第四章 氷織 四時間目


「どうじゃ?

 こん技、蔓技つるぎっちゅうんじゃ」


 ■蔓技つるぎ


 竜河岸専用捕縛縄術ほばくじょうじゅつ

 秋水しゅうすいの父親の手によって考案された。

 江戸時代の一角流十手術をベースとし一対多人数も視野に入れられている。

 起点技として


 ○逸らし


 ○


 ○絡め


 この三つがあり、基本は起点技により相手のバランスを崩した所に打撃、絞め、極め、投げ等に派生させる。


 使用する蔓は自身のスキルで生成したものを使用。

 秋水しゅうすいはツルマサキの蔓。

 父親は主にイワガラミの蔓を使用(父親は多数の植物を扱える)。


 蔓に魔力を通し、強度、柔軟性を強化。

 且つある程度の遠隔操作も可能とする。


 魔力を通した蔓は素人の振るう刃で突き立てれる訳が無い。

 そして今、秋水が放った技は“ね”からの打ちである。


(クソォォォォォォッッッ!

 このチュー坊ガァァァァァッッッ!!)


 素早くマチェットナイフを拾い、また突進してくる。

 同じ軌跡を描き凶刃が秋水しゅうすいを襲う。

 が、次の秋水の所作は左手を上げ既にピンと張力生成。


 刃が蔓に接触。

 が、力は右に逸らされる。


「どりゃあぁっっ!」


 ガンッッ!!


 瞬時に秋水しゅうすいの身体は左反転。

 回転力を活かした右肘を思い切りゴトーの右コメカミに叩き込む。


(ゴヘァァァッッッ!!)


 左に吹き飛ぶゴトーの身体。


 ドシャァァァァッッ!


 力無く地面に倒れ込むゴトー。

 ヨロヨロとまた起き上がる。


(クソックソッ……

 クソクソクソクソクククククッッッ……

 クソッタレェェェェェッッッ……!

 キェェェェェェェアアアォォォァァッッッッッ!!!)


 ゴトーは狂ったような奇声を張り上げ、凶刃をギラつかせながら向かってくる。

 誰もが気が狂った、もしくは怒りで我を忘れていると思える奇声。



 が、これはハッタリ。

 いわゆるブラフである。

 奇声とは裏腹に冷静なゴトーの心中。


 猛然と向かうゴトー。

 右手にはマチェットナイフ。

 左手には何かを握り込んでいた。


 グングン近づくゴトー。

 攻撃態勢。


 刃の軌跡は先程と一緒。

 右斜め上からの振り下ろし。


「また同じかや……

 進歩の無い奴ぜよ」


 先程と同様左手を上に。

 蔓技つるぎの“逸らし”体勢。


 ゴトーの刃が同様、右に逸らされる。

 秋水しゅすいはまた肘を叩きこもうとした。



 が、結果は先程と違った。



 次の行動アクションはゴトーの方が速かった。

 逸らされる右手とクロスさせる形で左手に握り込んだモノを秋水しゅうすいの顔目掛けて勢い良く放つ。


「ぶわぁっ!」


 顔表面を覆ってくる異物に思わず声が出る秋水しゅうすい

 ゴトーが放ったモノ。


 それは砂利である。

 目潰し用の砂利。

 が、緊迫した状態で放った砂利が上手く目に入るなんて事は無くすぐに視界を取り戻す秋水しゅうすい


 そんな事はゴトーも重々承知。

 一瞬隙が出来れば充分だったのだ。

 本命は即座に動いた次の行動アクションにあった。


 人間、反射として異物が飛んで来た方向を向いてしまうもの。

 ここで秋水しゅうすいの視界が右方向にずれる形に。

 それを見逃すはずも無く、ゴトーは素早く右斜め下にしゃがみ込む。


 死角へ潜り込み、即座に立ち上がり秋水しゅうすいの左脇腹を斬り付けにかかる。


「クッッ!」


 秋水しゅうすいは闇雲に間合いを広げる。


 ピッ


 秋水しゅうすいの学生服左脇腹部分に亀裂が入る。

 同時に左脇腹に痛みが走る。

 だが浅い。


秋水しゅうすいええか。

 もし敵を見失った時は間合いを広げぇ。

 間合いを広げて視野を広げるんちや)


 死角からの攻撃にとっさに間合いを広げれた理由は父親の訓戒を実践したからだ。


 ただゴトーの刃は秋水しゅうすいに届いてしまった。

 血がジワリと滲み出す。


「痛ったぁ~~

 コイツ……

 ワシを殺しにかかっとるちや……」


しゅうちゃん、大丈夫?

 手伝おうか?】


 ロンジェが心配して声を掛ける。


「ええって。

 アイツもまだ一人でやっちょるきに加勢はいらんぜよ」


【わかったわ】


(クェヘヘヘェェェェッッ……

 オメー……

 蔓技つるぎっつったかぁぁぁ……

 その技……

 基本受け身だよなぁ……

 んで俺のナイフを跳ね返しただろぉぉ…………

 そこから考えるとォォ……

 目視必須……

 タイミング重視の格闘技ィ……

 となるとォォォ……

 視認しやすいィ遠距離ロングレンジ中距離ミドルレンジが得意ィィ…………

 と言った所かぁぁぁ……

 なら話は簡単だァァァ……)


 ザッザッ


 ゴトーはこちらに歩み寄り出した。


(サァサァ……

 どぉぉぉするぅぅぅっっ……

 チュー坊ォォォッッッ!)


 さっきのやり取りで相手の技を分析していたゴトー。

 ここはさすが喧嘩百戦錬磨と言った所か。


 が、先の分析を聞く限りでは遠・中距離用格闘技が蔓技つるぎであると言うもの。

 ここに大きな勘違いがある。


「フウッ……」


 秋水しゅうすいは頭をガシガシ掻きながら溜息をつく。


 ザッザッ


 どんどん近づくゴトー。


「きさん……

 先のご高説ご苦労だったぜよ……

 ただの気違えやなかったんじゃのう……

 ただ……

 おんしゃぁ……

 大きな二つの勘違いをしとるぜよ……」


 ザッザッ


 秋水しゅうすいが言い終わる頃にはゴトーは既に近距離の間合いまで侵入していた。


(ドォォォォォスンダァァァァッッッ!

 チュー坊ッッッ!!)


 ゴトーが絶叫を上げる。

 ひりつく空気。

 ゴトーの殺気が伝わる。


 その空気を感じ取り秋水しゅうすいはニヤリと笑う。


「ええのう。

 この空気……

 四国におった頃を思い出すぜよっっ!」


 目と鼻の先にゴトー。

 一触即発。


 先に仕掛けたのはゴトー。

 素早い動きで右下から凶刃を振るう。


 ビンッ


 が、秋水しゅうすいの張った蔓の防衛線により阻まれる。


(ガッッ!

 キェヤァァァァッッッ!)


「ヘッ!」


 ダメージを与えられると思っていたゴトーの歯噛みする表情とは対照的に不敵な笑みを浮かべる秋水しゅうすい

 一呼吸おいて少し軌道を変え、更に右からゴトーの刃が秋水しゅうすいの身体目掛けて襲い来る。


 同時にそれに合わせて防衛線のラインを素早く変更する秋水しゅうすい。 

 

 が、このゴトーの攻撃はフェイント。

 蔓に触れる刹那。


 ヒュッッ!


 パシッッ!


 瞬時に右手からナイフが投げられる。

 左手に持ち替え。


 軌道が真逆に変化。

 左から猛然と迫るナイフ。


(アヒヤァァァァァァッッ!

 殺ッタァァァァァッッ!)


 ゴトーの顔が悦に染まる。

 刺さった時に伝わる肉の感触と、血の朱と、秋水しゅうすいの苦悶の表情などを想像したからだ。



 が、



 ビィィンッッ!


 その想像は現実にはならなかった。

 いつの間にか左側に蔓の防衛線を張っていた秋水しゅうすい


「オイ気違え……

 きさんは勘違いしとる……

 蔓技つるぎは別に近距離が苦手な技じゃないぜよっ!」


 これがまず一つの大きな勘違い。

 蔓技つるぎは近距離が苦手な格闘技ではない。


 逆に近距離の場合、起点技“絡め”から始まる投げ、絞め技、関節技へと派生させる事が出来る。

 近距離の方が危険とも言える。


 そして二つ目は……


(グァァァァッッッ!

 何でだぁぁぁッッ!

 この位置なら右を向いてるオメーには死角になるはずだァァァァッッッ!)


 ギリギリギリ


 蔓に接触しているナイフを力任せに秋水しゅうすいの身体に突き立てようとする。

 が、秋水しゅうすいも力を緩めない。


「これが二つ目の勘違いぜよ……

 別に眼で見んでも対応可能なんじゃ……

 蔓技つるぎを習得する上で最初に学ぶ事って何か知っとるきや?」


(グゥゥゥゥッッッ!

 んなモン知るカァァァッッッ!)


 ギリギリギリ


 左手に一層力を込めるゴトー。

 秋水しゅうすいの身体にどうしても刃を突き立てたい様だ。

 が、それは敵わず。


「そいはのう……

 聴勁ちょうけいじゃっっ!!」


 秋水しゅうすいがそう叫ぶと同時に両手の力を緩める。

 枷を解かれ勢いよく迫る刃。


 だが、秋水しゅうすいは既に回避体勢に入っていた。

 且つ緩めた蔓の位置を器用に変え、ゴトーの左手首を縛り上げる。


 ■聴勁ちょうけい


 太極拳の一手。

 化勁と並びよく使われる。

 最初の段階では肌が触れ合った状態で相手の動作を感じ取る事が出来る。

 レベルが上がると眼を閉じていても、背後からであろうとも相手の気配や攻撃を察知できるようになる。


 秋水しゅうすい蔓技つるぎを習得しようと決めてからほぼ毎日聴勁の訓練を行っている。

 魔力の補助もあり、今の秋水しゅうすいならば死角からの攻撃察知ぐらい訳が無い。


(先程斬り付けられたのは突然の砂利での驚き、緊張による一瞬の聴勁遮断の為である)


 ゴトーの左手首を縛り上げた状態で素早く左反転しながら後ろに回り込む。

 自然とゴトーの手が上から後ろに捻り上げられる形になる。


「脱臼の一つでもすりゃ……

 落ち着くじゃろ……

 よっと……

 どっせいっっ!」


(イギャァァァァッッッ!)


 掛け声と共に背負われる身体。

 左肩関節を極められた状態で担がれたため、激痛に絶叫を上げるゴトー。


「きさん、なかなかおもしろかったわ…………

 じゃあな」


 グイィィィィッッ!


(ウワァァァァァァァッッッ!!)


 ゴキィッッ!


 ゴンッッ!


 地面にゴトーの頭が激突する鈍い音が響く。

 その前に聞こえた音はゴトーの左肩関節が外れた音。


 秋水しゅうすいは近距離で蔓技つるぎを使うのは余り好まない。

 命の危険があるからだ。


 近距離での蔓技つるぎはほとんど投げや締め、極めになる。

 そして最も危険なのが投げ技。

 

 秋水しゅうすいの放った投げ技。

 名前は無いが、名付けるならば“反一本背負い”と言える技。


 肩関節を極めた状態で通常とは逆向きで背負い投げる技。

 一本背負いと明らかに違うのは投げられる側の視界。


 天を仰ぐことにより平衡感覚を狂わせる程の圧倒的落差が相手に襲い掛かる。

 且つ肩を極めた状態で投げる為、十中八九肩は外れる。

 頭の打ち所によっては死亡する可能性のある危険な技。


 これを迷わず秋水しゅうすいに使わせたのはゴトーの殺意と狂気によるものだった。

 完全に気を失っているゴトー。


 起き上がり、少し距離を取る秋水しゅうすい

 取り巻きが駆け寄って来る。


(ゴトーさんッ!

 ゴトーさんッ!

 大丈夫ですかッッ!?)


(ゴトーさんっ!

 しっかりして下さいッッ!)


 取り巻きがゴトーの身体を揺り動かすが完全にオチているため目覚めない。

 その様子を見つめる秋水しゅうすい


しゅうちゃんや……

 ご苦労様】


「おうロンジェおつかれさん。

 どうじゃ?

 一人でも平気じゃったじゃろ?」


【もう……

 しゅうちゃんったら……

 血が出た時はヒヤヒヤしたわよ】


「ハッハ」


 ロンジェと談笑している所、背中から声がかかる。


しゅうちゃんッッッ!」


 ほのかの声だ。

 後ろを振り向く秋水しゅうすい


「おう、ほのかとひ……

 嘉島かしまさんかや。

 どうした?」


「遅いから心配になってっっ……」


 言葉を詰まらせるほのか。

 本当に心配だったのだろう。

 対照的に氷織ひおりはというと……


「私は別に……」


 ちらりと氷織ひおりの方を見る秋水しゅうすい

 目線をプイッと左側に逸らす氷織ひおり

 と、その大きな瞳に秋水しゅうすいの左脇腹の斬り傷が映る。


「…………血…………」


 思わず呟く氷織ひおり

 痛々しく血が滲んでいるのが見える。


 そして氷織ひおりはコンビニに行くと解ってからの秋水しゅうすいの一連の動きを想い出す。


 目の前に危険人物がいると解ると率先して前に立って護っていてくれた事。

 私達の事を心配して店への避難を誘導してくれた事。

 そして店に入るまでずっと見ていてくれた事。


 この人は私達を護る為、傷ついたんだ。

 私達が負うはずだった傷を代わりに負ってくれたんだ。


 強烈な罪悪感と心配が氷織ひおりの心を襲う。


「………………すいません……」


 氷織ひおりが身体から捻りだした謝罪の言葉。


「ん?

 何じゃ?

 素直じゃのう……

 あぁ傷の事なら気にせんで良いちや」


 そんな事を言う秋水しゅうすい


 スッ


 氷織ひおりが一歩前、秋水しゅうすいに近づく。

 その痛々しい傷に触れる為だ。


 ドキン


 秋水しゅうすいの心臓が高鳴る。

 薄い水色の髪の毛からシャンプーの匂いがする。


 鼻腔に入る甘い香りにドキドキ心臓の鼓動が早くなる。

 いくら強くても秋水しゅうすいは中学二年生。

 息がかかる程側に女性が寄って来た経験は母親ぐらいしか無い。


 四国でも聴勁ちょうけいをモノにするためケンカに明け暮れていた為、同年代の女子との触れ合いは皆無だ。


 チョンッ


 傷に少し触れて見る氷織ひおり


「あいちちちちっっっ!

 傷をつつくのは止めるぜよっ!」


 痛がる秋水しゅうすいを見て少し笑う氷織ひおり


「フフ……

 やっぱり痛いんじゃないですか…………」


「プッ。

 やっぱり強がりだったんだ。

 しゅうちゃん」


「ゆうてもワシは四国の“いごっそう”やけん、強がりぐらい言わせて欲しいぜよ」


「アハハハッ。

 何言ってるかわかんないよっしゅうちゃん。

 とりあえず病院行かないとね」


 冷静を装ってても依然として氷織ひおりは近くで傷を見つめている為ドキドキが収まらない秋水しゅうすい

 絶えず鼻に入り込んでくるシャンプーの良い香り。


「そうじゃのう……

 ほいじゃが病院でも行くか…………

 ひ……

 嘉島かしまさん……

 悪いが離れ…………

 !!!??」



 和やかな空気はここまで。

 事態は急変。



 トッ


 秋水しゅうすいの右脇腹から内部に伝わる異質な感触。

 右後ろを振り向くと居た。



 ゴトーがくっついて居た。



「へ……?」


 一瞬何が起こったか解らない。

 何故、完全に気絶していたゴトーがここに居る。

 頭の整理が追い付かない。


 瞬時に右脇腹に猛烈な痛みと熱さが全身を巡る。


(クゥェヘヘヘヘ…………

 たまらねえナァァァァ……

 この肉の感触ゥゥゥゥ……

 特にオメーみてーな生意気なクソチュー坊にィィィ……

 一泡吹かせてやったトォォォなりゃァァァァ…………

 イッチマイソウニナルゼェェェェェェェェ!!!!)


 くっついたまま絶叫を上げるゴトー。

 右手に握られたマチェットナイフ。


 深々と秋水しゅうすいの右脇腹に突き刺さっている。

 刺突部から大量の鮮血が止めどなく流れてくる。


「何…………」


 ドシャァアッ


 秋水しゅうすいはバランスを失った枯木の様に力無く倒れる。

 ほのか、氷織ひおりも何が起こったのか解らなかった。

 ただ二人の網膜に映るのは血塗られたナイフを持つ狂人と倒れ込む友人。


 そして地面に広がる血、血、血。


「あ……

 あ……」


 余りの事に声も出ないほのかと氷織ひおり


(ヘヘヘャヘヘァ…………

 さぁーネーチャン共ォ……

 覚悟はァ……

 出来てんだろうなァァ…………

 滅茶苦茶に犯しまくってェェェ……

 ヤルァァァァッッッッ!!)


 狂人が秋水しゅうすいの血がベットリ付いたナイフを持ちながら、倒れた友人を跨ぎ、こちらにゆっくり近づいてくる。


「ひっ…………」


 後退りするほのか。


「………………!!?」


 恐怖の余り声も出せず、スキルを使用する事も忘れてしまった氷織ひおり


 ザッザッザッ


 ゆっくり近づいてくるゴトー。

 左腕がプランプラン揺れている。


(ウェァァァヘェアヘァァァァッッ……

 ギョガッ!)


 一度気絶した事。

 秋水しゅうすいを刺した時の感触。

 これから弱者を凌辱できる事。


 それらの事が相まって既に正気では無いゴトー。

 もう頭の中には凌辱の事しかない。


 ゴトーの手がゆっくりと伸びてくる。

 その様は悪魔や化物、人外の存在の様。



 もうだめっ!



 氷織ひおりとほのかは目を瞑り、顔を背ける。


 その時だった。


「はい、ちょっと待ったっ」


 暗闇の向こうで声がした。

 何かが触れた感触はない。

 恐る恐る眼を開ける氷織ひおり


 ボンヤリと見えたのは見慣れた背中。

 いつも見ている背中。

 誰が来てくれたかはすぐに解った。



 ヒビキだ。



「ヒッ…………!

 ヒビキさぁ~~んっっっ………………

 うわぁぁぁぁぁぁんっっっ!!」


 顔をグシャグシャにしながら号泣するほのか。

 自分自身を諦めかけていた所に来てくれた助け。

 そこからの安堵による号泣。


「ほのかちゃんっ!

 大丈夫かいっ!?」


 顔だけ振り向き、ニカッと白い歯を見せながら笑うヒビキ。


「ヒッ……

 ヒビキ……

 あぁああぁあぁ~~~んッッ」


 ガバッ


 弱弱しく泣きながらヒビキの背中に抱きつく氷織ひおり

 内心はほのかと同様だ。


「わっ!

 氷織ひおりっ!

 どうしたんだいっ!?」


 背中に抱きつかれて少しびっくりしたヒビキ。

 氷織ひおりの方を振り向き目線を下げる為、しゃがむ。


「うっ……

 うっ……

 ヒック……

 ヒック……」


 泣きじゃくっている氷織ひおりを見て、懐かしさを覚えるヒビキ。

 微笑みながら頭を撫で、優しく説明し始める。


「仕事をしてたらさ……

 自動点呼ロールコールの反応があってね……

 すっ飛んで来たって訳さね……

 久々の反応だったから驚いたよ……

 でもまぁ……

 無事で良かった……」


(ガッッッ!

 また邪魔カァァァァッッッ!

 何なんだこのオバハンはぁぁぁぁぁっっっ!)


 ゴトーが絶叫を上げる。

 楽しみにしていた時間をおあずけにされた恨みも込めている。


 がら空きになっているヒビキの背中、目掛けて躊躇なくナイフを振り下ろす。


 ガィィィン!


 突如軌跡上に出現した氷塊。

 それが阻み、ナイフはヒビキに届かない。


(ギョハッッッ!!?

 何だこの邪魔な氷ハァァァッァァァァッッッッ!!?

 クソォォォッッッ!!)


 驚愕と憤りを乗せてゴトーが叫ぶ。

 汚い感情を乗せて感情のままにナイフを振りまくるゴトー。


 ギィィンッッ!

 ガィィィンッッ!

 ギィィンッッ!


 次々と現れる氷塊に阻まれナイフは届かない。

 いや、もはや届く気すらしない。


(なぁぁぁぁんだぁぁぁぁっっっ!!

 氷ッ……

 氷ッ……

 コココココココココッッッッ!)


 不可思議な現象に混乱が見えるゴトー。


「無駄無駄。

 アンタのナイフなんかで氷壁アイスウォールは破れないよ……

 さて……」


 すっくと立ちあがり後ろを振り向くヒビキ。

 状況確認の為だ。


 ■氷壁アイスウォール


 鉄壁を誇るヒビキの防御スキル。

 攻撃に反応し自動オートで作動。

 魔力を通している為、通常の氷より堅固。

 例え割れたとしても破片から次の技に派生可能。


 本編:百九話参照


「フム……

 フムフム」


 血を流し、倒れている秋水しゅうすい

 後で見ているだけしか出来ないゴトーの取り巻き。


 ガィンッ!

 ギィンッ!

 ガィンッ!


 届かないにも関わらずナイフを振り続けるゴトー。

 それぞれに目線を送るヒビキ。


氷織ひおり……

 あの倒れている男の子は何だい……?」


「かっ……

 彼はッ……

 私たちを護るためにっ……

 戦ってくれたっ…………

 私のっ……

 私のっ……

 クラスメートですっっ!」


「よし……

 わかった……

 氷織ひおり……

 もう良いよ……」


(クソックソックソッッ!

 氷氷氷氷氷氷ィィィィィィッッッッ!!

 コオリィィィィッッ!)


 もはや目の前の氷塊を破る事しか考えていないゴトー。


「……氷堅塊アイス・ハード・ブロック……」


 ヒビキがそう呟くと真横に直径が風呂桶ぐらいの氷塊が勢いよく出現。

 その勢いのままにゴトーの腹に直撃。


(グベォォォォォァァァァッァッッッ!!)


 そのまま後ろに吹っ飛ぶゴトーの身体。


 ■氷堅塊アイス・ハード・ブロック


 ヒビキが好んでよく使う攻撃スキル。

 基本は出現した勢いをそのまま相手にぶつける。

 遠隔でも使用可能。

 且つ捕縛スキルとしても派生できる。

 

 本編:百九話参照


 ヒビキが真横に右手を振る。

 取巻き達の上空にそれぞれ大きめの氷塊が出現。

 重力により落下。


 ズンッッ!


(グハァァァァァッッ)


 取巻きの上に乗っかった氷塊は瞬時に半分程溶け、液状化。

 瞬く間に凝固し、地面に固定。


 これで取巻きは動けない。

 ご覧の通りである。


 ゴトーにこのスキルは使用していない。



 何故か。



 それは状況から全ての元凶がゴトーだと感じたからだ。

 氷織ひおりのクラスメートを傷つけ、友達のほのかを泣かし、そして何より氷織ひおりを恐怖に陥れた。

 冷静を装ってはいるが内心怒り心頭だった。


(オッッオメーッッ…………!

 急に現れてェッッッ!!

 邪魔しやがっテェェェッッ……!

 何なんだヨォォォッッッ!!

 オメーはぁァァァッッッ!)


「アタシはこの娘の母ちゃんだよぉっっ!!」


 言い切った。


 眉毛を谷型に。

 眼を鋭くさせ、親指を自身に勢いよく向けながら大声を張り上げる。


 正確にはヒビキは母親では無い。

 氷織ひおりの両親は既に他界している。


 ヒビキは元々氷織ひおりの父親の使役していた竜なのだ。

 ただヒビキは先代に使役されていたから等の義務的な気持ちで親代わりをやっている訳では無い。


 事故死した両親の亡骸を見た時の氷織ひおりの気丈な態度を見て自ら思い立った事なのだ。

 以来ずっとヒビキは氷織ひおりの保護者として一緒に生きてきた。

 ただ、まだ一度もヒビキの事を母親と呼んだ事が無い。


 母親と呼んで欲しいヒビキ。

 母親と呼べない氷織ひおり

 お互いそんな気持ちを抱えたまま今日に至る。


(カーチャンだァァァァァァッッッッ!!?

 親がコドモのイザコザにシャシャり出てるんジャネェェェェェェッッッッ!!)


 ゴトーは泣き言にも似た怨み言を口から漏らす。

 先程の悦な気分はどこへやらだ。


 ゴトーの言を聞いたヒビキの様子が一変する。

 まず両眼がライトブルーの鮮烈な光を放つ。


 そして口から真っ白い煙の様な冷気が漏れ出る。

 両脚からゴトーへ氷が張り伸びていく。


 ビシッ!

 バキッ!

 ビシビシッ!


 ヒビキの両脚から放射状に地面が凍って行く。

 両手を胸の前で合わせ、怒りのままに指を鳴らし始める。


 ボキバキボキボキ!


「あーあーっ!

 それは悪ぅござんしたね……

 親代わり風情がしゃしゃりでて……

 氷織ひおりが言うにはアタシャ過保護なんだってサ…………

 サテ…………

 そんな過保護の親の可愛い娘を泣かしてくれちゃってェ…………

 覚悟はできてんだろうなァ……」


 パリンッ……

 バリンッ……


 ヒビキはゆっくりゴトーに近づく。

 自身で張った氷が踏みしめる度に割れる。


(ヒェッ……

 クッッ…………!

 来るなァァァッッッッ!)


 ヒビキから漂う異様な気迫にすっかり怖気づき、完全に戦意喪失するゴトー。

 もはや立つ事も出来ず、力無く右手のナイフを振るのみ。


 ガッ


 ヒビキがゴトーの右手を掴む。


凍傷フロスト・バイト…………」


(ヒィヤァァァァァァァァァァァァッッッッ!!)


 呟きと共にゴトーの右手に伝わる極冷温は冷たさを通り越し、痛みを全身に伝わらせる。

 まるで右手を液体窒素に漬け込んだかの様。

 どんどん感覚が麻痺していく。


 数秒後


 手を離し、立ち上がるヒビキ。


「見た所、アンタ……

 高校生かい……?

 若気の至りと言う部分も加味して……

 第Ⅲ度凍傷で勘弁してやるよ……」


 ゴトーの右手首から先が丸々黒ずんでいる。

 手の皮膚が完全に壊死しているのだ。

 所々に水疱、血マメの様なブツブツも出来ている。


(ぅオッッ……

 俺ノッッ……

 右手ェェェェェェェッッッ!!)


「あー、第Ⅲ度凍傷と言ってもそのまんま放って置くと右手腐り落ちるよー。

 早めに病院行って処置しなー」


 耳を穿りながら面倒臭そうにヒビキが注釈をつける。

 それを聞いて、立ち上がろうとするゴトー。


「ただ………………

 だっっっっっっ!!!」


 ガンッッッッッ!


(ヒィヤァッッッッ!)


 ヒビキが胸の前で勢いよく両拳を合わせる。

 その音に再び怖気づき、へたり込むゴトー。


「右手の凍傷はあくまでもアンタのやったことに対するお仕置きだ…………

 まーそれはそれとして……

 アタシの怒りはどこにぶつけたらいいのかねぇ…………」


 ピシンッ……

 パリンッ……


 ゴトーにゆっくり近寄る。

 身体がブルブル震え出す。


(オッッ…………

 オメーッッッ!!

 この右手で終わったんじゃね―のカァァァッッッ!?)


「そんな訳ねーじゃん…………

 なぁ……

 坊主……?」


(ギッッッ…………

 ギヤァァァァァァァァァァァッッッッッ!!)


 ここからゴトーの地獄が始まる。

 詳細を書く事は差し控えるがこの日を境にゴトーはめでたく精神的外傷トラウマを抱え、右手は義手に変わったそうな。


 数分後


「ふうっ……

 スッキリしたっ!

 ……さっ!」


 ヒビキが踵を返す。

 目標は秋水しゅうすいが倒れている所。


 ほのかと氷織ひおりが側に居る。

 見ると氷織ひおりがハンカチで切創を圧迫している。

 止血するためだ。


氷織ひおりッッ!?」


 緊急を察したヒビキは氷織ひおりは側に駆け寄る。

 ヒビキに気付いた氷織ひおりは泣き顔で顔を見上げる。


「ヒビキ……

 どうしよう……

 血が止まんないよ……

 うっうっ……

 ヒック……

 押さえても押さえても血が……

 うっ……

 本でこうやるって載ってたのにっ……

 ヒック」


 先程まで真っ白だったハンカチが真っ赤に染まっている。


「OK。

 よく頑張ったねっ氷織ひおりっ!

 後はアタシに任せなっ!」


 ヒビキがそっと切創に触れる。

 ヒビキの手が優しい白光に包まれる。


 ピシ……

 ピシ……


 切創が薄い氷で包まれる。

 血液も一緒に凍る。


「ふうっ……

 とりあえずこれで止血は出来たと思うけど…………

 アタシャ医者じゃないからねっ。

 とっとと病院に運ぶよっ!

 近くに大和郡山病院があったねっ」


 ヒビキが指で素早く正円を描き亜空間生成。

 秋水しゅうすいを抱きかかえる。


「さっ!

 とっとと入んなっ!

 氷織ひおりっ!

 ほのかちゃんっ!

 そこの竜っ!」


「えっえっ?

 何っ?

 ヒビキさんっ!

 この穴は何ッ!?」


「大丈夫だからっ……

 早く行こっ……

 ほのちゃんっ!」


「う……

 うん……」


 氷織ひおりの手をギュッと握り、目を瞑りながら亜空間に侵入するほのか。

 肌に伝わる空気で何か中に入った感じはする。

 が、怖くて目が開けれない。


 数秒後、氷織ひおりから声がかかる。


「ほのちゃん……

 もう眼、開けて大丈夫だよ……」


 恐る恐る眼を開けるほのか。

 視界がボンヤリとしている中ヒビキの大声が響く。


「先生ッッ!

 急患だっ!

 早く診ておくれよっ!」


 視界がはっきりしてどこに居るか解った。

 何処かの病院

 外科の受付だ。


 待っている人もちょうど居らずすぐに手術が行われる事になる。


 手術室前ベンチ。


 神妙な面持で両手を合わせ祈るほのか。

 俯きながら一点を見つめ、表情を変えない氷織ひおり


 ヒビキは座らず立っている。

 立ちながら考える。


 気になる点としてあの出血量と気持ち処置が遅れてしまったのではないかという懸念だ。


「ふぅっ!」


 ガシガシ


 ヒビキは頭を掻きながら苛立ちを隠せない。

 これで死なれでもしようものなら氷織ひおり精神的外傷トラウマを植え付けかねない。


 どうか氷織ひおりの為にも無事でいてくれ。

 ヒビキは切に祈る。


【ヒルメちゃん、心配しなくてもしゅうちゃんは大丈夫よウフフ】


「ロンジェ婆っちゃん」


 秋水しゅうすいがこんな状態になったのにも関わらず一言も発しなかったのは訳がある。

 それは秋水しゅうすいの四国時代にある。


【これぐらいの傷、四国に居た頃はよくあったもの。

 最初の頃は私もオロオロしてたけどね。

 三日もすればケロッとしてたものウフフ】


「そうなのかい……?

 なら良いけど……。

 でも、まさか氷織ひおりのクラスメートの竜がロンジェ婆っちゃんだったなんてなっ。

 驚いたよっ」


【ウフフ。

 それはこちらにしてもそうよ。

 あのヒルメちゃんが人間の母親やってるなんてねぇ……

 白の王になった時以来の驚きよ。

 長生きはするもんねぇウフフ】


 ロンジェはヒビキに優しく微笑みかける。


「ちぇっ。

 ロンジェ婆っちゃんは相変わらずだなっ」


 ロンジェとヒビキは“王の衆”発足のキッカケとなった竜界での大抗争以来の顔見知りだ。

 その大抗争は凄惨なものでヒビキもロンジェも暴れ回った。


 が、今ではヒビキはスーパーの安売りに敏感な一端の母親でロンジェに至っては日向と柏餅が何より大好きなお婆ちゃん竜である。


 二時間後。


 手術中のランプが消える。


 放課後に続く

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