第54話大天使にプロポーズ。

「これでやっとユミルとも合流できる」


 帝国の皇都を見渡し、一つ息を吐いた。


 あれから、ミラたちを狩場に送り、マザースライムを討伐して即座に向かった。

 今回は一人だし、と数千回と『瞬動』を使ったりしてかなり急いだが、もうかなりいい時間だ。


「急いでユミルの所行かないとな」


 もう将軍の所は半分諦めた。

 そう思って長期逗留していた宿に足を運んだ。


「え? 居ないの?」


 はっきり聞こえていたが、思わず店員に聞きなおしてしまった。


「ええ、そのお客さんなら、もうこの宿を出ましたよ」


 その言葉を聞いて、次の行き先を決めるのにしばしの時を要した。


「ああ、ディアたちが寮にいるじゃん。聞きに行こう。

 行き先知ってると良いんだけど……ああ、もしかしたら女子寮に入ったのかも」


 なら行くべき所は皇都魔法学院の女子寮、なのだが。

 一応、すぐ近くなのでメイベルさん家も寄って話を通した。

 エミリーの事を正式に娶ると伝えて置こうという理由もあったから丁度良いと思っての事。

 彼女がユミルの行き先を知っていれば、都合がよかったが知らないようだ。

 入寮した訳でもないらしい。


 エミリーを娶る件で大いに喜ばれて話が中々進まない。

 ついでにこの時間に将軍と話をする手段ってあるかなと相談する。


 相当な火急な話でもない限り明日にした方が良いと柔らかく伝えられたが、火急なんだよねと呟くと「なら正面から行って伝えるしかないでしょう」と呆れられてしまった。

 うん。そうだね。面倒くさく考えすぎてた。


 あと、家を継ぐ気はありませんからね?

 そんな、砕けた口調で返して御暇してきた。


 そして女子寮に我が物顔で入った俺は、ディアの部屋に行きドアをノックする。


「は~い。ちょっと待ってね」


 もう二十時を回っているというのに、快い返事でドアが開けられた。


「へぇっ!? カ、カミノさん?」

「こんな時間にごめん。ちょっと聞きたい事があってさ」

「う、うん。……あ、あがる?」


 顔を伏せて、ドアを広く開いた。

 あの、やらかしてしまった日から、彼女は目を伏せることが多くなった。

 ディアには優しくしてやらねば……


「あー、そう言ってくれるのは嬉しいんだが、急ぎなんだ。

 ユミルの行き先知らないかな?」

「あー……ユミルさんなら死の谷に挑んでますよ」

「ええ!? それはちょっと早過ぎない?」


 あそこは140レベルからの狩場だよ?

 えーと、あのタイミングBランクになったのだから、あの時90レベル付近だろ?

 手伝い無しだとこの範囲でいける場所で考えて……一週間なら……

 頑張っても100レベル付近だな。

 チートアクセやオリハルコン装備の分計算に入れても130レベルくらいが限度だろう。

 パーティーで一匹を相手にするのでぎりっぎりだ。


 流石に、カーチェが居るからってそれは危険過ぎだろ。

 カーチェだってそこまで強い訳じゃない。良くて入り口付近の適正ラインだ。

 ディアは「皆で止めたんですけど、何か行かなければいけないみたいで……」と、気まずそうに言葉を返した。

 昨日出発したそうだ。


「分かった。情報ありがと。ちょっと行ってくる」

「えっ!? う、うん……じゃあ、気をつけてね?」


 何か少ししどろもどろするディアに別れを告げて、一目散に走った。


 昨日出発したんじゃユミルたちの速度でももう着いちゃってる。


 誰かが死ぬような事になってたりするなよ……頼むから……


 もうこんなに心配させて、ユミルには説教だな。お仕置きだ。

 一杯可愛がってやるから、だから無事で居てくれよ……


 そう思って背中が凍る思いを味わい続けて辿り着いた死の谷。

 即座に中に入って魔物が居ない場所を探して走り回る。


「あ、赤点が消えた。あそこだ!」


 『ソナー』で感知していた反応が消えた。

 今、魔物が倒されたと言う事だ。その場所に猛ダッシュで走る。


 良かった……きっと大丈夫。皆生きてる……


 そして、その場所に辿り着いた瞬間、俺は『隠密』『音消し』で姿を消した。

 そこには、ユミル、アンジェ、カーチェの三人の他に、男も居たからだ。


「な、何やってんの?

 ま、まさか……浮気か? 俺、リアルNTRされちゃうの?」


 呆然と立ち尽くしそうになる。そんなまさかな。ユミルに限ってそれないだろ。

 この中で可能性があるとしたら、まだ関係が浅いカーチェくらいだろう。

 そう思いつつも、近づきどんな事を話しているのか耳を傾ける。

 そして、俺はある事に気がついた。


 あれ、リーンベルトとガイールだ。


 はぁ、と深く溜息を吐き「ビビらせるなよ」と呟きながら近づき声をかけた。


「よぉ!」


 だが、反応が見られない。そ、そうだ。『音消し』使ってた。

 動揺し過ぎて忘れてた。

 気を取り直してと思っているとどうにも彼らの空気がおかしい事に気がついた。


「ユミルさん、やはりここはいけません。今からでも引き返しましょう」

「ですから、何度も言っているではないですか。私一人で良いんです。皆さんは帰ってください」


 あれ?

 何か、アンジェすらも天井を見上げて『どうしてこうなった』って顔してるぞ……


「って言ってもよぉ。

 俺達だって恩人であるケンヤにユミルさんは死にましたなんて言えねぇっての」

「何で死ぬことが確定してるんですか! 今も倒せる事を証明したでしょう?」

「いや、全員でやって結構ギリギリだったと思うんだけど……もう結構時間経ってるってのにまだ全然倒せてないし、止めておいた方がいいって」

「それでも倒せたのです。私はケンヤさんの隣に立たないといけないんです。

 止めないで下さい!」


 あー、そう言う事。

 浮気とか考えた自分が恥ずかしいな。

 即座に『音消し』と『隠密』を解除してガイールとリーンベルトの肩を抱く。


「二人とも、本当にありがとう。マジで助かるよ」

「おわぁぁぁ! ちょ、何で居るんだよ!」

「うわっ……あ、ははは、兄上はもう何でもありですね……」


 オーバーリアクションを見せる二人に「わりぃ驚かせたな。でもその前に……」と言ってユミルをじっと見つめた。


「ユミル、何でこんな事してんの?」

「……き、聞いていたんですよね?」

「ほぉう、お前は強くならなきゃ捨てるような男だと言いたいのか?」


 心外だな。仮に浮気したって離さないっての! ぼろ泣きするけど……


「ち、違います!

 そっちじゃないんです。これから、危険な大型のボスが現れるんですよね?

 ケンヤさんでも危険なんですよね?」


 珍しく口をへの字に曲げて反抗的な態度を取ったユミルから放たれた言葉は、予想を反するものだった。


 そうか、全部……すべてが俺の為だったか。


 その言葉に包み込まれるような優しさを感じて、返す言葉を失った。


 大型ボスの事は深くは考えてなかった。

 漠然と準備しておかなければなというくらいだ。


 だが、あの悪魔アシュタロトを相手にしてから、強い痛みを受ける恐怖と何でおれが一人でやらなければならないのだろうという思いも少しは感じていた。

 この世界での戦いが好きな俺にとってそれは然程強いものではない。


 だが、じわじわと心を蝕んでいたのだろうか?


 いや、それよりも浮気かもと思った所から、全てが俺の為で命を賭けるほどだったからかもしれない。


 生きていてくれた事の安堵からかもしれない。


 未だ、原因がはっきりしないままに、彼女の想いに涙腺が緩み喉の置くがキュッと閉まる。

 あれ、何でこんなに心揺れてんの俺。

 久々に会えたユミルが可愛すぎるのが悪い……


「ぁ……ぅ……」


 いつかのアンジェみたいな声を上げるしかできなくなり、恥ずかしさで両手で顔を隠した。


「ちょ、お前どうしたんだよ! と言うか、私達にかける言葉は無いのかよ!」

「そうなのだ! もっと何かあるはずなのだ!」


 俺が突如出現した驚きで固まっていたアンジェとカーチェが動き出した。

 頭をペシペシと叩いたり後ろからしがみ付いたりしている。

 動揺してる俺にそう言う事するの止めて欲しい。


「はぁぁぁ、もうっ、ユミル!!」

「ひゃっ、ひゃいっ! ごめんなさいっ!」

「愛してる。結婚しよう」

「ふぇっ!? あ、はい」


 周りの皆が「え? どういう事」と固まっている。


「もう、ユミルは天使だな。あ、でも危ないことはダメだぞ?

 俺が早く強くなれて安全な所教えるからさ。

 こんな所で時間かけて狩するなら適正のちょっと上でさくさくやる方が上がるんだ」


 優しくそう言って、後ろからしがみ付いているアンジェをおんぶしたまま、ユミルを抱きしめた。


「もうっ、迷惑かけたくないから頑張ってたのに……」


 不貞腐れるような事を言いつつも、嬉しそうな困り顔を見せる彼女。


「迷惑なわけあるか! 一緒に居たいんだよ。それじゃダメなのか?」

「ううん。すっごくうれしいよ。ありがと。ケンヤさんっ」


 普段使いの敬語も忘れて天使の様な笑顔を見せてくれた。いや、大天使だ。


「なぁー、いい加減私にもなんか言えよぉ。無視すんなよぉ……」


 一人、物理的に距離の開いているカーチェは不貞腐れる様に言葉を吐いた。

 彼女の方へ振り向いて思い出した。ここは彼女らにとっては危険な場所だと。


「ごめんごめん。じゃあ、帰ろうか」

「んだよっ、やっぱり放置なん……っ!?

 ばっ、お前握るんなら握るって……ビックリしちゃったじゃないかよぉ」


 防御バフをかけつつも、カーチェの手を握って出口の方へと歩き出した。


「あっ! そう言えば、ガイール。

 俺、お前の親父に話したい事があるんだけど、大至急で。

 悪いんだけど、このまま着いたその足で将軍に合わせてくれない?」

「お、おまっ、無茶言うなよ。ってそれほどやばい事なんか?」


 あー、こいつらはもう全部知ってるんだよな。

 んじゃ伝えちゃってもいいか。


「王国はとっくにマジックアイテム呪いで国王が被害にあったってわかってたんだ。

 戦争の手筈と国王の治療両方準備してて、俺が『ディスペル』で国王を治したは良いけど、今度は戦争になりそうなんだよ。

 それを回避するにはどうしたらいいかって相談をしようと思ってな」


「「「「――っ!?」」」」


 どうでも良さそうなアンジェを除いて、その場の全員が息を飲んだ。


「わかった。叩き起こしてでも場を整えてみせる。だから、わりぃけど、頼む」

「回避する為に動くって事なら約束する。

 実際には厳しそうだけどな。やったことが酷すぎて」

「そう、ですよね。すみません……」


 こらこら、何でもかんでも自分が悪い風にとるなよ。

 全くこの子は。と、リーンベルトの頭をなでなでする。


 余り深い所ではなかった為、それから直ぐに死の谷を出られた。


「あー、この分だと着くのは明日の朝だな。まあ、その方が俺も都合が良いか。

 親父をこんな時間に起こすなんてちょっと怖いし」


 と、ガイールが見当違いな事を抜かしている間に、芋虫の様なカートを作成した。

 いや、芋虫じゃねーよ?

 くっそう、ハルめ……人の努力を……


「兄上、これは何ですか?」

「おう、皆ここに乗ってくれ」


 何の説明も無しに言ったが、訝しげな表情をしながらも全員乗ってくれた。


「おい、これが馬車の様な物だって事は分かるが、馬が居ないぞ?」

「そんなのランス様が馬に決まっているのだ。お前は馬鹿なのか?」

「いや、俺馬じゃねーよ? 引くけどさ……」


 と、そのまま『ストーンウォール』『クリエイトストーン』を使い、道を整えつつ高速で進む。これ以上馬鹿話に構っていたら、本当に夜が明けてしまう。

 ミラたちを狩場に置いてきているのだから、そっちにできるだけ早く戻りたい。

 勿論、絶対に大丈夫だという自信はあるのだが、それでも嫁が戦っていると考えると気が気ではないのだ。

 レベリングは必要だけど、こういう時は今度からお休みの日にしよう。


「おわぁぁぁぁあ、なんじゃこりゃぁぁぁ」


 ガイールが煩い。

 ユミルとアンジェの二人を見習って欲しい。

 安全バーに手を乗せて楽しんでいるぞ。

 流石、我が嫁と娘よ!

 カーチェとリーンベルトは口を半開きにしてキョロキョロとあちこちに視線を送っていた。

 魔法学院には大図書館ダンジョンがあるから移動する必要が無かったんだよな。

 王国に入る面子は乗りなれてるんだけど。


「お、おいっ! ケンヤ、これ大丈夫なんだろうな!?」

「大丈夫って何がだよ。良いからお前は場を整える方法を考えてろ。

 大至急だぞ、大至急!」

「ばっ、こんな速度の中で考えられっかぁぁぁ」


 全く、騒がしいやつめ。


「ランス様、キラキラさせて欲しいのだ。夜に映えるのだ」


 お前は何を言っているのだ?

 ああ、『ライトニングボルト』を使って欲しいのね。そう言って。

 『ソナー』魔物は……うん。結構居るな。どうせだからそこに撃とう。


「わぁぁぁぁ、綺麗です。ケンヤさん」

「本当ですね。兄上は本当に凄い」

「わはははは、私なのだ! これに気が付いてお願いしたのは私なのだ!」


 残りの二人はうっとりとした顔でほけーっとしている。

 なるほど、こうすればガイールは黙るのか。

 よかった。夜中に大声上げるのって何か良くない事している感が強いし。


 そして「綺麗なの終わっちゃったのだ……暇なのだ!」と、アンジェが騒ぎ出した頃、皇都に着いた。

 飛び越えようかと画策していると、リーンベルトが門を守る当直の守衛に門を開けさせていた。

 こんな時間に顔パスで門空けさせるとか、流石、次期皇帝。

 そのままカートを走らせ、ガイールの家の前で止まる。

 その際、町の中の石畳を勝手に整えるのも如何なの?

 と思ってそのまま走ったら、夜中の街中に大きな悲鳴が響き渡る程に揺れた。


 うん。近所迷惑だよ?


 そんなこんなで辿り着いた、ハルードラ邸宅。

 だと言うのに、その家の子は一向に中に入ろうとしない。


「こ、こんなに早く着くのかよ……何も考えてねぇんだけど」

「別に俺が正面から乗り込んで叩き起こしても良いぞ?

 まあ、その時はお前がへたれて何もしなかったから、と告げさせて貰うが」

「お、お前は鬼か! わ、わかってるっての!」


 でかい図体をしながら小さくなって中に入る姿に少し笑いが出た。 

 だって、アンジェが「あいつ、でっかい癖にちっちゃくなってるのだ」とか大声で言うんだもの。

 微笑を振りまいた彼女はユミルに「メッ」と言われて大人しくなって居た。

 それから暫く待つと門が開いたので、カートのまま全員で中へと入った。

 通された応接間は、この前俺が凍らせてテーブルを破壊した場所だった。

 今ではその形跡すらも残っていないが、僅かな罪悪感に苛まれる。


「火急の用件なんだってね。大筋は聞いたよ。

 まずは、伝えに来てくれてありがとう。

 詳細を聞かせて貰えるかい?」


 彼は、深夜だというのに寝起きの顔を一つも見せずにいつもの落ち着いた口調で問いかけてきた。


 彼に事細かに詳細を話した。

 言葉も忘れてしまう程の症状で十年以上過ごすことになった国王を元に戻した事。

 全てがバレていて、戦争の準備を既に進めていた事。

 戻った王も、これを許すわけにはいかないと憤っていた事。

 

「まあ、そうなるだろうね。バレない物でも無いと思っていたしね。

 逆に攻めて来ていないのだから、もしかしたらそんな事もあるかも知れないくらいの僅かな願いだったが、そうか……」

「なら言ってよ。バレててどうしようって気を揉んじゃったじゃん。

 それで……俺はどうしたらいいかな?」


 そう、これが本題なんだ。

 どうやって止めたら良い?


「……依頼達成の報酬を貰いに来たんじゃないのかい?

 まだ、こんなどうしようもない事に付き合ってくれるのかい?」


 ど、どうしようもないのかよ!!


「嫁が『戦争は嫌だ』って……だからさ、回避する術ないかな?」

「……ははは、君の嫁がこの世界の支配者なのかも知れないね」


 そんな彼の冗談に、リーンベルトが真剣に「ありえますね」と言った事でガイールと俺だけが笑った。

 え? 何? 本気で言ってる訳じゃないよね?

 世界征服とか、興味ないよ?

 いや、その前に無理だわ。統治とかそう言うの絶対無理。

 何して良いかわかんないもん。


「君ならそれも出来ると思うけどね……いや、それより今後の対策だったか。

 戦争回避は不可能に近い。そう思ったが、キミが味方に付いてくれるなら、可能性はまだ残っているかな」

「言って置くが、止める為に動くのであって戦争の参加だけはしないからな。

 するとしても、止める側の第三勢力くらいに思っておいてよ?」

「ああ、そんな真似はさせないさ。

 唯一つ願うならば、向こう側についてこっちを滅ぼすのだけは勘弁して欲しい」


 当たり前でしょうが。

 それはこいつらやディアと殺し合いするって言ってるようなもんだぞ。


「だから参加しないって!

 おい、お前らも『ありがとうございます』とか言うの止めろよ。

 友達を殺さないって言ってくれてありがとう、って言われる気持ち考えろ」


 ユミルの苦笑とアンジェの「ランス様は英雄なのだ」という意味の分からない発言だけが響く。


「それで、その可能性ってどう動けば生まれるの?」


 彼は「面倒だよ?」と一つ前置きして説明を始めた。


「王国で功績をあげてほしい。それはもう、国が困るほどに」

「……どういう事? 借り作りまくって『お礼は戦争回避で』とでも言うの?」

「いや、それでは絶対に止まらないよ。キミの立場が悪くなってしまう。

 王国はね、今お金が無いんだよ。さっきキミが言ったオーガ討伐の報酬はいくらだった?」

「いや、金一封って言われたけど、まだ貰ってない」

「多分、そんなには出ないだろうね。いや、出せないはずだ」


 なるほど。つまりこういう事だろ?


「金のかかる戦争をさせない為に金を搾り取れって事か」

「ああ、その通りだよ。それで時間を稼いで欲しい。

 褒美をお金でと言うのは相手も断れないものだからね」

「それだけで止まるの?」

「いや、無理だろうね。

 だけど、割と長い時間が稼げるはずだ。

 その間に元凶が動き出すと思うんだ。あれはせっかちだったからね」


 元凶って……皇帝か。

 なるほど、あれが皇帝です。討伐しましょうって流れ作るのね?


「でもそれじゃ皇帝が魔物になったって所から信じて貰えないと無理じゃん」

「ああ、だから動き出した時に此方に一報入れて欲しい。

 そしたらすぐに謝罪表明をするよ。

 それまでには、帝国の中の意見も出来るだけ纏めておかなければならないな。


 これはさらに大変そうだ……


 おっと、ずれてしまったね。

 そうすれば、本当の事なのかと調査をするはずだ。

 そして、あれは自己顕示欲も強いから、聞けば自ら名乗るだろう。

 申し訳ないが、そこも協力して欲しい」


 それを俺がすればいいのか。

 でもそんなに上手くいくかね?

 希望的観測が多い気がするけど……


「ああ、気持ちは分かるよ。

 懸念事項は色々ある。

 謝罪表明に事実を書いても、一切信じずに調査をしない事も。

 皇帝が自我ない、もしくは喋れない魔物だったりとかね。


 でも戦争を回避するにはその心許無い可能性が必要なんだ。


 元凶を王国と共に打ち倒して、関わりの深いうちが精神誠意謝罪する。

 当然、それは国庫を全て吐き出すつもりで行うよう調整をして置くつもりだ。

 まず、討伐際に金銭や物資の供給を全てこっちがやる。

 戦力も送りたいが、信用がないから逆に疑われてしまうだろうからね。

 後は王国の要望次第になると思うけど……

 それを王国が受け取ってくれるのであれば、恐らく思い直してくれるだろう。

 それくらいしか平和的に戦争回避する道が無いんだよ。

 キミだって、友好の証だなどとマジックアイテムが送られてきて十年もの間、彼女をおかしくされてしまったら、彼女を元に戻せても謝罪したくらいじゃ許さないだろう?」


 そこに深く頷くと言葉は続いた。


「じゃあ、何処まで行けば、その復讐を止められる?

 関わったもの全員殺す? それとも元凶を打ち倒したら?」

「なるほど。

 確かに言われてみれば元凶を自分の手で倒せば気持ちも多少は治まるか。

 でもそれって子供の理論じゃね?

 国とかになるともっと複雑になるんじゃないの?」

「ははは、建前とか見栄を全部取っ払ってしまえば、残るのは利益と子供の理論なんだよ。

 これが成せれば、見栄と利益と感情論がクリアされると踏んでいるよ。

 建前上はそれでも叩かれるだろうが、戦争で損をする程の必要はなくなるだろう」


 ふむ、そう言う物なのか?

 まあ、何にせよ、やることは分かった。

 その案の過程も結果も上手く行きさえすれば悪くないものだ。


「んじゃ、取り合えず言われた通りに動いてみるよ。と言っても功績って何すればいいんだろ。ああ、大迷宮攻略した事教えてみるか」

「え? こ、攻略って何処まで行ったんだい?」


 いやいや、攻略したって言ったんだから最後まで行ってボスも倒したに決まってるっしょ。


「えっと、それは刺激が強すぎるんじゃないかな。

 確か、ここ300年で41階層までだった思うよ?」

「でも、ここ300年ってことは、勇者あたりが攻略してんじゃないの?」

「うん、そうだね。

 でも、その勇者様でもボスは危険だからと50階層で引き返したって話だよ」


 ふーん。

 ってそりゃねーわ。


「……いや、それ絶対に仲間の為だから。 

 じゃないとあの悪魔の足止めどころか一撃悶死だからね?」

「……そうなのかい?

 でも、それでも歴史がそうなってしまってる以上はね……

 刺激が強すぎると思うよ?」


 あー、そっか。俺が馬鹿だったわ。


「なるほど。流石は将軍。ちょっと調子に乗りすぎてた。

 その調子でアドバイスを頼みます。俺、絶対どっかでミスするわ」

「あはは、私もそこまで見通せるかはわからないけどね。

 わかる事なら全力で応援させて貰うよ。キミには借りが多すぎる」


 ミラの事は彼らのせいではなかったし、正直もう借りとか思わなくていいんだけどな。


「まあ、その借りはこうして話し聞きに来た時に相手してくれれば十分だから。

 そんな事より、ガイールの嫁のこと心配しようぜ」

「ちょ、おまっ、いきなり何言ってんだよ」

「ふむ。ガイ、お前は婚約を渋り続けて居たね?

 恩人がこう仰せだ。応えてみようか。誰が望みなのかな?」


 ぶはっ、この場でかよ。たちわりぃな。

 言った俺もなんだが、そう言う風に悪乗りするとは思わなかった。


「え? いや……そう言う話は客人が帰った後という事で……」

「うん? 聞こえなかったかな? その客人がこう言っているのだよ」

「二人とも、余り苛めないでやって下さい。ガイールは姉上に本気なんです」


 あっ……

 うん。両手で口を押さえてももう遅いかな。


「……そう言えば、いつかも聞いたね。

 取り合いがどうとか。そう言う事だったのか……」

「ち、ちがっ、待ってくれ親父!

 俺は不敬な事は考えてない。諦められるまで時間をくれるだけで良いんだ」

「おいおい、情けない事言うなよ。せめて当って砕けて来いって」

「家柄なら問題はないが……すまないガイ。

 せめてこんな事を仕出かしてなければ陰ながら応援する事もできたのだが……」


 思っていた反応と違ったのか『えっ?』と小さく声を上げると、ガイールは呆然としてしまっている。

 微妙な沈黙という気まずい空気が流れた。


「そもそもさ、皇帝の悪行知ってて放置してたんだろ? 公爵家は。

 そいつらを一時、丁重に監禁した程度でそこまで罪を感じるってどうなの。

 見栄取っ払ったら子供の理論で良いんだろ? 好きにやらせちゃえば?」

「……確かに、被害者の彼らもそう言ってくれている。

 そのお陰で、ガイールに家を残す事は許された。

 だが、その上で皇女殿下を嫁に貰うというのは勝ちすぎるんだ」


 あー、出る杭は打たれるもんな。

 なるほど、結局の所ガイールが叩かれるのか。

 うん?

 なら良くない?


「勝ち過ぎて叩かれるの本人なんだし、やっぱり好きにやってみれば?

 廃嫡を覚悟したんだろ?」

「えっ……いや……

 そうか……それは面白い考えだね。そうか。あはは、それもそうだね。

 うん。ガイ、自分の責任で好きにやってみるといい。

 きっと大変な事になれば、強過ぎるお前の友人が手を貸してくれるだろうしね」


 口をパクパクとさせたガイールがドアをチラチラ見ている。


 お前、この期に及んで逃げ出す気かっ!?


「わ、わかった。好きにして良いんだよな?

 見てるだけでも良いんだよな?」


 うっわぁぁ、へたれめ!

 ほら、流石に将軍も呆れてんぞ!


「お、お前、後で覚えてろよ。ディアさんにアドバイスしまくってやるからな」

「え? 何でディア?」

「え? ケンヤさんわかってなかったんですか?」

「うっわぁ、私でも気が付いてたぞ?」

「わ、私もわかるのだぁ! 全く、なのだぁ。ふは、ふは、ふはははは」


 俺は首をかしげながら、強がるアンジェを撫でて考えてみた。

 あー、もしかしてディアに惚れられてる?

 ガイールの話の繋がり的にその答えにたどり着くが、殺されそうになったのに、そんな風に思えるかね?

 関係の修復は一応できたと思うけど……


「では、私はこの件を纏めたいので、これで失礼するよ。

 ああ当然、王国との事の方だ。

 おっと、大事な事を忘れていた。

 レーベン商会は知っているね?

 キミに伝えるべき事があれば、あそこを通して手紙を送る」


 丁度ピンポイントで付き合いの深い所だな。何でコネがあるの?


「言ってなかったかな? 私は魔道具集めが趣味なんだ。

 レーベン商会は帝国でも有名な大手商会だよ?」


 ああ、そう言えば言ってたね。魔道具集めが趣味なんだっけか。

 そりゃ、コネくらいあっても不思議じゃないか。


 そうして、俺はガイールに睨まれつつも、颯爽とハルードラ邸を後にした。

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