた方が良いかしら」

「それには及びません。これを飲んでください。カミノさんのポーションです」

「……あの人、ポーションまで作れるのね。頂くわ」


 渡されたポーションを飲むと、淡い光が失った腕を作り上げて行く。


「あ、あはは、本当にむちゃくちゃ。けど、また助けられちゃったわ。

 では、話し合いを始めましょうか」


 相当の重症を受けた直後だというのに、ケロッとした顔で言葉を続けた。

 先ほどまで青い表情をしていたはずなのに。


「まずは先ほど、私達がみた情報を共有しますね。

 まず、オウル教員が見てきたとおり、巨大なワームの様な魔物が居ました。

 その魔物はさしたる戦闘力を見せずに魔法により胴体を千切る事に成功しました」


 心配して集まってきていた学生全体から、おお、と声が上がる。

 そして、色々な所で静かにと、続きを求める声も響く。


「問題はその後よ。その胴体からあの、醜悪な魔物が大量に出てきたわ。

 千は居るでしょうね。

 あまりの驚愕に反応が遅れてしまって喰い付かれてしまったわ……」


 再びの無言の時。誰も声が出ない。


「あらあら、皆さんお分かりにならないの?

 一先ずの危機は脱したのよ? 褒めてくださっても良いと思うのですけど?」

「でも、それだけの数が居たんじゃ……」


 ユークディアたちは先ほどの十メートル程度の間が開いた密度で限界だった。

 これ以上、数が増えたら対応しきれない。

 それは、もう外に出て危機対応すら出来なくなった事を意味していた。


「そうね。それもあるわ。

 けど、小さいのがいくら居ても、この建物は崩せない。そうでしょう?

 それにね、魔物は人の持つ魔力を求めて徘徊し始めるわ。

 魔力を奪えないとわかれば、いつまでもここには居られないはずよ」

「そ、そうか! そうでした!」


 言葉の意味を理解したリーンベルトが声を上げた。

 魔物は魔素を原動力に動いている。彼らにとって魔素は命に等しい。いくらここの匂いが強くとも、取れないとわかれば他へ向かうのは確実。ここは街なのだから。

 ユークディアとローレライの二人も、理解はしたが顔色は優れない。

 あえてその理由は言わないと、飲み込んでいた。

 学院長は『それでいいの』と二人に頷く。


「取り合えずの休息に入りましょう。

 何が起こるか分からないから、今のうちにね?」


 そうして各々、緊迫した空気が終わり雑談を始める。

 ユークディアも、例外ではなかった。


「レラ、後何本くらい飲める?」

「えぇー、そんなのわかんない。

 けど、五本以上は飲めるかな。でもどうやっても一度に千は無理だよ?」

「そっか。お願い。今は来ないで……」


 彼女達は、先ほどの飲み込んだ言葉を漸く言えると小さく言葉を交わす。

 そう、今すぐにもう一度大型が来たら、終わり。その言葉を飲み込んでいたのだ。

 無駄に不安にさせる事もないと二人だけでの会話。

 男二人は、ティファと暢気に雑談していた。


「ガイール、よく頑張ったわ。お座り」

「はいっ! ありがとうございますっ!」


 何の疑いも無く目の前で腰を落とし、何故か正座を選んだガイール。

 そこは曲がりなりにも将軍家の嫡子がそんな座り方をする場所ではない。

 訓練所の床なのだ。外と大差が無かった。人目すらあるというのに。


「姉さん。流石にそれは……男にはプライドというものが……」

「リーンベルト、俺は褒められて最高にうれしいぞっ?」


 正座をしつつも満面の笑みを返すガイールに返す言葉を失ったリーンベルト。


「もう、私が悪女みたく言わないで。

 ガイールはこうしないと大きいから良い子良い子出来ないでしょう?」


 彼女は優しい笑みで「良く頑張りましたね」とガイールの頭を撫でた。

 沸騰しそうなほどに赤くさせた顔で「ありがとうございますっ!」と感動に打ち震えている。


「また、私の為に頑張ってくれますか?」

「当然であります!」

「お手」

「はいっ!」

「おかわり」

「喜んでっ!」


 リーンベルトはかつて兄の様に慕っていた男から視線を逸らした。

 もうこれ以上、情けない姿を見たくないと。

 そうして逸らした先にはユークディアとローレライの姿があった。


「はぁ……大丈夫そうだし、こっちは馬鹿やってるし。

 まるで、緊張してた私が馬鹿みたいじゃない……」

「そうかなぁ? ガイールはいつも馬鹿だよ?

 隠してるつもりになってるだけで」

「あはは、そうですね。これはもう庇えません」


 暫く雑談を交わし、もうこれだけ時間があけば、そう思うほどに時がたった。


 そうして、一先ずの危機を乗り越えた。

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