第4話 武具の儀
話を聞くに、毒を盛られる前の私は、ひどく傲慢で人当たりがきつかったらしい。
護衛役のアラン――話の流れで名乗ってくれた――という少年にはいつもきつくあたり、まるで道具としか見られていなかったようだ、と笑って話された。
アランは私の世界で言う忍びのような一族で、ククリナイフを使って戦うのだという。毒見役も彼だったらしいが、毒を盛られた日の私が、主人より先に箸をつけるなと怒鳴り、その日は毒見が出来なかったらしい。それでもずっと、私を守ってくれていたのだという。
「そんな……ごめんなさい」
正確には私ではない気もするのだけれど、なんだか申し訳なくて、思わず謝ってしまった。アランはそれにも目を見開いて、驚いた様子だった。
「姫様、じゃなかった、えっと、なんて呼べば良いかな」
「ロベリタでいいよ。そういう名前みたいだし」
「うーん、じゃあ、僕の方が年下だからお姉ちゃんで。」
「そっちの方が気色悪いだろ」
「デリカシーない男は黙っててよね。じゃあ、もしかしてお姉ちゃんは、武器の使い方とかも覚えてない?」
武器。私は腰にぶら下げている短剣を手に取った。二本の、鞘に紋様の刻まれたナイフだった。持ってみると、ずっしりと重みがあり、それでいて、不思議と手に馴染む。果物でもなんでもさばけそうだ、というのが持ってみた感想だった。
しかし、扱い方を覚えているかと聞かれるとそうでもない。首を振ると、アランは優しく微笑んだ。
「まあ、覚えてなくても支障はないよ。僕が今度こそ守るから」
「支障ありありだろ。次も毒とは限らない」
「うるさいな。毒でなければ僕が守るよ。命に代えても」
命に代えても。
自分より小さな子供がそう言い張るのを見て、ずきりと胸が痛んだ。私はとっさに、アランの手を掴む。
「ダメだよ、命を粗末に扱っちゃ。護衛役でも命は大事にしないと」
「え……」
なんて、酒におぼれた私が言えることでもないか。言ってしまってから自嘲した。結局のところ、私は自分を大事にしていなかったのだ。ロベリタのように大事にされることもなければ、自分で大事にすることもない。アランは優しそうに見えたので、私の為なんかに命を投げ打ってほしくはなかった。
今こそロベリタと呼ばれているが、私の本当の名は――。あれ。名は……なんだっけ。思い出せない。現実での自分の名前が思い出せない。喉まで出かかっているのに。覚えていない。ロベリタ、その名前が私の名前を阻害する。
「お姉ちゃん、やっぱ毒盛られる前と全然違うね。ねえ、ハーバード。これって本当に問題ないの?」
「俺に聞くな。一時的な記憶喪失か何かだろ。それにしても、この国の一般常識である武具の儀も覚えてないのか。しばらく不便だな」
「武具の儀?」
また、聞きなれない言葉が出てきた。聞き返すと、ハーバードはさらに呆れたようにため息を吐く。
「10歳の誕生日に、自分が扱う武器を選ぶんだよ。で、そこからその武器に見合った稽古が始まる。俺は剣、クソガキはククリナイフ、お前はナイフ、といった風にな」
「クソガキ呼ばわりは余計だよ。でもまあ、大体そういうことなんだ。忘れちゃったって言っても、身体は覚えてることが多いから気にしないで」
身体は、覚えている。手にしっくり馴染むのは、そのせいだろうか。
この身体は、ロベリタは、どんな稽古を重ねてこの感覚を手に入れたのだろう。
そう考えると、たった二本のナイフが、やけに重く感じられた。
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