さいわいなことり

神のことほぎ

　夜の闇に満ち、はるか遠い月と星から降る明かりだけがほのかに地上を照らす世界。森の木々は闇を深めて、朝まで動物たちの眠りを守る。

　しかし森の奥の奥、生い茂った葉が作る濃い影の中、粒子のような淡い輝きが、宙空に輪を描き出していた。

　光る円の中心に、ぼんやりと人影が浮かび上がる。

　それは、小さな小さなこども。

　空にきらめく星々を見上げて、木の枝に座るこどもがいる。

　輝く輪から、ひと粒の光がはらりと落ちる。

「そこにいたの。何してるのエル」

　落ちてきた光の粒を掴んだのは、木の下にやってきた、これまた小さな小さなこども。そのこどもの体も、やはりぼんやりと明るい輪に包まれている。

「お月さま見てるの。ファラ」

　ファラと呼ばれたこどもが地面を蹴った。体がふわりと宙に浮かび上がる。二人のまわりを照らし出していたのは、綿毛のように柔らかく、満月のような白さを放つ、背中から生えた羽だった。

「お仕事よ。また新しい命が生まれたの」

　枝の上まできたファラが、エルの羽をくいと引く。

　エルはそれでも動きたくなさそうに、頬杖をついて振り向かない。

「ファラが行けば。わたしはやだ」

「なに言ってるの。神さまの代わりに、お伝えするのよ」

　今度はぐいぐいと引っ張られ、エルは仕方なく立ち上がった。先に飛び立ったファラを追って、月明かりが降る中へ飛び出していく。

　夜闇のなか、羽をいっぱいに振って前を飛ぶファラの頭の上には、金色の輪が柔らかく光っている。その光を見失わないように、エルも白い羽を動かした。月の光は暖かく、星々の囁きは耳に優しい。人には感じられないぬくもりと、人には聞こえない響きと。

　月明かりが見守る中、星満ちる空の下を飛んでいく、小さな小さな二つの光。いましがた賜（たま）わった言葉を携え、羽を動かす天の使い。

　新しい命が生まれると、天使は魂を宿した母親に、ことほぎを伝えに飛んでいく。大事な大事な神さまの、お祝いの言葉を伝えに行く。

　時には夢の中に訪ねるかのように。

　時にはそよ風のさやぎのように。

　時には月の光のように。

　ことほぎを受けた母親は、気のせいと思うかもしれないし、きっとすぐに忘れてしまうかも。でも優しくささやく天使の声は、チリンと鳴り響く鈴のように、心の奥にはずっと残り、きらきら消えずに光り続け、やがて新たな命を気づかせる。

　天使たちはどこへでも飛んでいく。風にのって、精一杯、小さな羽を動かして。

　おめでとう、を言いにいく。

　エルもこれまで、指をすべて折ってもとても足りない、たくさんの命を伝えてきた。北の山の中に、都会のお城の中に、深い森の中に、岸辺の小屋の中に。

　神さまにお知らせをもらったら、ただひたむきに飛んでいった。

　なぜ自分たちが伝えるのか、知らないのに。

　何のために伝えるのか、知らないのに。