おまけのおまけ
里内和也
おまけのおまけ
近所の八百屋の店先をのぞくと、よく
店の奥から、ラジオの音が聴こえた。どうやらラジオショッピングのようで、オーストラリア産牛肉の焼肉セットをお値段そのままでさらに1㎏増量、などとハイテンションでPRしている。
店主はどこにいるんだろう、と探していると、
「おう、よく来たな。トマト食ってけよ、トマト」
背後から声をかけられて、まさかと思いつつ振り向いたら、やはり店主だった。
「どこに行ってたんですか、店番も置かないで」
「ちょっと向こうのそば屋までな。それより、トマトどうだ。うまいぞ。食ってけよ」
「買って行け」ならともかく、なぜ「食って行け」なんだろうか。それ以前に、店を開けたまま留守にするのは、いくらなんでもまずいんじゃないかと思う。よく盗まれないものだ。
店主は確か四十を少し過ぎているはずだから、僕より二十歳近く年上だが、時々こちらが心配になる。
僕は財布を取り出した。
「トマトは売り物だし、僕も子供じゃありませんから。ちゃんと買わせてもらいます」
「おう、そうか。おまけしといてやるよ。二十個で五百円でいいぞ」
「僕は一人暮らしだからそんなにいりません。三つください」
この人はつい先日、缶ビールを手土産にいきなり僕のアパートを訪ねてきたばかりだから、一人暮らしなのは知っているはずだが。
店主は、トマトを一つずつ
ラジオからは、昨年のヒット曲が流れている。女性ヴォーカルのラブソングで、恋人と会いたいのに会えない切なさをしっとりと歌い上げている。
店に並んでいる他の野菜に目をやると、夏野菜はどれもこれも生き生きとして見えた。
「胡瓜も二本、いただけますか?」
「え~、なんでだよ。それより
「一人じゃ一玉なんて食べ切れないから結構です。それより、胡瓜は売ってくれないんですか?」
南瓜は他の野菜に囲まれるようにして、堂々と鎮座している。その立派な姿はまるで王様のようで、おそらくおいしいんだろうけれど、さすがに買う気にはなれない。
店主は黙ったまま、胡瓜も袋に入れてくれた。僕が悪いわけではないはずなのに、なぜか申し訳ないような気持ちがわいてくる。
僕は小さく息をつきながら、
「南瓜の代わりというわけじゃありませんけど、茄子も二ついただけますか?」
聞いた途端、店主は顔を輝かせた。
「おう、なかなか目が高いな。三つおまけしといてやるよ」
「おまけはいりません。二つだけください」
店主はいそいそと、茄子を袋に入れてくれた。
ラジオからは、中古車買い取り店のCMが流れている。今すぐ売ってください、早く売ったほうがお得ですと訴えて、迷っている人間を
不意に店主が、袋詰めの手を止めずに聞いてきた。
「この茄子、どうやって食べるつもりだ?」
「えっと、炒め物にでも使おうかと思ってますけど」
「焼いたほうがうまいぞ。丸ごとか、なるべく大きめに切ってじっくり火を通すと、身がしっかり詰まっていてみずみずしいのがよくわかる」
こちらが何か言う前に、野菜の入った袋を差し出された。
「本当は三百五十円だけど、三百円でいいぞ」
微妙な恩着せがましさに、心がもやもやする。
僕は百円玉三枚と五十円玉一枚を取り出して、野菜と引き換えに渡した。店主は不思議そうに、
「一枚多いぞ」
「おまけしてもらわなくても、充分お買い得な値段だと感じたからですよ」
「おう、そうか」
店主は四枚の硬貨をそのまますんなり受け取った。ここまであっさり納得されると、かえって
野菜を片手に下げて立ち去る僕の背に、店主がぽんと言葉を投げてきた。
「うまかったらまた買いに来い。うちの店の野菜に、はずれはないから」
僕は振り返らずに、
「店を留守にされたら、買いたくても買えませんよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます