第57話火山で特訓①
どんだアクシデントで奴隷を持つ事になってしまったが、これはこれでいい気がしてきた。
色々と使い道がある。
……エロい事じゃないからな?
皆、俺の思考を読みすぎて困る。いや、態と声に出している場合が殆どだけど。
ミラ辺りは本当に黙ってても心読むから困る。
何にせよ、これからお屋敷持つつもりだし使用人も必要だ。
家事の時間とかスルーしてイチャイチャタイムしたいし。
あー、でもそうなると裸エプロンが……いや、それはそれでして貰おう。
「という事で、早速狩りに行きたいと思います」
「えっと、さっきの一人語りから何も繋がってないわよ?」
心配そうな視線を送るミレイちゃんに「わかってるから、その目は止めて」と告げて話を進める。
「ここからは本気の狩りだ。危険だと思えばきつい事を言うし、大声も出すと思う。
それが嫌な人は残って欲しい。離れると言っても四日程度だからね」
「いやいや、今までのランスさんが甘すぎなんだよ。
普通は怒鳴るくらいは当たり前にするからね?」
ラーサの言葉に異論が無い様なので話を先に進める。
「今から行くのは妖精の国と獣王国と魔人国の境にある火山だ。主に竜種が生息している。
こっちでいう所のブラックオーガ辺りが最弱だと思ってくれ」
あ、やっぱり黙っちゃったか。
だがここに行くのは確定事項だ。俺はハルに任せてゆっくりするのだ。
「勿論、遠距離攻撃主体で戦う。前に出るのは俺とハルだけだから安心してくれ」
「ちょ! 安心できねぇっす! 殺す気っすか!?」
「馬鹿いうな。お前を集中的に守るから皆に前もってこんな事言ってんだろうが。
仮に棒立ちで立ってても死なないくらい『シールド』掛けてやるっての。
お前は腕がつるくらいに『飛翔閃』撃たせて、吐くくらいにマジックポーション飲ませるからな」
「鬼畜っす。鬼畜王ランスっす」
おい、馬鹿、それ以上はやめろ!
「なぁ、ランスさん。私もそれやらせて貰えないかい?」
「ん、どしたのいきなり……」
ベットの上とはいえ正座して真剣な面持ちで見つめるラーサの目は、何やら覚悟の様なものを秘めている。
「私さ、恥ずかしいんだけど……
『千の宴』に助けられちまった時、かなりショックだったんだ。
絶対絶命のピンチで何も出来ないままってのがどうにも悔しくてさ。
それで人を頼るってのも情けないんだけどね……」
聞けば『千の宴』全員が命をかけると頷き合っている中、そこに入る資格すらない事を思い知らされたらしい。
一矢報いてやろうと『パワースラッシュ』を当てたが、かすり傷程度にしかならなかったそうだ。
レベル差を考えると無茶にも程がある行為だ。一撃死する相手だと言うのに。
その心意気に強く感動したと同時に申し訳ない気持ちがあふれた。
彼女がそんな思いをしたのは俺の依頼のせいだ。
俺はラーサを無理やり立たせて抱きしめた。
「ごめん。無理させたね。
恥ずかしくなんか無いよ。俺に任せろ。そんな思い二度とさせない」
「え、あ、ああ。嬉しいんだが、いいのかい?」
「良いに決まってる! ラーサは何も心配しなくていい」
少し体を離して彼女の目を見ようとしたら、顔がまっかっかである。
あれ?
もしかして『いいのかい?』の意味、違った?
「ははは、そうだよね。ランスさんは小さい女のが好みだもんな。
こんな図体のデカイ女をそんな目で見ないか」
「いやいや、ラーサはいい女だよ?
皆が良いなら当然入って欲しいくらいに。
逆に俺でいいのって問いたいくらいだし……」
あっ、思わず言ってしまった。
でも、ホント好い女なんだよな。知れば知るほどに。
真っ直ぐだし、間違いそうになると導いてくれるし、ものを知らない俺にも小馬鹿にせず、真剣に教えてくれる。
そう、外見と言うより中身で引き込まれる感じだ。
いや、外見も俺から見たら結構な美人さんだけどね?
「って言うか、ラーサさんが入ってなかった事が驚きっす。
皆はわかってたっすか?」
ミラとミレイ以外の全員が首を横に振った。
「じゃあ、ラーサを入れても問題ない?」
恐る恐る問いかける。
その表情は大半が苦笑いだが、頷いてくれた。
頷かないものはアンジェとカーチェ、それとミレイちゃんくらいだ。
それも拒絶じゃない。聞いてない子と「私関係ないし」と不貞腐れている子と、口を挟めない空気を出している子だ。
じゃあ、遠慮しないよ?
そう思って、俺はラーサに口付けをした。
高さが同じくらいと言うのも何か新鮮だ。
……という事はあっちの方も新鮮かも知れない。いや、きっとそうだろう。
そう考えつつもディープな方を続けていると、ミラが剣を抜いた。
は? ちょっと、マジで? 頷いていたじゃんか!
「大丈夫。ラーサには刺さない。ランスはこのくらい平気。問題は特に無い」
「あるよ! 俺が痛いよ!」
「痛い思い、して!」
「わかった。じゃあ来い! 刺せるものなら刺してみろ。回復しないでずっとイタイイタイって言ってやるぅ!」
「うっわ、言う事ちっさいっすね。流石ランスっす」
黙れっ! お前には見えないのか? ミラが剣を収めた様を。
「あ、あはは、諦めてたんだけどね……こんなに情熱的にされたら……仕方ないね」
「おう、これからも宜しくな」
普段、女らしさをあまり見せない彼女が頬を染めて唇に指を当てる姿は、妙にドキドキされられた。
思わず顔を背けてしまうくらいに。
「ちょっとちょっと、強敵じゃない?
これで強くなられたら私達やばくない?」
「確かに……あの様な魅力は私には出せませんわ……恨めしい」
いや、エリーゼちゃん? 羨ましいね? 恨んじゃダメ!
「ケンヤさん、私も、私も強くなりたいです!」
「刺さないであげたんだから私もちゃんと鍛えて」
「ケンヤ、こいつ鍛えるの止めて私も入れて」
「ちょ、こいつって……いや、別にいいんすけど……」
おお、何か皆がやる気に……
だけど、ミラそういう理論止めよう?
エミリーも、それじゃ趣旨が変わっちゃうからね?
「じゃあ、少しやり方変えて全員鍛える方向で。取り合えず行きながら話そうか」
全員で行くなら、道を作りながらになるし、リード伯にそっち方面に道作って欲しい場所あるか尋ねてから行こうかな。
皆には買い物などの準備を進めてもらい、リード伯の屋敷に足を運んだ。
連日な為に、何だもう来たのかと笑いながら言われてしまう。
だが、道を作る事を話すとテンションが上がった。
金銭的な儲け話がありがたいらしい。
「ここら辺じゃ、マクレーンの一人勝ちだからよ。
あそこは立地がいいから羨ましいぜ。
うちは頑張らねぇといけねぇ訳よ。だからホント助かるわ」
丁度そっち方面に通して欲しい所があるらしい。
ホールディ男爵領という所でディケンズ候爵家の寄り子らしい。
話の分からない相手では無いので、一応門兵にでもリード伯から頼まれた仕事だと伝えれば問題ないとの事。それを証明する手紙も受け取った。
これで最悪、俺が何か言われるような事にはならないだろうと言う事だ。
ただ、帝国に道を通すのだけは絶対に止めろよといわれた。
大問題になるらしい。
そこら辺何も考えてなかった。
危ない危ない。思わず妖精の国まで道を通す所だった。
そういえば不可侵条約結んでるんだった。本当に大問題になってたな。
そんなこんなでリード伯の屋敷を出て、皆と合流するとホールディの街へと歩を進める準備を始めた。
「領主に話し通してると気が楽だな。門の前で堂々と道作れる」
「おう、いいぜ。好きにやってくれ」
「おうわっ! いつの間に!?」
「おう。馬飛ばしたけど、見失ったからよ。全力で門に走しらせたぜ」
少し後方で馬車から顔を出した伯爵がいた。
「ああ、あれが噂のおっさんか。確かにな」
「ふははは、確かにおっさんなのだ。ただのおっさんなのだ」
騒ぐアンジェをユミルが急いで止めたが遅かった。
あははは、と苦笑いを伯爵に向けてみた。
「おいっ! 全然言い聞かせてねぇじゃねぇか!」
「す、すんません。道の報酬は今の言葉を許すってことで……」
「ほう、わかった。だが、それじゃあちょっと悪りぃなぁ……
あっ! そうだぁ! 娘貰ってくれよぉ?」
と、全開と変わらぬアホ面でいうものだから、アンジェ、ミレイ、エミリー、ミラの子供連中は大爆笑だ。いや、ミレイちゃんはこの中ではお姉さんなのだが……
普通に許してくれたので、ちょっと真面目に頭をしっかりさげると。
「んじゃ、気を付けてな」と快く送り出してくれた。
道中でもリード伯はいい人だと人望が出来上がっていた。
一時間程度でホールディの町に着く。
少し見て回りたい気持ちに駆られるが、そこまで日数に猶予が無い。
最低でも火山の敵を全て殲滅してきたいし、余裕があればその周りの魔物も退治して経験値を稼いで置きたい。
俺も流石にカンストまでは程遠いのだ。
正直アシュタロトの経験地がわからないので大体の目測が大雑把になってしまうが、200レベル前後だろう。
妖精の国や、帝国を結構回ったけど、フィールドで200レベル超えは魔人国や獣人国の方にしかいない。
頑張った所で格下過ぎて殆ど上がっていないだろう。
だから、ホールディの町はスルーする事にした。
言われた通りに伯爵からの手紙と依頼を受けて道を整えた事を伝えて移動を始める。
一応、少し離れるまでは速度を落ちして揺れを我慢して貰う方向で歩を進め、かなり無駄に感じるが、道を作って通った後の道を消しながら進む事にした。
皆も「勿体無い」と呟いていたが、仕方ない。
「折角だから、エルフの里に挨拶しに行こうか?」
ホームシックに掛かってないかなと思いアンジェに問いかけた。
「絶対に嫌なのだ!
今度あのハゲに何か言われようものなら、魔法で撃滅なのだ!」
と強い拒絶を見て、寄るのをやめた。
行った事の無い者達がかなり残念そうにしていたが、いつか普通に来れるようになるだろう。
いや、行った事のあるユミルも心なしか残念そうだ。フェアリーが見たいと呟いている。
うん。それもいつかね。
そんな風に思いながら、死の谷とエルフの里の中間地点辺りを獣王国の方面である西へと向かって爆走する。
地図的には、南に帝国、北にエルフの里、東に王国と言った所だ。
そんな説明を挟み、長時間の移動の暇さ加減を紛らわす雑談をしつつも移動していく。『音消し』の遠隔操作を覚えてから高速移動中の会話もお手の物だ。
「あっ、見えてきた。あれがその山だよ」
「うっわぁ……」
「あれは、人が行ける場所なのかい?」
「ケンヤさん、赤い……ですよ?」
そう、そこは火竜の住む地である火山だ。恐ろしく高い山で上の方は年がら年中噴火中な有様になっている。
確かに。魔法の熱は『マジックシールド』でどうとでもなるけど、火山の熱は無理だよな?
一応頂上付近は属性竜の生息地だからそこまでは行かないけど……
「取り合えず、行ってみよ。麓あたりなら大丈夫かも知れないし。
無理そうなら場所を変えたっていい。ここら辺までくれば結構良い狩場あるから」
「何でこっちの方の事そんなに詳しいんですか?」
事情を知らないルイズちゃん達は首を傾げる。
そう言えば、深い所まではハーレム結成の日の小鳥の囀り亭以来話してないな。
覗き見してたらしいハルやラーサたちもどこから聞いて居たかはわからないし。
とは言え、ここで説明する様な話でもないので知りたければ後でゆっくりね、と意味深に告げるとハルが「これだから信用できないんすよ!」と騒ぎ立てた。
うんうん。そんな馬鹿話の方が移動中の会話にふさわしいね。
ハルの疑いの声も冗談っぽく言っていた事で、最近失ってきたと思った信頼がちょっと回復してきているのを感じた。
きっとラーサには手を出して居なかった事や、リード伯に嫁を進められて居たのを断った事で、そこまで節操無しじゃない事を分かってくれたのだろう。
ただ単純に婚約して同棲生活をスタートさせてるからできた余裕、なのかもだけど。
「さて、これで心置きなくハルに芋虫とか言われた恨みを晴らせる」
「ちょ、いきなりなんすかそれ。そんな事言ってないっすよ」
なん……だと……忘れたとは言わせぬぞ!?
「あー、アルール向かう時よね? 確かこの乗り物に言ってたわね。
どう見ても芋虫には見えなかったから記憶に残ってる」
ほらー、ミレイちゃんナイスー。
「まあ、大丈夫だ。元々キツイポジションだからさ」
「何さわやかに纏めてんすか! 全然大丈夫じゃないっすよ!」
「ハル、諦めようよ。あの話受けちゃったんだからさ」
ルイズちゃんに頭を撫でられて甘えだしたハル。
俺はそれを見てカートをぶん投げたくなった。
「俺だって、俺だってイチャイチャしたいのにぃぃぃ」
「あはは、休憩でもするかい?
私が引ける様になれればいいんだけどね」
「ああ、なんて優しい言葉だろうか。うぉぉぉぉぉ! ラーサ大好きぃぃぃぃ!!」
「なっ、いきなり何言ってんだい……」
俺の求めていた優しい言葉に思わずテンションが上がり、スピードが1.5倍速まで伸びた。
そう、最近皆俺が引くのが当たり前みたいになって来てるんだよ。
お礼の一つも言われた事がない。
ああ、もう着いたの? 見たいな感じだ。
「って、もう着いちまいそうだね。なんて早さだよ」
「ラーサのおかげだな。よし。待ちに待ったイチャイチャタイムだ」
俺はある程度山を登った辺りでカートを止めた。
『ソナー』で調べた結果、丁度ここから生息地に入ったからだ。
「いや、流石に人前でってのは遠慮したいね。アーミラじゃないんだから」
「ぶっ、そう言えば、アーミラってあれからどうしてるの――」
あれ……頑張ったんだけどな。
ミレイちゃんとのアーミラさんネタで二人で盛り上がり始めてしまった。
「ケーンヤ、私がいる。ギュッてして?」
おお、流石ハーレム、何という選び放題感。
一応『シールド』とかのバフをかけ直してっと。よし、モミモミ。
「さて、ここからが本番だよ。装備つけちゃおうか」
「ランス、先にエミリーから手を放して!」
わかった。剣をしまおうか。
ふう。ミラを鍛えるのは程ほどにしよう。
い、痛いっ、嘘、嘘だからっ!!
何? 先っちょだけ? それ俺のセリフー!
「ちっとも変わってないね。
厳しく行くって言ってたのに……まあ、らしいっちゃらしいけど」
「ああ、そうだった。麓はまだ全然大丈夫なラインだから忘れてた。
じゃあ、陣形から説明するよ。
本当にふざけないでね? 死ぬから」
いや、『お前が言うな』ってハモりながらジト目を向けるの止めて。
俺が悪かったから。
気を取り直して説明を行う。
「じゃあ、最前線はハル、ラーサ、ユミル、ミラ、エミリーで良いかな?」
「私も前が良いのだ!」
「よっし、じゃあアンジェも前だな。んで、その後ろが俺。その後ろに残りの全員ね」
そこで、最前線を任せたハルとラーサが頬を引き攣らせた。
「俺らが前って事は、ランス無しで敵を受け持つって意味っすよね?」
「そうだ。俺が『シールド』を駆使してダメージは通らせない。
お前達には雑魚敵で足止めを覚えてもらった後、強敵の所に移動して全力でマジックポーション加えながらスキル連打をしてもらう。
『シールド』管理が少しでも怪しくなったら俺が殲滅するから安心していいぞ」
「その前に、当るのかい?」
「当然、最初はかなり外れるだろうな。
だけど、そこは『パリィ』からのスキルを使ったりしてカバーしてくれ」
そこでユーカから手が上がった。
「ねぇ、お兄さん。それじゃ経験値ってやつが後ろと変わらなくない?」
「いいや、変わるよ。見れば分かるけど、一応説明するか。
死にもの狂いでスキル撃つしかなくなるから魔法に合わせる余裕が無い。
そんな状態で後方から味方に当てないようにすばやい敵に当てるのは相当難しい。
かなりな差が出ると思う。
ああ、当てても大丈夫だけどわざと巻き込むのはやらないでね」
「じゃあ、頑張って上手く一杯当てれば、怖い思いしないで強くなれるって事だね」とニヤリと悪い笑みを浮かべるユーカ。
うん。それならば何も悪くないぞ?
あ、ペトラに何も言ってなかった。凄い震えてる。
「ペトラ、お前は何があっても俺が守るからな。
今は怖いだろうが、問題なく俺達が戦える所を見て、大丈夫な事を感じてくれ」
震えながら目を見開いて、ただただ見つめるペトラ。
当然そこにはまだ信頼と呼べるものは一切無い。
そう言えば、移動中も一切口を開かず、身を伏せていたな。
もうちょっと構ってやるべきだったか?
そこで、空から此方に気がついて一匹の竜が飛んできた。
「じゃあ、陣形。
よし、撃て!」
飛んできたのはブルースカイドラゴン。ワイバーンの次に弱い竜だ。
氷山と同じく、固有名称を持つようなドラゴンを除けば、色分けされたスカイドラゴンとランドドラゴンと属性竜の三種に分かれる。
まあ、ランドが地、水、闇でスカイが風、火、光の進化先があるようなものだと思うけど。外見が似てるし。
固有名称を持つ竜も割と多いのでゲームの中でもやはりインパクトは高い。
にしても、効いてないなぁ。まだ暫くは俺のレベリングは無理そう。
「ぎゃぁぁぁ、これ無理、これ無理、ランス助けて!?」
「あはは、ミラのぎゃーなんて初めて聞いたな。
そうだ。そんな感じに頑張ってスキル出すんだ。そこまで接近されたら『バッシュ』でも良いぞ?
『飛翔閃』連打はここの上位狩場に行ってからだな。
まずはスキルの練習からしよう。
上に行っちゃってからじゃさらに難しくて多分無理だから」
爪撃をガシガシ受けている。翼が振られる風圧でミラの髪があっちこっちに靡いていてあっちこっちに転がされている。
「違う。食いつかれた! 死ぬから。早くして馬鹿ぁぁぁ」
ミラは、必至に攻撃を返すが、頭から食いつかれた。
顔を振って食いちぎろうとするが、振り回されるだけでミラには一つもダメージは通っていない。
「駄目だ。ちゃんと守るから食らわない様に立ち回って全力で攻撃しろ。
まあ、一回だけ離すか。『アースバインド』
ミラ、もう一度言うぞ。
今回は甘えは無しだ。それが嫌なら後ろに混ざれっ!」
ミラへと言葉を投げている間、すばやく動いたのはラーサだ。『アースバインド』に合わせ『パワースラッシュ』を連打する。
ハルもそれに続くが、少し遅かった。
『パワースラッシュ』を放った後の硬直で今度はハルがターゲッティングされた。
ダメージ量はラーサのが断然上だが、彼女は距離を取るのは早かった。
さすが元からの冒険者だ。無謀な深追いをしない。
気持ちを切り替えたのか後ろに回ったミラが『パワースラッシュ』を必至に放つ。
「ミラいいぞ。ハル『パリィ』と『パワースラッシュ』の組み合わせだ。
この前、教えたとおりに合わせてみろ。
どうせ食らってるんだ。落ち着いて合わせるんだ」
「そんな、こと、言ったって……
完全に予測で出さないと間に合わないっすよぉぉぉ。
『パリィ』『パリィ』『パリィ』あっ! 『パワースラッシュ』
え? 間に合わないっ!?」
攻撃を弾いて『パワースラッシュ』を決めるが、格上になればなるほど即座に出さないと間に合わない。
上から叩きつける爪撃を食らい、転がされるハル。
そこまでタイミングは悪くなかったが、シビアな状態で出来る様になって欲しい。
「いいぞ。それでいい。その予測が重要なんだ。
反撃食らったのは少しスキルの繋ぎに手間取ったからだな。
慣れれば格上とだって一人で渡り合えるようになるから頑張れ。
それが一流の剣士になる必須条件だ」
「きびしいっすよぉぉ」と声を響かせながらも、五回に一回は成功させている。
攻撃を喰らうのを一切気にしなくていい状態と言えど、最初から合わせられるのだから才能はある。
だってこいつら、ブルーだけど、ブラックオーガと同レベルだし。
まあ、ラーサがBランク時に『パワースラッシュ』当てたのよりはたいした事は無いけどね。
命が掛かってて食らったら終わりの状態で最高のパフォーマンスを出してるし、『パリィ』無しで『パワースラッシュ』当てる事がそもそも凄い。
それにあの時のラーサと違い、ハルたちはもうAランクだ。
「ユミル、エミリー足を止めるな!」
「「――っ!?」」
あー、相当足が竦んでるな。見てて分かるほどにビクリと震えた。
まあ、怖いよな。正面に立たれたら俺だって怖いもん。
「あ、あああああああ!!」
え? ユミル、どうしたの!?
って、気合入れたのか? 初めて聞いたよあんな声。
ユミルは、未だにハルに集中して攻撃をしているブルースカイドラゴンの目の前に回り、横から『パリィ』を決めて、即座に『パワースラッシュ』を決めた。
凄いな。一発で決めやがった。
ユーカが「嘘っ、あれ、ホントにお姉ちゃん!?」と目を剥いている。
「いいぞ! ナイスだ。今のタイミングなら反撃は貰わない。
ハルも取り敢えずは今のを目指せ」
「ランスさん、どうせなら手本見せて欲しいんだが……」
「ああ、ラーサの頼みならお安い御用だ。一度休憩にしようか」
数回、攻撃に合わせて多方向からの『パリィ』を見せる。
次に『瞬動』で攻撃の回避、『スワンプ』で沼の移動阻害や『アースバインド』など、色々な対応方法を見せて、最後に一言入れて『パリィ』からの『パワースラッシュ』を見せた。
魔法系は前衛じゃゲーム時には使えなかったが、使えるのだからどんどん使った方が良い。
MPと相談してになるから回復魔法持ちは特にマジックポーション必須になるが。
一応他にもまだあるけど『スロウ』などの魔法までを使ってしまうときつい状態での練習が緩和され過ぎてしまうので除外した。
「ほへぇ……流石お兄さん。余裕だね」
「わ、私も前に出たくなって来たのだ! 面白そうなのだ!」
こらこらアンジェ、お前は前に出たいって言ってたのにいつの間にか後ろに居たよね?
「「「……」」」
命の危険を感じつつ苦戦していたハル、ラーサ、ユミル、ミラは絶句していた。
いや、脳内でシュミレーションしてるのだろうか?
あれ、そんな事よりエミリーが泣いちゃってる。
ほれ、どうした。大丈夫だぞ?
「何も……出来なかった。私だけ……」
「次も駄目そうか?」
「……わかんないけど、やだ。私だけ駄目なのはヤダ」
「エミリーだけじゃないぞ? 後ろの皆は一つも魔法撃てなかっただろ?
後ろに回っても良いし、続けてもいい。
まだ始まったばかりなんだから気に病むなよ。な?」
そう、最初指示した時の一発以外は合わせる事が出来ずに一度も撃てていない。
と言ってもそれは前衛が悪い。
と言うか格上過ぎて引き離す事自体が出来ないのだから仕方の無い事だが。
それを抜かしても合わせられないだろうな。
落ち着いて見ていられるが、前衛よりも更に深い先読みがいる。
こちらも結構な難しさだ。
「ランス、話が違う!
厳しくいくって言って私に厳しくしたのに!!」
「いや、それは戦闘中ね? 命が掛かってるからって話だってば」
「むぅぅ! 私は前に出るからね」
うん? どうしてそう繋がる。
ああ、言わなくてもわかったよ。なんて良い顔してるのさ……
楽しくて興奮しているのね。
そう言えば、ペトラの様子はどうだろ。
後方で見ててもらったけど……
ありゃ、まだ目を見開いて固まってる。
「ペトラ、ちょっとおいで」
「ぁぃ」
声が出ない様だ。足取りもおぼつかない様に見える。
「まあ、ビックリするよな。俺達は冒険者だから、こんな感じで普通に戦える。
ちょっと怖いだろうがお前に痛い思いはさせない。だから安心していいぞ」
「ぁぃ」
「よし、良い子だ。
極度に緊張すると喉が絞まったりするから、声が出にくくなったりするもんだ。
慣れるまでは気にしなくて良いからな」
おお、少し慣れたのか恥ずかしそうにモジモジしてる。何だこの可愛い生き物は。
日常系の幼女が主人公のアニメに出てきそうな感じだな。
是非ともアナスタシアと組んでそのアニメに出演してほしい。
取り合えず、頭なでなでしとくか。
「さて、そろそろ次行くぞぉ!」
ある程度休憩も取れたので、次に行く事を告げると、前線メンバーは各々様々な気合の入れ方で立ち上がった。
「そう言えば、思ったより熱くないっすね?」
などと、ハルも大分緊張が抜けた様子。
これは良い感じの成長が期待できそうだ。
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